いぬぶし秀一の激辛活動日誌
おかしな議員[わんちゃん]の激辛日誌です。日々感じたこと、活動報告、行政への提言など、本音で書き込む人気ブログです。
 



年を取るごとに毎に一年が加速度的に早くなっていくような気がするのは、私だけではないだろう。もう今年も終わってしまう。

 議員になって7回目の年末である。そして、40代最後の年末でもある。子供ぽいと言われるかもしれないが、最近フッと焦燥感というか、虚しさに襲われることがある。むしょうに寂しくなったりするのだ。

 別に躁鬱なわけでもないのだが、自分が生きてきた過程や、今何をしているのか、等考えると、突然、真っ暗な闇夜にはまり込んでしまうのだ。

 はたして、この一年、自分が生きてきて、活動したことにより、何かが前向きにすすんだろうか?生きている意味はあったのだろうか‥などと、自問自答してみる。

 来年は、今期の議員として最終年度(18年度)の年である。さらには、個人的には50歳を迎える。半世紀生きてきて、明確な生き様がつかめていないようでは、まだまだアオイな~

 今年出会った多くの人々に感謝!生きていることに感謝!働けることに感謝!



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 週刊文春が、中国上海の日本大使館に勤務していた外交官(電信官)の自殺スキャンダルをスッパ抜いた。それによれば、この外交官は、わが国と領事館の間で通信される暗号解読の専門家で、総領事しか知らない国家秘密も知りえる立場だったそうだ。

 旧国鉄から外務省入りした彼は、中国の個室クラブである中国人女性と親しくなる。そして、彼女を通じ、中国側諜報機関と接触をはじめ、重要情報
を要求された、というのだ。

 耐えられなくなった彼は、ロシア領事館への移動を願いでたが、中国側は「ロシアの情報」も要求したらしい。結果、「国を売れない」との遺書を残し昨年5月、領事館の宿直室で自殺した。

 国際常識の中では、諜報機関が「女」を使って情報を取るのは、古典的ながら、有効で「あたりまえ」の行為とも言える。かの橋本元総理が、中国情報機関の女性と「特別な関係」を結んで、ODA26億円を彼女の故郷に使ったのは、有名な話だ。

 私ごとき下っ端でも、自衛隊生徒だったころ、上司から「ソ連や中国関係の展示会や音楽会には行くな」と指導されていた。だから、中国の行為は「遺憾」ではあるが、諜報戦略としては、驚くにあたらない。

 問題は、そのことに対する防諜が出来なかったこと、さらには、発覚後、大使本国召還など、国家として最大限の抗議をすべきが、それすらしていないようであることだ。国家としての尊厳を、いつまで捨て続けるんだ!この国は。

 「国家を売れない」と、悲痛な叫びを残し殉職した大使館員のご冥福を、心よりお祈りする。腐れ親中国派外務省!せめて公務死亡扱いにしろよ!


ブログランキング border="0">



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 いよいよ今年も残り少なくなった。今日は、ゴミ婆さんの地区の可燃ゴミ収集最終日である。早起きをして、最後の掃除にでかけた。昨日、友人のK氏に応援を依頼しておいたので、現場で落ち合い、作業を開始した。

 ご本人の同意を得ながらの作業は根気がいる。我々にとっては「ゴミ」でも、本人には大切なものが入っていることがある。最近は、大体その価値観がわかってきたので「これは、とっておくんだよね」と言えるようになってきた。

 突然、彼女が怒り出した。「ここにあった黄色い袋はどうしたの!なかに衣類とか、ぬいぐるみが入っていた」と。やむなく、すでにゴミ集積場にもっていったゴミ袋をひっくりかえしたところ、あった。黄色い袋を得意そうに持ち帰った彼女が袋をあけた。本当だ!ぬいぐるみはなかったが、衣類ははいっていた。

 怒鳴られ、何度もなだめすかして、1時間。45リットルの袋を30も出しただろうか。清掃車が来て終わった。少なくとも、今日から正月までは、猟場にはゴミはないので、この家の庭もゴミで埋まることはないだろう。最後のひとつは、彼女にゴミ捨て場まで捨てに行ってもらった。きっと、拾った場所に捨てに行くのは初体験ではないだろうか。

 喜んだのもつかの間、帰宅後、彼女の声で留守電があった。「捨てた袋に、お餅とミカンがあったので返して欲しい」

 いい加減にしろ!

きれいになったお庭↓


相変わらずの玄関から室内↓ 


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




過日のゴミ屋敷清掃から1ケ月。今日久しぶりに訪ねてみた。なんだよ!また溜めている。本人に問いただすと、家から出たゴミをついつい整理できずにいる、と。ウソつけ。婆さんには絶対に縁のない物もあるじゃないか!

 大田区のゴミ捨て場には、彼女が取れないように網で柵を作ってあるが、近隣のワンルームマンションのゴミ集積場が彼女の猟場である。独身者が、24時間ゴミを捨てることができる場所で、ゴミの日に管理人が大田区の集積場に出す仕組みだ。ところが、ここは無施錠で、誰でも入れるのだ。

 周辺の目撃情報によると、ここから相当持ち出しているらしい。そこで、区では、このマンションの管理会社に、施錠を依頼したが投資用マンションのようで、管理組合も他人事のようで、「なぜ、そこまでしなければいけないのか」という態度だという。

 やむを得ず、犬伏登場である。共産党さんや左翼さんから「恫喝議員」とお褒めを頂いている身である。頑張らねばならぬ。管理会社本社に電話をして、CSR(企業の社会貢献)の観点からご協力をお願いしたが、ぐるりとまわって、結局、現場担当者から「いかに出来ないか」という、お役所並みの言い訳が戻ってきた。次なる爆弾を考えねばならないようだ。

 さて、そうは言うものの、年末年始はすぐそこだ。周辺住民の清潔な新年を確保するのは、議員のミッションでもある。まして、これだけかかわった案件だ。本日、婆さんを説得して、今年最後のゴミ収集日早朝に、私がすべて集積場に出すことで了承を得た。

 不燃物は明日が最終日。そして、可燃は木曜日。これが過ぎれば、もはやマンション以外にはゴミはない。マンションの集積場は、年末年始に、別の方法(秘密!)で強制施錠しちまおうと思っている。

 税金使うな、と奇麗事言ってきた区民さん!明日も、木曜日も私が勝手にやるだけで税金はビタ一文使いませんからご安心!

 それにしても、この戦い、いつ終わるんだろう。

本日のゴミの状態↓



 

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 今日はクリスマスイヴ。なんでもありのわが国では、イエスキリストのご降臨(誕生)を祝って、日本中がわく。ケーキ屋さんは一年の売り上げの30%以上を稼ぎ、おもちゃ屋さんやお花屋さんなども、キリスト様の恩恵に預かる。

 さらにわが国の伝統的行事の感さえある、クリスマスのお泊りデート。私が旅行会社を始めた昭和50年代は、カップルの苗字が違うと一流ホテルは宿泊させてくれなかった。その後、昭和60年代になり、なぜかクリスマスは、恋人とホテルに泊まることが行事となった。

 わが社でも、「シングルルームに二人でうふふ」という宿泊プランを発売して、空前の大ヒット商品となったことがある。そもそも、イヴは、ユダヤ教の一日が日没をもって終わることから、12月25日のご生誕を、日没後の新たな日に祝う、というものだ。それが、なぜか、日本の若いカップルは、子作り行事(品がなくて失礼!)の日にしてしまった。

 さて、この日にあわせて、全国の商店街、自治体などでは、クリスマスイルミネーションが華盛りである。商店街の装飾には、区市町村や都道府県の商店街振興資金が助成されている。

 おいおい、おかしいじゃないかい!キリスト様のお祝いに、税金を投入するのかい。まあ、そんな堅いこといわないで‥という声が出そうだが、では靖国だって一緒だろう。

 初詣やクリスマスを「宗教行事」に参加している、と感じている国民はほとんどいないのではないだろうか。すでに、国民的行事にすらなっているといえよう。同様に、国家のために命をおとされた方々に、感謝の祈りを捧げること
は、後世の国民の義務であり、国民的行事に値するものだ。

 クリスマスのイルミネーションに税金を支出することが許されるのなら、「国立追悼施設」などという無駄遣いをやめて、靖国神社へ助成しろ!と申し上げたい。

 Merry X‘mas!



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




今日は、天皇陛下のお誕生日である。我が国統合の象徴、そして2600年以上続いている我が国の歴史の系図の生き証人でもある。偉いとか、偉くないとかではなく、国民として素直にお喜びすべき日であろう。

 そして、もうひとつ忘れてならないことがある。それは、1948年の今日、東京裁判というリンチにも等しい裁判で、A級戦犯という汚名をつけられた人々が処刑された日でもある。

 わざわざ、当時の皇太子の誕生日に処刑の日をあわせたことからも、GHQによるリンチ(報復)の感が見える。

 そもそも、罪刑法定主義というのは、法学を学んだ者なら誰でも知っている原則である。すなわち、その罪は、その犯罪行為を犯した時に、法律によって「罪」と定められていなければいけない、というものだ。

 A級を含む我が国の戦犯と言われた人々の罪は「平和を犯した罪」である。そんな罪状は、当時も、現在の戦争法規であるハーグ陸戦条約のどこにも書いていない。つまり、法律違反の罪状なのだ。

 ところが、GHQに騙された国民、そして諸悪の根源、日教組は、戦争犯罪を戦犯に押し付けて、自らは偽善者を装ったのだ。丁度、戦後ドイツがすべては、ナチスが悪い、と押し付けたが如く。

 その亡霊を背負って60年。そろそろ、マトモな国家になる時であろう。

天皇陛下のお誕生日を祝い、皇室の幾久しいご発展を祈り、多くの戦犯の汚名を着せられ殉職された人々のご冥福を祈る。

コメント ( 1 ) | Trackback ( 1 )




 最近特に「○○さん(女性名)からのメールです」とか「今日会えますか?」というメールが急増した。世の中では「出会い系」を利用した結果の犯罪が多発している。はたして、どんなものなのか?区政に携わる者として調査すべき、と自分を納得させ、メールをかえしてみた。

 すると、すぐさま、管理者と名乗る女性(少なくとも名前は)から「5名の女性に通知した」とのメール。しばらくすると27歳の女性会員から「是非会いたい。あなたの望みはかなえてあげる」と。

 無視していると、今度は「前金として10万円お支払いします。これで私が本気だとわかるでしょう」ときた。なんじゃ、こりゃ、男を買うサイトか?
うまいダイミングで、今度は管理者から「27歳の会員様から20万円が当サイトに預託されました。これは、あなた(私)がVIP会員になるための預託金にして欲しい、とのことです」とのメールがはいる。

 このサイトの女性会員のメールアドレスを見るには、確か1000円、携帯電話を知るには5000円だかのポイントを買わなければならない。VIP会員になると、それが無料だか、安くなる、という仕組みらしい。

 ついては、最低の身分確認代として5000円を振り込め、というのだ。なんだ、そういうことか。5000円を振り込ませるにしては、随分手のこんだ芝居だ、と思ったが、一人でメールをうつだけなら大したテマでもないか‥

 これまた無視していると、27歳女性から「ご返事もらえなかった‥」と、翌日は「本日17時まで待ちます」と。管理者からは「本日まででVIP会員登録は終わります」これも無視。

 翌日には「27歳会員様から、もう20万円の追加入金がありました」会員様からは「あなたに会いたいから20万円振り込みました」

 ウソ言うな!こんなんで騙される輩がいるんだな。ちょっぴり面白い世界を覗かせてもらった。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




 以前、メガネを買ったと書いたと思う。ところが、このメガネをかけて免許の更新に行くと見えないのだ。余程キレイに見えるものと期待して行ったのだが、裸眼より見えないかもしれない。かろうじてパスしたが、免許証には、初めて「眼鏡等」と書かれてしまった。

 どういうこっちゃ!と、区役所前にある大手メガネ屋に出向いた。私のデーターを調べていた店員さんは「小さな文字が見えない、というご要望で、近距離用のメガネをおつくりしてますね」と。これを解決するには、遠近両用を買うか、遠方用を買って、二つのメガネを併用するしかないとも。

 横着者の私が、二つのメガネを使うなどということは、太陽が西から出るに等しいことだ。ありえない。では、遠近両用の最格安をくれ。15000円也。以前のものが、17000円なので、あわせて32000円。もたいないな~、と思い、デザインを選んでいると、天使のような店員さんの声。

 もし、近距離用をお使いにならないのでしたら、お買い上げ額で引き取らせていただきますよ。遠近との差額だけ頂戴できれば。と。

 おお!そんなことが出来るんかい!「目的にあったメガネをご提供できなかったのは当店のミスです」ありがたいお言葉である。では、どうせ、15000円は覚悟していたので、ちょっといいレンズにしよう。結局、合計で33000円になってしまったが、前のメガネを無駄にして、15000円払うより、余程気分がいい。

 さすが、社訓「売り上げで競うな、接客で競え」だけある。
ありがとう、○○○ドラッグさん!


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




テーマ「家族の定義づけが困難な理由」                                                  犬伏 秀一

 結論から述べると、今日の家族をめぐるあらゆる問題の根源は、昭和20年12月10日に発せられたGHQのwar guilt information(日本贖罪心理作戦?)にあると思っている。
連合国は、二度と日本が敵意を表さないようにと、新聞、放送など、あらゆるメデイアに対して、徹底した日本バッシングを要求した。その結果、我が国の伝統的な家族制度は解体させられ「ヒドイ国だ」「とんでもない国」だという刷り込みが、教育現場でも行われてきた。さらには、米国の「権利意識」だけが取り入れられ、義務の伴わない希薄な権利主張が世の中に蔓延ってしまった。

 そして、世の中のあらゆる権威を否定することが「民主主義」であり、「自由」であると誤解した一部マスコミや日教組などの教員によって、国家や国旗、学校では校長などの「権威」は崩壊していった。その中のひとつに「オヤジ」の権威もあったのである。つまり、戦前では厳然として家庭内の権威は「家長たるオヤジ」にあり、厳しい父性と、優しい母性により、家庭の調和が保たれていた。ところが、戦後、取り違えた妙な平等意識のもと、この性差による役割分担としての権威も否定されてしまった。母は言う。「勉強しないと、お父さんのようになってしまうわよ」これでは、子ども達は、何を価値観にして生きていけばいいかわからなくなってしまう。

 昨今、児童を対象にした凶悪犯罪が多発している。その犯人に共通している特徴は、常に「教育熱心な母」がいることだ。保育や幼児教育の現場での「問題児」の家庭の象徴的特長は「優しい父親に、厳しい母のいる家庭」であることは、誰しもが認めるところであろう。

 いかに世の中が多様化し、価値観が変化しても、絶対に変わらないこと。それは、我々人間が、ホモサピエンスという動物の一分類であり、その属性の中の雄と雌である、ということだ。このことは、なにをもってしても変えがたいことで、その性差や本来その種がもっている雄雌の役割を「後天的」なものと否定するような昨今の風潮は、家族そのものを否定しかねない危険な考え方でさえある。

 万一、母性や父性というものが「後天的」かつ社会から刷り込まれたものだとすれば、我家の前を流れる多摩川のカルガモの母親には、誰が「子ガモ」を連れてエサを食べさせろ、と刷り込んだのだろうか。カマキリさんのメスに、交尾が終わったらオスを食ってしまえ、と誰かが教育したのだろうか。家族の定義が難しくなったのは、この男女の役割分担さえも否定しようという、おかしな平等意識が根本にある。

 福祉国家の象徴のように言われて久しい、スウェーデンにおいては、離婚が頻繁に行われ、子ども達は一体誰が親なのか、父なのか、家族の価値観、存在感を完全に喪失した結果、「子育ての社会化」というスローガンとは無縁な、凶悪犯罪の低年齢化が起こってしまい、国家的問題にさえなっている。

 一昨日、ある子育て支援団体の幹部と話していると、この幹部からビックリする話を聞き、わが意を得たりと嬉しくなった。この団体は、「子育ては両親協働」がモットーである。しかし、この幹部はこう語ったのだ。子育てに詳しい精神科医によると、子どもにとって、最も良い親は「母親」だということは、精神科医の間では広まりつつある、と。
両親が助け合って子育てをすることに異論を述べるつもりはないが、母性は間違いなくある!のだから。

 あなたらしければいい、という薄っぺらなフェミニズムによって、安易な出産、離婚が多発した結果、家族の本来の形が崩れ去っていく。DVや、死別などによる一人親は止むを得ないし、おおいに社会が支援すべきであるが、結婚したけれど、いやになったから離婚。行政に支援を求める?おかしな世の中ですらある。

 世の中には、変えてもいいものと、変えられないものがあると思う。家族とは、太古の昔から変えてはいけない、人が生きていくための最も小さな集団である。そして、その集団が産み出だした新たな生命体が、もっと大きな集団で起こす問題行動の根源は、残念ながら、最も小さい集団にある。世の中が如何様に変化しようとも、家族のあり方を変えるべきではないし、そのことを変えようとすることが、今日の日本社会の病巣の原因である、と言ったら言いすぎだろうか。

 

 



コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )




 ついおとといの日記に「40歳代の教員はヤバイ」と書いたばかりだが、その好例が、またまた出てきた。毎日新聞の報道によれば、福岡県の町立中学校の47歳の男性教員が、社会科の授業中に「臨時召集令状」を配ったというのだ。

 まあ、配るだけなら「資料」ですむが、相変わらず「限度」を知らない教員は、なんと裏面に「戦争にいくか、いかないか、その理由」を書かせた。百歩譲って、これも「戦争を自分自身の問題と捉える」という、授業と考えられなくもない。

 普通の社会的常識を持った40歳代であれば、やってもここまでである。しかしだ、そこは「非常識40歳代教員」は違う。

 「いかない」と回答し「死にたくないし、人を殺したくない」と書いた女子生徒の回答にX印をつけ「非国民」と書いて返したといのだから、すごい。

 さらに驚くべきことに、自己の保身のためか教育委員会に命じられたのか、はたまた、本人も同種なのか、学校長が「戦争の悲惨さを教えるためで問題ない」と発言している。学校管理職たるものの、その発言こそ問題だろうに!

 全国の40歳代の教員の皆さん、きっと皆さんはマトモな常識をお持ちでしょうが、どうか同僚、先輩、後輩で「おかしな教員」がいたら、お早めに、学校長又は、教育委員会まで、ご報告を。それらが相手にしてくれなかったら、いつでもお力になりまっせ。

 

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ