いぬぶし秀一の激辛活動日誌
おかしな議員[わんちゃん]の激辛日誌です。日々感じたこと、活動報告、行政への提言など、本音で書き込む人気ブログです。
 



 3月18日に「頑張ろう日本全国行動委員会(会長:田母神俊雄元航空幕僚長)」の一員として福島県いわき市に支援物資を届けた事は日記に書いた。私の地元の町会の皆さんが短時間で、車一杯の物資を集めてくれた。

 当日いわき市に搬入した物資は、町会のものとあわせて4トントラック2台、2トントラック1台合計10トンにものぼる。予定していた高齢者施設に荷卸しをしていると初老の老人が声をかけてきた。地域の自治会長さんだった。「余ったら私たちにも物資を頂けないか」との申し出だった。

 結局、義援金で購入した水130ケース(24本入り)をはじめ多くの物資を自治会館に降ろした。その自治会長さんから、ご丁寧な礼状が先日区役所の控え室宛てに届いた。


このたびの東日本大震災に際し、皆様方が当自治会に来て下さいまして、思いがけないこころ温まる多くの救援物資を提供して下さいまして、誠にありがとうございました。

当自治会住民の約35%が65歳以上の高齢者で、地震よりも福島第一原発の水素爆発による、放射能被爆の風評で若者が中心に住民の70%を超す人が県外に避難してしまい避難出来ない高齢者が残されていた状態でした。その様な状況の時の援助物資でしたので、正に”地獄に仏に会う”の心境でした。

この援助物資をきっかけに、当自治会集会所を避難所として災害対策本部に認定してもらい、翌20日から援助物資の配布と高齢者を対象とした昼と夕食の支給を開始することが出来ました。

それは、3月11日から断水、そして商店も開いていなく、ガソリンも底をつき身動きの出来ない8日後の援助物資でした。

自治会役員も4名しか残って無く、班長の7割も避難してしまい、連絡も出来ない様な有様でしたが、役員でもない5~6名の若い人達が自主的に協力してくれて、水道の水が出るまで頑張ろうと31日まで食事の支給をすることができました。

お蔭様で、70歳80歳代の高齢者から、自治会に命を助けられたとの声に疲れも癒されました。

しかし、戻りつつあった生活も4月11・12日のいわき市南部を震源とした震度6弱の直下型余震で、停電、断水となり、家屋の被害も本震よりも余震の方が甚大になった所もありましたが、生活は正常に戻りつつあります。早くお礼をと思っておりましたが、この様な状態が続き遅くなって申し訳ありません。しかし、今でも震度3~4クラスの下から突き上げる余震が頻繁にあり、原発の放射能に不安な日々を過ごしています。

私どもの生活が落ち着きましたら、上京して直接お礼にお伺いしたいと思っております。まずは略儀ながら心よりお礼申し上げます。

平成23年4月25日
                      福島県いわき市
                      ○○自治会
                      会長 ○○ ○○

追伸
大田区東六郷の援助物資を集めてくれました、子供達に宜しくお伝えくdさい。是非、お会いしてお礼の挨拶をしたいと思っております。



↑自治会館の黒板に貼られた、大田区の子供達のメッセージ

 嬉しくて、役所の控え室で泣いてしまった。頑張って!!会長さん 


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 選挙戦も終わり、久しぶりの休日を思いきや、頑張れ日本全国行動委員会
(会長 田母神俊雄元航空幕僚長)主催の「打倒菅首相・民主党」大演説会が渋谷であるから来いとのお誘いを受けた。

 いまこそ、亡国民主党政権を倒すいいチャンスである。「たちあがれ日本」と大書された宣伝カーに乗り込みハチ公前に乗りつけた。渋谷駅に近づくと、やけに警察官が多い。機動隊の車両まで待機している。

 われわれ、頑張れ日本全国行動委員会は、保守系ではあるが、草の根運動であって、戦闘的な一部の右翼とは違うと公安関係者には認識されているはずだ。なぜ??

 さて、ハチ公前に到着すると、そこは日の丸、日の丸、日の丸だらけである。素晴らしい!!人によっては、これほどの日章旗をかかげているのだから「右翼」と言う。そもそも、そこが「日教組教育の成果」なのだ。


 国旗を愛し、掲揚すると「右翼」だとすれば、北朝鮮や中国をはじめ。盛会のほとんどの国は右翼になってしまう。国歌を歌わない公務員の教員がいる国は、たぶん世界中で日本だけだ。北朝鮮であれば、即刻収容所送りの重罪でもあろう。

 すでに街頭宣伝車の壇上には、お馴染みの保守の論客が演説を始めていた。演説会が始まってしばらくすると、道路の反対側がやけに騒がしい。パトカーの赤色灯も目立つ。その後ろには、いささか奇異な集団が続く。

 着ぐるみを着たり、はでな着衣や、仮装大会のパレードのようだが、どうやら「反原発」のデモ行進らしい。これを見て、大量の警察官と機動隊車両に納得をした。

 しかし、チンドン屋のように騒いでいる連中は何を考えているのだろうか。世田谷区では「反原発」を訴えた社民党出身の区長が誕生してしまった。多分、彼らにとって「反○○」は、なんでもいいのだろう。きっと、ついこの間までは「反自衛隊・反米軍」を叫んでいたに違いない。

 ところが、いまや国民的賞賛を受けている自衛隊や米軍を標的にはできない。そこでタイムリーに原発に違いない。電力各社にお願いである。どうか、本日デモ参加の諸君の自宅の送電を「原発相当分」計画停電をしていただきたい。

 彼らは「ふざけるな」と抗議をするに違いない。自衛隊や米軍に反対しておきながら、自らの安全確保のために海上自衛隊の護衛を依頼した「ピースボート」の例に見られるように、彼らの主張は自分勝手である。

 いますべきは、いかに「想定外」の事故を防ぎ安全な原発を確保するか。そのうえで、次世代のエレルギー確保を議論すべきであろう。安直な「反○○」にマスコミも便乗してはならない。

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 「選挙向けのパフオーマンス」と思われるのが嫌だったので選挙が終わるまで書かなかったが、実は4月から毎週木曜日の夜6時半から2時間、大田区主催の「初級手話講習会」に参加している。

 これは、河川敷で毎朝「手話」で楽しげに話している聴覚障害者の皆さんに出会ったことから端を発している。この方々に誘われて講演会に出かけたのだが、講師が聴覚障害の方で、講演がすべて「手話」で行われたのには困った。まったくわからない。英語の講演のほうが、まだ理解できただろう。そこで「絶対手話を覚える」と決意して、手話講習会に申し込んだ。

 選挙中の4月21日にも講習会があった。選挙で「音」を出せるのは、朝8時から夜8時まで。その間の6時半から手話の講習会に参加することには、いささか迷いがあった。が、息子に教えられた言葉により、参加の決心をした。

 彼は、陸上自衛隊での厳しい訓練を通じて「頑張らない。いつもどおりやる。」ということを学んだという。ハイチに派遣される時に「がんばれ」と見送る私たち家族に、「いつもどおりやるだけだ」そういい残してガレキの国へ飛び立っていった。その後、アフリカのジプチ、そして今は福島県へと派遣されているが、この言葉で我が家族は、息子に見送りの言葉さえかけずに坦々と普段どおりにしていた。

 選挙であろうが、いつもしていることは「いつもどおり」しよう、と決め手になった長男の「教え」だった。毎週火曜日早朝の経営者モーニングセミナー、朝5時からの早起き会、そして手話講習会。いずれも選挙中であっても「いつもどおり」参加した。

 さて、この手話講習会だが、講師の先生は聴覚障害者の女性で、その手話を手話通訳の方が言葉で説明しながら講義がすすむ。最初のころは、どうしても講師を見ないで、手話通訳者の声が聞こえるほうを向いていたが、「こちらを見ないで講師の手話を見なさい」と指導され、必死で講師の手話を追う。

 2時間の間、兎に角講師から「目が離せない」のだ。時間はあっという間に過ぎ去り、目と頭に「心地よい疲労感」が残る。また、表情が豊かでユーモラスな講師の先生にも魅了され、一番前の席は私の指定席。こんなにマジメに勉強したのは初めてかもしれない。

 1年間で40回の講義で初級が終わる。次は中級が1年。上級がさらに1年続く。また今年からは手話通訳養成コースも出来たそうだ。なんとか、手話の講演会で「尻尾をまいて逃げない」よう学びをすすめていきたい。

 まさか、ボーリングクラブにまで私を追っかけて入ってきた区議さん、手話講習会には来ないだろうな。これこそ、追っかけてきて勉強して欲しいのだが‥

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 今日は、区議会議員選挙の当選証書授与式である。今回当選した50名の議員が一同に初めて会する日でもある。以下のような仰々しい当選証書を選挙管理委員会委員長から手渡される。




 その後は、区議会事務局職員の紹介やら破綻する議員年金の説明などが続く。何か質問は?の問いかけに、4期生の共産党議員から質問が。

「新人議員には、議員手帳は配らないのか?」


 えええええええええええええええええええええええええええ?????

 あんなもの欲しいいんだ。それじゃ「健全野党」とは言えませんぞ。議員手帳のくだらなさについては以前も書いたが、写真でわかるように「議員手帳 大田区議会」と金文字で印刷された表紙だけが「オリジナル」で、中身は普通の手帳である。大田区に関することは一言も書いてない。

 この手帳が最も効力を発するのは「女性のいる飲み屋」だろう。呑んでいる席で、おもむろに「議員手帳」を出して、スケジュールの確認をするふりをする。すると、傍らでお酌をしている女性従業員さんが「えっ!議員さんなんですか!!ステキ~」などと奇声を発する。センセイはご満悦そうに「うん、まあね」などとのたまう。ああ、いやだ、いやだ!

 この手帳には一冊あたり2500円もかかっているのだ。一昨年までは50名全員に配られていいたが、私が「くだらない」と言い続け、昨年からは「希望者」だけになった。

 手帳ぐらい自費で買えよ。それも、こんな無意味な「表紙だけ」の手帳が欲しいのかい。主張には相違があるが、勉強しない某党と某党の区議より余程ましだと思っていたのに、そんな質問しちゃダメじゃん!

 事務局からの「答弁」は、「今年の分はありません」だった。来年からは全廃せいよ。

 新しい議員バッチも配布され、どこの政党の新人だが忘れたが、嬉しそうに背広につけていたので、先輩風をふかせてご注意申し上げた。「まだ議員じゃないから、つけちゃダメだよ」と。新人の任期は5月1日からであるし、まだ選挙の異議申し出期間が終わっていないからである。

 今期も私の議員バッチ着用基準は以下のとおりである。

1.区議会の本会議、委員会などに出席の場合
2.公の式典、行事に出席する場合
3.街頭演説などの場合
4.他の自治体への出張、学会出席などの場合

 上記以外は、今までどおり議員バッチを着用しないこととしたい。また、区役所内では「センセイと呼ばないで議員連盟」のメンバーとして、これからも「いぬぶしセンセイ」と呼ばれることをご遠慮申し上げる。「いぬぶしさん」または「いぬぶし議員」と呼んでいただきたい。

 そのことが、「議員」を特権的と思わせない第一歩であると思っているし、自らへの戒めでもある。

 若い新人区議が、街頭で訴えていたことを数ヶ月後には忘れ、議員バッチを着けて飲み屋に出かけ「センセイ」と呼ばれ嬉々とし、区民の税金でヨーロッパ旅行に出かける姿を、今期こそ見ないですむよう、頼みますよ!新人のみなさん。そろそろ、マトモな大田区議会にしよう!

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 毎週火曜日は、朝6時半から蒲田にある結婚式場「アペア」で行われている経営者モーニングセミナーに参加するのが平成7年以来続いている習慣である。当初は、ある都議会議員(いまでは国会議員)に「票田だ」と紹介されて通い始めたのだが、いまではすっかりのめりこんでしまい、その会の副会長を仰せつかっている。

 そして、このセミナーが終わると、近くのJR蒲田駅駅頭で「いぬぶし秀一の余計なお世話レポート」を配布する、というのも恒常化している。今日も同じように駅前に出向くと、民主党の落選した新人がスピーカーを使って演説をしている。

 駅前での街頭演説は「先着順」が不文律なので、止む無く私は「肉声」で始めたのだが、当選した議員の後ろで「落選の弁」を述べるのは辛い試練だろうと彼のしゃべっていることを聞いてみた。

「○○○○、残念ながらご期待に応えることはできませんでしたが、4年たても32歳。政治家としてはまだ若い。次に挑戦します。」という趣旨で話していた。

 私の感覚ではこの演説は「アウト」である。その理由は以下だ。

1.有権者は期待していないから落選したので、「自分の希望に応えられなかった」だけである。相手の立場から話さないと自己満足になる。

2.「政治家」だ?そこから変えなければだめだ。区議会、市議会など基礎的自治体の議員が「政治家」などと驕った感覚ではだめだ。区民の代弁者であり、政治家ではない。ただ、政治屋は多いが‥

 4年間本気で頑張れば区議には当選されると思う。当選が「目的」ならそれでいいだろう。4年間、区議とはなんぞやを自問されながら、初志貫徹をされるよう、落選経験者としては願ってやまない。

 

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 今日は開票日。大田区は3回前から即日開票をやめ翌日開票にした。深夜残業による職員の残業手当が高額なため、その費用対効果を考えてのことだ。候補者の立場からすれば、当日に結果が知りたいが、有権者や納税者の立場からすれば「それほど急ぐこともない」だろう。

 さて、開票は朝8時半スタート。最初の発表は9時40分ごろらしい。選挙事務所には、妻が8時前に出かけ私は9時すぎに到着した。開票所には選対の方が4名出向いて開票作業を見守って下さっている。ドキドキする時間である。

 午前9時50分頃、インターネットの開票速報を見ていた妻が叫ぶ。

「いぬぶし2000、山崎1000、いさじ1000、田村1000」いずれも同じ六郷地区から立候補している議員である。事務所の外には各候補の得票速報値が記載できるボードが用意されている。

 さっそく、この数字を書いた。区議の当落ラインは毎回2700票ぐらいなので、3000票あればバンザイなのだが、2000では心配だ。前回はここから伸び悩み、当選決定まで辛い時間を過ごした。

 事務所で待つのも手持無沙汰なので駐車場に行き、1週間お世話になった宣伝カーの「いぬぶし」という看板を剥がし始めた。公職選挙法で選挙期間中以外は、公職にある者又は候補者名が類推出来る文書図画の掲示、配布が禁じられているからだ。

 そんなことをして時間を潰していると妻から携帯が鳴った。

「6000票出たよ!」嬉しくて半ベソでの電話だ。急いで事務所に戻ると、大騒ぎになっていた。同じ地区の候補者は、みな2000票である。6000票を超えているのは3名のみだ。

 どうしちゃったの??いったい何がこれほど評価されたのだろうか。しかし、とにかく当選は確実となった瞬間だった。

 開票がほぼ終わると、6363票で確定。50名の当選者中3位、六郷地区ではトップでの当選だった。そして驚きは、以前は一度も取材を受けたことがなかったが、地元のケーブルテレビが取材に来て、国政選挙ではお馴染みの「バンザイ」の瞬間を撮影し夕方放映された。

 同じ六郷地区から立候補した現職1名(民主)、新人(自民1、公明1)も無事当選された。

 当選者の内訳は、自民16名(現職1名落選)、公明12名(全員当選)、民主6名(現職2名、新人7名落選)、共産9名(全員当選)、生活者ネットワーク2名(全員当選)、緑の党、たちあがれ日本、無所属(いずれも現職各1名当選)、みんなの党(民主党元職1名新人1名)。

 残念なのは民主党で「マジメに議会に対応していた議員」2名が落選し、どちらかというと議会改革とは縁遠い方々が残ったことだ。新人3名がはたして、議会改革に取り組めるのか、または先輩を見習って「フツーの議員」になるのか、見ものである。

 また、自民党から二人のドンが消えてしまい誰が「サル山のボス」になるのかが注目だが、誰がなっても残念ながら14万人の区民の信託を受けた松原忠義区長の「親衛隊」になってしまうのだろう。

 そして、自民、公明で28名、議会の過半数を占めた大田区議会は、またまた4年間「すべての議案に賛成」の、区長やお役人と「仲良し」議会となることが決定的になってしまった。

 変わろうぜ!大田区議会!大田区役所!新人議員の皆さん、先輩に騙されないで、政党の論理ではなく、区民のために「バッチ」を活かそうよ!

 なお、公職選挙法の不粋な規定により「当選いたしました。ありがとうございます。」やら「ご支援に感謝します。」などの文言は禁止されているので、ご理解いただきたい。

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 今日で選挙戦は最終日である。午後8時をもって拡声器を使う選挙活動は修了となり、その後は電話かけや、個人演説会のみが本日の深夜0時まで可能である。

 我が陣営は、16時半から事務所前で「打ち上げ」を行った。近隣のみなさん、自衛隊の同期生など多くの方が最後のお訴えを聞いてくださった。そして、終了後地元を街宣した後、蒲田駅東口へ向かった。

 今回の区長選挙では、私は現職区長以外の方がいいと思っている。そのなかでも、ベストの選択ではないが、ベターな選択として、前の議長である永井敬臣さんを応援していた。彼が最後のお訴えを蒲田駅東口で行うというので、その前に駅前でロングラン演説をやることにしたのだ。

 蒲田駅到着が午後6時40分。これから7時半まで約50分、一人舞台である。宣伝カーの屋根上に水とのど飴を用意して始めた。蒲田駅前の演説は、いつ、どの選挙でも大好きな場所だ。必死に訴えていると聴衆が1人ふえ二人ふえ、そしてその方々の視線が「とりあえず聞く」から「真剣に聞く」に変わっていくのが実感できるからだ。

 今日の最後のお訴えで話したことは、

1.地方議会とお役所、首長の馴れ合い政治、言い換えれば八百長を是正するために力を貸して欲しい。

2.皆さんからお預かりした議員バッチ、議員報酬は誰のためのものなのか?政党のために議員をやっているのか?区長のために議員をやっているのか?自分自身のためか?そうではない!議員バッチを皆様から4年間お預かりする意味は、区民の皆さんにかわって区政を監視すること。そのためのバッチであり、報酬であることを忘れてはいけない。

3.私は昭和47年、15歳で少年自衛官に任官されたときの「服務の宣誓」文をいまでも有効だと思っている。それは次のようなものだ。

私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。(演説では中略)

 そして、最後に、これからも、航空自衛隊予備自衛官であることを誇りに思い、「身をもって責務の完遂に勤める 」ことをお誓い申し上げた。

 永井氏の演説が始まったすぐ後、見計らったようにライバルである若い候補者が宣伝カーで絶叫しながら蒲田駅東口に入ってきた。駅前は、双方のスピーカーの音で騒然としていた。永井氏が先にマイクをおいた。

 信号待ちをしながらも、がなっている若い候補に私がマイクで諭した。

 「○○候補!若いから何をやってもいいといいうことはないぞ!礼儀をわきまえろ!」彼のスピーカーから音は消え、聴衆からは「そうだ!」という声と拍手がわいた。

 せっかく若さを売り物にしているのに、残念である。若さ=社会性の欠落=経験不足というい風に取られる一幕だった。

 午後8時、いずれにしても、戦いは終わった。区長選挙、区議選挙、明日の有権者の審判を待つことになる。

 しかし、本当にいい選挙をやらせて頂いた。準備段階から、あまりの多くの善意と励ましに支えられた。また、ここれほどまでに「自衛隊」が評価された社会環境の中での選挙も初めてだった。

 支援者の方が事務所に手作りの標語を貼ってくださった。曰く

「火事は最初の3分間。選挙は最後の3分間」というものだ。

 最後まで手を抜くな、ということだろう。しかし、これほどまでに素晴らしい戦いをさせて頂いて「落選」したら、私は当選する方法がわからない。それほど、素晴らしい心に残る選対の方々だったし、多くの見も知らぬ応援者に出会った。

 当選後は、公職選挙法の規定で「ありがとう」と言えないので、今日のうち。ご声援ありがとう!!!!


***公職選挙法に則り、本日記は4月30日にアップした***

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 選挙戦も残すところ2日である。今日は、この選挙戦で見つけた区内の珍風景をご披露しよう。

 一件目は、大田区の東糀谷にある防災公園の男子トイレである。この公園は以前は住宅展示場で、その後様々な変遷を経て、一時は鮫洲の運転免許本部が移転する予定で東京都の所有になった。

 ところが、交通渋滞などを懸念する大田区の地元と、移転により売り上げが激減する鮫洲の商店街や代書屋さんらの反対で、運転免許本部計画は中止となり大田区が購入したものだ。

 だだっ広い公園だが、災害時の避難所や防災倉庫として設計されており、工場や大規模団地が集積するこの地区には必要な空間であると思う。

 さて、この公園のトイレを我が遊説隊が借用したのだが、使ってビックリだった。男子の小便器に向かうと、外から丸見えなのだ。おしゃれな目隠しはついているが、その設置場所が「役立たず」の場所なのだ。


 トイレの入り口を中心に真ん中にたっている。ところが、小便器は入り口から右側に向かって設置されている。したがって、入り口に向かって右側は
目隠しが必要ないのだ。必要なのは、尻側が丸見えの左側である。

 設計屋の「芸術的自己満足」で作り、利用者の目線を知らない区の監理者のコラボレーションの賜物だろうが、心臓に毛の生えている私でも恥ずかしくなる配置である。さて、すぐ出来るかな?それとも「いい訳」を考えるのだろうか?区長候補のそれぞれにお考えを聞きたいものだ。

 二件目は、不思議な商店街の光景である。


 大田区の大森駅に近い商店街で教えられた珍風景だ。男性商店主が指差している縁石の外側、つまり道路側は品川区、そしてお店がある民有地側は大田区なんだそうだ。当然、道路をはさんで反対側の商店はすべて品川区の住所だ。

 このお店では、毎日大田区にある自宅兼店舗から品川区側に入って商品をお客様に届けている。選挙の宣伝カーは所轄の警察から「設備外積載許可証」の交付を受け、通行範囲「大田区内」として大田区地図を添付した許可証を携行している。

 とすれば、この商店街を通行して「大田区側」の商店に選挙広報することは許可範囲外通行として「違法」なのだろうか?不思議な光景であった。

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 自宅に戻ると不思議な書状が届いていた。挨拶状や結婚式の招待状に使う封筒である。発信人を見ると「大田区役所」とあり、通常あるべき「発信部局名」がない。なんじゃこれは、と不審に思いつつ開封すると、さらにおかしな書面が入っていた。

 以下、全文である。

謹啓 陽春の候、貴台におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。私こと去る3月31日をもしまして、大田区副区長の職を退任いたしました。在職中は公私にわたり格別のご指導とご厚情を賜りおかげをもちまして大過なく職責を果たすことができました。今後とも一層のご厚誼を賜りますようお願い申し上げますとともに、皆様のご健勝とご多幸を祈念いたします。まずは略儀ながら書中をもってご挨拶を申し上げます。 敬具

平成23年4月             秋山 光明


 はあああ????どういうことだ。
彼は、以前書いたように、松原区長と「取り巻き」による粛清人事により、任期を残して辞職を強要された方だ。

 そして、区議会が同意をしての副区長就任だったにもかかわらず、本日に至るまで、区長部局から区議会議員には「正式に」辞職の報告も通知もない。課長あたりの義理の母親がなくなっても訃報が来るのにである。こんな舐められた議会に怒らない区議会議長も情けない。

 その言い訳としてこの書面を出したとしたら、笑い話であるし、公費の出費としての問題もはらんでいる。発信人が「大田区長」で、副区長の在任中の支援への謝辞を述べるのなら、公費でもいいだろう。

 ところが、文面を見ても完全は「私文書」の様式を取っているのだ。3月31日に辞任して公務員の身分を有しない者の「私的なあいさつ文」を、大田区役所名で、大田区の費用負担で出すことが「適法」だとうか?疑問である。

 なお、ある信頼すべき情報筋によれば、秋山前副区長ご本人は、送付先のリストは見せられたが、文面は「知らない」そうである。

 嗚呼、北朝鮮的大田区役所!!!!!!

 それを止められない区長と「仲良し」自民・公明・民主の情けなさよ!!!

 変えなきゃ区役所!変えなきゃ議会!

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 選挙も中盤戦である。今朝は、朝5時から宣伝カーを自分で運転して早起き会の会場へ。毎日朝5時から開かれているが、月何度かの「お誘いデー」が今日なのだ。普段は毎日5時は厳しいので、動員すべき日は出るようにしている。が、この会は頑なに政治活動禁止。選挙中でも同様で、政治の話はご法度である。

 せっかく早起きしたので、激戦の蒲田駅東口にむかった。区議会議員選挙には73名が立候補しており、乗降客の多いJR蒲田駅、大森駅前は毎回早朝から場所取り合戦が繰り広げられるのだ。

 しかし、さすがに午前6時に来る陣営は皆無で、7時すぎまで蒲田駅前「独占状態」が続いた。そして、8時に運転手、ウグイスさんと合流。区内の遊説にむかった。

 新蒲田で遊説をしていると、品のいい女性から声をかけられた。

以前チラシを見て、この人に投票しようと思っていただけれど、お名前を忘れてしまい、チラシも捨ててしまたけれど、宣伝カーを見て思い出したのよ。頑張って!

 こんなこともあるから、宣伝カーも捨てたものではない。特に、今回は震災後の「自粛」で、選挙カーを使わない候補や使っても小さな車の候補者が多いなか、私は「普段どおり」に宣伝カーを走らせる。

 また、池上本門寺の参道近くでは「自衛隊生徒の32期生です。先輩が先輩頑張ってください。」と声をかけられた。私は18期なので、勿論知らない方だが、ありがたい。

 区内を回っていると、本当に様々な方々が応援してくださっていることを痛感する。ありがたい。

 夕刻、蒲田駅の東口で演説をはじめた。今回の選挙では多分私だけが、ステージカーを使っていた。宣伝カーの屋根に上れるものだ。この屋根を上の舞台で持論を話しはじめて乗りはじめた時だ。なんと、隣に区長に立候補された永井敬臣前議長がいるではないか。後で聞いたら、下にいるスタッフも気づかないうちにあがってきたらしい。

 しかたがないので、自分の演説を中断して、彼に話すよう促した。そして、やっと自分の車になった、と安堵していると、今度は同じく区長に立候補している湯本良太郎氏が下にいるではないか。

 なんじゃい、ここは?私の宣伝カーは「貸し舞台」かよ!止む無く公平の原則で彼にも、昇ってくるよう促し、屋根の上で演説をして貰った。いよいよ選挙も残すところ3日、蒲田駅前の演説にも熱がこもる。




***本日誌は、公選法に則り、投票終了後にアップした***

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