いぬぶし秀一の激辛活動日誌

おかしな議員[わんちゃん]の激辛日誌です。日々感じたこと、活動報告、行政への提言など、本音で書き込む人気ブログです。

さようなら大田区議会!最後の一般質問

2012-11-30 | Weblog
たちあがれ日本改め、太陽の党、さらに改め日本維新の会の犬伏秀一でございます。一身上の都合により、大田区議会における最後の一般質問をさせていただきます。

思い起こしますと、13年前区議会議員に初当選以来、理事者の皆さま、議会事務局の皆さまのお手を煩わせるほどに会派名がかわりご迷惑をおかけいたしました。当選当初は、自由党、途中から、民主党、未来、と合流し、略称「民・自・未」となり、その後その会派が分離し、自由党に戻りました。平成19年の統一地方選挙後には、荒木秀樹議員、奈須りえ議員と会派を組み、「ネ・無・自」となりましたが、これも途中でそれぞれの会派に分かれ、私は「改革110番」と会派名をかえました。

さらに、平成22年6月に「たちあがれ日本」、つい先日「太陽の党」、その数日後に「日本維新の会」と、実に13年間で7つの会派名を名乗ったことになり、われながら驚いております。

この4期13年、はたして私は区議会において、または、大田区において何をしてきたのだろうか、7つの会派を名乗ってきたことを含め、最近しばしば自問自答をしているところでございます。
ふりかえりますと、私の議会、政治活動の原点は「区民の常識」と「区役所・学校の常識」の乖離を埋めることにつきた、と申し上げても過言ではないと思います。

民間でも、それぞれの企業には長い間の歴史があり、それぞれの企業文化がありますが、私が見聞きした公務職場での悪しき慣習は、民間、又は区民一般の理解をはるかに超えるものでありました。

それぞれの問題に対し、議会質問、委員会質問、時にはマスコミやブログを利用するなど、イソップ童話ではありませんが、「北風の突風」によって、様々な問題を解決、改善してきたものと自負しております。しかし、その方法ゆえ、時として、区長、教育長、両副区長、理事者、職員、議員の皆様には不愉快な想いをさせてしまったともあろうかと、この際、深くお詫び申し上げ、お許しを賜れば、と思っております。

そして、この13年間には様々な出会いがあり、様々な事案に遭遇いたしました。それら一つ一つは大変勉強になり、私の原動力となっております。

先ほど述べましたように、私は「太陽の党」の新しい1000枚の名刺を無駄にしてしまいました。ところが、名刺を無駄にしたのは初めてではありませんでした。平成15年5月、2回目の当選直後、私は区議会において「都市整備委員長」として指名される予定でしたし、臨時委員長に渡たされた進行シナリオにも、そのように書かれておりました。すぐ使えるようにと、「都市整備委員長」の肩書のついている名刺を1000枚発注をいたしましたが、それが使えなくなってしまったのです。

臨時委員長から指名された委員長の名前は、私ではなかったのです。委員長指名の前に本会議で行われた議長、副議長選挙において、慣例により就任が予定されていた議員に投票したかったことが原因であろうと思われます。このことに怒った私は、「ふざけるな」とばかり、委員会室を飛び出したのです。すると、外には、先輩である荒木秀樹議員が仁王立ちになって「犬伏君戻れ。耐えるんだ」と諭してくださいました。今思うと、大変ありがたいことでありました。議会では様々な波紋を起こしていた私を、各会派の議員各位には「わんちゃん」と呼んで親しくして頂いたことも感謝であります。

御礼とお詫びはこれくらいにして大田区において積み残した課題について申し上げます。

まずは、中小企業対策について申し上げます。

大田区内業者は無論のこと、我が国の企業の99%が中小企業です。「中小企業対策」といえば「融資制度」に話が行く、「商店街対策」といえば「補助金」になる、そんな古い施策では、激動の時代には対応できません。対症療法ではなく、抜本的な解決法を見出す必要があります。売上増に連なるビジネスサポート機能の充実やベンチャー支援制度等の見直しが必要です。中小企業に対する信用保証制度も改善しなければなりません。保証料を支払いながら、破綻した経営者は、死ぬまで債務を払い続ける現制度は、私を含む志ある中小企業経営者の再挑戦を阻害しています。基礎自治体である大田区だけでは解決できない問題ではありますが、今後ぜひとも再挑戦が可能な制度設計のご検討をお願いするものであります。

次に心に残るのは、独居老人・親亡き後の障がい者の方々が安心して暮らせる仕組みづくりについてであります。大田区では、特別養護老人ホームの待機者が1500名を超えています。大田区も民間が建築する、グループホーム、軽費老人ホーム、老人保健施設等への支援を行っていますが、まだまだ足りません。また、親御さんが亡くなった後の障がい者の方々の入所施設もまったく足りません。施設建設だけに頼るのではなく、在宅で安心して暮らせる仕組みづくりの策定が急務であります。

また、入札改革についても道半ばであります。                      
大田区の一部入札について、業界団体内で事前調整、所謂談合が行われたとの情報が、区議在任中の13年間、複数回寄せられました。
大田区予定価格の95%を超える効率の落札や、不落随意契約も後をたちません。昨日の区長の答弁では、必ずしも23区の中では高率ではない旨のお答えがありましたが、全国的に見れば、まだまだ高水準にあります。
区内業者優先、大田区からの受注実績優先の制限付き競争入札では、入札改革はなかなかすすみませんし、業者の価格競争力の増強も望めません。価格、実績、区内などの条件を点数化する総合評価方式の導入など、入札改革の取り組みを今後も行っていただきたいと思いますが、その取組みとご決意をおうかがいいたします。

次に子供たちが日本に誇りを持ち、精神文化を高められる区立学校教育についておうかがいいたします。

戦後の公立小中学校では全国的に「自虐的歴史教育」が横行しています。「日本は悪い国だ!悪い国だ!」と教えられた子供たちが、自国の未来に夢を持てるでしょうか。「あなたらしければいい」という理由の、「わがまま個人主義教育」の結果、「人のために働く、生きる」という、我が国の伝統的精神文化が壊され、家庭が崩壊しています。守るべき伝統文化を学び、祖先を敬い、礼節を守る教育が求められています。

そのような時に、大田区教育委員会が育鵬社の歴史・公民教科書を23区で唯一採択したことはおおいに評価すべき偉業であると、採択に賛成された教育委員各位に謝意と敬意を表するものであります。今後も、子供たちが、日本の歴史に誇りを持って、自らの将来に夢を持てる公教育を大田区からすすめていただきたいと念じてやみませんが、そのお取組みをおうかがいいたします。

最後にイジメ対策についておうかがいいたします。
残念ながら、大田区の区立小中学校においてもイジメが行われております。報道になるほど大きなものは発覚しておりませんが、小さなイジメで悩んでいる子供たちがこの瞬間にもいるのです。イジメ対策を一部の担任教員や生活指導教員に委ねるのではなく、大田区全体として「イジメは絶対許さない」との姿勢を示し、専門的チームを創設すべきと考えますが、取組みへの決意をおうかがいいたします。
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以上で質問は終わりますが、昨年3月11日に発生した東日本大震災の被災地において、私が東京都医療救護班の一員として気仙沼市、陸前高田市で活動した際の感動をお話ししておきたいと思います。

壊滅的で私のような元気いっぱいの者でも心が萎えてしまう悲惨な光景の被災地で、全国の自治体、公立病院などから派遣された公務員の方々が、寝食を忘れて、被災地支援に当たられていました。その勤務時間は、毎日15時間近くにものぼり、誰一人文句も言わず、粛々と職務にあたっていました。もちろん超過勤務手当など臨むべくもありません。

この方々と被災地支援を共に行ったことで、私の公務員に対する想いには些かの変化がありました。それは、「公務員は一人でも少ないほうがいい」という想い、さらには「公立病院も経済原則を導入すべし」というものです。
今回のような大規模災害時に、広域支援をするためには、ある程度の余剰人員が必要であります。それは民間ではなかなか出来ないことでもあります。
 さらに、私の心を躍らせたのは、一ノ関市の宿泊拠点のエレベーターで、見慣れた防災服を着用した若い大田区職員さんと遭遇したことです。普段、議会などで服務規律の乱れに対して糾弾している相手ではない、頼もしい姿がそこにありました。

私は、一身上の事情により、この場を去りますが、いかなる立場になろうとも、皆様と共に、この大田区役所に、そして地方自治の最前線にいたことを誇りに思い戦ってまいります。昨日青年会議所主催の公開討論会に参加いたしましたが、国会議員のお二人、エリートサラリーマンの方、いずれも高尚なご高説をお持ちでしたが、やはりそれは、永田町や霞が関、大手町の視点でありました。問題は常に最前線、現場にあることを私は13年間の経験で教えられました。

みなさん、長い間大変お世話になりました。そして、ありがとうございました。


日本維新の会