古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

2020年を振り返ってみました。

2020年12月31日 20時36分34秒 | 古希からの田舎暮らし
 高齢になると「時間の遠近感」が鈍くなります。「えーと、あれはいつだったか …… 」と思案しますが、くっきり思い出せません。そこで2020年を印象づけるためにブログから毎月の出来事を拾ってみました。
1月 村の老人会で、〈とんど〉をしました。その準備/道子さんが世話をした〈ぜんざい〉のサービス/案内チラシの配布などに頑張りました。
2月 裏山の整地にとりかかりました。特に登り口の整地に力を入れました。
3月 整地したところに、『御休み処』(テント小屋)を作ることを思いつき、四畳半のテント台を作りました。ちょっと大きな大工仕事ができて、うれしかった。
4月 裏山の階段をつくりかえました。ビニールパイプで「手すり」をつけました。
5月 前の畑に去年買った殺虫器をとりつけました。虫が少なくなる11月まで毎晩ムシをとってくれました。殺虫器を毎朝ハケで掃除しました。裏の通路を通りやすくするために、グレーチング(鉄の溝フタ)をとりつけました。太腿の裏側が痛くなりましたが、ひと月で治りました。
6月 スマートウオッチを腕につけました。大豆の品種をサチユタカにかえました。
7月 亡くなった/父/母/弟/の写真を持って、倉吉市(ふるさと)の馴染みの場所を訪ねました。ふるさとに別れを告げる旅でした。
8月 雨がひと月降りませんでした。毎日、畑や裏山に水をやりつづけました。
9月 小屋の棚を修理することを思いつき、棚を作り直しました。
10月 小屋の雨樋工事をしました。雨漏りしなくなりました。
11月 大豆(サチユタカ)は味噌作りに十分な量がとれました。小屋の屋根にプールライナーを貼りました。無事に工事をやり終えました。
12月 2018年~19年の膝痛から解放され、元気に活動した一年でした。
 コロナ禍はありましたが、田舎で暮らしていると「どこ吹く風」でした。
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少しだけ雪が降りました。

2020年12月31日 13時47分48秒 | 古希からの田舎暮らし
 年の暮れにまた自慢になりますが、我が家にも少しだけ雪が降りました。
 東の雪の眺めです。

 何年かぶりにもっと降ると思っていたのですが、これだけで〈おしまい〉です。残念。
 裏山のほうはどうか。こんな景色です。

 どちらも室内から撮りました。こんな景色が裏も表も室内から眺められる。恵まれてるなー。
 そうだ。裏山の写真で目の前に、細い切り株があります。これは栗の木〈利平〉が枯れて、伐ってしまったのです。この切り株の上に、小鳥や野鳥の餌場を作ろうと思います。
 もし野鳥が、水を飲んだり餌をついばみに来てくれたら、室内からじっくり眺められます。「かぶりつき」の野鳥観察席です。
 作るのは、屋根付きで小屋の形をした餌場にします。数年前に与呂木で家の形の餌場を見て、我が家にもほしくなったのです。
 今年のお正月は、子たち孫たちが来ません。老夫婦だけのお正月になります。日本全国、みんなそうなんだな。長生きするとえらい目にあうなー。
 では、みなさん、よいお年を。
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「母親」の「子ども支配」

2020年12月28日 03時06分18秒 | 古希からの田舎暮らし
 女優の松島トモ子が書いた『老老介護の幸せ』(母と娘の最後の旅路)という本を借りて、一気に読んでしまいました。ふだんそんな本は読まないのに。図書館の本棚から手にとったのは何かの縁かな。〈認知症/老老介護〉の実態を知りたいわけじゃない。松島トモ子のファンで関心があったのでもない。
 読んで、何を感じたか。「母親」の「子ども」を支配する〈すさまじい力〉を感じました。4歳のころから子役として映画に出て、70年超の間芸能生活をつづけてきた松島トモ子に、母親はずっとくっついていました。一卵性親子という陰口も。
 その母親がどんなふうに子どもを支配したか。次の文を読んでその凄さを思いました。母親が95歳になってから認知症になり、問題が出てきた頃の文を引用してみます。


 私は介護一年生で、一番体調の悪かった頃は、パニック障害、過呼吸、介護によるストレス障害、何も食べられないので7キロ減で33キロ。幽霊のようにふらふらしていた。
 あちこちから督促状が飛び込んでくる。見たこともないものだ。「何だ、これは?」なにやら「早く払え!」といっているらしい。自慢じゃないが4歳から仕事をしていた私、我が家の経済は祖母が握っていた。祖母が死んだ後はこの役割が母へ移行した。
 20歳過ぎ、おおいに売れていた私だが、お財布にはいつも3万円也、無くなるとまた3万円が入っていた。これより値段の高いものは母が買う。
 結婚のチャンスも無く、子どものいない私は70過ぎてからも全く我が家の経済状態を把握していなかった。母がどこの銀行へ行っていたのか、郵便局の扱いすら知らなかった。「お金はいったいどこにあるの?」悪いことに母の部屋は独立している。数年前から他人の掃除も断り、自分で片付けるといい張っているのだ。
 預金通帳はどこだ。土地の権利書、何とかファンド、ハンコ、カード。色々あるはず。まるで見当がつかない。

 このくだりを読んだとき、〈母親〉というものの「子どもを支配する凄まじい力」を思いました。ぼくにも「子供」のことを一生懸命に考えている母がいました。彼女は2019年に105歳で逝きました。彼女は文学少女に憧れて、生活力を身につけて、いつの日か都会で自活しながら文学を志す願いをもっていました。都会での生活手段として、彼女は「速記者」を目ざしました。「中根式」という速記です。
 高校3年のときぼくは盲腸の手術をして、予後がよくなくて2学期からずっと休みました。ぼくも母の願い通り、都会志向でしたが、病気でとりあえず地元の大学に進学することになりました。母の願いに沿って、ぼくも中根式速記を身につけることになりました。県議会の速記者が中根式速記だったのでその方に習い、速記練習のために、母はテープレコーダーを買いました。文章を読んで録音し、それを速記で書く練習をするのです。昭和31年当時テープレコーダーを持っている人はめったにいませんでした。「東京通信工業」という会社の、オープンリール/真空管のレコーダーです。(東京通信工業というのはいまの「ソニー」です)結局速記は、母もぼくも、モノになりませんでした。しかし母は「都会に出て文学を志し、同人誌に作品を載せ、作品集を出す」願いを果たしました。ぼくは83歳になってからこんなことが書けるようになりました。
 
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愛宕さん/祇園さん/にお参りしました。

2020年12月27日 14時49分16秒 | 古希からの田舎暮らし
 2018年の年末は、大志くん萌ちゃんとそれぞれの家族が愛宕さん・祇園さんに登って、落ち葉掃除をし、正月飾りをしました。膝痛のぼくは登りませんでした。2019年の年末は、手術/リハビリ中で「登ろうかな」と思案して登りませんでした。
 そして今日3年ぶりに、裏山にある村の祠:祇園さん/愛宕さんに登りました。「みんなといっしょに行動する人生は、もう終わったんだ」と思ったときもありましたが、こうしてゆうゆうと裏山に登れる。感謝します。
 村の方も、だれも登りません。落ち葉が10センチ積もっています。カラカラに乾いた落ち葉は滑りやすい。竹のサラエ(レーキ/ガンジキ)で落ち葉を掻くと地面が出ます。そこに足を置くと滑らない。
 落ち葉を掻きながら登りました。祇園さんと愛宕さんの石の祠を掃除して、榊を立てます。正月のメガネ飾りをつけます。

 二つの祠を拝んで、降りてきました。
 元旦の初詣では、コロナ禍を避けて、だれ一人登らない、山頂の祠にしようかな。また「とんど」で飾りを燃やすために14日にも登ります。
 そうそう、道子さんは落ち葉を掃きながらあとから降りてきましたが、「ルリビタキを見た」といってます。何年前かな。ぼくは山頂でルリビタキの写真を撮ったことがあります。あの山頂には毎年ルリビタキが来るみたいです。今日は残念だったな。
 ルリビタキはジョウビタキとちがい、見とれるような美しい小鳥です。ネットでさがしてみてください。
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紙垂を作ってお正月をむかえます。

2020年12月26日 20時06分58秒 | 古希からの田舎暮らし
 正月のメガネ飾りに紙垂をつけました。

 ネットで見ると、いろんな作り方が紹介してあります。ぼくが作ったのは、一枚の紙で両方に垂れる紙垂です。A4の紙を半分に折り、短辺も半分に折ります。それから目印の線をうすく引いて鋏で切り込みを入れます。(ネットの動画参照)
 作り方を忘れてしまい、毎年動画を見るのですが、この作り方が気に入っています。
 今日はまず裏山の登り口につけました。

 今年作り直した階段の上です。向こうに竹が見えます。今年は竹を伐りたかったのですが、鳥の巣に遠慮して途中でやめました。この冬はしっかり伐りたいと思っています。
 階段を50数段登ると裏山の頂上です。祠があります。萌ちゃんと大志くんが幼いころに作りました。子どもって祠をつくるのが好きですね。道子さんはお花を供えて拝みます。

 写真を見ると、なんとなく「神さまの入居も近いかな」という気がしないでもない雰囲気です。
 もう40年近く前のことですが、ぼくはある〈自己啓発セミナー〉を受けました。そのときはハイパワーになり、いろんな人に声を掛け、心の深いレベルで会話しようとしました。名谷に住んでいたときのことです。
 ある日、家の近くの黒住教の教会に入って信者の方とおしゃべりしました。新築の立派な教会でした。「教会を新しく建てても神様はおられるのですか」と尋ねたら「新築だから大変でした。信者の方に集まってもらい、一生懸命みんなで拝みました。床や天井や柱や壁にお祈りが浸み込んで、やっと心落ち着く空気になりました」と話されました。
 この祠も拝み込んで神さまに来ていただこう。ヨーシ、ぼくも階段を登ってお参りしよう。
 ときどき。
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「師走」の実感が乏しい〈しわす〉です。

2020年12月26日 04時43分40秒 | 古希からの田舎暮らし
「♩もう五つ寝るとお正月」なのに、田舎のおじいさんおばあさんは実感がわきません。街に暮らす人たちはどんな感じでしょうか。
 早朝4時に目覚めて「えーと、どんな正月準備をするかな」と考えてみました。このお正月は、大志くん一家も萌ちゃん一家も来ません。老夫婦だけのお正月です。だから正月準備の背中をだれも押してくれません。
 どんな準備があるかな。
〇 お正月の飾り 玄関は掛けるだけでいい。今日掛けよう。
  しめ縄(メガネ)は紙垂をつけて飾るけど、まだ紙垂が用意できてません。メガネ飾りは、3本
  セットを三つ買ってしまったので、①裏の小屋 ②裏山の登り口 ③前の畑 ④⑤裏山の祠 愛
  宕さん/祇園さん ⑥軽トラック ⑦庭の畑 ⑧萌ちゃん大志くんがつくった裏山の祠 ⑨はえ
  ーと、あの「テント御休み処」。
〇 道子さんが鉢植えを用意したので、門松の竹をつくって飾ります。
〇 年賀状は昨日になって二人ともなんとか用意できました。書くのはこれから。間に合わないけ
  ど、老人の年賀状はスロー・スローです。ぼくは大事な友だちが少なくなり、賀状が来なくなっ
  た人もふえてきました。道子さんは、友だちは生きていますが、「連れ合い」が亡くなった喪中
  ハガキが舞い込むようになりました。 
〇 年末大掃除/床のワックスがけ/はいつでもできるから、年末はパスします。
〇 お酒をたしなんだ母がいないのでふだん酒は買いません。しかし昨日ワンカップを買い、屠蘇は
  用意しました。なんとなく正月気分が出てきました。
〇 買い物はコープの宅配で間に合います。もう明石の魚の棚に買い物に行く元気はありません。

 さて、年末にすることは、ほかにあったかな。ま、忘れていても、おじいさんおばあさんのところにも、ちゃーんとお正月はきます。
 ありがたいねー。
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「老人クラブ役員会」も三密を避けてマスクして。

2020年12月24日 17時06分56秒 | 古希からの田舎暮らし
「老人クラブの新年交流会をどうするか」。相談するために、クラブの役員が我が家に集まりました。ふだん畑仕事をするときはマスクなしですが、室内で役員会をします。みなさんマスク!
 ハイ、パチリ。

 気をつかいますね。
 お正月の老人交流会/村の「とんど」/は14日の予定です。来年度は役員が替わる年です。今年はどうするか。見通しは? あれこれ話し合いました。
 久しぶりに少し雨が。空気がカラカラでしたが、ひと息ついたかな。
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中野信子『人はなぜ他人を許せないのか』

2020年12月23日 02時41分19秒 | 古希からの田舎暮らし
 東条の図書館で借りた本 … 中野信子の『人はなぜ他人を許せないのか』は今年1月に出た本です。それが6月で12刷ですから、広く読まれています。
 ひと口で感想を言うなら「この本が多くの日本人に読まれるのは、日本という人間の集まりにとって〈トテモイイコト〉だ」です。
「正義中毒」という耳なれない言葉の部分を引用してみます。


 人の脳は、裏切り者や、社会のルールから外れた人といった、わかりやすい攻撃対象を見つけ、罰することに快感を覚えるようにできています。
 他人に「正義の制裁」を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されます。この快楽にはまってしまうと簡単には抜け出せなくなってしまい、罰する対象を探し求め、決して人を許さないようになるのです。
 こうした状態を、私は正義におぼれてしまった中毒状態、いわば「正義中毒」と呼ぼうと思います。   (中略)
 多くの人は元々怒りっぽいわけでも、誰彼構わず攻撃を仕掛けているわけでもありません。普段は、あくまでも常識的な、穏やかな、態度を保てるのに、ある話題、ある状況になると、豹変してしまうのです。 …… ネットの広がりが正義中毒を顕在化させ、より強めているのではないか。

 
 ぼくは「満蒙開拓青少年義勇軍」のことで、このブログに自分の怒りを書いたことがあります。
 そうか。75年以上まえのことを怒って、ある種の正義中毒にはまっているのか。棄民を怒り、冷静に歴史を見る眼をくもらせているのか。

 


 
 
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一泊して骨休めしました。

2020年12月22日 11時40分02秒 | 古希からの田舎暮らし
 音楽会を二人ともコロッと忘れたショック/あれこれ働いた2020年のしめくくり/なんとなくひと休みしたい気分/で〈ホテル・フルーツフラワー〉に一泊しました。いまはバイキング料理でなく、給仕が料理を運んできます。
 夕食に蟹が出ました。バイキングに出ていた冷凍焼けしたガシガシの蟹でなく、しっかり身の詰まった蟹で、食べ甲斐がありました。よかったです。
 食事のあとは「イルミナージュ」見物です。「光の迷路」は一段と複雑になっていたみたいです。

 見物のお客さんは、寒いのにかなり多く、若いアベックをよく見かけました。コロナ禍で三密にならないところですから、いいですね。

 飾りの基本は同じですが、左右の通路も飾られ、光にかこまれて端っこまで歩いてしまいました。
「赤湯」の温泉は心地よく、夜と朝、たっぷり入りました。いい骨休めでした。

 19日(土)の音楽会を忘れたことはショックでしたが、よく考えてみると2018年にもそんなことがありました。12月16日に、コスミックホールで「第九」の音楽会があったのですが、「下の畑」の片付けに気をとられて忘れていました。だから〈前科2犯〉です。  
 しかしよく考えてみると「ボケた」というより「ほかの大事なことに気をとられた」です。そんな「空白」が人生にはときどきあります。
 気にしないでおこう。
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「冬至の日の出」をたしかめました。

2020年12月21日 09時56分21秒 | 古希からの田舎暮らし
 今日は冬至です。一番南寄りの山から日が昇ります。それを写真で撮っておこう。
 10日あとになる1月1日は、我が家のウッドデッキから見ると日の出が7時18分前後です。東の小高い丘(山)から昇ります。今日は7時20分過ぎに昇りました。

 写真ではわかりにくいですが、右の端に昇りかけています。
 これから日に日に左(北)寄りに昇るようになります。うつ病気味の人に「私はうつ病だから敏感で、冬至を過ぎるとうれしい。日が長くなるから」ときいたことがあります。「これから真冬になる。寒くなる」なんて思わないんだなー。
 毎朝、日の出を眺めながらスワイショウをします。両手を前後に振る(3分間)。両手を左右に振る(3分間)。かかとをトントンする(2分間 …… これは健康のために道子さんとぼくが勝手につけ加えた運動です)。太陽の昇る位置を眺めながらスワイショウは、気分がいいです。ためしにやってみてください。頭の中にいろんな思いがふつふつわきますが、そのうち無念無想というか …… 。
 
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「アーア、とうとうボケがはじまったかな」

2020年12月20日 18時14分45秒 | 古希からの田舎暮らし
 今日は朝9時から、村の役員が村の鎮守=八幡神社(=厄神)の草刈りをしました。区長からスマホにメールが入り「絶対忘れないようにしよう!」と玄関へのドアにメモを貼っていました。そして朝の瞑想/朝食をすませて、時間通りに参加しました。電動の草刈り機はちょっと不調でしたが、無事に草刈りはすませました。村の鎮守の写真です。

 鎮守の杜はもっと大樹があるほうがいいけど、我が家からよく見えます。我が家を鎮守の杜から見るとこんな景色です。

 山すそに家がかたまっています。写真の中央で、平屋の家が一軒あります。我が家です。左の高いのは隣り村の山です。うちの裏山は写真では低いですね。
「やれやれ、忘れないで草刈りに参加した」と帰ってひと息ついたとき、急に思い出しました。
 音楽会! 19日(土)は落ち葉清掃ばかりに気をとられて、音楽会があったのに忘れていました。N響コンサート・マスター・篠崎史紀さんのコンサートがコスミック・ホールであり、チケットを買っていました。座席指定で前から三列目。久しぶりの本格的な音楽会で「たのしみにしていた」のに。リビング・ルームには音楽会のチラシが貼ってあったのに。アーア!
 それにしても、道子さんもぼくも、全然思い出さなかった。ボケがはじまったな。
「残念!」の気持ちをおさえられず、どこかに行きたい。何かしたい。仕方なく、村のゴミ・ステーションの草を刈りました。

 あまり伸びていませんが「年末にもう一度刈ろう」と思っていました。それでも気持ちがおさまらず、「GO TO トラベル」でフルーツ・フラワー・ホテルに一泊することにしました。
 それにしても、ほんとにボケがはじまったんだなー。
 


 
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みんなで年末の落ち葉掃除をしました。

2020年12月19日 11時40分48秒 | 古希からの田舎暮らし
 毎年落ち葉を掃除する師走になりました。今日は、看護ステーションの若い人/三木の街のほうから畑づくりに来ている人/むかしの字(あざ)でいえば「高山」に転居してきた6軒のお宅から8人/で9時から掃除に掛かりました。
 掃除に参加したみなさんです。

 今年は雨が長く降ってないので、落ち葉が乾いています。集めるとよく燃えます。また村の方が、あらかじめ溝の草を刈り、溝に詰まった落ち葉を取りのぞき、大半の掃除をしておられました。
 写真のときだけマスクをはずしてもらいました。あとはマスクで作業してもらいました。
  みんなで、掃除をしている図です。

 みんなで仕事をしている。見ていても、なんか、いいですね。
 集めた落ち葉は、燃えて片づきました。きれいになった道路で、新年をむかえます。
 
 


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映画『天外者』(てんがらもん)を観ました。

2020年12月18日 17時25分25秒 | 古希からの田舎暮らし
 俳優の三浦春馬の死もあって、この映画は世間の関心が高いようです。ぼくは俳優のことも、この映画のことも全然知りませんでした。道子さんのすすめで、三田の映画館に観にいきました。
 映画館はいま、『三蜜』にならないように気をつけています。座席指定ですが、前後左右とも空席になるように券売機ができています。空席になるところはガムテープで座席が上げてあります。換気は上映中ずっとしてあります。映画が終わって出るとき「前から順番に」と指示がスクリーンに写ります。
 もちろん/入場時の体温/マスク/人との間隔/もきちんとチェックされます。
 映画は五代友厚の活躍を描いています。五代友厚のことはよく知りません。でも、ぼくは明治維新前後の歴史はきらいです。関心を持ちたくありません。特に新選組のような暴れ方はいやです。ですから、そんな本を読むのははじめから避けています。途中ウツラウツラしたところがあったけど、一応流れを意識して観ました。
 やっぱり、映画館での映画はもう無理だな。字幕の外国映画は聞こえなくても字幕でわかるけど、日本映画は聞こえないとわかりません。聞こうとすると疲れます。
 WOWOWで観るときは字幕が出ますから安心です。観たいときは、少し遅くなりますがテレビで観ます。
 映画がおわってから新三田のイオンで買い物をしました。三木のイオンより垢ぬけして、都会のイオンという感じです。「三田」というとむかしは「いなか」と思っていましたが、いまは三木のほうが「いなか」です。ぼくはそれが「うれしいです」けど。なんか気持ちがしっくりします。

 
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大将軍神社にお参りしました。

2020年12月16日 21時21分12秒 | 古希からの田舎暮らし
 今年3月までは「母が亡くなって一年間、毎月16日の大将軍神社にお参りできませんでした」。奉納(12の倍数のお金を入れた袋)はその月の当番に渡して、遥拝しておりました。4月からは「忌明け」になり、直接本殿にお参りしてきました。
 12月のお参りで、今年も無事におわります。道子さんは、我が家の奉納袋を、12月に一年分つくります。我が家(二人)萌ちゃん一家(三人)大志くん一家(三人)と毎月三つの袋に「奉納/世界平和」と書き、三人の干支と年齢を書いて用意します。全部で8人の干支と年齢を書かねばなりません。
 それを来年分10セット用意できました。(6/10/月はお参り日なし)ご苦労さんでした。
 今日の神社は、竹を全部伐ってしまったのでスッキリしています。

 それにしても背の高い楠です。電柱なんかよりグッと高い。昭和天皇即位記念に、全国の神社に配られた楠でしょう。1925年の苗ですから樹齢95歳ちょっとです。
 よく育ちました。
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『半地下の家族』(韓国映画)と 『万引き家族』(日本映画)

2020年12月14日 19時56分39秒 | 古希からの田舎暮らし
 先日テレビのWOWOWで韓国映画『半地下の家族』を見ました。今日はお昼にテレビのBS(NHK)で『万引き家族』を見ました。
 どちらも賞をとった、評価の高い映画です。「映画館で見たい」と思っていましたが、機会を逸していました。
 日本と韓国の「ちがい」が映画にくっきり出ていて、「そうなんだ」と妙に納得しました。
 日本人のぼくには「万引き家族」がしっくりきました。

 昨日買った〈ロール・カーテン〉を取り付けました。脚立を上ったり下りたりして、かなり時間がかかりました。でもそんな仕事を元気にできることが、うれしかったです。
 ひと仕事すんだので、とどろき温泉に入って骨休め/朝食の納豆に入れる「きざみめかぶ」がなくなったので買う/あそこの食堂(成山)で夕食/東条ルミナリエ(クリスマス・イルミネーション)をもう一度見る/ために出掛けました。

 買い物・温泉/海鮮丼の夕食/のあと、東条ルミナリエにまわってみました。寒いけど、ぼくらの他に見物客が来ていました。
 さ、早く寝て、午前2時には起きて、渋野日向子が登場する『全米女子オープン・ゴルフ』の試合を見よう。ぼくはゴルフをしません。試合も見ません。(テレビで)しかしタイガーウッズが出るとゴルフチャンネルを見ることがあります。女子は渋野日向子がイギリスで優勝してから彼女だけは見るようになりました。このままいけば渋野は、全米女子オープンで優勝。その瞬間を見たい。
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