古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

畑仕事はぼちぼちと。

2013年07月31日 05時04分57秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
                 
 去年は山芋がよくできました。かたちのいい750グラムの芋もありました。(300グラム前後から店で売ってますから2倍以上のオオモノです)
 気をよくした道子さんは、今年一畝を山芋にしました。20本以上のツルが伸びています。そのツルを、今年は丹波篠山の農家がされてるように渦巻状に巻くつもりでした。
 それがあちこちに伸びているので、写真のようにアーチ型の竹に添わせることにしました。胡麻の畝の手前が山芋のツルの架け橋です。遅れてますが竹を割ってもう一連アーチ型をつくるつもりです。
 暑いので畑仕事は「休み・休み」しています。きのうは老人会のお仲間に来てもらってお茶。7年前に引っ越してきたので昔からのしがらみがうすく、緩衝地帯になるようです。気楽におしゃべりをたのしみました。
 今年はメロンとマクワウリがよくできました。それを切って冷凍しています。お客さんがあると少し解凍して牛乳を入れて、ミキサーにかけます。おいしいメロンジュースになります。スイカも賞味してもらい、ほめられました。
 畑でとれたもので、気持ちのこもった「おもてなし」ができる。うれしいですね。
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雨の日は小屋の片付けを。

2013年07月30日 03時53分19秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
                 
 畑の入口に3年前に植えた「クララ」は宿根草なので毎年生えてきます。今年も背丈を越す高さになり、花が咲き、サヤができました(マメ科の植物です)。中に米粒ほどの黒い固い豆ができています。去年の秋、その豆にカッターナイフで切り込みを入れて水にかしました。ふやけたのをポットの土に入れたら、芽が出てきました。
「よーし、これでクララの苗がつくれる。これを植えてクララの群生をつくろう。クララを食草とする『オオルリシジミ』が飛来することはないけど、うじ虫がわかないだけでもいい」
 でも芽を出したクララは、冬の間に消滅してしまいました。今年は春にポット植えして苗をつくります。昔はクララを便所のそばに植えたそうです。うじ虫予防のために。クララという名前は、「根が苦くて、食べると頭がクラクラする」からつけたそうです。
 雨の一日でしたから、小屋の片付けをしました。大工道具や材木やネジ釘やペンチや車のワックスや家具のキャスター……。いろんなものが出てきて、そのたびにそれを磨いたり油を差したり、古釘を仕分けたり、ま、子どもが昔のおもちゃ箱を引っくり返したようなものです。
 小屋に置いたステレオで、モーツアルトの音楽/「クラシック・ヒーリング」/ナナ・ムスクーリの歌/ジブリの「妖精たちのオルゴール」などを聞きながら、片付けるのか散らかすのかわからんようなことを、一日やって過ごしました。
 こんな一日って、好きです。 
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道子さんは毎日ムシを点検しています。

2013年07月29日 06時17分48秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
                 
 写真中央はトウモロコシの雌穂です。道子さんがトウモロコシのヒゲを掻き分けて「アワノメイガ」の幼虫を見つけたところです。ピンセットの先に5ミリあまりの頭部の黒い幼虫が見えます。
 アワノメイガは葉に卵を生みつけます。しかし物凄くわかりにくい。卵を見つけられる人はまずいないでしょう。卵は幼虫になり、穂先の雄穂に入ります。それから茎を伝って雌穂に入ります。だから雄穂の段階でとってしまわないとトウモロコシが実りません。
 そこで道子さんは毎朝トウモロコシの畝を点検します。ピンセットを持って、穂先のフンで幼虫を見つけるのです。熟練しているからできる技です。ぼくは見てもなんにもできません。感心しているだけです。
 土曜日は『三木の夏祭り』があり、花火大会を見に行きました。といっても防災公園には入れませんから、少し離れたところで見ようと、「山陽道・三木東インター」近くまで行ったのです。そのあたりに車を止めて見ている人がいます。ぼくらも「千体地蔵」の駐車場に車を入れて、車内から花火を見物しました。ちょっと遠い感じもしますが、とてもよく見えました。写真を撮りましたがイマイチ。
 そういえば花火大会に子連れで行ったのはいつだったでしょう。西宮に住んでいた頃武庫川に行ったか。神戸に住むようになってからポートアイランドの花火を見たか。昔のことをときどき思い出しますが、いつ頃だったか時間の流れがあやふやです。
 年をとると人生のいろいろな出来事が、昔のことになってしまいます。そんなとき木を植えたり草花を育てているといいですね。来月を、来春を、視線を上げて、未来を見る。
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『薔薇忌』(皆川博子)を読んでみました。

2013年07月26日 05時58分08秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 作家・皆川博子の『薔薇忌』という作品集を、図書館の大型活字本で借りて読みました。
 なぜこの作家の本を読んだか。彼女は、藤澤周平の『風の果て』(文春文庫)の解説を書いていました。それに魅かれて、どんな作品を書く人かと思ったのです。彼女はこんなふうに解説を書いています。


 机の脇に、未読の『風の果て』上下二巻があった。2、3日後旅行に出る予定があり、長い車中のたのしみに、私は大切にとっておいたのである。
 ところが、つい、手がのびて、ページをめくった。
 読みはじめたら、止めるどころではない、止めようと思うゆとりもない、原稿用紙にして千枚を越えるであろうこの長編を、ひたすら、むさぼり読み、読み終わったとき、快くみたされていた。


 文芸評論家・秋山駿は、藤澤周平の『蝉しぐれ』(文春文庫)の解説を書いています。こんなふうに。

 
 或る日、私は長くさる週刊誌の書評委員をしているが、目の前にずらりと並ぶ数百冊の本の中に、この『蝉しぐれ』があった。蝉しぐれ、というタイトルがよかった。たぶんそれが私の眼を撃った。何気なく持って帰り、夜、枕頭に置いて読み出したら、いつの間にか朝になっていた。
 少年の日のように読んで徹夜してしまったのだ。私は文芸批評を始めて30年に達する。本を読むことにかけては、すれっからしである。この『蝉しぐれ』は、そんなすれっからしを、少年の心に還してくれた。 (中略)  そんな少年の心に人をして還らせること。それがこの作品の持つ第一の徳であった。六十に近い男が徹夜したのに、朝、心気は晴朗であった。


 作家・常盤新平は、『藤澤周平読本』に『海鳴り』の解説を頼まれ、こんなふうに書いています。本がいま手元にないので、内容だけ伝えます。

 この夏私は、『海鳴り』(上下二巻)を読んで過ごした。終りまで読んだらまたはじめから読んだ。4回目を読み終わった頃に、夏が終った。(たしかそんな内容の文だったと思います)

 こんなふうに、〈作家〉さえとらえて離さない藤澤周平の「すご技」。
 たしかここに引っ越した頃に、亀山郁夫の『カラマーゾフの兄弟』新訳が話題になり、ぼくらも買って読みました。7年前のことです。でもそんな気力は、もうありません。
 そんなときに藤澤周平はいい。
   海鳴り / 蝉しぐれ / 風の果て / をまた読んでみたくなりました。

 
 
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愛宕さんにお参りしました。

2013年07月25日 05時41分41秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 いま朝の5時前です。もうカナカナ蝉が鳴きはじめました。日暮れにはカナカナ蝉がしきりに鳴きます。ウグイスはいつの間にはいなくなったようです。「ホーホケキョ」と日に1000回も鳴くことがあるそうですが(だれが数えたのでしょうね)、ほとんど鳴き声を聞かなくなりました。
 きのうの日暮れも、カナカナ蝉がしきりに鳴く山道を、うちの畑で最初に採れたスイカを持って登りました。24日は裏山の『愛宕さん』にお参りする日でした。村の当番の方が参道の山道を掃き清められ、ふだんとちがった清清しい気分です。やがて数人の村の方も登ってこられ、スイカを切って賞味してもらいました。
               
 うちの村の中は、昔からのグループ分けで西と中のグループで裏山の祠をお祭りします。2軒一組の当番が山道を整え、お神酒を用意してみなさんを待ちます。当番は10年に一度回ってきます。家に不幸があったりして順番や組み合わせが変ることがありますが。
 火を焚き、藁束に腰をおろし、「こんど当番がまわってきてもし生きとったとしても、あの山道はよう登らんなー」などとおしゃべりをしながら、お神酒をいただきました。
 昼は三木の図書館と買物に出て、お昼ご飯を旧・三木鉄道・駅舎にある『えぷろん三木』の食堂でいただきました。日替わり定食は売り切れでしたが、スパゲッティーミートソースを出してくださって、おいしかったです。スタッフの方が自分たち用の食事をまわしてくださったみたいで、手づくりの気持ちのこもった食事でした。こんな食堂が存在感を発揮できる町。三木はいい街です。 
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ヤマザクラの枝を切りました。

2013年07月24日 06時18分23秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
                  
 うちの裏にはヤマザクラの木があります。その下枝が屋根にかかり、落ち葉が雨どいに詰まります。それを気にして、「下枝を切ろう」「下枝を切ろう」とずっと思いながら暮らしてきました。
 でも「切る」となるとオオゴトです。写真の2本の下枝は、直径10センチ以上のしっかりした枝です。木は斜面に立ち、地面から枝まで4メートル近くあります。梯子に登って作業しなければなりません。
「高枝切り鋏に鋸をつけて切るのは枝が太いから駄目だろうな。梯子をかけてあそこまで登り、手引き鋸で切るのは無理。梯子の上でチェーンソー作業をするのは不可能。業者に頼むしかないかな」
「切らねば……」と遠い思いを抱きながら、枝を見上げて5年ほど暮らしてきました。
 きのうの午後は、なぜか「きょう枝を切ろう」という気になりました。なぜそんなことを思い立ったのか自分でもわかりません。
 まず高枝切り鋏に鋸歯をつけて、脚立に上がって下から切ってみました。力が入らないし、何時間やっても切れそうにありません。脚立を梯子にして、木に立て掛けてみました。不安定で登る気がしません。
 お隣から本格的な梯子を借りてきました。試しに登ってみると「大丈夫」です。これなら鋸で切れそうな気になりました。枝まで登って、手引き鋸で切りはじめました。でも梯子の上で力が入らないので、切れ目をつけたくらいです。
 電動レシプロ鋸で切ってみよう。電気のコードを引いて梯子に登り、切りはじめました。桜は木が固いのでなかなか切れません。あきらめかけたとき、やっと「メリッ!」と音がしました。
                  
 写真は2本目の枝を切り落としたところです。まだぶら下がっています。大変な作業でしたが、とにかく2本の枝を切ることができました。桜は切り口から腐りやすいです。トップジン・ペーストを塗っておきました。
 長年の念願を果たしました。やれやれ!
 
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律儀なハスが今年も咲きました。

2013年07月23日 00時43分13秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
                   
 善祥寺を訪ねた数年前、住職さんにいただいたハスの根っこは、律儀に毎年花を咲かせます。庭に火鉢を置き、中に土と水と根を入れただけで何の世話もしてないのに。感心します。今年も一輪は咲き、蕾が二つ写っています。
 きのうは夕立があってホッとしました。大豆・胡麻・夏野菜などが花をつけ、水をやったほうがいい状態でした。これで3日は水やりから解放されます。
 そうそう、20日にアップした〈大きなスイカ〉を切りました。甘い!
 孫が来るというのでおやつに出します。24日は裏山の〈愛宕さん〉にお参りする日で、村の当番の方が登られます。ぼくらも登って、冷えたスイカを食べてもらいます。
 うちの畑はツバメがよく飛来しますが、ムシも多いです。きのう50株のコイモの葉を点検したら、蛾・セスジスズメの卵を30個以上見つけました。コイモの葉の表に一つだけ、小さい仁丹のような卵がついていますので、指先で払い落とします。
 ゴマにつく蛾・クロメンガタスズメの幼虫ももうすぐ見かけるでしょう。あのゾクッとする大型幼虫は、際立った存在感をもっています。最近ムシの幼虫を観察している女の子のブログを見るようになりました。題して「晶子のお庭は虫づくし」。この晶子さん、よほど虫が好きなようです。
 ところで選挙があり、自民党圧勝と出ています。テレビのニュースや新聞を見る気もしません。無視!
 年寄りは「これがこの国の国民のレベルなんだな」と思うことにします。でも若い人は気の毒です。自分の国に見切りをつける訳にもいかないし。
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『ひょうごの田舎暮らし』を読みました。

2013年07月22日 02時52分32秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
                  
 大豆・黒豆の土寄せを完了しました。今年は豆類は全部苗立てして、黒マルチをかけておいた畝に移植しました。移植して二週間、苗が定着してから土寄せしましたが、草まみれにならず、畝間を耕運して土をかぶせることができました。写真は大豆の畝で、50センチ間隔・横に2本という植え方をしています。
 ずっとむかし、神戸市西区神出で大豆畑トラストを立ち上げた2000年には、「大粒の『鶴の子』大豆がいいだろう」と種を買って播きました。全滅でした。それ以来『鶴の子』は避けていたのですが、「去年の大豆が小粒だったから種を変えてみよう」と鶴の子を買ったのです。
 いまのところ順調に育っています。白い花が咲きはじめました。鶴の子は花が早い!
 ほかに播いたのは、村の人にいただいた鶴の子、買ったタマニシキ、10年来つくっているサチユタカで、どれも順調です。10メートル7畝ですが、枝豆で半畝分くらい消費するでしょう。さあ、大豆はいくら収穫できるか。
『ひょうごの田舎暮らし』 =〈スローライフから定年後の夢まで〉= という本が出ています。(神戸新聞社・2010年発行)図書館で見つけて借りてきました。「ひょうご」で「田舎暮らし」をはじめた30人に話を聞いて、暮らしぶりを紹介する本です。日本海から瀬戸内海まで、篠山や丹波や佐用に移住した人たちを紹介しています。若い人、団塊世代と多様な人たちが載っています。
「三木で田舎暮らしをはじめた」という人は載っていませんでした。
 古民家に暮らす/果樹園経営をする/工房やカフェをつくる/など特別な目標はなくても、「田舎のゆっくりしたリズムで生きたい」と思うだけでも、ぼくは「田舎暮らしをする」値打ちはあると思います。そして平凡な近場の三木にもそんな「いいところ」があちこちあります。
 7年目。「移り住んでよかったなー」と思いながら、平凡な「田舎暮らし」をたのしんでいます。
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大きなスイカができました。

2013年07月20日 04時04分07秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
                  
 スイカが随分大きくなったので、「もういいでしょう!」。「緑のトンネル」の前で記念写真を撮りました。こんなスイカがゴロンゴロンと5つできています。採る時期がむずかしいけど、多分美味しいでしょう。いつ切ろうかな。苗もよかった。東条の「ドッグラン付き苗屋」さんの苗は優秀です。
 緑のトンネルにはゴーヤと千成瓢箪を這い上がらせています。それが繁っていい日陰ができました。
 右手前の青いものは、4ミリの防風ネットです。中はトウモロコシと小豆。「アワノメイガ・アズキノメイガから作物を守ろう」と道子さんが張りました。
 彼女によると「これで完璧にあの蛾たちをシャットアウトできる」。
 いままでの苦労を知るだけに「よくやった!」と感心するしかありません。
 黄色い粘着紙をぶら下げて、蛾をからめとろうとしたこともありました。
 毎日葉の裏を検査して、蛾の卵を見つけました。(ぼくには無理です。見つけられる人はあまりいないでしょう)
 トウモロコシの場合、〈卵から幼虫へ ⇒ 雄穂に〉の段階で雄穂をちぎってしまいました。
 小豆の場合、蛾を捕殺しようと孫の昆虫網を振りまわしたこともありました。
 蛾は地上2メートル以内を飛ぶから2メートルの高さに防風ネットを張ったこともありました。
 少しは効果がありました。そして究極の作戦が「防風ネットでおおう」です。
 うまくいきますように。 
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胡蝶蘭の再生をします。

2013年07月19日 02時18分33秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
                   
 やたらに「100歳の妙子さん(母)」を登場させてすみません。
 100歳ともなると、ショート・ステイ先でもデイ・サービス先でも、職員のみなさんの「接する雰囲気」というか「あつかう態度」というか、そういうものが変ってきます。長寿社会になり100歳がゴロゴロ居るようになっても、やっぱり99歳とは存在感がちがいます。
 もし90歳を越えて元気に長生きされてるようでしたら、100歳というのはわるくないようですよ。
 さて写真の胡蝶蘭は、孫の一人が「100歳の誕生日プレゼント」として、遠くから送ってくれた花です。2ヵ月半が過ぎて、ほとんどの花は枯れてしまいました。
 でもこの胡蝶蘭は再生できるのです。
 ネットで見ると、[you tube] にも再生の仕方が動画でアップされています。記述を見ると「花は散ってもうまくあつかえば5年10年と生きて花を咲かせます」とあります。以前胡蝶蘭をもらったときは水をやり過ぎたのか早くおわってしまい、そのまま捨ててしまいました。
 今回は「胡蝶蘭の再生」にチャレンジします。また経過をレポートします。
 きのうは裏山の草刈り・畑の遊歩道の草刈りをしました。刈りながら「我が家一番の〈働き者〉はこの『刈り払い機』だなあ」と6年間の誠実な働きぶりを思い返していました。
 マキタ・26CCの刈り払い機ですが、故障知らずでエンジンはいまも一発でかかり、申し訳ないほどよく働いてくれます。土手の草刈りだけでなく、畦の草、畝間の草を削るのも刈り払い機をつかいます。大豆や黒豆を干すときもこれで切り倒します。麦もこれで刈りました。裏山の竹や笹もこれでなぎ倒します。裏山に少し芝を張り、手押しの芝刈り機を買いましたが、芝刈りはいまも『刈り払い機』でしています。
 ほんとにありがたい機械です。感謝してます。
 
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「欲」の根は深いですね。

2013年07月18日 05時32分04秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
                 
 畑の前の山にこんな木がありました。フジの蔓(つる)がアラカシの木に巻きついて、幹に食い込んでいます。道端のこの木の前を通って畑に行きながら、アラカシの痛みがわかりませんでした。
 で、どうしたかって? ノコで蔓を切りました。どちらかを応援するつもりはありませんが、常緑樹のアラカシには山の縁(ふち)に立っていてほしいから。フジも5月には花を見せてくれますが、他の木を絞め殺すのはよくないよ。と、これはぼくの思いです。
 一反三畝(400坪)の休耕田を畑として借りていますが、70歳を越えた老夫婦には大き過ぎます。だからまわりの畦の内側に幅1メートル前後の遊歩道をつくっています。それでも広いから、畝間はたっぷりとっています。
 きのうはコイモの草を抜いて追肥をしました。多い。数えてみると50株ありました。今年はこんなにつくるつもりはありませんでした。掘るのも洗うのも手間がかかり、25株あれば充分です。でもいつの間にか増えていました。〈芽出し〉して植えたときに種芋が後で芽を出したとか、ポット苗を買ってしまったとか。落花生は草取りにも収穫にも手間がかかります。4畝100株をつくっていましたが、50株に縮小するつもりでした。でもポット苗が余ったとかなんとかいって、結局75株つくることになりました。サツマイモはベニアズマ・ナルトキントキが2畝ずつ。安納芋・ベニハルカ1畝、それに新品種タマユタカ(干し芋用)10本を植えました。孫たちはもう「芋掘り」をしなくなったのに、そんなにつくる必要はありません。保存もできません。イチゴは2畝で2人の孫や娘たちがイチゴ狩りをたのしんでいますが、今年は3畝にしました。十二分に食べましたが、2畝でも十分でした。
「多く収穫しよう」「大きいのを収穫しよう」 なぜ? 少なくても小さくても十分なのに。考えてしまいました。
 
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『訪問看護ステーション』の上棟式がありました。

2013年07月17日 03時19分50秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 きのうは、訪問看護ステーションの上棟式がありました。我が家の門の前で。いまは材木はプレカットされていますし、段取りよく置かれているので、ものすごく早く建ち上がりますね。びっくりしました。
                    
 6人の大工さんたちが7時過ぎに来られ、クレーン車が入り、建て前の準備がすすみました。ぼくは特等席の設置です。ウッドデッキにイスを置き「さー、じっくり見せてもらうぞ!」。それが朝・7時56分の右の写真です。見る見る家は建ち上がり、午前9時には二階に床の構造合板が張られてしまいました。二階の柱が立ち、屋根の梁がクレーンで吊り上げられ、屋根が出来ていきます。屋根の垂木を釘止めしはじめたので、ちょっと畑の草を刈ってこようと席をはずしました。そして40分仕事をして戻ってみると、なんと! もう屋根に飾りがあがっています。(左の写真)

 上棟祝いの餅撒きは、午後4時からです。ビニール袋に包まれた餅を、看護ステーションの理事長さんが足場に上がって撒きます。施設関係の方と地元住民の方々の二交代で餅を拾いました。左が餅を撒いているところ、右は我が家の石垣の前で見ている人たちです。こんなに沢山人が集まったのははじめてです。
 ご近所の赤ちゃんも餅撒き見物に。どこのお方か、赤ちゃんを抱かせてもらってうれしそうですね。
               
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草がぐんぐん伸びています。

2013年07月16日 00時37分43秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
                   
 写真は7月10日に撮ったものですが、7日たったいまでは草が10センチ伸びています。自分なりの「草刈り美学」があって「土手をきれいに刈ったのに……」と思ってしまいます。でもそれは長い一年のうちで、6月7月の2ヵ月ですから草刈りに励むことにします。
 たしかに8月になると草の勢いがダウンしますし、9月はぐっと勢いがなくなり、10月以降来年の3月まではあまり手がかかりません。
 今年も9月の「お彼岸」の頃になると満珠沙華が咲きます。土手の肩あたりに500本の球根(ほんとうはうろこ状の鱗根)が植えてあり、それが咲くのです。満珠沙華は長い年月に少しずつ根を増やし、10年以上たつと一球が一群れになって咲くようになります。
 あの花はまず茎だけがぐんぐん伸びて先端に花をつけ、他の草と入れ替わるように葉が出てきます。でも毎年咲くのではなくて、一年ごとに休みながら交代で咲くそうです。去年はかなりしっかり咲いたので、今年は花の列があまりにぎやかでないかもしれません。
 もう一つ、夏の暑さが厳しいと満珠沙華の咲くのが遅れます。秋のひんやりした空気を感じとって咲くのです。だから今年も10月に入ってから咲く花が多くなるでしょう。
 さて、きょう16日は「大将軍神社」参拝の日です。田植えの6月・稲刈りの10月をはずして、毎月16日に当番が神社に「のぼり」を立て、お餅を供えて待っておられます。午前中にお参りするつもりです。
 もう一つ、きょうはお向かいの看護ステーション上棟式があります。基礎工事が終り、カットした材木が運び込まれ、多くの大工さんとクレーンで一挙に家が建ち上がります。ぼくは「かぶりつき」の我が家からじっくり見させてもらいます。〈餅まき〉もあります。
 ぼくはこの歳(75歳)になるまで「上棟式に餅をまく」のを知りませんでした。小さい頃は家を建てるうちなんかなかったし、名谷で散歩していた頃は「建て前」を沢山見ましたが、餅まきをするところはありませんでした。たのしみです。
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山頂の『祇園さん』に8人がお参りしました。

2013年07月15日 01時10分07秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 7月14日・24日は、裏山の〈祇園さん・愛宕さん〉にお参りする日です。ことしの当番(二軒)の方は、長年鍛えた「草刈りパワー」で参道をしっかり刈り、落ち葉をきれいに清掃してくださいました。
 午後警報が出るほど雨が降りましたが5時過ぎにはあがり、当番の方に電話したら「登る」。でお供えに買っていた「おかき」、賽銭などを持って二人で登りました。お参りしておしゃべりしていたら、次々と村の人が登ってこられ、当番の二人を入れて8人がお参りしました。ぼくらが登るようになってから一番多くの村の人が登った年になります。
                    
 忘れないように、当番の方に聞いたことをメモしておきます。

 参道を登って、頂上の平地に立つと左手が『祇園』さんで14日、右手が『愛宕』さんで24日がお参りする日です。

 早朝、菜園見習いの青年に手伝ってもらって、大豆・黒豆の補植をしました。うちの場合かなり枝豆として消費するので、その分を「植えた!」という気分です。
 夏の草は勢いがよく、またコイモも知らぬ間に50株も生えて草まみれになっています。サツマイモのツル返し、コイモの追肥、草抜き・削り、大豆の土寄せなど仕事がいっぱい。
 元気に仕事ができるのを感謝して、できるところまでやります。

 
 
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映画『奇跡のリンゴ』を観ました。

2013年07月13日 04時03分18秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
                  
 きのうは老人クラブで「花の植え替え」「公民館と周辺の草刈りと清掃」をする日でした。毎年数人でやっていましたが今年はなんと14人も参加。いい仕事ができました。公民館玄関に勢ぞろいした写真です。
 午後、ぼくは昼寝、道子さんは畑の水やり。夕方から三田のマイカルに映画『奇跡のリンゴ』を観に行きました。母がショートステイ中なので思いついたらサッと行動できます。
 このリンゴの話は知っていましたが、映画はそれなりにうまくできていてじんわり涙がにじみました。「食べてみたい」と思いますが……ねえ。
 
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