いぬぶし秀一の激辛活動日誌
おかしな議員[わんちゃん]の激辛日誌です。日々感じたこと、活動報告、行政への提言など、本音で書き込む人気ブログです。
 



 私の父親には3名の兄と1名の姉がいた。現在存命は姉、つまり私の伯母だけだ。その兄のうちの一人が英霊として靖国神社に祀られている。

 犬伏寛男海軍主計少佐、昭和19年1月31日東南洋海上の靖国丸にて戦死と祭神記(靖国神社発行)には記されている。

 ひょうんなことから、この御祭神を私がお預かりすることになったのだ。10年ほど前だったろうか、地元の戦没者遺族会の方から「どなたか戦没者はいないか。会のメンバーになって欲しい」とのお話があった。

 父が存命中の小学生の頃、よく戦死した伯父の話は聞いていた。そこで、唯一の直系の遺族である伯母に電話をした。「伯父さんの戦死日と場所を教えてください」すると伯母が答えた。「今日よ!」と。

 たまたまかもしれないが、伯父の命日に、命日を尋ねたのだった。不思議なことは、ここから始まった。遺族会に入れて頂くと「直系の遺族に弔慰金が出るよ」と教えていただいた。

 国債40万円分だそうだ。さっそく伯母に電話をした。「伯母さん、伯父さんの弔慰金が40万円出るそうです。手続きは私がやりますから」すると、電話口の伯母が号泣をはじめたのだ。

 この兄寛男が学徒出陣(短期現役5期生)する時に見送る妹である伯母にこう言ったそうだ。

「治子(伯母)、待ってろよ。戦争が終わったら化粧品を買って帰ってくるからな」

 そして、その約束は叶わず60年近くが過ぎた。

 「兄が、約束を果たしてくれた」と伯母は泣きながら喜ぶのだった。伯父から約束を果たすための使命を帯びた私は不思議な働きに感謝と驚きを感じたのだ。

 そして、この英霊は私がお祀りしようと思ったのだ。そこで靖国神社から祭神記をお預かりし、水道橋にある東京都戦没者慰霊堂に伯父のお位牌を作ってお納めした。


 29歳で敵潜水艦により戦死した見たこともない伯父に今日も護られていることを感じている。生きていれば楽しいことも沢山あったろうに、どんな伯父だったのだろうか。残念ながら伯母のもとにも写真が残っていない。

 寛男伯父のご冥福を祈る。




 

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 大田区役所が左傾化していることは毎回書いている。朝鮮学校に年間1000万円近い補助金を区独自で出しているのは、23区で大田区だけである。また、北朝鮮籍の無年金者に助成金を出しているのも大田区である。

 また驚くことに、松原忠義現大田区長は、区議時代に北朝鮮平壌を訪問し、金正日をご指名でパソコンのお土産まで持参しているのだ。さらにさらに、50名いる区議会議員のうち42名、実に84%の議員が、日朝友好議員連盟(朝とは北朝鮮)に加入している。党派別の加入者以下の通り。

(自民党17名中12名、公明党12名中全員、共産党9名中全員、民主党6名中4名、みんなの党2名中1名、生活者ネット2名中全員、緑の党1名中1名、無所属1名中1名)

 そもそも、この日朝友好議連のつい最近までの「目的」の一つには「祖国帰還事業の推進」が掲げられていたのだから驚きである。どれぐらいの日本人妻や在日の方々が「祖国帰還事業」により地獄を味わったことか。

 さて、今回見つけた左傾化の先兵は「区民大学」である。大田区教育委員会が主催をし、区民センターを会場として行われる。もちろん運営費は税金である。


 1月26日から開始された区民大学3期が問題なのだ。「人権塾」という副題も如何わしいが、さらに「日本とコリアのはざまで、在日コリアから考える」と繋がるのである。

 「コリア」という書き方には英文表記の「KOREA」とは聊か違った趣を感じるのは私だけではないだろう。

 さらに驚きは講師陣の豪華さ(?)だ。(以下インターネットから発言等を転載)


 1/26の(学習支援者)は、尹健次・神奈川大学教授
「天皇制の議論避ける限り真の植民地謝罪の見通しは暗い」

対談 尹健次VS福島瑞穂

 2月2日(水)19時からは、さらに期待が高まる。映画監督の松江哲明氏である。

ウキペデイアより

この部分は貼り付けるのもはばかれる(R18)

 そして、2月8日19時は、外村大・東京大学大学院准教授である。

戦争責任ドットコムより

 我が国最高学府のセンセイがこれでは、「学べば学ぶほど日本が嫌いになる日本人養成機関」と、田母神元航空幕僚長が語っていたのも理解できる。

 ここまで反日勢力の講師陣が続くと「次もそうか」と、変な期待があったが、なんと2/16には、「バランス感覚」を言い訳にするつもりか、鄭大均首都大学東京教授をすえた。

在日をウリにする進歩的文化人の功罪とは

在日・強制連行の神話

 ほっとしたのも束の間の2月23日は、またまた出た!在日コリアン青年連合共同代表の金朋央氏を迎える。(区のパンフレットの肩書は、コリアNGOセンター東京事務所とある)

 金氏は日朝国交正常化を求める一万人署名の提出者

金朋央氏インタビュ

 私は、在日朝鮮人の方々や日本が大嫌いな反日文化人が、いかなる言論活動を繰り広げようが仕方がないと思う。それは、言論の自由で保障された権利でもあるからだ。

 しかし、そのことに公権力が加担してはいけない。ましてや、税金を使った「区民大学」で、5名中4名が「反日」「左傾」というのは、どう弁解しても、大田区教育委員会社会教育課が「赤く」侵されているか、または、そんなことすらわからないトンマかどちらかである。

 また、不思議なのは1/26と2/8は定員70名なのに、それ以外は30名。また、事前に往復はがきで申し込まないとダメだそうだ。まともな区民を排除するつもりではないだろうな?

 いずれにしても、そんな職員が教育行政を司ることは、反日の皆さんは絶賛だろうが、良識ある区民はたまったものではない。

 どうか、その趣旨につき、教育委員会に確認をしていただきたい。それが、主権者の権利であり義務でもある。ただし、くれぐれも冷静に大人の対応でお願いしたい。

大田区教育委員会社会教育課 課長席03-5744-1446
              同事業担当 03-5744-1447
              FAX03-5744-1539

 せっかく23区で唯一、育鵬社の教科書を採択したのに、台無しである。

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 区民の「リサイクル意識」は、啓発効果もあり大いに増大しており、資源ゴミ回収の日には、様々な資源が集積場に早朝から山積みになっている。ところが、大田区の委託業者が到着する時間には、アルミ缶やダンボールなどの、特に価値の高いものは姿を消すのだ。

 アルミ缶などは、自転車をアルミ缶の袋で満杯にしたおじさん達が集めて、川崎方面の買い取り業者に持ち込むようだ。また、ダンボールはもう少し組織的で、軽自動車や小型トラックで「盗んでいく」のだ。ただ、マンション等の「集団回収」の業者と見分けがつきにくく、相変わらず抜き取り盗難が常態化している。

 区でも早朝に「抜き取りパトロール」を実施し、条例を改正して罰金刑を課せるようにしているが、告発事例はまだない。業者とのイタチごっこが続いている。抜き取りは、大田区の条例で罰金刑まで規定されている立派な「犯罪」である。

 そんな中、私は抜き取り犯を見つけるたびに警告をしている。今朝も、朝8時40分頃、大田区立仲六郷小学校脇の区道上のダンボールを抜き取ろうとしていた犯人を発見したので大声で注意をし「写真を撮影するから」と申し渡した。


 犯人ら(正確には容疑者らか?)は、二人組で、車を停車るると左右のダンボールを二手に分かれて軽トラックに乗せて逃げる手口である。写真撮影後、自転車で追いかけたが川崎方面に逃走されてしまった。

 区民の方が注意するのは危険だが、せめて「何してるの?」ぐらいの地域の監視が必要ではないだろうか。



大田区廃棄物の減量及び適正処理に関する条例

第33条の2 一般廃棄物処理計画で定める所定の場所に持ち出された資源物の所有権は、大田区に帰属する。
2 一般廃棄物処理計画において区長が指定する者以外の者は、前項の資源物を収集し、又は運搬してはならない。
3 区長は、一般廃棄物処理計画において区長が指定する者以外の者が前項の規定に違反して、資源物を収集し、又は運搬したときは、その者に対し、これらの行為を行わないよう命ずることができる。

第75条 次の各号のいずれかに該当する者は、20万円以下の罰金に処する。
(1) 第30条第4項の規定による命令に違反した者
(2) 第33条の2第3項の規定による命令に違反した者


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 昨年暮れの、たちあがれ日本支部長忘年会で平沼赳夫代表が挨拶にたち、「亀井さんが言ったような年内結党は無理だが、石原さんは本気だ。年明けを楽しみに」という挨拶がいよいよ現実味を帯びてきた。

 今晩、石原慎太郎都知事、亀井静香国民新党代表、平沼赳夫たちあがれ日本代表が都内で会談を持つそうだ。この席で、新党構想の具体案が話あわれるに違いない。

 保守本流の政党が我が国に存在しない悲しさを払しょくし、我が国の伝統文化、歴史、皇室など「変えてはいけないものは変えない」、「変えるべきものは徹底的に変える」という政党が必要だと思う。残念ながら自民党にそれを求めるのが無駄なことは、谷垣総裁の力無い「野党の遠吠え」を聞けば誰しもがわかるはずだ。

 ただ、橋下大阪市長との連携が取り沙汰されてしることが気になる。一般的には世論が「大阪都構想」を支持したとの見方だが、橋下流のパフオーマンスにマスコミが同調した結果とも見れる。彼の行っている「既得権打破」「既存機構破壊」には諸手をあげて賛意を示すが、大都市の基礎的自治体の在り方については、いささかの疑問符がつくし、はたして橋下氏は「保守」なのかを見極めなければいけないのでは、と僭越ながら心配である。

 4月以降の総選挙が確実視されているとすれば、新党の結党時期は年度末までだろうか。たちあがれ日本で東京都内62区市町村唯一人の地方議員としては、大変な激動の年度末を迎えることになりそうである。国難日本のため、たちあがろう!!!




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 最近大企業の社員の間抜けぶりが目につく。区役所や議会などで「民間感覚」を訴えている身としては「民間のお役所化」が嘆かわしい。先日、いらない本を買い取り業者に出すため整理していたら「怒らない技術」という題名の同じ本が二冊出てきて我ながら驚いた。それほど、本人は「怒らない」よう努力しているのに、怒らざるを得ない状況が多いのだ。

(間抜け1)
 事務所を引っ越したところ、ガスついていなかったのでガス工事の依頼を、12月に東京ガスの関連会社(ヤクザと同じでテリトリー制)へ電話を入れた。なんと、電話に出た担当者「忙しいから当分見にいけません」ときた。

 間抜けな下請け会社を相手にしても仕方ないので、東京ガス本社に電話して「凍死したらどうする」と、間抜けな対応を指摘すると1時間で見にきた。

 年末で忙しいのはわかる。であれば、いつごろなら来れるのか、又は、改めて連絡します、ぐらいのCS対応があってしかるべきである。テリトリー制と東京ガス独裁に守られて「お役所化」した好例である。電話と同様「第二東京ガス」を作るべきである。

(間抜け2)
 私はインターネットで物をよく買う。10年ほど前に会社を廃業して、議員報酬も差し押さえられ「超貧乏」だったころ、ポンコツ車をネットで買い替えながら乗っているのを見て、多くの知人から注文が来るようになり、古物の免許を取り、業者用のオークションにも参加するうようになった。

 先日、息子の先輩から「高級車の中古」が欲しい、との依頼があり、業者オークションで購入した。詳細には様々なオプションが装着されていると書かれており「キーレス」とも書かれていた。カギ穴にカギをささんくてもいい、あれである。

 ところが、購入すると「キーレスがない」と相手側の業者がいいはる。オークション運営業者も「まあ、5000円ぐらいで勘弁して。業界の常識です。」と、不思議な理論を展開するではないか。トヨタに確認すると、キーレスキーの複製には、25000円程度かかるという。

 25000円払え、と請求するも両社とも譲らない。何が業界の常識だ。「キーレスあり」と書かれている以上、キーレスの費用は払うべき、という当方の「フツー」の常識は「インチキ」に慣れている車屋さんたちには通じないらしい。

 そこで、ヤクザ犬伏。「結構だ。そのおかしな常識を正してあげよう。簡易裁判所に小額訴訟を提訴するから、出ておいで。交通費はそっちもちだよ。来なければこちらの勝訴。来るだけでも三万円はかかる。」と電話し、実際に訴状を書きはじめた。

 すると、上場企業でもあるオークション運営会社の担当もあわて、結局全額売主に払わせることになった。当たり前だろう。

(間抜け3)
 ある会社の営業マンに電話を入れたところ不在だという。では、彼が持参した商品について詳細なパンフレットが欲しいとの伝言を電話に出た女性に頼んだ。

 すると、予期せぬ回答が彼女からあったのだ。「その商品は当社のものではなく、関連会社のものなので、電話をおかけ直しください。」はあ???●●さんがすすめてきたのだから、彼に伝言してよ、と再度伝言の依頼をしたところ、さらに驚きの展開が!!!「では、伝言をお預かりしていいかどうか、確認しますのでお待ちください」ときたのだ。

 ふざけるな!!!どういう会社だ。上司を出せ!!1時間後に、平身低頭の●●さんがパンフレットを持ってきた。極端な分業制や、人材派遣が招いた弊害であろう。

(間抜け4)
 昨日クレジットカード会社から来た電話料金の請求額が、普段の倍以上になっていた。理由が知りたくてNTT料金センターに電話をして唖然!毎度、NTT大田116センター(島根県松江市で受信)の対応にはあきれていたが、相変わらず期待を裏切らないのはある意味立派ですらある。

私;03-5710-●●●●番の11月分の電話料金が異状に高いので明  細を教えて欲しい。

オペレーター(OP):それでは確認のため、電話の設置場所のご住所をど  うぞ。お名前をどうぞ。生年月日をどうぞ。

 それぞれ質問に答えた後、いつものNTTらしく期待通りの素晴らしい回答が戻ってきたのだ。

OP:本日はコンピューターの都合でお調べできませんので、明日以降あらためておかけなおしください。

私:あなたがデパートから品物を買って問い合わせをしたとしよう。散々個人情報を確認されて、あげくにコンピューターの故障だから明日電話しろと言われたらどうよ。

OP:いやだと思います。

私:だろう。いかにNTTの下請けのコールセンターでも、人にされていや なことはしちゃだめだ。明日、そちらから電話をください。

 職務に忠実な彼女は「お待ちください」と電話を保留にして待たすこと12分。

OP:それでは、明日私ではありませんが、お電話をいたします。

 ふう~NTTは、文句を言う人にだけ折り返し電話をするお役所だったんだ。ちなみに、料金センターの場所は、新潟だそうだ。人件費の安い場所にコールセンターを作るのはいいが、くれぐれも人材育成費はけちらないように。

 我が国が、ことさら左様に「無責任」国民だらけになったのは、日教組が推進した「あなたらしければいい」という「我がまま教育」の成果である、と言ったら言い過ぎだろうか。

 公立学校では、多くの「間抜け」教員を見つけることが出来るのもその証左ではなか。無論、日教組のメンバーではない「間抜け教員」も沢山するが…



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 私が区議会議員になったきっかけは、松原仁衆議院議員との出会いからである。それが良かったのか悪かったのか、判断するのは私ではなく、区民であり私の家族だろう。

 初めて松原代議士に出会ったのは、昭和の終わりだったと思う。大田区内で行われた自衛隊の宴会で、遅れて参加したところ彼の隣りの席だけが空いていた。そこに着席すると、彼が名刺を出してきた。曰く「じん、じん、じん、じん松原仁です」と。「ああ、都議に落選した松原さんですね」と、失礼な受け答えをしたのを覚えている。

 当時、彼は松下政経塾を卒塾し、無所属で大田区から都議会議員に立候補、惜敗した身であった。昭和31年の申年で同じ年。私が当時会員だった東京商工会議所大田支部に在籍している等、親近感がわき、以来、後援会員として応援をさせて頂いていた。

 彼はその後、都議に当選し国政を目指して活動をされていた。ある日「小沢一郎さんの新生党に入り大田支部を作るから結成大会に来てくれ」と、お誘いを受けた。

 区内の結婚式場で行なわれた支部結成大会には小沢一郎氏も来賓として出席され「新生党大田区議会議員公認候補者」が登壇し紹介された。確か6名ぐらいだったろう。挨拶を聞くと、なんとも頼りないメンバーだ。「松原さん、小沢さんというのは、もっと迫力がある人だろう。あんな候補者では頼りない」と耳打ちしたのだ。

 すると、翌日から松原さんの「立候補攻勢」が始まったのだ。「犬伏さん出ろ」と。さすがにサービス業の経営に携わっていた私は固辞を続けた。さまざまな政治思想を持った方々がお客様だった。その経営者が、政治色を出すべきではない、という当たり前の結論だったが、松原氏はあきれまなかった。

 結局、受諾したのだが、選挙前に新生党は解党し新進党となり、私は落選。その新進党も解党し、小沢氏は自由党。松原氏は民主党に移籍をした。私は、航空自衛隊出身の大先輩の参議院議員が自由党に移ったこと、また、当時の自由党こそが「保守本流」であると信じていたことなどから、自由党を選択し、自由党公認候補として平成11年に初当選をした。

 以上のような経緯から、良かったのか悪かったのか、松原仁衆議院議員は、私にとって「職親」とも言える存在なのだ。その彼が、民主党内の権力抗争のなか、4期生でありながら無役なのは哀れだな、と内心同情していたのだが、ついに花が開いたのだ。

 野田改造内閣で、国家公安委員長兼拉致問題担当大臣という要職に抜擢されたのだ。民主党は大嫌いであるが、松原氏の大臣就任は喜ばしいことだと思う。

 さて、その渦中の大臣がなんと本日、大森のしゃぶしゃぶ屋に現れたのだから驚きである。平成6年、私が新生党公認になった時、松原氏から「面白い経営者の会があるから行ってみたら」と紹介された、区内中小企業者団体の新年会の会場だ。




 松原氏は都議当選以来、この会の会員で国会議員になってからも新年会や節目の会合には必ず参加されていた、が、まあ今回は大臣だし無理だろうと誰しも思っていた。そこへ、突如の来訪に会場は歓喜の嵐だった。

 ハイチPKOに出発する我が愚息が、陸上幕僚長(陸自のトップ)を前にして緊張して「頑張ってきます!」と答えたところ幕僚長は「頑張らなくていい、いつも通りやれ」と励まして下さった。

 どんな状況でも、どんな立場でも「いつも通り」すること、それが出来るか出来ないかでその人の器量がわかる。

 松原大臣は、ほんの5分程度の滞在だったが、よくぞ来られた。

 祝 大臣ご就任!



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 大田区職員さんの2ch掲示板の分析によれば、私の日記は3つの分類に分けられ、その繰り返しなんだそうだ。それは「親ばかネタ」「自衛隊ネタ」「大田区職員の悪口ネタ」だそうだ。

 その分類に見事に合致している日記を今日は書かせていただくので、「親ばか」と、お許しいただきたい。 

 陸上自衛官の長男が、5年近く前に孫を産んだ(正確には嫁が産んだ)ことは何度も書いている。私は55歳の割には若づくり(自分で言うだろうか??)のため、「また子供作ったのか」などと言われて苦笑していたのだが、本日午後10時13分二人目の孫が誕生した。元気な日本男子である。


 実は、今日は「金曜日だけ飲み物6割引き」というお店で、仲間と飲んでいたのだが「破水」「出産」の報が立て続けに入ると杯もすすみ、7名でチューハイ4杯、生ビール13杯、麦焼酎ボトル2本をあけ突然「犬伏家孫誕生祝賀会」になってしまった。6割引きでなければ、とんでもない金額になるところだった。

 息子がまだ陸士(下っ端の兵隊)で、営内居住(寮生活)を義務づけられていた頃、嫁さんと知り合って結婚した。よく出来た嫁で、私の誕生日や父の日には、長男は忘れても嫁さんからはメールやプレゼントが届く。

 しかし、私はこのよく出来た嫁にドジを踏んでしまった。今、私がしている腕時計は、独身時代の長男と長男の彼女に誕生祝いに貰ったものだ。これは間違いのない事実である。が、物忘れの始まったジイジ予備軍は、ここからが問題である。

 長男の嫁に「ありがとうね!二人からもらった腕時計は大切に使っているから」と、最近お礼を言ってしまったのだ。よく出来た嫁さんは、キョトンとしながらも否定をせず笑っていた。

 が、だ!長男が後日私に耳打ちした。「オヤジ、あれは前の彼女だよ!頼むよ」ときた。あちゃ~すまん!申し訳ない。

 さて、この出来た嫁さんは、お産も安産である。初孫の時は、陣痛開始の電話で車を飛ばし1時間ほどの距離の病院に到着すると、すでに産み終わっていた。今回も、午後7時すぎに破水。10時すぎには出産終了である。素晴らしい。

 息子と言うとは、どうも子供の節目には遠くにいるという運命のようで、一人目が産まれる時は、陸自の自動車学校に入校中だったし、この初孫が幼稚園に入る時も、ハイチPKOへの派遣で入園式への出席が危ぶまれた。

 また、3月11日の地震の日、嫁や孫が大変な思いをしていた日には、ジプチの海賊退治支援に出張していて不在だった。

 そして、今回は出産予定日近くに、南スーダンPKOの隊旗授与式(結団式のようなもの)が防衛省で行われ参列していて、ドキドキ。さらに、嫁と新しい孫が退院してすぐには、南スーダンPKOに夏ぐらいまで派遣される。

 まあ、オヤジが出来なかったことを、どうか頑張って成し遂げて欲しい。ところで、2番目の名前は何とするのだろう?一番目は「りく」ちゃんだ。二番目は「くう」ちゃん?「かい」ちゃん??まさかね。

 ジジバカで失礼!

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 今日から「御用始め」である。「御用」というのも、いかにも上から目線で、時代劇の「御用だ!御用だ!」のようだ。しかし、いまだに「お上」の時代からの名残は、お役所には多く残っているのだ。

 例えば、議会やお役所に対する「お願い」を「陳情」又は「請願」と呼ぶ。辞典によれば「陳情」とは「目上の人に、実情や心情を述べること。」とある。お役所やお役人、議会は「目上」だろうか?

 また、議員の控え室のカギの「授受簿」を通称「庁中(ちょうちゅう)」と呼ぶ。これは正式名称「庁中取締簿」という。なんのことはない、最後にカギを閉めた者が「異状なし」と書いて捺印、夜間管理室にカギを返納する綴りのことだ。厳めしい名前がお役人のお好みなのだろう。

 私が議員になったころは「使走さん(しそうさん)」という仕事があった。議案などを自宅まで届けてくれる仕事で、場合によっては管理職の訃報まで、持ってきてくれたことがある。公務員だったのかどうかは知らないが、字ずらからは「使いっぱしり」とも読めるが、使走(しそう)というと、なんとなく立派に聞こえる。

 さて、前置きが長くなったが、大田区役所での議員の御用始めは、新春の集いからである。これは、大田区と大田区議会が主催して開催する「新年会」である。区内の各種団体(業界、町会、NPO、PTA、官公署等)と大田区管理職、議員が一堂に会して新年を祝うものだ。

 公費で、真昼間から酒を飲むのはどうか?という疑問は残るが、日頃区政に協力頂いている方々に、年一回ぐらいはいいだろうとも思う。

 さて、多くの区議会議員、都議会議員などが開会前から入口に並び、来場者に挨拶をするのが恒例行事である。いっぺんに区内の「オピニオンリーダー」に顔を売る大チャンスなので、大人気なのだ。

 私はと言えば「米つきバッタ」の仲間にはなりたくないし、長ったらしい「誰が書いたかわからな挨拶原稿」の朗読を聞くのが嫌なので、いつも開会30分後に行くことを常としている。今年もそうした。

 ところが、失敗!まだ区議会議長が挨拶しているではないか。2000人はいるであろう招待者は、料理と酒を前に、聞きたくもない(失礼)挨拶をたったまま30分以上聞くという「苦行」を新年早々強いられているのだ。さすが「お上」である。

 議長挨拶では「議会改革をせねば」との趣旨の言葉が聞こえたが「新年からウソいうな!」とヤジってしまった。区民の方々は、議会は「議論している」だろうと思われている。ところが、議会、特に大田区議会には「議論」は存在しないのだ。あるのは「質問」だけだ。本会議でも委員会でも「質問」することが議会だと、議員もお役人も勘違いしている。

 これを改革して議論する議会にすることが「議会改革」の本旨であるはずが、大田区議会や多くの自治体議会で叫ばれている「議会改革」は、議決事件の数を増やすとか、議会招集権を議長にも持たせる等、「制度改革」しか問題にしていないのだ。

 それを「議会改革」だと思っている議員の「オツム」を変えることこそが、真の議会改革である。もし、どこかの新年会で議長が「議会改革」の話をしたら、何をどうするのか質問して欲しい。中身はないはずである。「原稿書いた本人に聞いてくれ」と答えれば正直者なのだが…

 さて、その新春の集いで、素晴らしいツーショットを見つけた。西野前区長と松原現区長のツーショット現場である。松原政権が誕生した4年前、新政権が行った最初の仕事は、旧政権中枢の粛清だった。ほとんでの中枢管理職は区外に出向させ、旧政権への忠誠度の高くないであろう管理職には、新政権への踏み絵を迫ったのだ。その、新旧の区長が4年も経つと、かくも仲良く歓談でききるという、素晴らしい図柄である。

 お二人のステキな笑顔のように、大田区民すべてが今年一年幸せでありますよう願って料理を一品も食べずに会場を後にした。(話している間に、お開きになってしまった!)海老フライ食べたかったのに~




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 公職選挙法という極めて無粋な法律により、公職にある者、またはその候補者は、常識的な社会生活を営めないのだ。例えば、新年あけましておめでとうございます、という時候の挨拶状を配ることは禁じられている。

 お世話になった方に、お礼の品を渡すこともだめ。公私共にお世話になった方が以前亡くなった際、感謝の念を表したく生花を出そうと選挙管理委員会に相談したところ「おやめになったほうがいい」という回答だった。では、妻の名では、息子の名前では??いずれも「誤解を与えます」と却下。
悲しい立場である。

 したがって、昨年一年間この品のない日記を読んでいただいた皆さんに、新年のご挨拶が出来ないことをお詫び申しあげる。

 さて、新しい年には何か決意をしなければならないのだが、あまりに忙しい年末を終わって、考える余裕すらない、というのが実感である。ただ、年末に党の忘年会で平沼赳夫代表が話されたことによれば、政治の世界では大きな流れの変化があるようである。

 たちあがれ日本の応援団長である石原慎太郎都知事が「世直しのため、俺の名前を使え!やるぞ」という趣旨のことを話されたそうである。ただ、亀井静香氏のアドバルーンとは聊か違うようであるが。

 とすれば、またまた、楽しい戦いが始まるのかもしれない。政治の世界と経済の世界に二股をかけている立場であるが、今年もいずれの立場も疎かにしないよう、全力で頑張ることだけはお約束できることである。

 そして「いい訳」をしない「出来ない理由を探さない」という今まで通りのスタンスは、年も崩さない。

 東日本大震災の被災者の皆さんにとって、よい年になりますよう、日本中が「出来ることをする」一年にしたいものだ。

増税ばかり議論するんじゃねえぞ!能無し政権め!




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