古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

あなたならどうする?

2009年04月28日 02時26分34秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 なんでこんな写真がついているのか。
 これは『二重リング』(No.22)という品物で、文房具売り場で348円で買いました。ステンレスの針金は直径1ミリ近くありそうで、キーホルダーに鍵をつけたりする丈夫なリングです。もしこれで鍵をホルダーにつければ一生こわれることはないでしょう。直径が2,5センチあります。
 鍵をつけるのにちょうどこれくらいのリングがないかなー、とこの数日さがしていました。一つあればいいので、引出や釘箱にないか気をつけていましたがありません。それをある日文具売り場で見つけたのです。
「アッ、これだ! これがほしかったんだ」と手にとりました。
 でも箱入りで90個も入っています。ほしいのは一つだけ。348円が惜しいわけではないけど、こんなモノを90個も買って家に持っていても仕方がありません。リングをつないでネックレスみたいにつかうわけにもいかず、孫のおもちゃにするのも感心しません。どこかにしまい込んでそのままになってしまいます。
 そこで考えました。
 この箱から一つほじくり出してポケットに入れてしまうか。それとも誤って箱をあけたふりをして床にバラまき、拾い集めて一つだけくすねるか。イヤイヤ、そんなことはよくない。
 店の人に「一つだけ売ってくれないか、百円でも買うから」と頼んでみるか。どうもそんな勇気がない。オレは気が弱いからなー。
 でも無駄だなー。90個も買うのは。一つだけでいいのに。
 時間にすれば1分もなかったでしょうが、迷いに迷い、悩みに悩んで結局買いました。どう自分を納得させたかって?
 このブログを読んで「そんなリングがあるなら一つほしい」と言ってくださる方に、送料をこちらが負担して、リングを無料で進呈する。二つおまけにつけます。
 一人でも「ほしい」という方が出てくれば気が楽になるのですが、よろしくお願いします。
 
 

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夏の野菜を植える準備をします

2009年04月26日 01時24分34秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 ゴールデンウイーク前のホームセンターは、張り切って夏野菜の苗を準備しています。よその店がサツマイモの苗を売り場に置けば、我が店も遅れまいと競争するように置きます。ここ数日の冷え込み。早く植えられたらサツマイモはつらいでしょうね。トマト・ナスビ・スイカなどもつらいでしょう。いくら温暖化でも寒いときは寒いよねー、スイカくん。
 三木市のホームセンターは、神戸よりちょっと田舎だけあって苗は充実しています。写真はそのホームセンターですが、駐車場をつぶして広い苗売り場をつくって備えています。
 夏野菜を植えつける準備をしよう。サツマイモは去年芋掘りでにぎわったし、しっかり植えよう。大豆は14キログラム収穫したけど、脱穀を心配して枝豆として消費してしまった。脱穀は多少増えてもいけそうだ。トマト・ナスビなど植える場所のローテーションを見通して配置しよう……とあれこれ思案しているところです。道子さんにエクセルで畑の畝配置を記入する用紙を作ってほしいといわれたけど、うまくいきませんでした。一回目の草刈りはすんだけど忙しくなりそうです。
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拝む

2009年04月21日 03時14分22秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 気候がよくなって散歩するようになりました。散歩コースは毎日変ります。同じコースを二日つづけることは、よほど興味を引かれるものがない限りありません。去年までは一人で散歩することが多かったのですが今年は二人です。
 神戸に住んでいたときも散歩しました。やはりコースは毎日変えていました。家の新築工事を見かけるとかならず翌日もそこを通りましたが。建前の日がいつになるか見当をつけ、その日は一時間も二時間も道にたたずんで見ていました。
 田舎に移住して変わったことといえば、散歩の途中で神社や小さい社を拝むようになったことです。通行人と出会うことはほとんどありませんから、心がそんなものに向くようになったのでしょうか。
 人に見られてると気にすることなく、無人の境内でなるべく大きな音で手をたたく。頭をさげる。『家内安全』とか『無病息災』とか願いはなんにも浮かばない。頭はからっぽ。ただ拝む。それが気持ちいい。財布も小銭も持たずに散歩に出るから賽銭はあげない。
 日々散歩しているうちに自然とそうするようになりました。今朝は家から歩いて15分ほどの写真の神社に寄りました。『大将軍大神』という勇ましい名前の神さまが祭ってある小さな神社です。竹とアラカシと楠がせめぎあう境内で、アラカシはかなりの大木になっています。この境内の竹は先端までまっすぐ伸びており、奈良東大寺のお水取りにこの竹を切り出すと回覧板がまわってきたことがありました。
 道ばたのカラスノエンドウを見ると、びっしりアブラムシがついています。テントウムシが食べてるようだけど追いつきません。我が家でも畑のまわりの草をなるべくはやく刈らなくては。
  
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チャレンジャー

2009年04月20日 04時25分34秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 満開になったレンゲ畑で、日曜日に我が家の『レンゲ祭り』をしました。暑すぎたので弁当は木陰で食べましたが、その前にひいおばあちゃんも畑に連れてきてみんなで記念撮影。しばしレンゲとたわむれる図におじいちゃんおばあちゃん(私たち)は満足。
 午後ふたたび畑に3歳の孫を連れていき、畑の周回遊歩道をいっしょに走りました。ほんとは競争すればいいのだけど、アラコキじいさんは一周だけ。途中ぬかるんだ溝があるので「ずぶっとはまるからここに入ったらダメだよ」と注意して畑で遊ばせました。
 空き畝に播いた麦の穂が出そろいました。よく見ると穂にアブラムシがつき、テントウムシがとりついてアブラムシを食べています。テントウムシの幼虫らしき虫もアブラムシを食べてくれているようです。幼虫時代から感心なこと。でも食べきれないだろうから、近いうちに牛乳でも噴霧しなくては。
 孫はどうしたかな、と見るとあのぬかるみに手をつっこんで遊んでいます。そのとき「そうか。注意しておいたから大丈夫と思ったのが間違いだったんだ」と気づきました。はじめは竹の棒をぬかるみに突き刺し、ふれても大丈夫とわかって手でこねはじめる。おじいちゃんの注意も泥の誘惑には勝てなかったんだなー。
 子どもには抑えがたいチャレンジャーの心がある。おじいちゃんは自分でも気がつかぬうちに心がちぢこまってる。
 孫を一輪車に乗せて帰りながら、そんなことを思いました。
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レンゲ畑においでください

2009年04月18日 23時50分18秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 レンゲが満開になりました。去年の11月はじめに種を播き、ちょっと遅かったかな、と心配したレンゲが見事に咲きました。
 幼い頃にレンゲ畑で遊んだ体験あろうとなかろうと、なにか郷愁が胸をかすめませんか。ちょうど自分の学んだ小学校の校門わきに桜の木があろうとなかろうと桜を見て郷愁を感じるように。むかしはあちこちでレンゲが咲き、田んぼで花とたわむれるように寝ころがってしかられ、花を摘んで花束にしたり髪飾りにしたりした。実際に体験したのかイメージなのかそんな風景が心のどこかにしまわれていませんか。
 でもレンゲ畑を見かけなくなりました。奈良の旅でレンゲの田んぼを見たのは一度だけ。家の近くでレンゲがまとまって咲いているのはうちの畑だけです。
 50坪あまりの小さいレンゲ畑ですが、盛り上がるように咲いています。どうぞおいでください。
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粗樫(アラカシ)が緑をささえる

2009年04月18日 06時18分47秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 後姿の女性の横は唐招提寺の木立です。数階建てのビルのような若葉のかべが、清掃の行き届いた小径から垂直に立ち上がっています。圧倒的な粗樫(アラカシ)の新芽が空気を浄化してくれています。
 写真に入っていませんが女性の左側には開山堂の塀がつづき、このまますすむと鑑真和上の墓所・開山廟にいたります。鑑真和上像と東山魁夷の襖絵は奈良公園の国立博物館に出展中です。そして開山堂はなにごともなく静もっています。門前の垣根は粗樫です。若葉が食べてしまいたくなるほどやわらかく光っています。
 道子さんと一泊で奈良を旅しました。桜は散ってしまい若葉の季節に移りつつあるときで、アラカシの新芽に抱かれる旅でした。
 東大寺南大門をくぐって手向山八幡宮にのぼる道をたどると、他の木を圧倒するようにアラカシが立ち並んでいます。春に秋に冬に幾度となく歩いた道ですが、ここに立ち並ぶ高い木々がアラカシであったとはじめて知りました。
 赤い新芽が若葉になり、アラカシはふくれ上がって見えます。常緑樹なのにたくさん落葉するのを数日前に知りました。東大寺の境内では、清掃されて落葉が見あたりませんが、木の下に入るとふっくらした若葉の内側はほこらのようになっています。
 伽藍や塔が新しくなった薬師寺には深い木立はありませんが、門前の八幡宮には高いアラカシが北面を切られて太い幹をさらしています。繁り過ぎと見られたのでしょうか。八幡宮の裏山では竹薮とアラカシが競うように繁っています。数にものをいわせる竹に勝つのはおおごとですが応援したくなります。
 慈光院の大刈り込みも若葉です。アラカシの若葉は生長がはやく、他の植え込みの若芽を頭ひとつリードしています。こんなにたくさんのアラカシが植え込みに加わっているのかと驚きます。縁側にツッカケが置いてあり、おうすをいただいたあと、このたびは庭を歩くことができました。左奥の繁みにもアラカシの大木、門から玄関にいたる小径にもアラカシの大木。
 もしアラカシという木が一切姿を消したら、ここのお庭は見られたものではないでしょう。ここだけでなく東大寺も唐招提寺もこのあと訪ねた松尾寺や神社も。いやあちこちの社寺の境内も里山も雑木林も。そして我が家の裏山も。
 ぼくはアラカシを尊敬することにしました。
 
 
  
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2009年04月16日 03時12分20秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 わかりにくい写真ですが、竹の筒の花立に麦の穂、菜の花、レンゲなど畑の花を差し、御影石を置き、まわりに花を植えました。畑の土手に、こっそり生き物の塚をつくったつもりです。
 数年前、四国八十八カ所巡礼をして、高野山奥の院にお参りしました。たくさんの供養塔や塚がありました。その入口のほうに『白蟻よやすらかにねむれ』と書かれた大きな供養塔がありました。だれがつくったかと裏を見ると、白蟻退治の会社が建てた供養塔でした。
 有機無農薬で畑をつくると、いろんな虫がよろこんで食べにきます。その虫をねらってカエルがあつまります。そのカエルをねらって蛇がやってきます。この食物連鎖を断ち切るわけにはいきません。流れにしたがうつもりで人間も生きています。でもカメムシや夜盗虫を捕食する生き物はしらないし、そんな虫がいばっていると人間の取り分がなくなる。仕方なく捕殺します。夜懐中電灯を持って畑を見てまわり、夜盗虫を捕るのですが、三日もやると被害はぐっと減ってきます。
 でも供養はしたい。そんな気持ちから虫塚をつくりたいと思っていました。ときに畑で蛇が死んでいることがあります。カエルも死ぬでしょう。そうした生き物すべての供養塔をつくったのが写真の塚です。蛇は石の下に埋葬、あとの生き物は気持ちだけの供養ですが、ときどき花を供えたりしようと思っています。
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即身成仏するかなー

2009年04月15日 22時08分35秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 去年4月と同じ橋を今年4月に写した写真です。孫たちが橋から落ちないように柵をつけました。道子さんは畑のあちこちに花を植え、橋の上にもチューリップを植えています。そして大きな変化は蛇アパートの閉鎖です。写真ではわかりにくいですが、蛇の入りそうなブロックの穴は全部セメントでふさぎました。
 アパートを閉鎖しようと決意するまでにはずいぶん悩みました。蛇さんに全部出てもらってからセメントでふさぐか。それとも蛇さんがアパートで冬眠している間にとじ込めてしまうか。春になって冬眠から目覚め、外に出ようとしても出口がない。あちこち出口をさがして這いずりまわる。体力を使いはたし、恨みを残して死ぬ。アパートの中でミイラになる。蛇さんは即身成仏できるだろうか。
 だれに相談するわけにもいかず一人で何日も悩んで、結局夏にセメント工事をしました。つまり締め出すことにしたのです。やっぱりとじ込めるというのは気持ちがよくない。
 それでもシマヘビの大家さんはこの橋を我が家と思うらしく、アパートの前によく寝そべっていました。そのたびに棒や石で追い払うのは苦手です。できれば顔を見たら自分からさり気なく立ち去ってほしい。そこでちょっとだけ痛い目にあってもらおうと畑の土くれをつかんで投げました。しばらく平気な顔で寝そべっていましたが、それでもバラバラと投げ続けると、あわてて橋の下にもぐろうとします。しかし入口はありません。全部ふさいだから。
 どこに行くかと見ていると、橋の下にわずかな穴を見つけて入っていきます。以前のように出入り自由ではないけど、窮屈でもここから出入りしていたのだろうか。
 この最後の一穴はふさぐ気になれず、そのままにしてます。
 
 
 
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蛇アパートはどうなったか

2009年04月15日 05時08分02秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 去年のいま頃、家のすぐ近くに一反三畝の休耕田を借りました。その田んぼに道路から写真のような二メートルちょっとの橋がかかっています。丸太の下をよく見るとブロックが並んでいます。これが蛇アパートでした。ブロックの穴の奥はどうなっているか知りませんが、蛇はいくつもある穴から出入りしていました。
 借りる話がまとまって、まず放置してあった田んぼの草を刈りました。
 橋の丸太の上には、シマヘビが日向ぼっこしていました。その態度が実に大きい。「ここはオレのアパートだぞ」という顔でドテッと横たわり、刈払い機の音がしても、草がざわざわ倒れても動こうとしません。仕方なく棒でつつくと「しょうがねーな」という顔でちょっとだけ動きます。それも毎日同じ場所で同じポーズで日向ぼっこしており、日に日に顔つきが横柄になるような気がします。
 この蛇が大家で、蛇たちにブロックの穴アパートを貸しているのかもしれない。孫たちが畑に来て、蛇を見てこわがったらかわいそうだ。このアパートをなんとかできないか。
 その頃道子さんが、自然農法をやっている人のところに出掛けて聞いてきました。蛇は記憶力がいい。甘やかす人間をしっかり覚えていて、いくらでも横柄な態度をとる。ちょっとひどい目にあわせて追っ払っておくと、顔を見て退散してくれるようになる。
 それでいこう! と思ったけど子どもの頃「蛇は絶対いじめたらいけん」ときつくいわれていた。また祭りの見世物小屋では、呼び込みのおじさんが「ハイお代は見てのお帰り。さーさー入って入って。おばあさんが草刈りをして蛇を見つけて石を投げ、当たったところがわるかったのか蛇は狂い死に、十月十日たってお嫁さんに生れたのがこの子……」ドンドンドンと太鼓が鳴り、ベルがジャーンと鳴りっ放し。子どもなりに不安と好奇心にさいなまれたあの空気はいまも感覚として残っている。石を投げる気になれない。
 畑を借りてまず突きつけられた問題ですが、どう対応したかは明日お伝えします。
 
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トイレ読書

2009年04月14日 01時32分06秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 夜中に撮ったトイレの写真で恐縮ですが、我が家のトイレには本棚があります。家を建てるとき棟梁に『トイレ読書』の話をしたら、写真のような棚をつくってくれました。なかなか立派な棟梁でしょ。彼のことはいずれまたお話します。
 この本棚にはいま樹木の簡単な図鑑、藤澤周平や松本清張の文庫本、丸岡秀子の『声は無けれど』などが置いてあり、気の向くままにときどき入れ替えます。ではいつ読むかといえば、わざわざ読書のためにトイレに入ることはないので、ついでにということになるでしょう。詰り気味で時間がかかるわけではありませんが本を手にとると、くつろいだしあわせな気分になります。
 実は長年住んだ神戸の家には、便所に本棚がありました。
 二階のトイレはぼくの専用みたいに使っていたのですが、構造上横から入るトイレでした。だから便座にすわると壁面に正対するかたちになり、妙に手持ち無沙汰なのです。それに壁面がもったいない。カレンダーを貼って毎日にらめっこするのも芸がない。そこですわった正面に文庫本や新書本の幅程度のうすい本棚を作ってはめ込みました。9ミリの合板できっちり壁面にはめ込むようにつくったので数百冊は入っていたでしょう。種々雑多な本でした。文学、囲碁、英詩やチャールズ・ラムの本、愛唱歌の冊子、時局解説の新書本、ソフトボールの仕方とか仏像鑑賞の本、古寺巡礼や旅行案内など鴨居から床まで幅80センチ8段の棚にぎっしり。神戸の家に住んだ4半世紀は毎日この本棚と対面してすごしました。やがて老眼鏡がいるようになり、読みかけの本とメガネを置く棚でもつくろうか、と思ううちに引っ越すことになりましたが。
 この読書は、自力でトイレに行ける間はつづくでしょう。毎日のささやかな読書タイムは、時間の習慣というより心の習慣になっています。
 ところで今日の散歩は、平井山に車で出掛けました。公民館に車を置いて竹中半兵衛の墓に参り、平井山の本陣に行く途中の神社にお参りしました。この神社に二抱え以上あるアラカシの木が五本立っていました。こんなアラカシの大木は見たことがありません。縁を感じました。
 
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この木なんの木?

2009年04月13日 03時15分15秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 裏山の竹を切り倒して、竹林の足もとに細々と生残っている小さい木々を見ると、いちばん多いのが『シャシャキ』です。仏壇やお墓の供花につかう常緑樹で、いまマッチ軸の頭ほどの白い花をつけています。
 この写真の木も多い。散歩のとき気をつけて山を見ると、あちこちの山すそにこの木がはびこっています。なんという木だろう。名前を知りたい。
 そこでインターネットの『この木なんの木?』に写真をつけて投稿しました。ほどなく「これは『アラカシ』のようです」と教えてくださる方がありました。
「えっ!? アラカシならちょっと知ってるけど、こんな木じゃないと思うよ」と内心反発しました。神戸にいたときは、毎朝の散歩で公園に植えてある木々となじんでいましたから。
 アラカシやシラカシのような、公園に植栽してあるれっきとした木が、こんなにはびこるはずがない。それにドングリがなってない。たしか公園のアラカシにはドングリがなっていた。
 ところがきょう散歩をしていて、道ばたのこの木の枝にドングリのキャップが残っているのを見つけました。
「ドングリがなる! やっぱり、この木はアラカシなのか」
 くわしく図鑑で葉のかたちや葉脈を調べてみると、間違いなくアラカシです。若い木にはドングリがならないことがよくあるらしい。
 木が好きで、いくらか木の名前も知ってるつもりのぼくが、こんな木を見落としていたとは恥ずかしい。樫の木といえば上等で、やたらに生えるものじゃないという思い込みもありました。
 もし竹薮の足もとに生えているアラカシが全部一人前の木に成長したら、雑木林のクヌギやコナラより密なアラカシ林になるだろう。そう思ってインターネットを見ると、実際にそんな林もあります。
 木の世界は深い。もっと知りたい。木のトイレ学習に毎日励むことにしよう。自分の高慢な思い込みを反省して、そんな決意をしました。
 ところで『トイレ学習』とは? 明日紹介します。
                                             
 
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レンゲ畑が満開になる前に……

2009年04月08日 04時28分10秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 縦12メートル横20メートルのレンゲ畑は、道子さんが菜の花で縁取っています。その菜の花はいまが満開です。しかしレンゲはまだつぼみが固い。満開のタイミングが合いません。
 土手の草が伸びてきました。いまはカラスノエンドウがはびこっています。あと一週間ほどで刈ったほうがいいかな。それと鍬などを洗うためにバスタブを畑に置こうと思っています。それを溝の上に設置する仕事もある。400坪は広いので畦の内側一メートルの畑は遊歩道にしています。孫たちが走りまわるのは畦でなくこの遊歩道。そこも草が伸びてきました。レンゲまつりまでに刈ったほうがいいなー。
 ヌートリアの檻は、一旦市役所に返しました。家と畑の間にある池はまだ水を抜いたままです。だからヌートリアが寄りつきません。一匹残っていた親は近くのため池に移動しているのでしょう。池に水が入って彼が戻ってくれば、池から我が家の畑に来るルートはわかってるし、作物の味のよさも知ってるし、早速やってくるかな。そうなったらまた檻を借りて捕獲するしかありません。
 ヌートリアは捕獲しやすいし、被害はひどくないけどアライグマが出没するようなら深刻な被害を受けるでしょうね。ヌートリアは池から25メートルくらいの範囲の野菜を食べるとインターネットに書いてあったけど、うちの畑は池から100メートルもあるけど出張して来ていました。アライグマは行動範囲が5キロメートルというから桁違いに広い範囲に出没します。しかも食欲旺盛の雑食動物です。イチゴやトウモロコシ、スイカなどは大好物です。去年はスイカとトウモロコシを、枠をつくって頑丈な網で囲いましたが、出没はしませんでした。今年は沢山イチゴを作ってるし、トウモロコシは多めに播いています。広すぎて枠をつくれないし網も張れない。どうしようかなー。 
 
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ため池の多様な顔がたのしみ

2009年04月04日 22時59分31秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 我が家から歩いて10分以内のところにため池が9つあります。どれも小学校の運動場より広い。写真はその一つで『蛇ガ池』(じゃがいけ)と呼ばれています。むかしこの池に住む蛇が近くの山に登り、そこから龍になって天に昇ったという言い伝えがあります。また家の裏山の向うにあるため池は、昔よく堰堤が決壊し、家が流され人が亡くなりました。そこで堰堤をつくるときに人柱を立てたという言い伝えがあります。
 ため池はどれも農業用水の人造池で、深さは10メートルもありません。どの池も堰堤と雑木林や竹薮にかこまれていますが、池から見える景色、池のたたずまいは微妙にちがいます。大きな鯉の住む池、鴨などの水鳥が泳ぐ池、ヌートリアが住みつく池もあります。
 それぞれの池の見せる表情は、天候や季節によってもちがいます。これから若葉がふっくらと岸をおおい、若草が池の堰堤をふちどります。夏は草が繁り、蛇やマムシもいるので草むらに入るにはそれなりの決意がいります。お盆まえには村中総出で堰堤の草刈りをします。堰堤の長い斜面の草刈りにアラ古希世代の人がとりつくのを見るにつけ、田舎に生きる人々のきびしさを思います。
 
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ツクシだれの子スギナの子

2009年04月03日 06時35分22秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
「ツクシだれの子スギナの子」というフレーズは、子どものころどこかで聞いた気がしますが、童謡だったか詩だったか物語だったか。
 散歩で見かけていた10センチほどのツクシが姿を消し、5センチくらいの小さいスギナが一面に出てきました。ツクシはスギナの子だとしたら、あのツクシが一段階成長して姿を変え(大きさは小さくなるけど)スギナになったのか。
 いいえ、ツクシはスギナの足もとでしおれています。スギナを抜いてみるとしなびたツクシと地下茎でつながっており、ツクシの栄養分を吸収してスギナになったような顔をしています。それって親子関係なのかな。
 古希になるまで知らなかった。インターネットで調べてわかりました。
 田舎に暮すようになっていろんなことを知りたくなりました。散歩してスミレを見かけるとロマンチックな気持ちになるけど、宝塚の歌を思い出すからかな。
 よく見るとスミレの花のまわりはスミレの花がいっぱい。スミレはどのように増えるの? やっぱりスミレの花の種というのがあるのでしょうね。
 神戸でも退職してからはよく散歩をしました。「いい車買ったなー」「よく花壇の手入れをしてるなー」「空き家かな。アッシャー家みたいだ」とか思いながら。でも田舎の散歩は木々や草花や小鳥に目がいく。そして人間の手垢に汚れていない疑問がわく。それがうれしい。
 まわりの山々の雑木林の芽がふっくらしてきました。もうすぐ若葉の季節です。
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土手に草刈りの足場をつくる

2009年04月01日 02時04分38秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 畑のまわりは土手になっています。斜面の長さは5,5メートル。土手の草を刈る仕事が今年もはじまります。この仕事は去年の4月23日、畑(一反三畝の休耕田)を借りた翌日からじはじまりました。
 地主さんが「使ってくださるなら連休中に営農組合のトラクターを入れて畝立てをしてあげます」と言ってくださったので、休耕田とその土手の草刈りを猛然としたのです。しかし雑草の生えるにまかせてきた田んぼと土手の草刈りは思ったより時間がかかり、前後5日ほどでなんとか刈り終えました。なかでもカラスノエンドウが土手に盛り上がっていて、刈り払い機にからみつきました。
 それからは土手を見苦しくない程度に草刈りをしようと4月・5月・6月・7月・8月・9月・10月・12月と8回刈りました。しかし刈り払い機を肩に掛けて土手の斜面を移動するのは、古希を過ぎたジイさんには無理とわかり、土手に足場をつけることにしました。1,5メートルおきに木の杭を打ち込み、製材所の古い材木を渡すのです。この足場のおかげで無事に草刈りができました。
 もうすぐ一挙に草が伸びはじめます。そこで今日は、去年刈りにくかったところに10メートルほど足場を増設しました。これで今年も無事に草が刈れるでしょう。
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