かぶれの世界(新)

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「格差社会」に思う

2006-04-17 11:46:35 | 社会・経済

争点としての格差社会

小泉政権の行き過ぎた構造改革の結果として「格差社会」が生まれたという指摘が最近のホットなトピックになっている。勝ち組と負け組の格差が開いて2極化が進み、教育・職業などで社会生活が固定化して将来に希望の持てない社会が出現しつつあるという説である。

小沢民主党代表は格差を主要課題として自民党と競う姿勢を明確にし始めた。しかし、民主党は構造改革がまだ不十分だから格差が開いたという全く逆の立場にある。格差社会の因果関係は構造改革の「行き過ぎ」と「不十分」という相反する説明があり必ずしも明確でない。

いずれにしても経済が全く均質に成長することはありえないので、どこかで調整が必要なのは間違いない。全体を引き上げながらいつどういう方法で調整を図るかが今後争点になる。私が普段注目している個人資産の視点から見て格差がどう変化したか以下に議論したい。

格差拡大は90年後半から

それはデフレ経済に突入した98年、民間企業が構造改革を断行し3つの過剰を解消しようと腹を決めた頃から始まったと「希望格差社会」で山田昌弘氏は主張している。私は99年に米国から帰任しその後数年リストラで構造改革の現場に立ち会ったので、その頃の雰囲気を思い出す。

デフレ経済下、毎年売り上げが落ちていくいわば「右肩下がりの経済」を初めて経験し、企業は存続して行く為ついに聖域だった人に手をつけざる得なくなった。私はその前米国で毎年リストラを経験してきたのでそれ程驚かなかったが、我国では社員のショックを和らげる為非常に用心深い手順で実行されたのを記憶している。

グローバリゼーションが格差を加速

それでも結局、新人の採用減と退職による自然減から始め、さらに余剰社員を社内外に移動させるプロセスの中で、社員を選り分け成果主義の導入・異動による人減らし、状況が好転しない為更に構造改革が進展すると本社機能の縮小、生産現場から開発まで台湾・中国への移行が進んだ。その中で徐々に勝ち負け的な雰囲気が醸成されていったのではないかと思う。

私が日米の組織の中で働いた経験では能力に係わらず数%の人は組織の中でうまく機能できない人がいた。経済がシュリンクしていくにつれ企業は彼らを受容して力を発揮させる余裕を失った。会社の財務諸表を見れば固定費(人件費)を減らさない限り存続できないことも自明だった。

日本はフランスよりマシか?

私の直接の経験はそこまでだが、新規採用の抑制は結果的に若年労働者の職を奪った。父親が構造改革の過程で苦しむ姿を見て将来への展望を見失う若者が増えた。それでもフランスのような若者の反逆が今のところ起こっていないのは、前出の山田氏は両親との同居・支援を受けているからという。米国風にいうと「老人のディープポケット」が反逆を抑えているわけだ。

もう一つの要因はマクロ経済的には殆ど効果のなかった公共事業投資であり、結果的には土建会社救済や官僚の権益確保にしか貢献しなかった。しかし、少なくともそれによって失業者に最低限の雇用を確保してきたのも事実である。過去5年間でそういう受け皿が激減した。

私はフランスと根本的に違うのは若者世代の意識の違いと格差が人種差別から生じたものでないからと推測するが、将来そうならないと否定はしない。持つ人と持たない人が子供の教育に遡って固定化され2極化しつつあるという主張は極端だ。しかし、生活補助家庭が増加しているのは事実だ。「負け組」と言われる人の心の問題になりつつあることを憂慮する。

さて、それでは家計の貯蓄や資産が格差にどう現れているだろうか。

実態1:家計貯蓄率の低下

格差社会の実例として貯蓄率の低下が指摘されている。しかし、日銀が公表した家計や個人の金融資産の推移から見てみると、私には世代間格差問題のほうが余程深刻ではないかと思える。先ず世代間の貯蓄率を見ると若い世代の貯蓄率は低下していない。

国民経済計算によると、日本の貯蓄率は1991 年度の15.2%から2001 年度には6.8%まで低下しており、その後2003 年度に7.5%に回復した。格差社会説の主張によれば若い世代の失業率の上昇および賃金デフレの影響が貯蓄率低下を招いたはずだ。しかし、実際のところ日本の急速な高齢化(具体的には、非就労高齢者の増加)が貯蓄率低下の構造的要因となっている。

現実は高齢者の貯蓄率低下

過去15年間の貯蓄率を見ると60歳未満の世代の貯蓄率は安定して20-30%で推移しているのに対し、60歳以上の貯蓄率がこの5年間で急激に低下している。高齢者の退職が増加し人口比が高まり全体の貯蓄率を低下させているのである。

マクロで見るとよく言われているように、過去5年間は国の借金がどんどん増え、その分だけ金融機関と企業の余剰資金が増加、家計の貯蓄が微増という構図である。しかし、その前の10年間バブル崩壊後も家計の金融資産が500兆円も増えたことを忘れてはいけない。いずれにしろ団塊世代の退職を迎えこの貯蓄率低下傾向は更に進むと見られる。

実態2:保有資産

次に土地や住宅など不動産を含む家計の保有資産を見るとこの10年間に大幅に目減りしている。金融資産が94年から10年間で100万円増えて950万円になったのに対し、宅地が19943640万円だったものが、20042180万円まで減っている。家、土地に数十年のローンを組んだ場合、デフレ経済の10年の間に資産は1460万円減ってしまった。

しかも、資産目減りは公平ではない、世帯当たりの資産額が1番低い30歳未満と1番高い70歳以上の人を比べるとその資産額の差は、99年で6.7倍、2004年では7.3倍にまで開いた。この差は高齢者が最もお金持ちで、かつ不動産のように目減りしなかった金融資産をより多く保有しているという日本特有の構造に起因している。

老人大国日本

資産の配分から見る限り、最も深刻な問題は世代間格差であると私には思える。日本の老人世代は世界有数の資産を抱え、消費や投資をして景気を刺激して社会に貢献することもなく、世代内の弱者を盾に年金や社会保障を声高に主張し、大きな国内政治的影響力を持っている。モラトリアムに陥った若者世代はこの老人世代の庇護下で意欲を失っている構図である。

老人世代は頑張って日本の豊かな社会を築いたのは間違いないが、マクロで見ると資産を抱え何処にも還元せずお墓に持っていこうとしている。政策として個々の問題を解決していく時、この老人世代の資産がもっと前向きな形で社会に還元されるシステムの構築が望ましい。しかもできるだけ行政の手を経ないで。

老人資産の世代間移転と社会還元

フランスの深い悩みを見れば、労働者の既得権益を守るため若年労働者の権利を犠牲にする制度が廃案に追い込まれたように、対策を誤ると国家を危うくする。幸い日本では経済回復が顕著になり企業が雇用を増やし始め、低下し続けた労働分配率が上昇する見通しがでてきた。フランスの経済はいまだ回復の兆しが見られない。

日本の課題は巨大な老人世代の資産を如何に次世代に移転させ社会を活性化するかであると私は考える。相続税・寄付金の税控除など税法の変更だけでは不十分なのは明らかだ。目標を明確にしないと取り組んでも失点ばかり増え政治家は手を出しにくい。しかし、急速に老齢化社会に向かう我国にとって避けることの出来ない時限爆弾の時計は毎日進んでいる。

小泉改革の後継者がやるべきこと

構造改革を今後も徹底して進めなければならないと私は考える。小泉政権の後継者は並行して世代間の資産移転を実行すべきだ。さもないと日本はフランスのような苦しみを味わうことになるというのが私の仮説だ。成長の過程で生じる格差は予測しながらその都度手当てをきちんとしていけばよい。

改革の手を緩め現実から目をそらすと世界から取り残され、配分したくともパイが縮小していくと考える。借金しても配分を増やせと言うのは無責任だ。報じられている内容によれば小沢民主党代表の主張がベストであると考える。しかし、彼の権力闘争手法は自民党時代の利権がらみの密室政治から変わった様には思えず、民主主義の透明なプロセスを危うくする恐れがある。

一方、自民党内に小泉氏ほど金と利権の臭いのしない後継候補は見当たらない。後継者政権下で格差解消の政策の名前の下で官僚の老後生活の面倒を見る仕組みや新たな利権が組み込まれる可能性はかなり高い。過去の公共事業投資が誰の役に立ったか明白である。その点では政権交代が最も良い薬かもしれない。■

コメント (2)
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