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ほぼ週刊イケヤ新聞ブログ版

コピーライター・ミュージシャン池谷恵司の公式ブログです。
私的メールマガジン「ほぼ週刊イケヤ新聞」のブログ版です。

演奏から距離を置いて分かったこと

2019年05月03日 10時19分18秒 | DIARY

演奏から距離を置いて分かったこと

2019/05/03 09:34
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とある事情で、数週間前から楽器演奏から距離を置くことになった。

小学校でコルネットを、中学校でギターを初めていらいのことだ。楽器演奏は私にとって、深い部分のアイデンティティであった。結局現在まで続けている仕事も、楽器演奏に深く根ざしている。先日も家に和音が出せる楽器がなくなったことに気づいて愕然とした。ギターや鍵盤楽器は友人に差し上げたり、預かってもらったり、あとは倉庫に預けた。では、そこでで、音楽の距離感が変わったか、というと、さほどは感じない。音楽を日常的に聴いている状況はかわらない。

ただ、たまに必要に応じて家で楽器を構えたりすると「上手くなろう」「楽器を弾くことで自分がカッコ良く見えたい」という気持ちが生じることに気づいた。前は気づかなかったがもっとそれが強だったはずだ。これは、演奏にとってネガティブか? ポジティブか? それは判断が難しいところだが、すくなくとも枯淡の域からは遠い。

私が近年ベーシストではないのにベースを弾いて楽しかったのは(必要に迫られて弾いたのだが)、ベースを弾いて褒められたいという気持ちがゼロだったからだ。自分のアイデンティティにベーシストはなかったから。むしろ私がベースを弾くことで、音楽が動き出し、成り立ち、ひょっとして自分の貢献でその音楽がカッコ良くなるのかもしれない、と思ったからだ。これは純粋に音楽のクオリティへの貢献であり、ひいては、それが自分にとっての満足だった。

近い将来か、遠い将来かわからないが、楽器演奏を再開するとき(しないかもしれないが)、楽器と意識的に距離を置いているこの時期に感じたことが、自分の音楽の糧になるのかもしれない、と思うと,何事にも意味はあるのだな、と思わされる、長すぎる10連休のなかばである。


西部邁氏の自殺が深く心に刺さる

2019年01月09日 02時49分07秒 | DIARY

 

思想的な立場は異なるが、西部邁氏は論客として卓越していたと思う。その西部氏が自殺(自裁死)をしたのか。
高校生の同級生であった妻に先立たれた西部氏は、癌で妻を看取ったときにモルヒネで意識がもうろうとなり「殺して」と頼まれるほど苦しんだ、それと同じ思いを家族にさせたくなかったとうことだ。

尊厳死、安楽死、死に時を自ら選ぶことは自分としてはポジティブな立場だが、最も意志的で見事な自死を遂げた西部氏ではあるが、それでも残された家族(長男、長女)は、非常に残念がっており、それぞれが父に対する態度を悔いている。結局深い傷跡を残してしまっている。
家族や友人と意志的に別れるという決意は、残された家族や友人にはやはり、あまりにも辛く、しかも止められなかったという悔いを残すのだろう。病死や事故死の場合は、ある種の諦念を持つことができる、それは1つの救済の形なのかもしれないが、意志を持っての死の場合は、その救済がもたらされることはない。難しい問題だ。


粋な夜電波が終わってしまった。

2019年01月03日 15時51分29秒 | DIARY

粋な夜電波が終わってしまった。

 

粋な夜電波が終わってしまった。
ここ8年ぐらい、唯一聴き続けたラジオ番組で、
音楽の質の高さ、菊地氏の話の面白さは今まで聴いたことのないレベルで
私は毎週、あらゆる方法で、進化するウェブの技術とパラレルで
最終的にはradikoのタイムフリーで聴き続けたのだった。

私は一時期プロの演奏家でもあったし、
幅広いジャンルで音楽を真剣に聴いていたし、
コピーライターになった後も音楽・楽器関係の仕事をしてきたので、
ちょっと人には負けないぐらい音楽は知っていると思っていたんだが、
菊地成孔氏に出会って、それまでの自分が恥ずかしくなった。
音楽に関する知識の広さと深さ、楽典から楽器演奏技術から、
私の専門の文章に関しても、はるかに私のそれを凌駕する筆力を持ち、
そしてなにより、音楽への愛の総量が、何倍、などという言い方では
比較にならないほど巨大なのだ。

私はラジオ以外にも映画美学、そしてペンギン音楽大学と菊地成孔さんの
話をこの8年ぐらいかけて定期的に、そして膨大に聴いてきたが、
いつも音楽への愛の深さとその大きさには圧倒されてきた。

そして昨年12月の粋な夜電波の最終回は、
はからずも、生まれて始めてラジオの番組で涙を流してしまったのだった。
とにかく音楽を聴き続けること、愛し続けること、そこへの圧倒な愛。
深く感銘を受けた。

どうか、あと数日であればradikoで、そうでなければ他の方法で、
(もしどうしてもそれが無理であれば、私が録音したので、
連絡してください、知り合いであれば送りますから)ぜひきいていただきたい。
特に最後の20分。これは音楽を愛する人であれば、きっと泣いてしまうと思います。

 

 


弟の不在について、知らない街で。

2018年11月29日 02時32分32秒 | DIARY

いま、知らない街にいて、珍しく眠れないのでブログでも書こうと思う。

もう10年以上前だが、弟を脳腫瘍で亡くした。
弟は40歳にもなっていなかった。

弟が脳腫瘍を患ったあたりで、人が死ぬ映画やドラマが見られなくなった。
今ではさすがにもうそれはないし、逆に言うと、人が死なないドラマや映画はほとんどない、ということにもその時に気づいたのだった。

そして今でも見られない、というか見ると泣いてしまうのが、兄弟を描いた映画や小説やドラマだ。

特別な仲がいい兄弟ではなかったかもしれないが、弟は今さらながら、とてもいいやつだった。俺自身、わりと人に優しいたちだと思うが、弟は俺に輪をかけて、というか、人生損するぞ、と思うぐらい優しい男だったし、スポーツが好きで俺よりもはるかにタフだった。音楽は俺の方が得意だったが、セルマーのサックスを買ってクラシックを吹いたり、俺が見ることは叶わなかったが、アコースティックギターで弾き語りのライブをしたりしていたようだった。

弟が亡くなったときには多くの友人が来て、心から残念がってくれた。

 

私が死ぬほど忙しかった会社員を辞めて一人で仕事をするようになったのも、病気になったときの弟の言葉が、深く胸に刺さったからだ。

今でも私は、弟が亡くなってしまったことの大きな欠落感から、立ち直ってはいない。

今生きていてくれたら、俺には可愛い甥や姪がいたのかもしれない。
そして弟と、どんな話ができただろうか。

返す返すも残念だ。

 


オウム真理教の死刑執行に思うこと。死刑廃止の立場から

2018年07月07日 19時58分11秒 | DIARY



私は死刑廃止論者です。
国家が人を殺すことは、あってはならないと思っています。
昨日の報道でオウム真理教の死刑確定囚の死刑執行が7人同時に行われたと聞きました。
国家が1日で7人も殺すというのは、あまりにも酷い。

死刑はどちらかというと残虐だから反対だが、
オウムはとんでもない悪人だから、
死刑にすべき、死刑でもしかたない、死刑で当然
ということは言ってはいけない。

あらゆる意味で、死刑は廃止すべきであって、
犯罪の内容、規模、人柄によって
死刑廃止はしなくていいというのはダメです。

たとえ鬼のような犯罪者であっても、法の下では平等です。
法を曲げて感情で罰するようなことがあってはいけない。

あれだけ悪いことをしたのだから7人同時に死刑にするのは当然、と
いう感情論に世論が流れているのは非常に違和感があって、
もともとオウム真理教になると、法を曲げての捜査、
逮捕があったような印象を持っていました。
とてつもなく悪いやつには、法を曲げて罰してよいというムード。

これは911の時に、アメリカがすぐに報復の軍事行動をとった、
そして世論のほとんどがそれを指示した、あの気持ち悪さに似ている。

我々はポピュリズム、感情で動かされてはいけない。

だからあえて、私はこのタイミングで、死刑廃止を訴える。

・人間は100%正しい判断をすることは不可能です。
それ故に、絶対的に後戻りができない死刑には反対します。

・どんなことがあっても国家であれ、誰であれ、人を殺すことはいかなる面でも正当化できません。




AIの話は面白い。ーデジタル産業革命の時代ー

2018年06月29日 18時01分08秒 | DIARY

ーデジタル産業革命の時代ー

AIの話は面白い。
これから取材する予定の方のyoutubeの講演をまとめて見ている。
データサイエンスとその教育、日本の状況に関わる話だ。

現在はAI,ビッグデータの時代であって、それは産業革命に次ぐ、大きな変革期。それをデジタル産業革命と言っておく。
産業革命には3つのフェーズがあった。
デジタル産業革命にもおそらく3つのフェーズがある。
今のデジタル産業革命も、AI ビッグデータが見出されたという第1フェーズにある。

第1フェーズに関しては日本はまったく乗り遅れていて、
データサイエンス人材自体がまったく育っていない。
イメージ的にはバッターボックスに出る前にコールド負け。
アメリカ、中国がすごい。
比喩としては黒船を見ている和服の日本人。

しかし第2フェーズ、第3フェーズで日本は戦える可能性がある。
それは産業革命から、クルマ、トランジスタラジオ、新幹線で
日本が買った図式と同じ。

ここでダメであれば日本は中進国、それ以下になる。


「老い」と言うもの

2018年05月15日 08時55分11秒 | DIARY

「老い」と言うものは、誰もが初めて経験するものであって、
実際になってみなければわからないし、それまでは興味は無い。

そしてなってしまえば、誰もが嫌でも、老いがわかる。
その意味で私がこうやって書き残す意義すらないものかもしれない。
ただ自分の中で大変驚きがあったので書いておこうと思う。

正確には書くのが面倒なのでiPhoneの口述による入力である。
この類は音声入力に適した内容だ。

私は「老い」と言うものは、日ごろの平均的な体力の水準などが、
ゆっくりとしたスロープを下るように、
坂道のように下がって衰えていくと漠然と考えて考えていた。

しかし、昔なら定年という歳になったここ1年程度の印象で言えば、
基本的な体力や免疫力が落ちてきているのだろうか、
以前はまったく風邪をひかなかったのに、
簡単に風邪をひきやすく疲れやすくなっている。
そして風邪をひくと治りが遅く、しかも戻りが完全ではない。

つまり老化とはゆっくりした坂道を下っていくのではなく、
歩いていると落とし穴に落ちる、そしてなんとか這い上がるが、
上がったところが以前よりも実は下がっている。
そしてまた、また落とし穴に落ちる、という形で、
だんだん衰えているのではないかと思うようになった。

ではそれを防ぐためにはどうすればいいのか。
落とし穴に落ちいる回数を減らすと言うことだ。


先ほども言ったように初体力や免疫力が落ちているので病気は風邪をひきやすい、
以前よりつまり落とし穴に落とす落ちやすい状況にある。
そこで、日ごろの注意と、こまめな予防処置によって、
できるだけ落とし穴に落ちないようにする。
それが結果的に老いを緩やかに迎える手段となるのではないか、と
今朝ほど思い当たったのだった。



タイヤとチェーンを変えただけで、バイクは死ぬほど楽しくなる。

2018年05月02日 11時28分01秒 | DIARY

 

今年の正月から1ヶ月あまり、インフルエンザ、風邪、そして都心の雪などで、

自分としても重いがけなく、バイクに乗るのが億劫な日々が続きました。

 

そして久々に乗ったバイクは、ちょっと怖かった。これは人生初の経験でした。

で意識的に乗るようにしてみると、前タイヤが結構溝が減っていてツルツルだったことに気がつきました。

そこで、30年ぐらい付き合いのある馴染みのバイク屋さん「関東ホンダ」http://www.kanto-honda.co.jp/に行ってオイル交換とタイヤの交換をお願いしました。

するとチェーンもそろそろ交換したほうがいいと言うことになり、チェーン交換も行うことに。

結局、前タイヤ、チェーンの両方を交換することで、駆動系がとてもグレードアップし、

乗っていて、とても楽しいと思うようになりました。正直言って、バイクに乗ることが死ぬほど楽しい。

走りの精度、確実なトラクションと言うものは、やはり乗り物にとっては1番大事であり、

同時にトライピング間の根幹でもあるのだなと改めて思いました。

 

いつか、シンギュラリティ(技術的特異点)が訪れたときに、自動運転は必須なものになるかもしれない。

でもその時でも、バイクはおそらく自動運転にはならないのではないか。

なぜなら、バイクの魅力のほとんどは、ライディングファンにあるわけで、

バイクを自動運転するくらいなら、自動運転の車に乗ったほうがはるかに楽だし寛げる。

コストの問題で車が無理であればスマートや軽自動車、あるいはゴーカートのような小さなものにすればいいのだ。

 

 


いっしょにやっていたドラマーが、先週亡くなった

2018年04月04日 22時51分40秒 | DIARY

20代の前半は、バンドをやっていた。

バンドをやって、事務所からお金をもらっていたのだ。信じられないことに。

その時いっしょにやっていたドラマーが、先週亡くなった。まだ五十代半ばだ。

呆然自失となった。

まだ、あの頃のことが自分で整理できていないし、総括できていない。

まだそんな状態の私を置いて、先に死んでしまった。

 

私のバンドは「はる」というバンドだった。

五人バンドだったが、中核の三人は高校の同級生だ。

コンテストで優勝し、事務所がついて、デビューが決まった頃に、

大学のサークル仲間だったドラマーとキーボードが抜けた。

そこで、同じコンテストで準優勝だったバンドが

大学卒業とともに解散すると聞いて、キーボードとドラマーを引き抜いたのだった。

 

ドラマーを口説いたのは俺だった。

ビックバンドでドラムを叩いていて非常に上手いドラマーだった。

そしてドラマーの典型的な正確だが、とても優しい気が利く人間だった。

 

そのバンドは結局最初にアルバムを出したものの(なんと佐久間正英プロデュース!)

その後は事務所の意向で名前を変えたりしながら、音楽的にも方向性がフラフラしてしまって、

俺はそのバンドから先に脱退して、佐久間正英さんの事務所でローディーをしたりしていた。

 

その後私はもう働いていたが、バンドは解散し、ドラマーの彼はプロとして活動したが

あまり長くプロの世界には身を置かず、音楽をやめてしまったようだった。

俺はアマチュアでロックバンドをやっていたんだが、

一度彼にドラムを叩きに来てもらったことがあった。やっぱりタイトで素晴らしいドラムだった。

でも、彼はその後、ドラムを売るという音楽雑誌に出したようだった。

 

その後、一度か二度、合ったし、

俺の結婚式のパーティには連絡がうまくとれなかったのに、なんとか来てくれたりしたのだった。

 

まだ、俺は絶句している。

 

 


1ヶ月ぶりにバイクに乗って、こんなに大変だったのだったのかと思った話

2018年03月14日 23時33分30秒 | DIARY

 

今まで1ヶ月近くバイクに乗らなかったのは、20代に一度、40代に一度しかなかった。

20代は海外旅行で、40代は免停だ。

そして今年、年始からの風邪、そしてインフルエンザ、さらに東京の積雪などがあり、

バイクを乗らない時期が1ヶ月ぐらいあった。不可抗力でなくバイクに乗らなかったというのは自分としては珍しいのだが、

何かバイクが億劫になったのだった。

 

とはいえ、このままだと本当に乗らなくなってしまう、と思い一週間ぐらい前だろうか、

バイクに乗り始めた。

 

これが、驚きなんだが、バイクってこんなに大変だったかと思った。

時速40km/hとか50km/hで移動しながら、一秒間に4つや5ぐらいの判断や予測を繰り返す。

しかも右手ではアクセルとブレーキ、左手はクラッチ、右足はギアシフト、左足はブレーキ。

これ、意識してやろうとすると、ものすごくたいへんだ。ドラムみたいなもんか。

 

一週間ぐらい乗り続けて、やっと前に近い状態まできたが、

まだちょっとギコチ無く、怖い気持ちがある。

電車は乗ってるだけだから楽だなー。また戻ってしまいそうだ。

 

いずれにしても、そのうちバイクを諦める日が来るだろうと言うことと、

AIが進化して自動運転が普通になれば、もっと事故は減るのだろうな、

はやくそうなればいいな、と思う今日この頃です。

 


カーリング。

2018年03月01日 00時07分31秒 | DIARY

カーリング。


オリンピックには興味はなかったが
カーリングにはやられた。
なぜなら、ビリヤードを思い出すからだ。
基本的には音楽一辺倒の俺だが、
20歳代の終わり頃、一時期ビリヤードに凝った時期があったのだった。
(結局はうまくはならなかったが)
だから手玉と的玉への角度の入り方「浅い」「厚い」「見えてる」という言葉や
石がどう動くのかを見るのは楽しい。

もうひとつ、カーリングが好きなのは、
役割が違う4人とか5人のメンバーでチームを組むんだが、
これがなんつうか、いわゆるロックバンドにソックリだ。
しかも日本のカーリング女子は全員北見出身だそうで、
日本各地から上手いが集まってきてチームになるのではなく、
地縁的な、非合理的な集まりが、
化学的な反応をして世界的なコンペティションで勝っていく。
その感じが、たまらなくバンドっぽくて素敵だ。

とはいえ、次の冬季オリンピックまで、
4年ぐらいそのことをきっと忘れるんだが。


Google Docsの音声入力を試してみた

2018年02月13日 09時39分06秒 | DIARY

 

 

 

音声入力を試してみた。


一日中キーボードをカタカタと打つのが仕事だったら

キーボードを打って出てくる文章と口で実際に話してくる文章ではやはり違うママになる

今までは精度が低く全くやる気にならなかったのだが

とあるメルマガを見てその文章が全て音声入力で書かれていると Siri

試しにやってみようと思った

ご入力の状況は私の船でもあるが不慣れもあるだ現場こんな状況だ

グーグルドックスを Chrome で開けツールのところから音声入力を選んで書いている

思ったより悪くない少し早く走っ喋っても比較的正確に入力されている

ちなみに句読点と読点は出すことができないそれは私の不慣れなのか

仕様がまだできていないのか

改行だけはキーボードで入れている

さらに言えば少し前の行で走ってしゃべっての辺りは

私の言い間違いである

音声入力で入力して言い間違えた時どうしたらいいのか


とりあえず間違いは無視していいなをしながらどんどんしゃべりすすめ

最後にテキストとして構成をかければいいのではないかというのが

今のところ現実的な解決方法ではないか



校正なしで掲出します





仕事をする姿勢 2018/2/8

2018年02月08日 11時50分08秒 | DIARY

 

最近やっと仕事をする姿勢が大事だとやっと気づいた。

姿勢とはAttitudeではなくPostureのほうだ。
昨年ぐらいから急激に仕事での出張、移動が増えた。
私はモバイルワーカーなので移動中でも仕事ができるとばかり、
カフェでも電車の中でもパソコンを開いて仕事をするのだが
電車でも新幹線と在来線のロングシートでは全然仕事のはかどり方が違う。
なぜだろう、何が違うのだろうと思っていた。


ネットの有無、それは大きい。専有面積、それもある。
でも決定的に違うのは仕事をする姿勢なのだった。

仕事をするのに適したイスと机、ワークスペースの適度な広さがあるとないとでは
能率が大違いで、たとえばゆったりしたソファーのスタバでは
快適なようで実際は仕事は進まない。


結局、仕事をするマインドであるAttitudeは、姿勢=Postureによって規定されるのだと、
いまさらながら気づく今日この頃です。



超回復の反対、それが老化 2018/02/07

2018年02月07日 17時32分24秒 | DIARY

筋肉が増強するのは、一度疲弊した筋肉が前のレベルを超えて回復するからだ、ということらしい。それを超回復という。

僕はこの年末から正月にかけて風邪、インフルエンザと連続して寝込んだ。幸い私は大きな病気もしたことがなく、それこそ風邪をひくぐらいであって、今回もそうだった。

ただ、今までとの違いは加齢だ。いつの間にか昔であれば定年の年齢になってしまった。昨年までは意識することはなかったんだが、今年の風邪はやけに堪えた。というのも体のダメージはほとんど癒えたが、風邪で萎えた気力が以前ほど回復しない。超回復ではなく80%回復という主観的な印象だ。

今まで加齢によるデクレッシェンドは、体力もメンタルなタフさも、坂をゆったりと下るように下りていくようなイメージをしていたが、実際に年をとってみると、スルスルと緩やかに下るのではなく、何かでガクっとさがる。そして若い頃なら超回復するところをフルに回復することなく終わってしまう、という繰り返しでさがっていくのだな、と思う今日この頃です。