いぬぶし秀一の激辛活動日誌
おかしな議員[わんちゃん]の激辛日誌です。日々感じたこと、活動報告、行政への提言など、本音で書き込む人気ブログです。
 



 長男がPKO要員として派遣されている南スーダンの様子を記した「Peace Keeper」という家族向け広報誌の最新号が届いた。冒頭の文章を、そのまま転載する。記事欄には、「毎日50度超」とのコメントがついた写真があり、笑顔の長男が写っていた。灼熱の地で、笑顔で頑張っている姿に、親ばかながら涙した。以下、いささか長文だが、現地の様子を知っていただきたく全文転載する。 


 雨音の気配すら感じさせない暑さで派遣隊を迎え入れたジュバ(南スーダン首都)も、4月に入ると途端に大粒の雨を降らせるようになった。

 灼熱の暑さと一桁台の湿度に乾燥し切った大地。時折吹く風が砂ぼこりを舞上げ視界を遮り、ここは砂漠かと思えたのも3月まで。月が変わるとそれまで想像もしなかったスコールが連日のように降っている。日本のようなしとしとと長雨が続き、肌寒さまで感じる梅雨の特徴とはまったく違い、降る時間は1~2時間、時間帯は夕方から夜が多く、夜間の雨には必ずと言うほど暴風が吹き荒れる。そして、日中の気温と日射しは相変わらずのアフリカらしい厳しさを維持している。

 砂漠を思わせるような暑さと乾燥に包まれていたジュバにとって、この雨の到来は恵みの雨かというと、そうでもない。

 政治を司る施設が集まるジュバの一角は、コンクリート製の建物が立ち並び、道路もしっかりアスファルト舗装されている。しかし、その道路を挟んだ向かいには土壁と茅葺きの屋根で出来た4畳程の広さと思われる家が立ち並んでいる。ジュバ市に居住する多くの住民は、暴風雨を防ぐにはとても十分とは思えない家に住み、舗装もされていない道路で生活を営んでいる。もちろん、これらの家に上下水道やトイレは存在しない。

 そのため、一度降った雨は生活の場全体を水浸しにし、一帯の衛生環境を悪化させる。同時に、舗装などの整備がされていない道路は泥沼のようになり、車はもちろん人の通行ですらままならない状況となる。


 遠く日本から来た男たちに任される仕事が、こうした地域の道路整備などである。上下水道を整備するにも、生活環境を整えるにも、雨が降るたびに通行が困難になるような道路では事が進まない。道路整備という彼らの仕事が、この国にとてどれだけ重要なのかがここにある。

 特に国連から与えられた最初の任務は、ジュバ市内を流れるジュベル川の給水点と舗装された幹線道を繋ぐ未舗装道路を整備するというもの。水道のないジュバ市やその周辺では、この川の水を給水点と呼ばれる場所でタンク車に汲み上げ、各家庭などに配送している。そして、この配られた水が生活用水や飲料水として利用され市民生活を支えている。このため、市民にとっては、給水点と幹線道を結ぶ道が市民生活の生命線と呼べるほど重要なものとなっている。

 先遣隊派遣から3ケ月、まだ整備した道路は1キロにも満たないが、すでに道行く車や人々からは隊員に「good job」などと賛辞が送られ、自衛隊の仕事を興味深そうに見守る子供たちは「ジャパン、ジャパン」と声を掛けてくる。


 国連のワッペンを着けているとは言え、見慣れぬ東洋人が何をしに来たのかと遠巻きに見ていた住民が隊員に笑顔を見せたり、言葉をかけたりするようになったことは、厳しい環境の中で活動する隊員が僅かながら成果を感じられる瞬間である。

 これがやがて大きな成果に結びつくことを信じて、隊員たちは灼熱の日射しに耐えながらひた向きに道路を整備する。

 そんな彼らの周りには、今日も子供たちが集まる。



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 どこぞの芸能人の母親が生活保護を受けていた、とマスコミが騒ぎたてているが、今更の感がある。大田区では2300億円余の年間予算のうち、ざっと500億円が生活保護を中心とした扶助費、そして、500億円が職員の人件費である。そして、「ものづくりの街」などと言っているが、産業振興費はたかだか、20億円にすぎない。

 生活保護は、預金20万円以下、不動産などを所有していない、などの制約があるが、これなども「ハウツー本」やネットで生保の受け方などが詳しく記載されており、偽装離婚、世帯分離など様々な「手法」がある。

 本当に保護が必要な方には、当然支給すべきだが、「生保にたかる」業者と組んでいる確信犯は、調査を厳格化して支給を停止すべきである。特に最近の傾向では、外国人女性の生活保護が増えているようだ。その中でも多いのがフィリピン国籍の女性。

 東京都の外国籍生活保護世帯5310のうち、フイリピンが1157世帯、中国が999世帯に上る。あるフィリピンの雑誌には、「日本の男と結婚し子どもと産んで離婚。生活保護を受ければ安泰」とまで書かれている。ちなみに、シングルマザーで学齢期の子ども二人いれば、月額23万円程度が支給される。日本男子よ騙すな!騙されるな!

 さて、先日の区議会都市環境委員会での報告には,さらにあきれた。事件の概要は以下のとおりである。

4月22日、区内の呑川という河川に不法係留されていた船(船長11.5m、重量4・4トン)から油が流出して異臭がするとの苦情があった、と交番から通報があった。

区は、東京都と協議のうえ、この船を公費(税金)で引き上げ、江東区まで曳航して処理することを決定した。

 問題は、なぜ「不法係留船」の廃船費用を税金で負担しなければならないのか、という点だ。区の説明によれば、この船は長崎で漁船として登録されていたが、区内の男性に譲渡され、登録は抹消されている、のだという。

 しかし、抹消されていても船籍所有者は確実に存在するはずだし、4トンもの船が歩いて大田区まで来れる訳もない。所有者調査を実施し、費用負担を求めるべきだ、と強く区側に迫ったところ、唖然とする事実が判明した。

 この男性は、この漁船で海苔などを取ろうと思ったが、そのまま放置。自身は生活保護のうえ、アルコール中毒。これでは到底、自ら処理が出来ないだろうと区側は判断し、男性に「船の所有権放棄」を促し、持ち主がいない「落し物」として、公費で処理をしたと言うのだ。

 はたして、こんな処理でいいのだろうか。もちろん、生活保護の所管と河川の所管は、区役所内でも別の部課である。が、支出はいずれも公費だ。なぜアルコール中毒に至ったのか、そして、税金で賄われている生活保護費で、またまた酒を買っていないのか、など対処すべきである。


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 今日は、大田区議会臨時会だ。別に火急の議案がある訳でもないが、今年の議会内の役職を決めるだけで集まっているようなものだ。しかし、「役職決める」では、対外的に議会側も役人も恰好がつかないから、「どうでもいい議案(少なくとも私にはそう見える)」と出して、形を作る。

 メインイベントは「議長・副議長選挙」だ。いずれも法令上の任期は4年だが、毎年代わるのが恒例化している。それは、その肩書きが「元職」そてい使えるし、報酬も増えるからだ。

 ところが、前期あたりから自民党の議長や監査委員で「辞表と書かない」輩が出始めたのだ。これは、自民党会派の内輪もめで、うまく合意できなかった結果だ。

 前期までは、親区長派を河津派、反区長派を永井派と、それぞれのドンの名前をつけた派閥にわかれていた。人数もほぼ拮抗していて、幹事長や議長を選ぶのに、いつも対立していた。そして、ついには同じ自民党でありながら、控室に税金で壁まで作ってしまったのだ。なんともはや!

 ところが、選挙が終わり一緒になったかと思いきや、まだシコリは残っているようで、うまくいかない。ただ、それぞれの親分だった河津、永井両氏が議員を引退してしまったので調子が悪い。

 ボス猿争いの調停役たる長老すらいないサル山は大騒動である。旧河津派(区長派)は、現議長に代わり、羽田の安藤充議員を出したいらしい。これには、松原区長や、その取り巻き役人の思惑もからんでいる。

 ところが、自民党内では少数派になってしまった現高瀬三徳氏は「辞表を書かない作戦」に出たのだ。法的には議長は任期4年。辞表を書かなければ居座れる。

 そして、自民党の岸田哲治議員、どうしちゃったのか、議事録の残る議会運営委員会で「我が自民党は議長に安藤充氏を推挙する」と発言してしまったから、議会がとまってしまった。

 また、当の議長になるはずだった、安藤議員、特別委員会を欠席したのだ。なぜなら、議長は特別委員にはなれないからだ。つまり、オレは議長なのだから、特別委員会には出ない、と筋を通したつもりだろうが「筋違い」である。

 やめておくれよ、お家の喧嘩を表に出すのは。区議会最大会派としてのプライドはないのだろうか。これでは、良識ある役人に、ますます区議会が軽視されてしまう。

 もっと言えば、誰が議長になるか、そんなことは区民にとってどうでもいいことである。痴呆議会と言われないよう、まともな議会に変えようじゃないの!ねえ、自民党さん!

(参考)
区議会議長になると、月額報酬1.5倍、交際費年間500万円、黒塗りの運転手つきの専用車、その他様々な恩恵があるらしい。(絶対になれないから興味ないが)



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 今日は、18時半から「たちあがれ日本」特別研修会が都内のホテルで開催された。講師は、石原慎太郎東京都知事である。「策は密なることを旨と…」と、多くを語らない我が党幹部だが、そろそろ新党について何らかのコメントが聴けるだろう、と期待しつつの参加だった。

 結果は、また「煙にまかれた」という感じだ。いつもながらの石原節でまくしたてた要旨は次のようなものだ。


この国の政治家は、役人を切ることばかり考えている。彼らを使いこなす発想がない。知識と経験の宝庫を使わねばだめだ。

幼稚な人間は、何が一番重要かわからない。目の前の小さな矛盾の裏にある大きな矛盾を解決しなければいけない。我が国の大きな矛盾は、憲法と単式簿記の公会計だ。

俺は、一橋大学に入って公認会計士になろうと思ったが、半年で合わないと悟って、会計士はやめた。そんなオレだってわかる。この国には財務諸表がないのだ。町内会と同じ単式簿記だ。バランスシートを作らなくちゃいけない。

憲法だって、占領中に作られたものだ。こんなものを後生大切に使っている国はない。改正論議がされているが「占領中に作られたすべての法律を破棄する」と言えばいいだけの話だ。簡単なことだ。

人がやってうまくいったことをマネすることは悪いことではない。橋下はすぐやるからえらい。橋下と考えが違うって?いいじゃないか。土佐と薩摩だって違ったんだ。

経済団体もひどいもんだ。経団連のお偉いさんは、昔は国家のことを考えていた。いまの連中は、業界や自社のことしか考えない。

自分の祖父や父のお弔いもせず、ミイラにして年金をもらっているような国は日本だけだ。テレビはバカバカしいお笑い番組ばかり。日本中、金銭欲と物欲と性欲だ。

亀井が小沢と組もうと言っているが、オレは死んでも小沢とは組まない。

本当にみなさん、一緒にやろうよ。私は、いずれ死ぬ。いつでもバトンタッチする。そのために尽力するから。

 と、最後まで新党については触れなかった。

 質問タイムには、いささかドキドキした。それは、質問者の質問方法があまりにも下手くそだったことだ。5名が質問したが、うち3名が党の政治塾「かけはし塾」の卒塾生で、うちヘタクソな二人がなぜか職業は医師。延々と持論しか話さない「質問」に司会者(国会議員)から「短く」のサインが出るも止まらない。やむなく「長いぞ!質問しろ」と、私が自席から注意した。

 二人目は、まさか同じ轍を踏むまい、と聞いていれば、またまた持論展開型、こちらも医師で卒塾生。三人目は、女性の塾生らしい。まあ「お勉強が出来る才媛」的質問。さらに4人目は、見たことがない顔だったが、こちらは「とんちんかん」な質問で、知事から「君の言っていることは意味がわからない」と一蹴されてしまった。

 この方の出自を聞けば、松下政経塾で、我が党の次期衆議院候補だそうだ。嗚呼!昨今、○○塾という政治塾が花盛りだが、塾で政治を学ぶ塾生らに多いのが「上から目線」と「持論勘違い」である。

 候補者にもなっていない塾生が、偉そうに「持論で政治を語る」のは、かえって反発をかう。聴衆の教えを請う姿勢が望まれるのだが、こればかりは本人のセンズと「落選」の洗礼を受けないと、なかなかわからないだろうと思う。

 最後に、著名な学者でもあり我が党の公認候補が手をあげた。「石原都知事が総理になっていただきたい。その日を心待ちにしている」とだけ。ふ~!最後はうまくまとまってよかった。

 たった1分、2分の質問や演説で、聴衆を魅了するカリスマ性、身から湧き出るオーラー、これは塾では絶対に学べないし、実は、こいつが選挙というマーケテイングには最も重要なのだ。風で受かるヤツには、この二つが欠落しているのも共通項である。

 頑張れ、塾生!頑張ろう、日本!




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 先日も指摘したが、大田区報5月1日号の「区民の広場」という掲示コーナーに「エッ!子どもたちが危ない?大田区の教科書はどう変わったか」という反育鵬社教科書の講演会の告知を掲載したのだ。主催団体は「9条の会」、あきらかに政治目的の集会であり、「政治・宗教・営利目的は掲載しない」という基準に反している。

 担当の広報課長は私の指摘に対して「政治目的ではないと判断している」「故意に掲載したのではない」「区が事前の検閲まがいのことはできない」と強弁した。


 どうみても一瞬で「政治目的」だとわかる講演会である。では、私が「尖閣諸島購入の石原発言を支持する」講演会を開催するから掲載せよ、と迫ると「政治目的だからダメ」だと言う。面白いから試してみた。「では、尖閣諸島購入の石原発言を受けて、尖閣の歴史を学ぶ会ならどうか?」と質問すると「それならいい」とおっしゃる。どう聞いても詭弁である。

 しかし、良識派のマスコミ産経新聞は偉かった。本日発売の朝刊2面、社説の隣に4段で「区報に反対派の告知、区側、ミスと釈明」と書いてくれた。大田区教育長のコメントとして「適正な手続きを経て採択された教科書を公然と反対する政治的な活動を区報に掲載するのは不適切だ」とある。まともな感覚である。


 この掲載を見た日本中の知人、友人から「大田区はひどいな!頑張れ」とのメッセージを頂いたのが救いである。

 ところが、同じ区役所に勤務する所管の広報課長氏は、この産経の記事「区側、ミス釈明」は「事実ではない」と言い張っている。哀れな木端役人根性である。正しいことを正しいと言えない、ダメなことをダメと言えない、恐ろしい世界が「大田区役所」にはある。まるで「密告国家」北朝鮮や中国のようではないか。

 そういえば、単なる偶然だろうが、現大田区長は、日中友好協会会長だった宇都宮徳馬氏元秘書、先日2番目の副区長から筆頭副区長に昇進した遠藤氏は、大田区職員労組役員として職員を組合にオルグしていた活動家だ。さらには、遠藤氏と筆頭を交代した野田副区長は早稲田大学第二文学部で左派学生運動に関わっていた闘士だ。まさかとは思うが…

 頑張れ、良識派大田区職員!

 

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 いよいよゼミ訪台団も最終日である。最終日には、ゼミ同期で東京都幹部職員のSさんが、ホテルフロントに訪ねてきた。彼は当初、全行程を同行する予定だったのだが、公務の関係で参加出来ず、昨日奥様と台湾入りされ、本日帰国するのだという。

 昨晩、我々に合流すべくホテルに来たが、誰もいない。やむなく今朝挨拶に訪問したと。いやはや、すまんです!昨晩は突如の交流会で盛り上がり、ホテルに遅くまで戻れず。しかし、それにしても、なんとも義理堅い同期生である。

 さて、本日は最終日なので、公式日程はなく、全員で台北の市内視察だ。まずは、忠烈祠の見学である。ここは、台湾の国立戦没者慰霊堂とでも言える施設だ。日本語が流暢なガイドさんは「台湾の靖国神社です」と説明したが、日本の日教組や共産党の観光団だったら大騒ぎになる説明だ。


 さて、その「靖国神社」は、中正紀念堂と同様に、国軍が警護している。中正紀念堂とは若干違うスタイルの衛兵交代を見学した。中正は海軍だったが、こちらは陸軍が担当している。わが空軍は、やらないのだろうか?

 国家の為に殉じた方々に、後世の国家、国民が責任を持ってお祀りすること、元首や国家に対して功のあった方を尊ぶこと等は、どこの国でも常識なのだが、「非常識国家」たる我が国だけが、そうではない。その異常な国家で、さらに「異常な政党」が政権を持ったものだからたまらない。益々、世界稀に見る「超異常」な国になり下がってしまった。嗚呼!

 そして、故宮博物院研修である。そもそも私は、○○博物館、○○美術館などという所には、とんと縁がない極めて非文化的人種である。今朝お会いした、文化的見識高い同期のSさん等、昨日故宮博物院に行かれたそうだが、ご夫人と「4時間かけても見終わらなかった」と、残念がっておられた。

 入口には、大陸から来たと思われる中国人の団体客が列を作っていた。敵対していながら、これほどの観光客が来るというのも、何か不思議な気持ちだ。台湾の方と、大陸の中国人、雰囲気が違うので大体見分けがつく。一般化するのは、マトモな中国人に無礼かもしれないが、でかい声を張り上げる、列を無視する、ゴミをちらかす、服装がだらしない、だいたいこんな感じが大陸の中国人の印象である。台湾の方々に、そんな人がいないかと言えば、そうでもないのかもしれないが、私の受けた「個人的な印象」はそうだ。

 さて、その中国人が長い列を作っている展示室があった。我々訪台団は、時間がない(見学時間1時間半)ので、並ばないそうだ。ガイドさんの説明を聴きながら、館内を歩くが、磁器や出土品などの展示で、些かの興味もわかない。そこで、列を離れ、さきほどの中国人の列の後ろに並んでみた。「野次馬根性」というヤツだ。並ぶこと20分。なんてことはない、ヒスイ等宝石類の展示室だった。

 結局、館内に1時間ぐらいは耐えていたが、つまらなくなって館外へ出て、ベンチに座って中国人や台湾人の行動見学に興じた。識者から見れば、なんてもったいないことをするのか、と叱られそうである。

 食事をとって、台湾松山空港に到着。3日間バスに貼った「謝謝」のステッカーに、訪台団一同がサインをした。一枚を政治大学、一枚を空中大学に寄贈することにした。


 いよいよ、帰国。たった3日間であったが、通常の観光旅行では味わえない様々な体験、出会いがあった。台湾各大学の皆さん、そして天川先生、交流協会の美人研究員さん、日本語のダジャレが秀悦なガイドさん、お世話になりました。

再見!

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  台湾での2日目。今日は午前中は市内視察(観光?)。龍山寺に中正紀念堂を訪問した。中正とは中華民国建国の父である蒋介石氏の本名である。台北市内にある広大な敷地に、荘厳な記念堂が建っている。

 そして、毎時陸海空軍の衛兵が毎時0分に交代式を行う。実際に軍隊で行っている衛兵交代とは趣が違い、ドリルといって、演技に近いものだ。私も自衛隊生徒2年生の時に、このドリルを練習させられたが、台湾のそれは、そんな生易しいものではなかった。没後も、正規軍によって護られている建国の父は幸せであろう。


 さて、石鍋料理の昼食をとって向かったのは国立空中大学である。これは、日本の放送大学と同様に、遠隔授業を中心にして台湾全土で大学の授業を受けることができる正規の大学である。ただし、日本の放送大学が特殊法人立であるのに対し、空中大学は国立大学である点が少し違う。

 学内に入ると、なんと和服姿の女性のイラスト入りの電飾看板に「歓迎 日本放送大學」の文字があるではないか。そして、大教室には学長先生はじめ日本語学科の先生方、在校生、OB会理事長などがわれわれのために集まってくれていた。


 学長先生のご挨拶の後、ペナント交換が行われた。実は、出発の2日前、台湾側が「ペナント交換をするらしいから何か用意せよ」との指令が私のもとに届いた。もはやインターネットで作る暇はない。そこで、地元の中学校のPTAのご縁で知り合った蒲田の「トロフィー屋さん」のご主人に事情を話、超特急でペナントならぬ立派な記念盾を作っていただいた。

 その後、相互の学生の自己紹介になったが、私が「学部卒業に25年かかった」と話すと台湾側の学生から「私は20年だ」だの「20年前に入学したが、まだ卒業していない」などの紹介が続き、同じ境遇の仲間意識を痛感した。

 さらに、「しかし、修士は2年で修了できた。これには、ゼミの後に行われていた通称夜間部(飲み会)が重要な意味をもっていた。あれがなければ、修士は30年かかったと思う」と発表すると、空中大学の主任先生から「では、いまから飲み会をやろう」との提案があり、大学の前にある居酒屋へ全員で繰り出した。


 お母さんと共に空中大学の学部で学んでいるという台湾大学大学院の女子学生(日本では二重学籍は認められないが台湾はOK)、基隆地方の美人女性元村長さん、さらには、空中大学の通称エミ先生の話はたまげた。

 彼女は、15歳で美容師の見習いになり、21歳で夜間高校に入学。6年間で卒業し空中大学に入学したそうだ。空中大学を卒業したときには、美容院2店舗を経営していたが、もっと学びを深めたいと、我が国の国費留学生を受験し見事合格、上越教育大学大学院において学んだ。

 ここで、彼女の凄いのは「一極集中」のため、美容院を人に譲って勉学に打ち込む決意をしたといういのだ。現在は、空中大學で日本語の教員をしている。

 われわれが行った居酒屋さん、えらく混んでいた。実は明日は母の日。台湾では、母の日は一大イベントだそうで、家族で居酒屋さんに繰り出してきたようだ。

 そこで、あまり騒いでは日台関係にひびがはいってはいけない。日本から持参した「謝謝世界最大的支援」という横断幕を壁にはらしていただき、空中大学の先生に通訳をしていただいたところ、これまた、温かい拍手をいただいた。台湾は本当に親日的でいい国だ。

 宴会が終わり、地下鉄で台北駅前のホテルへ移動したが、せっかく横断幕を持っているのなら、ということで、地下鉄の車内、ホーム、改札と、この横断幕をひろげて歩いたところ、大騒ぎ。


 まるで、アイドルのようにカメラを向けられた。台湾の障害者団体の会長さんは、車内で名刺を下さり「日本がんばれ」と声援をくださった。ひとつ覚えの「謝謝」しか言うことができなかったが、謝意を表現できたかな、と思う。

 部屋にかえれば、同室の同期生は「夜の国際交流」に出かけて不在。もう十分飲んだから、今日はおとなしく寝ることにしよう。



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 今日から2泊3日の日程で、放送大学で修士論文のご指導を頂いた天川晃教授(現客員教授)の新任地である台湾にゼミ仲間と「追っかけゼミ」を企画した。

 羽田から一路台湾へ。旅行会社を経営していた平成13年までは、パスポートの査証欄が足りなくなるほど海外に出かけていたが、廃業してからは10数年ぶりのパスポートだ。それでも「昔取った杵柄」である。結局、にわか添乗員に任命された。(無論、無償)

 台湾に到着して最初の「仕事」は、東日本大震災において世界最大の支援を頂いた台湾の方々への謝意を書いたステッカーをバスに貼ることだ。日本政府のボケが中国に遠慮して、公式行事において台湾代表を冷遇したお詫びの意味もある。

 日本出発前に、グーグルの翻訳サイトで翻訳し、知り合いの看板屋さんに超格安で作成して頂いたものだ。3日間、このステッカーをバスの両サイドに貼って台北市内を走る。



 初日は、天川先生の赴任先である国立政治大学での講義と交流である。元々、国民党の幹部養成機関として蒋介石により設立された本学だが、現在ではエリート養成の総合大学となっている。

 会場となった教室には、大学院で日本語を学んでいる学生が集まってくれた。9.25の台湾大地震の時の話をした女子学生は、なんと「その時は爆睡していた」と日本語で語ったのには驚いた。それほど、日本語のレベルが高い。また、別の女子学生は、日本語がまだ慣れないので英語で話していいか、と流暢な英語で発言した。いずれにしても、流石一流大学である。

 講義は、東海大学教授(日本の大学とは無関係)、政治大学日本人教授、フィリピン大学教授、放送大学客員准教授と、国際色豊かなもので、大変充実したものであった。

 そして、当ゼミ名物、玄屋ゼミである。放送大学神奈川学習センターに近い居酒屋で、ゼミ終了後必ず開催される「飲み会」のことで、店の名前をとって、こう呼称しているのだ。今回の台湾追っかけゼミも、この玄屋ゼミで決定されたものだ。今日は「台湾玄屋ゼミ」と名付けられた。

 天川先生が事前に調査された「台湾の玄屋」は、それはそれは楽しい場所だった。訪台団のメンバーだけでなく、政治大学の先生、学生、台湾大学の
学生、台湾における我が国の大使館的存在の交流協会職員など多彩なメンバーでの「大夜間ゼミ」となった。


 感動的なのは、その楽しさだけではない。安さである。もう飲めない、食べれない、という程盛り上がって、私が清算にいったところ、なんと9000元(日本円で約27000円)、人数は25人はいたと思う。大満足だった。

 さらに、今晩は台北でもう一つの用事があった。台湾のロータリークラブの周年行事の祝宴に、大田区蒲田ロータリーのメンバーが訪台しており、私の親しい支援者もいるはずなのだ。

 私が宿泊しているホテルから、この方が泊まっているホテルに電話をかけ、当方のホテルとは格式が違う超高級ホテルのフロントで待ち合わせた。時刻は21時をまわっていたと思う。異国での再会に、うれしそうに出迎えてくれた彼は、私を宴席の後片付けをしている台湾ロータリーの面々に紹介してくださった。

 台湾ロータリーの皆さんは「日本からお祝いにわざわざ議員が来た」と大変喜んでいただいたが、若干の事実誤認は正に「外交辞令」としてお許しいただこう。

 先ほどの超格安とは、うってかわって超高価なビールをご馳走になり、深夜でも安全な台北の夜道をテクテクと歩いて帰った。いやはや、楽しく、充実した1日であった。

I LOVE TAIWAN!

 

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 西部邁ゼミナールや、数々の著書で「反TPP」を掲げている京都大学大学院准教授である中野剛志先生(通産官僚)が、地元大田区で講演会を開催される。

 これは、私の主催ではないが、たちあがれ日本の政治塾「かかはし塾1期生」が中心となっている「たちあがれ日本青年部」が主催する講演会である。

 定員80名という人員がいささか物足りないが、「地元枠」を頂戴したので、興味ある方はご連絡をいただきたい。

日本復活!!いま、進むべき方向は?
~TPP、消費税、エネルギー問題等~

講師:中野剛志京都大学大学院准教授

日時:平成24年5月19日(土曜日)14:30~

場所:大田区産業プラザ(通称PIO)特別会議室
   (京急蒲田駅前)

会費:1,000円

申し込み:事前予約制

メ-ル(mail@inubushi.cc)またはFAX(03-5711-8122)で、お名前、連絡先、人数をお知らせ願いたい。聴講券をお送りする。

 TPPに賛成する方々の聴講も歓迎だが、講演会の妨害目的は、警察に通報するので、くれぐれも紳士的に!



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 反日的な公務員やら、団体、さらには大田区役所の親北朝鮮・中国政策をこの日記でも書いてきたが、そのような体制を阻止出来ない「議会」にも大いに問題がある。

 例えば、大田区議会議員50名中、あの「犯罪ならずもの国家」北朝鮮と仲良くしようという「日朝友好議員連盟」に43名の議員が加盟しているという有様だ。以下、加盟していない良識派の議員のお名前を公開する。(加盟している全議員の名前は公開されてはいるが…)

自民党16名中未加盟3名(大森、伊佐治、長野)、公明党12名中未加盟ゼロ(全員加盟)、共産党9名未加盟ゼロ(全員加盟)、民主党6名中未加盟2名(黒川、岡)、ネット2名中未加盟ゼロ(全員加盟)、みんなの党2名中未加盟1名(柳瀬)、無所属、緑の党各1名全員加盟、たちあがれ日本1名未加盟

 ミサイル打ち込まれて、同胞を拉致されて、さらには国連決議を無視して核開発を行っている国と「仲良く」とは、いったいどういう精神構造なのだろうか。「隣の焼き肉やが北朝鮮だから」程度の感覚であるとすれば情けない。

 北朝鮮労働党は傘下の朝鮮総連や非公然活動組織である「学習組」に対し、「あらゆる地方議員と接触して親しくなれ」との指令を発しているのは、公安の調査で明らかになっているが、実は、公安調査庁も北の手先に侵されているのだ。

 元公安調査庁長官は、朝鮮総連が実質所有している建物の差し押さえ、競売を阻止すべく活動し検挙されている。また、元朝鮮総連大幹部の著書によれば、韓国の国会議員候補を箱根に連れ出し、資金提供をエサに取り込み、この男は、現在も韓国の国会議員として北朝鮮のため活動しているそうだ。

 この北の触手は、首都東京都議会にも浸食しており、西村真悟元代議士主宰の「西村塾」の同志である、東京都議会議員野田数(かずさ)氏から先日次のような電話があった。

都議会で、朝鮮学校の補助金について質問しようと思ったら、都議会自民党の幹部から止めるように圧力がかかり、そのうちの一人は大田区選出のS都議だった。どうなっているのだろうか。

 そして、本日、野田都議は尖閣問題や朝鮮問題など「自由に発言できない」自民党に嫌気がさして離党をされた。あっぱれである。

 以前、北朝鮮に経済制裁をすべし、との3意見書を持参して外務省と首相官邸を地方議員仲間で訪問したことがある。外務省では倉庫のようなところで嫌がられながら要望書を渡したが、首相官邸では安倍晋三官房副長官(当時が丁寧に面談してくださり「みなさんの要望はもっともだ。しかし、残念ながら敵は自民党の中にいる。」と嘆かれていたのが印象的だった。

 いま、民主党政権に国家感がないと嘆かれているが、長い自民党政権の時代も残念ながら同様だった。民主党のほうが「よりヒドイ」ということだろう。

 誇りある日本国のために、あらたな取り組みが今こそ、強く求められる!

朝鮮学校への補助金が議会で否決されない理由?



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