タイトル---昨非と今過『言志録』。第1063号 23.11.28(日)
『言志録』 43 昨非と今過
〈昨の非を悔ゆる者は之れ有り、今の過ちを改むる者は鮮なし。〉
〔訳文〕 過去の非を後悔する人はあるが、現在していることの非を改める人は少ない。
〔付記〕 現在の非を改めることが大切であって、過去は悪かった、悪かったと、これを繰り返しても改まるものではない。現在の非を改めてこそ、意味があるということだ。
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〔コメント〕 仰せのとおりだと思います。その場合、「非である」とされたものをどう認識し、分析し、改善していけばいいのか、これが大事ではないかと思います。
それには世の流れ、状況を認識することも大切な要件の一つではないでしょうか。そして多くの文献を読むことも大切でしょう。お薦めは漢籍を繙き歴史的先達に学ぶこともより大切だと思います。
私の思考の骨格にあるのは『南洲翁遺訓』であります。『南洲翁遺訓』こそは人間学の基本なのです。これを参考に工夫検討すればよりよい結果が出てくると思います。
今、読売反乱事件で世論は喧しいですが、トップの方もここで引き、人々の声にも耳を傾け潔さを表明すれば、名誉が永遠に保存されるのにと思う次第です。『菜根譚』には、「事を謝するは、当に正盛の時に謝すべし。」と教えていますが、そういうことよりか、今が大事なのでしょうか。さて、歴史の審判は如何なるでしょう。