いぬぶし秀一の激辛活動日誌
おかしな議員[わんちゃん]の激辛日誌です。日々感じたこと、活動報告、行政への提言など、本音で書き込む人気ブログです。
 



祝 首相の靖国参拝!我が国にA級戦犯はいない!(その1) goo.gl/Q3e5zD

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祝 首相靖国参拝!我が国にA級戦犯はいない!(その2) goo.gl/KQNUs8

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「日本は自衛のための戦争だった」byマッカーサー goo.gl/lxJOfL




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 昨日、一昨日と安倍総理の靖国参拝にからんでA級戦犯について書かせて頂いた。そして、その間、中国、韓国、反日マスコミ、反日市民団体、社民党、共産党など一斉に「日本バッシング」を始めた。相変わらずの「自虐歴史観」には、あきれる。65年もたって、そろそろ、連合国の心理作戦のマインドコントロールから解放されようではないか。

 東京裁判というインチキ法廷を作った元凶であるマッカーサー司令官が、1951年(昭和26年)5月3日、米国上院軍事外交合同委員会で、「日本は自衛のために戦争に突入した」と証言していることを、左巻きの人々は知らないのだろうか。

芋太郎の広場さんが、わかりやすい英訳をネット上に掲載されているので、転載させて頂くので、是非とも「侵略戦争」と思っている方々に読んでいただきたい。

Senator Hickenlooperヒッケンルーパー上院議員

Question No. 5: Isn't your proposal for sea and air blockade of Red China the same strategy by which Americans achieved victory over the Japanese in the Pacific?
5番目の質問です。赤色中国に関する海と空からの封鎖という貴官の提案は、太平洋において米国が日本に勝利を収めた際の戦略と同じではありませんか。

General MacArthurマッカーサー将軍

Yes, sir.
そうです。
In the Pacific we bypassed them.
太平洋では、米国は日本を迂回しました。
We closed in.
そして閉じ込めたのです。
You must understand that Japan had an enormous population of nearly 80 million people, crowded into 4 islands.
日本が抱える八千万人に近い膨大な人口は、四つの島に詰め込まれていたということをご理解いただく必要があります。
It was about half a farm population. The other half was engaged in industry.
そのおよそ半分は農業人口であり、残りの半分は工業に従事していました。
Potentially the labor pool in Japan, both in quantity and quality, is as good as anything that I have ever known.
潜在的に、日本における予備労働力は、量的にも質的にも、私が知る限りどこにも劣らぬ優れたものです。
Some place down the line they have discovered what you might call the dignity of labor, that men are happier when they are working and constructing than when they are idling.
いつの頃からか、彼らは、労働の尊厳と称すべきものを発見しました。つまり、人間は、何もしないでいるときよりも、働いて何かを作っているときの方が幸せだということを発見したのです。
This enormous capacity for work meant that they had to have something to work on.
このように膨大な労働能力が存在するということは、彼らには、何か働くための対象が必要なことを意味しました。
They built the factories, they had the labor, but they didn't have the basic materials.
彼らは、工場を建設し、労働力を抱えていましたが、基本資材を保有していませんでした。
There is practically nothing indigenous to Japan except the silkworm.
日本には、蚕を除いては、国産の資源はほとんど何もありません。
They lack cotton, they lack wool, they lack petroleum products, they lack tin, they lack rubber, they lack a great many other things, all of which was in the Asiatic basin.
彼らには、綿が無く、羊毛が無く、石油製品が無く、スズが無く、ゴムが無く、その他にも多くの資源が欠乏しています。それらすべてのものは、アジア海域に存在していたのです。
They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan.
これらの供給が断たれた場合には、日本では、一千万人から一千二百万人の失業者が生まれるという恐怖感がありました。

Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.
したがって、彼らが戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだったのです。

 日本の戦争が「侵略戦争」だったのかどうか、歴史を直視しようではないか。満州国ができるまでの朝鮮半島の、劣悪なインフラ、社会制度を本土並みにしたのは、誰だったのか。復習しようではないか。

 満州にも台湾にも帝国大学を作り、本土と同じ最高学府の教育環境を作り、帝国陸軍には台湾人や朝鮮人の将軍まで誕生した事実を、なんと説明するのだろうか。当時の列強で植民地から将軍を排出し、国立大学を作った国があったか!

 正しい歴史認識こそが、世界で尊敬される国になれるのだ。中国と韓国以外の国々では「日本はいつまで謝っているのか」と、不思議がられているのを、我々は真面目に、それこそ「反省」すべき時にきた。

 新しい年がもうすぐ来る。戦後69年も経つのだ。もうそろそろ気づこうではないか!


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 そもそもA級戦犯とは、なんだろうか?これは、マッカーサー連合国最高司令官の私憤によるリンチと解釈してもよいだろう。総和20年8月30日に厚木飛行場(現海上自衛隊厚木基地)に降り立ったマッカーサーが発した言葉が元凶である。

「東條を逮捕する。そして早急に戦争犯罪人のリストを作れ」
「戦犯第一号はパールハーバー攻撃の東條内閣の閣僚たちだ」

 マッカーサーはフィリピン方面軍司令官の時に日本軍に敗れ、撤退するはめになったのだが「アイ・シャル・リターン(私は戻ってくる)」と言ったそうだ。この時の雪辱を果たすためのインチキ裁判が、極東軍事法廷(通称:東京裁判)であり、その被害者が所謂A級戦犯なのだ。

 当時マッカーサーと戦った本間雅晴中将も戦犯にされてしまったのだから、あきれたものである。当初A級戦犯は28名だったが、日ソ不可侵条約を破って参戦した日本共産党の親分(当時)のソ連が「戦犯を指名させてくれ」と重光葵、梅津美治郎の2人を追加したのだった。

 ソ連が東京裁判に参加したかった理由は簡単。「日露戦争」「倍返し」のためである。ところが、ソ連に対する「めぼしい戦争犯罪」がないものだから、やつらが持ち出したのが、日ソ間で解決ずみだったはずの張鼓峰事件やノモンハン事件を見つけてきて「日本の侵略」と、こじつけたのだ。

 この日記でも何度も書いているが、少しでも法学を学んだことがる学生なら、「罪刑法定主義」というのを最初に教えてもらうはずだ。これは、「罪は、その犯罪が行われた時に、法によって犯罪であると規定されていなければならない」という、当然の規定である。

 では、東京裁判で戦犯と呼ばれた人々の罪状「人道に対する罪」「平和に対する罪」とは、いかなる法規に書かれているのだろうか。誤解と批判を恐れずに言えば「戦争」とは、国際法規に則った「国家の意思決定による行為」なのだから、戦争を起こした罪というのは存在しない。「戦争自体は合法」なのだ。(左巻きの人々は、この部分で「いぬぶしは戦争賛成だ」と騒ぐだろうが…)

 ICC(国際刑事裁判所)においても、国家による犯罪としての「侵略の罪」については、ICC規程が改定されるまでは、裁判所の管轄外とされていたのだ。

 以下、大東亜戦争当時に有効だったハーグ陸戦条約の一部条文を転載する。

第23条:特別の条約により規定された禁止事項のほか、特に禁止するものは以下の通り。
1.毒、または毒を施した兵器の使用。
2.敵の国民、または軍に属する者を裏切って殺傷すること。
3.兵器を捨て、または自衛手段が尽きて降伏を乞う敵兵を殺傷すること。
4.助命しないことを宣言すること。
5.不必要な苦痛を与える兵器、投射物、その他の物質を使用すること。
6.軍使旗、国旗その他の軍用の標章、敵の制服またはジュネーヴ条約の特殊徽章を濫りに使用すること。
7.戦争の必要上、やむを得ない場合を除く敵財産の破壊または押収。
8.相手当事国国民の権利及び訴権の消滅、停止または裁判上不受理を宣言すること。
第25条:防守されていない都市、集落、住宅または建物は、いかなる手段によってもこれを攻撃または砲撃することはできない。
第43条:国の権力が事実上占領者の手に移った上は、占領者は絶対的な支障がない限り、占領地の現行法律を尊重して、なるべく公共の秩序及び生活を回復確保する為、施せる一切の手段を尽くさなければならない。
第46条:家の名誉及び権利、個人の生命、私有財産ならびに宗教の信仰及びその遵行を尊重しなければならない。

 東京大空襲、広島、長崎の原爆投下などは明らかに23条5、および25条に反する「戦争犯罪」である。GHQによる神道排除、天皇陛下や皇室に対する侮辱等は、43条、46条違反である。

 さて、では、そのインチキ裁判において戦犯とされた方々の名誉回復はどうだったか。

昭和27年4月
服役中の1224名の「戦犯」に対して国民の同情が集まった。
昭和27年7月
戦犯早期釈放を求める署名運動が開始され、約4000万人の署名が集まった。
昭和28年8月
「戦犯釈放を求める国会決議」が決議された。
昭和28年8月
「戦傷病者戦没者遺族等援護法」「恩給法」の改正で戦犯として刑死、獄死された方々にも「公務死」として恩給や遺族年金が支払われるようになった。(当時の社会党が熱心に働いたようだ)これをもって「戦犯」とされた人々を国内法上での犯罪者としないことになった。
昭和31年3月
「A級戦犯」全員赦免・釈放
昭和33年5月
「BC級戦犯」全員赦免・釈放
昭和50年11月21日
昭和天皇が例年通り靖国神社を参拝。
ボケ社会党が突如「問題だ」と騒ぎだし、天皇陛下は靖国参拝を自粛されるようになった。
昭和60年
突然、首相の公式参拝を中国が抗議してきたため、中曽根総理は参拝を中止。

 国内の政権に対する不満を「反日」に振り向けることで、国民を欺いている中国とその子分たる韓国だけが、靖国だ、従軍慰安婦だ!と騒いでいるだけである。

 この際、韓国、中国との断交、貿易、人的交流と断ってみたらどうだろうか。中国猛毒食品やインチキ製品のリスクもなくなるし、わが国民の税金で買った貴重な銃弾1万発も無駄にならない。

 たぶん「強い者にはヘコヘコする」両国のことだ。日本が強く出れば、なんだかんだ言って「すり寄ってくる」に違いない。

 くれぐれも「戦争をしろ」と言っているのではない。独立国として、毅然とせよ!主張すべきは徹底して主張せよ!と申し上げているのだ。それが、国際社会の常識であるからだ。「和をもって尊し…」は、外交の世界では通用しないのだ。

 がんばれ安倍総理!



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 昨日、安倍総理大臣が靖国神社に参拝された。独立国の首相として、国の為に殉じられた方々の御霊に感謝の礼を尽くし、平和への誓いを新たにすることは、誠に正しく、周辺の三等国にトヤカク言われることではない。

 左巻きの朝日や、赤旗より左傾した東京新聞などは「オバマ政権も参拝に失望」などと報道しているが、オバマ大統領が如きは、我が国の左巻き亡国総理だった管直人や鳩山由紀夫の部類の男である。(敬称つけるに値しないので略)

 しかし、驚いたのは今日の読売の社説だ。「A級戦犯がいるから」との趣旨のことを書いている。読売にもマヌケで不勉強な論説委員がいるもんだ、とあるマスコミ関係者の取材に答えたら「違いますよ。あれはナベツネの意向です」という。

 実は、あの大新聞の「独裁者(本人弁)」ナベツネこと渡邊恒雄氏は、反軍主義の共産党員だったのだ。氏は開成中学3年生の時に、軍国主義を支持する校長や教職員を殴り、勤労動員された軍需工場では不良品を密かに作り抵抗していたという、とんでもない輩だったのだ。(出典:ウイキペデイア)

 また、東大在学中の昭和20年陸軍2等兵として召集され上官に虐められていた。終戦後昭和20年12月日本共産党に入党、日本青年共産同盟の一員として活動していたそうだ。いやはや、ビックリ!まあ、思想信条と虐められた復讐に、読売新聞をいう公器を使ったということだ。ちなみに、氏によれば「朝日に入りたかったが、不採用になった」そうだ。朝日に行けよ!いまからでも。

 さて、左巻きだけでなく自民党の一部議員や小沢一郎氏まで「A級戦犯が合祀されている」などという不勉強な「言い訳」をしているが、はたしてA級戦犯とは存在するのか。我が国の戦後史や国家観においてきわめて重要な問題なので、明日改めて書いてみたい。

 乞うご期待!



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PKO韓国軍にクリスマスプレゼント?銃弾一万発 blog.goo.ne.jp/inuhide/e/8457…

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 昨日、東京郷友会(自衛隊OBを中心とした団体)創立60周年式典の席上、前防衛政務官の佐藤正久参議院議員から、国連南スーダン派遣団(USMISS)に参加中の韓国軍に陸上自衛隊の持っている銃弾1万発を提供することになった、と発表された。


 佐藤議員は「我々が危険だから遠慮して行けなかった地域に行ってくれた韓国軍に礼を尽くすべきだ」と、経緯を説明された。あくまで、武器輸出3原則の特例として、また、韓国軍に直接ではなく、国連に提供した後に、韓国軍が受け取る仕組みだという。

 韓国が竹島を不法に占拠し、大統領自らが反日運動をしているけしからん国だが、我々は武士道で紳士の国だ。共に、南スーダンの国造りに協力している仲間の窮状を見捨てる訳にはいかないだろう。

 長男も陸上自衛官として南スーダンに派遣されていたことがあったが、「宿営地の外ではいつも銃声がしていた。ただ、みんなが銃を持っているので、結婚式などでも祝砲を撃つので、何の銃声かわからない」と語っていた。

 自衛隊と同じ宿営地には、インド軍が駐屯していて、よく語り合ったとも。ハイチ大地震では、バングラデイシュ軍と活動したと言っていた。国連平和維持活動では人件費が国連から派遣国に支給されるので、人件費水準が低い国は、派遣すると兵士に支給する自国の給与との「差額」が外貨稼ぎとなるらしい。だからか、、経済的には恵まれない国の名前が見受けられる。(我が自衛隊は、国連からの人件費の不足分を国費で賄っている)

 さて、小銃の弾ぐらい韓国から運んでくればいいだろう、という平和ボケの発言は、大混乱の内戦地では戯言である。数日かかる輸送の間の「生命」と「安全」はどうするのだろうか。

 「武器」と聞くと、「戦争」と考える不思議な頭脳回路の方が我が国には多いが、「武器」がないと守れない生命や安全があることを、是非紛争国に言って学んで欲しいものだ。

 なお、陸自の89式小銃の弾は5.56mmで韓国軍と同じ口径だがUSMISS参加国の多くが、5.45mmのAK-74や7.62mmを使っていること、経済的理由で弾薬の無償提供に応じられない国が多いことなどから、我が国に協力要請がきたものと推測される。

 ちなみに、韓国軍の主力銃であるK-2ライフルで今回提供の1万発を撃つのにかかる時間は「約11分」である。(連発モード最速の場合)1万発というのは、実は、大した量ではないのだ。また、一人の兵士が弾倉(30発入り)を6ケース携行すると仮定すると、55人分にしかすぎない量である。

 朝日新聞や左翼の皆さんが、根拠もなく「大量の銃弾を提供した!」と叫ばないように!たかだかの量ですよ!

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 先日、北朝鮮のナンバー2が機関銃で蜂の巣にされた後、火炎放射器で焼かれたそうだ。あまりにも残忍な手口に世界中が驚愕した。大田区議会に巣食っている日朝友好促進議員連盟参加の42名(議員47名のうち!)の区議会議員や松原忠義区長は「素晴らしい処刑だった」と、平壌に祝辞でも贈ったのだろうか。(松原区長は区議時代に訪朝し金日成にパソコンの土産を贈った)

 さて、しかし、似たような残虐行為が65年前の今日我が国で行われたことを我々は忘れてはならないのだ。昭和23年12月23日東條英機前総理をはじめ7名の所謂A級戦犯が絞首刑で処刑されたのだ。

 罪刑法定主義の原則を無視したインチキ東京裁判を経ての私刑(リンチ)だったのは、内外の法学者が指摘しているところだ。さらに、この日は、今上天皇陛下(当時は皇太子殿下)のお誕生日である。たまたま、であろうか?違う。連合国GHQは、我が国の精神文化の支えである皇室の記念日にあえて、様々な「日本犯罪者作戦」の工夫をしていることがわかる。以下の日程をご覧頂きたい。

昭和21年4月29日 極東軍事裁判(通称 東京裁判)にA級戦犯として28名が起訴(昭和天皇陛下お誕生日)

昭和21年11月3日 米国製日本国憲法公布(明治天皇陛下お誕生日)

昭和22年5月3日 米国製日本国憲法施行日 東京裁判開廷

昭和23年12月23日 A級戦犯7名処刑 (今上天皇陛下お誕生日)

 日本の伝統的な「武士道」の精神では、戦いは正々堂々と行い、敗者の名誉と尊厳は守るというものではなかったか。はだしのゲンに出てくるような残虐な行為は、我が国の将兵の仕業ではなく、中国やロシアの得意技である。

 東京大空襲では、東京の周辺に焼夷弾をおとし、逃げ場を奪ってから中心部に焼夷弾を落とす、という容赦ない虐殺が行われた。長崎、広島の原爆も無抵抗の民間人への攻撃を禁じたハーグ陸戦条約違反の確信犯である。

 そして、日本人の誇りと統合の象徴であらせられる歴代天皇陛下のお誕生日に、戦犯の訴追、処刑日をあえて同日とする、という非礼を働いたのだ。

 百田尚樹氏の傑作「永遠の0」の最終章。米艦艇に突こんで米兵を恐怖に陥れた特攻機の日本兵の遺体を、米艦長が「彼はサムライだ。我々もナイト(騎士)になろう」と、最敬礼で水葬にした場面が出ている。

 米国にも、このような立派な軍人もいた。が、残念ながらコミンテルン国際共産主義者たちにコントロールされた米国政府中枢は、コミンテルンを通じたソ連の意思と米国内世論に後押しされ、謂れのない戦犯を処刑してしまった。

 そして、そのインチキも知らず、日教組教育と反日教育を受けて育った「坊っちゃん」たちが、A級戦犯の合祀された靖国には参拝しない、などという戯言を言い続けてきたのだ。

 このような、心理作戦の効果が65年間も続いた敗戦国は日本だけだろう。それが証拠に、天皇陛下のお誕生日である今日、国旗は街中でほとんど見られないではないか。世界中の国で、国家元首のお誕生日や、国の祝日にこれほどまでに国旗の見れない国は、日本だけである。

 今日、天皇陛下のお誕生日をお祝いし、ご長寿をお祈りすると共に、屈辱的なGHQの私刑を思い出し、そろそろ、戦後の呪縛から解き放たれようではないか。



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 3週間前に前歯二本を折る大事故(?)を起こしたにも関わらず、忘年会シーズンの甘い誘いに負け、毎晩地元の皆さまとの情報交換会(?)に出席している今日この頃である。

 今日は、そんな中で発見した珍百景のいくつかをご紹介しよう。


(女性トイレの案内板の奥に…)

 これは、大田区役所1階の女子トイレである。実は、ある晩、区役所2階のレストランで忘年会があり、奥の小便器に「男子トイレと誤認して」入りそうになったのだ。どうも、様子がおかしいので、あわてて外に出て撮影した。(ちなみに、夜間のため、職員や来庁舎はいないのでご安心!)

 オカマさん用のトイレか?と一瞬驚いたが、どうやら、母親と同行した男児用のトイレらしい。区民への配慮と言えばそうだが、別に男の子は男子トイレに行けばいいではないか。ちょっと違和感のある光景だった。(男性諸氏は現場確認のために覗かないように。くれぐれも)

 
(焼き肉屋さんのトイレで)

 なんと、御近所の焼肉屋さんに友人たちと出かけたところ、私の名刺、それも「たちあがれ日本」のものがトイレに貼ってあるではないか。そういえば、まだ区議だったころ、酔っ払って貼ったかもしれない。しかし、それから、すでに1年以上、よくぞ剥がされずに頑張っていてくれた。

 トイレの個室空間は、誰にも見られないから「嫌われ者いぬぶし」の名刺なんぞは、翌日には剥がされるか、いたずら書きをされてもおかしくない。きっと、山と自然をこよなく愛する店主さんの人柄にひかれた良識のある客層なのだろう。今回、密かに「維新」の新名刺に替えておいた。(見つけても剥がさないで!)



 
(どっちが私でしょう)

 地元の居酒屋さんの忘年会でのスナップである。以前お会いした「そっくりさん」と再会。次回の選挙には宣伝カーに乗って、手ふりをして下さるそうだ。

 
(日本の誇り、富士山)

 多摩川から望む富士山。冬の休日は空が澄んで、大田区からも綺麗に臨むことが出来る。富士と桜と日の丸は、紺碧の空に実に合う日本の誇りである。

 そして、私いぬぶしは東京4区(大田区)の埃、いえ誇りとなれるよう頑張ろうではないか!

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