いぬぶし秀一の激辛活動日誌
おかしな議員[わんちゃん]の激辛日誌です。日々感じたこと、活動報告、行政への提言など、本音で書き込む人気ブログです。
 



 産経新聞朝刊の以下の記事を、まずはご覧いただきたい。(以下引用)

維新の党の江田憲司代表は20日、都内で街頭演説を行い、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」とみられる集団が日本人2人の殺害を警告するビデオ声明を発表したことについて、「安倍晋三首相は中東を歴訪中だ。『テロに屈しない』の基本方針のもとに全力で救出をしていただきたい」と述べた。

江田氏は26日召集の通常国会で審議が本格化する安全保障法制にも言及。「野放図に自衛隊を出して米軍や他国軍と協力すると、日本人も日常的にテロと直面することになる」と指摘した上で「海外に住んでいて日々テロと向き合わなければならないような米国人と同じような状況にしてはいけない」と述べた。(以上引用)

 私は、平成24年11月「たちあがれ日本」所属の大田区議会議員から「太陽の党」衆議院議員公認候補を経て日本維新の会公認候補となり、平成24年総選挙では、民主党の現職を破り次点となった。

 ところが、昨年6月突然石原新太郎氏と橋下徹氏が「分党」を決断し日本維新の会は大阪派+結の党が主流の「維新の党」、石原慎太郎を筆頭に旧たちあがれ日本系が多い「次世代の党」に分れた。ところが、マーケッテイングの基本通り「維新」の名前を継承した「維新の党」が現状維持で、次世代は壊滅的打撃を受けてしまった。

 たちあがれ日本系でありながら、維新を選んだ3名の議員、候補者が当選を決め、たちあがれの比例票で当選した古参参議院議員が維新を名乗った。私には絶対にできない「裏切り」である。が、国会という世界では「当選すればなんでもあり」のようである。

 最近も多くの支援者の方々から「もっとうまく立ち回れ」とお叱りを受けることが多い。理念や義理よりも「バッチをつけろ!」ということだ。これには正直悩んでしまう。私だけでは当選はできない。支援者あっての候補者である。しかし、理念を捨てて彼ら(たちあがれから維新に行った連中)のように、バッチに執着することは私には考えられない。

 ところが、本日の産経新聞の記事を読んで私の選択は正しかったと確信をしたのだ。江田氏のような男が代表の「維新の党」には、たとえ当選が保障されても、絶対に所属することはないだろう。

 江田氏の論理によれば「警察に協力して地域の人々が暴力団排除に協力すると、暴力団に狙われるからやめるべきだ」ということになる。暴力団には、見て見ぬふりをしてでも、家族の安全を考えるべきだ、と言っているのだ。

 集団的自衛権に反対で、安全保障政策に党内一致を見ない民主党と、あきれた代表をいただく維新の党。これでは自民党が圧倒的勝利するのも無理はない。わが次世代の党は、いまこそ、その存在がクローズアップされる時である。

 わが党執行部のほとんどが、みんなの党出身者になってしまったが、どうか出自は忘れて我が国唯一の保守政党の御旗を掲げ続けていこうではないか!

 人命第一という御旗によってテロに屈してはいけない! 


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 今日は、朝から地元の「どんと焼き」、そして新年会に顔を出した。落選後、初めてお会いする方もいて、様々なご意見を拝聴した。以下、代表的なご意見を集約してみた。

1.党をコロコロ変えるから駄目なんだ

多く聞いたご意見である。そこで、「私は一度しか党を変えていない。党が勝手に変えるんだ」と応じるが、ほとんどの方が「いぬぶしは、念がら年じゅう政党を変える」と思っているいることが理解できる。


2.政党名がわかならないから、小選挙区は「いぬぶし」比例は「維新」と書いた

まあ、普通の有権者であれば、それが普通の感覚だろう。たちあがれ日本、太陽の党、日本維新の会、次世代の党、これでは本当にわからない。申し訳ないとしかいえない。

3.もはや石原さんは過去の人だから、石原人気にはあやかるな

大田区では、多くの方々が石原慎太郎後援会のメンバーだったと語る。ところが、映像に映った石原慎太郎御大のお姿を見て、これまた多くの支援者が「もはや時代は変わった」と感じたようだ。石原慎太郎氏のような、発信力のある政治家がいなくなった次世代の党は、はたしてどうなるのか?これまた、新年会で質問されたことだ。

 ネット上では「政策が自民党と差別化できなかった」「安全保障、外交に偏りすぎた」など様々な敗因が語られているが、地元をまわった限り、そんな声はまったく聞こえてこない。

 要約すれば「ころころ党名を変えるな」「次世代なんて知らなかった」これにつきるだろう。その点、「維新の党」は「変わった」とは見られていないのだ。残念ながら、そういうことだ。

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 以下、本日の読売新聞を御覧いただきたい。(以下引用) 

 人手不足が深刻な介護分野への外国人の受け入れを広げるため、政府は5日、外国人技能実習制度の対象職種に介護を加える方針を固めた。2016年度にも受け入れを始める。
 受け入れ条件は、来日時に一定の日本語能力を身につけていることとする方針。国際交流基金などが実施する「日本語能力試験」の3級(日常的な日本語をある程度理解できる)合格者を軸に調整している。
 受け入れが認められた実習生は、2か月間の研修で介護の知識・技術を学んだ後、施設などで働きながら技能を習得する。事業者側には、賃金などの待遇を日本人と同等以上とすることを義務付ける。受け入れ人数は、当初は年数十人を想定しているが、事業者側は研修体制などを整備し、さらに増やしたい考えだ。
 団塊の世代が75歳以上となる25年度には、今より100万人多くの介護職員が必要と推計される。政府は08年度以降、インドネシアなど3か国から経済連携協定(EPA)に基づいて介護人材を受け入れてきた。だが、介護福祉士の国家資格取得を目指すことが条件のためハードルが高く、現在、国内で働いているのは約1000人にとどまる。
 実習制度では賃金などを巡るトラブルが絶えず、「安い労働力を受け入れる仕組み」と指摘される。このため政府は、事業者の監督・指導を強化する方針だ。
(以上、引用)

 『人手不足が深刻な介護分野への…』だと?なんで人手不足だかわかってないな!多くの若人が「福祉」の現場を目指して就職をする。ところが、志とは違った過酷な現場と低賃金に止む無く離職するのだ。

 ところが、政府は、さらに介護報酬を削減する方針を打ち出したのだ。つまり、ただでさえ給与が安く離職者が相次ぐ介護現場に追い打ちをかける、報酬減額。そこにふって沸いた『外国人介護従事者受け入れ拡大』、すべたが繋がっていることに気付こうではないか。

 そもそも、安倍政権は一時『毎年20万人の移民受け入れ政策』を打ち出していたが、選挙前に保守層に配慮して撤回したのだった。わが選挙区の、平将明内閣府副大臣などは『移民賛成』を表明されている。

 ヨーロッパで、フランスやオランダなど、移民を推進した国々の治安の悪化、社会保障費の増大、コミュニテイの崩壊など、成功した事例はひとつもないことに、なぜ気がつかないのだ!自民党さんよ!

 まあ、竹中平蔵氏ごときらの、『低賃金の労働力を入れろ』の大合唱にひれ伏した政策なのだろうが、日本の国柄、伝統文化を守る立ち場からは絶対に賛成できないのだ。

 介護現場の人手不足は、『介護報酬の削減』ではなく、『介護職員への付加手当支給』や、シニア世代の活用など、国内でいくらでも解決できる課題なのだ。

 さらに、所管官庁である厚生労働省の権限争いも問題だ。介護報酬は老健局(いわゆる厚生族)、外国人雇用は職業能力開発局(労働族)。さらには、社会保障費削減が使命の、財務省がかかわり、『国柄』など知ったこっちゃない『役人主導の亡国政策』である『移民促進』が粛々と進められていくのだ。

 嗚呼、『国柄』や『伝統文化』など、どうでもいい『エセ保守政党』自民党!我らが止めねば誰がやる!

 STOP!移民政策!STOP!外国人介護職促進!



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 政治に関わる者にとって、年末年始はいささか頭が痛いシーズンである。それは、忘年会、新年会の会費についてだ。会費の定まっていない忘年会、新年会などでは会費相当額を類推して支払うのだが、厳密には公職選挙法違反の「寄付行為」になってしまうのだ。

 簡単に言えば、法律を遵守すると「無銭飲食」をしなければならないのだ。最近では、政治家用に、格安な会費を設定したり、反対に割高の会費を設定して下さる、ご親切な団体もある。

 このように、政治家というのは、通常の社会儀礼を欠く人種の集まりを言う、といっても過言ではない。年賀状は答礼のための自筆によるもの以外出してはいけない。お中元、お歳暮はもちろん厳禁。

 先日、国学院大学の神職の学生に「選挙事務所開きの神社への奉納金は公選法上どうとらえるべきか」との質問を頂いた。選挙管理委員会や警察に確認した訳ではないが、以下のように答えた。

事務所開きにおいて、神職が祭事を司る「役務」の代償および、交通費等の「費用弁償」の範囲を越えなければ違法ではない。と。

 ちなみに、公職選挙法で禁じられる寄付行為の相手方は、人間(自然人)だけではなく、法人や町会、神社、地方公共団体など広範囲な団体も含まれるのだから要注意である。

 また、細かい話だが、選挙を手伝ってくれたボランテイアスタッフに、お礼に食事を奢ると、事後買収、運動員買収になるため「割り勘」でなければならない。親しい友人が亡くなっても、供花や花輪は罰則をもって禁止。ご葬儀の後に気付いて香典を持参したもダメ。(ご葬儀当日又は、それ以前に本人持参はOK)秘書や親族が代わりに出席して香典を持参もダメ。という具合だ。

 有権者は無論、ほとんどご存知ないから「会費と領収書に書くから寄付して」等と「強要」されることもある。いままで、身近で逮捕者が出なかったのは、たまたまである、としか言えない。高速道路を白バイの脇を120キロで走り抜けたら捕まるだろうが、白バイがいなければ捕まらない、そんなところだ。

 さて、そんな「いつ被疑者になるかわからない立場」に、すでに20年もいることになる。本当にあっという間だった。出馬回数7回、うち落選3回。(区議初回、と衆議院2回)

 私、いぬぶし秀一、これからも、社会的儀礼に反しながら、政治活動を行っていくので、どうか皆様、ご無礼のほどご容赦願いたい。


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 昨年の暮れの総選挙では、多くの皆様にお世話になりながら、直接お礼をすることが出来ず、大変心苦しく思っている。

 区議会議員時代から応援して下さる地元の有志の皆さんは、今回も「負け戦」の色合いが強いにも関わらず、変わらぬ応援を頂いた。事務所の設営の段階は、まだ希望がある。落選が決まった後の撤去作業。意気消沈している私をヨソに、粛々と後片付けをして下さる姿には、いまでも涙が出る。

 インターネットを通じた多くの支援者の方々も今回の特徴だった。北海道や関西から、見知らぬお名前で寄付金が届いた。富山の方からは「事務所に」と、素晴らしい神棚が届いた。さらには、選挙中、毎日「がんばれ」とメッセージをくださる全国のみなさん。

 ネット繋がりで、埼玉県、神奈川県から事務所に日参して下さった方々。事務所に泊まり込んで、朝立ちでビラを配り出勤する西村塾の仲間。そんな善意の中の選挙だった。結果は、惨敗である。政党の知名度不足、戦略ミス、等の声が聞こえてくるが、選挙は最終的には候補者の自己責任である。私の日ごろの活動不足が最大の原因だ。

 その証拠に、平沼党首も、園田顧問も小選挙区で当選されている。また、お隣の東京3区では、どんなに逆風でも12万票台をキープしている松原仁代議士(民主党)の例など、好例がある。彼のドブ板選挙は驚異的ですらある。

 ただ、古い支援者からは「信念だけでは当選できない!」「当選できる政党に行ってくれ」との悲痛な声も聞こえてくる。誠に申し訳ないことだ。しかし、区議時代に何度も自民党入党を周囲から打診されて断り続けたのは、自民党の区議では「信念を貫けない」と感じたからだった。

 信念をまげて当選するのと、信念を貫いて落選するのはどちらを選らぶ?との究極の質問があったらどうするか。迷わず後者を選ぶ。そして、やせ我慢ではなく、壊滅的打撃を受けた、次世代の党は大丈夫だと思っている。

 それは、指導者たる平沼赳夫党首が信念を曲げていないからだ。確かに、ご自分についてきた多くの候補者が落選したことに心を痛められているだろうが、みんな承知で、ご一緒しているメンバーだ。

 園田顧問は、これ以上負け戦を部下に味あわせたくない、と我々の去就につき策を練られていると聞く。ありがたいことだが、どうか、もう少し、この「信念の党」で戦わせていただきたい。

 わが党の重鎮でもある江口克彦参議院議員は、その著作の中で孤独に陥っても信念を貫けと書かれている。

指導者の心得るべき事という氏のコラムは、実に蘊蓄があるので、ぜひご一読されたい。

 ちなみに、江口氏はパーテイなどでも常に裏方に徹し、参加者のシャッターを押すなど、腰の低さは素晴らしい方である。ただ、一つだけ「地域主権型」道州制論は組できない。「主権」は、国家と国民にのみあって、地域には存在しないのだ。「地域主導型」ぐらいではないだろうか。(僭越ながら…)

 さて、長々と書いてきたが、これからも、私は政治活動を続けていく覚悟だ。そして、それには、平沼赳夫党首のもと、西村真悟前代議士、田母神俊雄元航空幕僚長等の素晴らしい指導者とご一緒できるボーナスがついているのだ。

 どうか、古くからの支援者の皆さまには、今年も、私の我儘をお許し頂きたくひれ伏して、新年のご挨拶としたい。


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