古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

『アンサンブル美音(みんね)』の森林コンサート

2017年11月30日 18時05分29秒 | 古希からの田舎暮らし
 図書館に置いてあるチラシで、音楽会を知りました。場所は三木山森林公園の音楽ホールです。三木の音楽を愛する人たち『アンサンブル美音』のコンサートです。題して「ロシア~ドイツの森コンサート」。〈美音〉は「みんね」とルビがふってありました。
 まず昼食を「外で食べよう」と、まえに薦められていた蕎麦屋さんに行きました。緑ヶ丘の「手打ち蕎麦 七坊」(しちぼう)というお店です。お店に置いてあるミシュランの本(兵庫の店が推薦してある)を見たら「七坊」は載っています。三木市で載ってるのは、このお店と蕎麦屋の「稜庵」と焼肉の「佳豊」と、あと一軒だけ。とろろ蕎麦を食べました。蕎麦がうまい。また来ます。
 三木山森林公園の音楽ホールは、ステージに向かって座るだけでいい気分です。

 ステージがぐるっと森に囲まれています。(ガラス越しに)いまは紅葉の季節。若葉の頃もいいな。
 音楽はピアノ四重奏でした。展覧会の絵(抜粋)とメンデルスゾーン/シューマンのピアノ四重奏曲を演奏されました。晩秋の午後のひとときを、森を見ながら生の音楽を聴く。しあわせな気分でした。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一日中大豆のサヤをむきました。

2017年11月29日 20時02分32秒 | 古希からの田舎暮らし
 日曜日に「足踏み式稲こき機で大豆を脱粒しました」。しかしあとの作業がいっぱい残っています。サヤは捨てないで大きな袋に入れて持ち帰り、家のウッドデッキで、サヤのままの大豆をむきました。今年は機械による脱粒が10日ほど早過ぎました。機械にかけてもはじけないサヤがかなり出てきました。それを点検しながらむいて、3キログラム余分に大豆を収穫しました。
 こんなにていねいに、全部のサヤを点検したのは、はじめてです。2000年に神戸市西区神出で『大豆畑トラスト』を立ち上げて大豆を作りはじめました。2006年12月に三木に引っ越し。2008年4月から、いまの広い畑で大豆づくり。そして2017年。大豆の収穫は15キロくらいでしょう。
 畑にはまだ大豆の枝が残っています。稲こき機ではどうしても手元にサヤが残ってしまいます。(危ないので)そのサヤを点検して大豆の収穫は終了です。
 反省として脱粒が10日ほど早過ぎました。あと10日も干していたら、はじけるサヤが増えて豆が下に落ちます。それは地面にふれないように防風ネットで受けています。
 エンレイと比べてタマホマレは出来がよかった。来年も、手間はかかりますがこの品種をつくるつもりです。今年は播いたのが6月20日でした。2週間で苗を移植。土寄せ。晩成種なのでもう10日、播種を早めてみようと思います。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

グランドゴルフ大会がありました。

2017年11月28日 16時15分31秒 | 古希からの田舎暮らし
 年に6回あるグランドゴルフ大会の最後の会が、近くのグランドでありました。口吉川町の大会です。昔から一つ小学校区ですから顔馴染みが多く、和気あいあいの空気です。
 朝は寒かったけどだんだんあたたかくなり、みんな楽しそうにプレーしていました。ぼくは膝痛で、おやつ配りをしたあとみなさんを見ていただけです。チームの人数も足りてたし。

 午後はポン菓子屋さんに黒豆をポンしてもらうために外出しました。ついでに母をお願いしている施設に、母の顔を見に行きました。毎月4回くらい顔を見に行きます。よく寝ていて、顔をさわっても起きませんでした。ノートだけ書いてきました。(母が読むように書く、訪問日記みたいなもの……もう読まなくなってるけど)

 黒豆を刈りとって稲木に架けた写真です。

 北に向かって撮りました。右は村の墓場の木立ち、左はうちの裏山でつながる山です。黒豆は枯れ色がまだ浅いですが、(もっと濃い茶色になる)12月下旬には脱粒できるでしょう。10キロ近くとれるかも。
 もう一枚は南に向かって上の土手から撮った写真です。向うの山は蓮華寺あたりで、標高200メートルくらいの低い山が連なります。うちの畑の右にあるブルーのネットハウスは小豆をつくるためです。道子さんは今年つくりませんでした。来年はつくると言ってます。
 中央のグリーンのネットハウスはイチゴ用です。アライグマをシャットアウトするため下は金網を巻いています。来年は3畝しっかりつくります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ネスタリゾート神戸のお風呂に入りました。

2017年11月27日 21時51分50秒 | 古希からの田舎暮らし
 グリンピア三木の温泉=〈杜の湯〉にはときどき行ってました。特に寒くなると。とてもあったまる温泉です。しかし 「グリンピア三木」が「ネスタリゾート神戸」に変ってからは東条町の〈とどろき温泉〉にシフトしてしまいました。なにしろ駐車料が1000円になり、入浴料が1500円になり、「近郷近在のしょぼしょぼしたおじいさんおばあさんは眼中にない」施設になったと感じていましたから。
 でも一度行ってみたい気持ちはずっとありました。で、今日は「大豆の脱粒もすんだし、よくできたし、一度あそこの温泉に入りに行こう」と朝から決めていました。決めないと一日がズルズル過ぎて、夕食後は出掛けるのが面倒になって、寝てしまいます。
 今日は黒豆を刈って干し、夕食を早めに食べてから、ネスタリゾート神戸に行きました。三木に住んでる人は、免許証を見せれば駐車料金1000円はいりません。
 まずイルミネーションを見に行きました。6時過ぎに入りましたがお客さんはほんとに少なく、寒さが身に沁みます。入口で「見ながら歩くと往復1時間はかかる」と聞き、「途中で引き返せばいい」と自分に言いきかせて歩きはじめました。
 まず長いトンネルに入ります。音と光りに圧倒されて前を見たり後を見たりしながら歩きます。

 トンネルを出たところにきれいなイルミネーションの庭。

 さらに奥に行くと、まあ、きれい!

 防寒対策をしてきたらもっとゆっくりしたかったけど、見事でした。数年前〈なばなの里イルミネーション・ツアー〉(日帰り)に行ったことがありますが、あんなところに行かなくてもここでイルミネーションをたのしめます。
 冷えたところで温泉=延羽の湯へ。広い露天風呂にたった一人でつかる。もったいない。休憩するコーナーもよくできているし、一日ゆっくりする温泉です。今度は半日すごすつもりで来ます。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大豆を脱粒します。

2017年11月26日 16時35分12秒 | 古希からの田舎暮らし
 11月10日に大豆を刈り倒して、稲木に干しました。あれから17日。大豆も乾いてきました。脱粒しても「もういいでしょう」。
 今日は足踏み式稲こき機を借りてきて畑で脱粒します。いままでは子や孫らに毎年手伝ってもらいましたが、道子さんと二人で出来る仕事量です。天気もいいし、ブロックの炉で火を焚きながらぼちぼちやりましょう。
「2010年はこんな感じでやりました」という写真を一枚。大志くん一家萌ちゃん一家を総動員。みんながブルーシートの上で、黒豆をビール瓶(のようなもの)で叩く、人類が石器時代からやってきた方法です。



 9時から作業にかかり、3時ごろに終わりました。12キログラムありました。ここからムシクイ/褐斑病/紫斑病/などを選別します。先に脱粒したエンレイと合わせてざっと13キログラム採れました。味噌作りには十分です。

 お借りした脱穀機です。左から右に書いてあるので「敗戦直後」の製品とわかります。(戦前の製品なら右から左に書いてある)「號」=「号」、「会」=「會」とまだ旧字体です。鋳物でとても重い。二人で持ち上げて、自作のカートに載せます。写真は脱粒がおわって返しに行くところです。

 ブルーシートでカバーして足で踏みながら脱粒します。
 あゝ、疲れました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寒い日はたき火がうれしい。

2017年11月25日 19時14分44秒 | 古希からの田舎暮らし 80歳から
 きのうも寒い日でした。昼までは裏山でたき火をして、ダッチ・オーブンで焼き芋。午後は畑のブロックを積んだ炉で火を焚き、まだ残っているサツマイモのツルやジャンボピーマンの木を焼きました。これで野菜クズなどは片づきました。大豆/黒豆の脱穀は残っていますし、15株残っている小芋の保温(モミガラをかぶせる)もありますが。道子さんもタマネギを植え、イチゴ苗の本植えもすませました。
 冬支度は着々と。
 
 いまから思うとあれは不思議な出来事だったなあ。
 人生にはそんな思いにかられることがあります。
 話は「ぼくが携帯電話を落とした」というだけのことですが。
 先日法隆寺に行ったときは雨でした。傘をさして宝蔵館から 夢殿 ⇒ 中宮寺 と拝観しました。よく歩いたので同行の方がもう一度宝蔵館を見るという間、休憩所で道子さんと待っていることにしますした。
 ぼく「よう歩いたなあ。何歩歩いたかなあ」
 と、ポケットやウエストポーチのどこかに入れた携帯電話を探す。
 道子「私は7500歩歩いてる」携帯電話で歩数を見て。
 ぼく「携帯電話がない。ちょっと鳴らしてみて。…… アレ? 鳴らんなあ」
 道子「落したんじゃない?」
 ぼく「なれないウエストポーチ、持ったから。だれか拾ったかもしれん。ぼくの携帯にかけてみて」
 道子「もしもし、あ、中宮寺の受付ですか。わかりました。とりに行きます」
 ということで、道子さんに取りに行ってもらいました。ぼくは膝痛いし。
 なんでもないけどあんなところで歩数を気にしなかったら、そのまま帰ってたかも。

ブログの追伸です。
 今日は三木文化会館『北播磨ふるさとフェスタ』という催しで、テレビ・ドラマ『相棒』に出てくる六角精児さんのトーク・ショウがありました。道子さんは『相棒』を見ているので、どんなおしゃべりになるかと、昼食後に二人で出掛けました。
 お昼のニュースを見ていたら「山口駅でSLのデゴイチ(D51)が走った」というニュースが放映されており、駅長と並んだ〈一日駅長〉がどうも六角精児さんみたいです。
「あれっ? 山口にいるのか。今日三木でトーク・ショウがあるのに」
 六角精児さんはトークでも話していましたが、一日駅長やってから新幹線でかけつけたそうです。彼は「のみ鉄」として有名で、列車にはくわしく、神戸電鉄・粟生線の「粟生駅」を評価していました。粟生線・北条鉄道・JR加古川線と3つの線路のターミナルで、「しかもまわりに何にもない」。
 彼はテレビドラマの演技でも、持ち味そのままで演じているんですね。おもしろかった。
  
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

裏山のたき火で焼き芋をつくりました。

2017年11月24日 02時04分24秒 | 古希からの田舎暮らし
 雨のあとで畑の畝間は水たまりができています。こんなときは畑に行かずに、裏山で遊んだほうがいい。きのうはたき火をして、ダッチ・オーブンで焼き芋をつくりました。落ち葉をかきあつめて燃やすだけではダッチ・オーブンの焼き芋はできません。枯れた竹や落ちている枝をあつめて強い火を燃やします。

 10号のオーブンにアルミホイルに包んだ芋を7個くらい入れ、鍋に直接ふれるとこげるので間に小石を詰めます。1時間ほど火を焚くとおいしい焼き芋のできあがり。〈ベニハルカ〉は蜜が出て、実においしい。できた焼き芋は一つは食べますが、あとは冷凍しておきます。電子レンジであたためて出すとお客さまにも喜ばれます。
「桃栗三年柿八年」は実に言いやすい。調子がいい。裏山に植えた栗は今年は豊作でたっぷり食べました。桃は作らないことにしています。柿はつぎつぎ、いろいろ植えていますが、11年たってもまだ一粒も食べていません。枯れてしまったり、まだ実がつかなかったり。渋柿の蜂屋柿は2メートルの成木を買ってきたのに、まだ実をつけません。ま、待つことにしましょう。
 で桃栗三年柿八年のつづきですが、いろいろあって「柚子の大馬鹿18年」というのがよく流布しているようです。裏山に植えた柚子は11年目の今年、しっかり実をつけています。

 数えてみたら15個。いまだから白状しますが、柚子の木は苗木のときぼくが「竹の根を掘ろう」として、あやまってツルハシを振り下ろしました。地上30センチのところで二つに分かれた幹が裂け、「ボンドでくっつけるわけにもいかん。枯れるだろうけどビニールでしばっておくか」と柚子の苗木にあやまりました。次の年に見たら、裂けた二又のところは節くれだって治っています。木の治癒力に感動しました。傷跡はいまもありますが。
 今年は柚子湯に入れるなあ。ありがとう。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「あの広い畑は来年かぎりにする」思いはいま。

2017年11月23日 03時50分59秒 | 古希からの田舎暮らし
「あの畑は来年一年つくってやめようか」という思いが頭をかすめたのは、2ヵ月と5日まえのブログでした。「やっぱり答えが下りてきたのかなあ。あの思いは順調に育ってる」とあのブログを読み返しながら思います。もう一度あの日の「思い」をアップします。
 ブログ『とりあえず80歳へ』の2017年9月18日の文です。


 夜中に本を読んで、また寝床に入るとき「あの畑は来年一年つくってやめようか」という思いがフッと頭に浮かびました。「必要なら買えるもの」をつくっているだけです。「つくらねばならない」ものではありません。それに年々畑仕事で手いっぱいになっています。追われてきます。裏山に手がまわってない。生活全体に畑で無理をしています。
 親の代、祖先の代、からの『老舗』を思います。
 世の中が変わって、潰れそうになっている。ジリジリ追いつめられて、空しくあがいて「いつまで老舗を守るか」。「いつかやめる」ときが来る。「守る」に頭を占拠されて「自分が主体的にやめる」発想がない。
 いままで道子さんとぼくの発想は「何歳まで一反三畝(400坪)の畑を〈お守り〉できるか」/「いつまで土手の草刈りができるか」/「広い畑でいつまで野菜をつくれるか」/「大豆をつくり、有機の大豆で味噌をつくり、黒豆枝豆をつくり、胡麻をつくり、イチゴをつくり、とれたもので喜びをわかちあう」/でした。
知らず知らずに無理して、頑張ってる。
 だけど「自分の選択でやめることができる」。という方向に思考がいきませんでした。
 擦り切れるまでやるのでなく、自分の選択で「やめることができる」。いつか(主体的に)やめるとしたら「いつ」。 …… 芽生えた「そんな思い」をしばらく〈育てて〉みます。


 部屋のドアに「三木げんき村」企画・制作の『美嚢郡西国三十三ヵ所霊場』の一覧表を貼っています。三木は、歴史のある、お寺の多い街です。縁あってその町に暮らすことになり、町を愛する気持ちもだんだん育ち、あちらこちらのお寺を訪ねたい。伽耶院・善祥寺・蓮華寺・教海寺・法光寺・永天寺・金剛寺・東林寺・法輪寺・安養寺・歓喜院・雲竜寺など数えてみると十数ヵ寺には行ったことがあります。
 今年は三木の霊場巡りをしよう。集印帖を用意して巡るつもりでしたが、一ヵ寺もお参りしないで一年が過ぎようとしています。
 畑仕事が多くて、生活が圧迫されている。そのことに気づくのが遅かった。ということかもしれません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

落葉まえの「タカノツメ」が色づいています。

2017年11月22日 02時18分57秒 | 古希からの田舎暮らし
 きのう撮った「タカノツメ」の写真です。

 タカノツメというと唐辛子を思いますが、これは同じ名前の樹木です。日本固有の高木で、秋には黄色になり落葉します。いま裏山に生えているタカノツメが黄色になり、コナラ/クヌギの紅葉に彩りを添えてくれます。これが黄色になったタカノツメです。

 秋にはみんな黄いろく落葉するのに、はじめの写真の木はなぜか緑のままです。これからどうなるかな。どうして「タカノツメ」というのか検索したら、冬芽が鷹の爪に似ているからです。春には若芽をテンプラにしたり、サラダにしたり、御飯とまぜたりして食べるそうです。裏山にはあちこちに若木が生えていますからどうぞ。
 もう一枚、紅葉の写真を。イタヤカエデです。割り箸のような小さい苗が10年で見事な紅葉を見せてくれるようになりました。

 植木屋さんに「私だったら竹藪に木を植えたりしませんがね」と言われ、それでもせっせと植えた木が育ってくれてうれしい。30本くらい植えた木がほとんど育っています。今年は早めにお礼の寒肥を入れます。
 テレビでいやな事件があると見ないようにしています。でもいやなことをする人の心はどんな色になっているか。そんなこころで生きる人はつらいでしょうね。都会のギシギシした音がきこえるようです。もっと田舎に暮らし、秋の色をこころに見せてあげてほしいです。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

田舎暮らしの秋は心がしっとりします。

2017年11月21日 01時18分37秒 | 古希からの田舎暮らし
 毎年10月末には裏山にやってくる雌のジョウビタキが、今年は姿を見せません。「ヒッ!ヒッ!」と火打石を打ち合うような鳴き声もきこえません。「裏山は彼女の縄張りだった」のを遠慮してか、ほかのジョウビタキもやってきません。畑やほかの家のまわりでは、今年もジョウビタキを何羽も見掛けているのに残念です。遠い北の国からやってくる途中なにかあったのか。年老いたのか。
 仕方がないから去年までに撮ったジョウビタキ(雌)の写真をアップしましょう。畑がヒマになり、裏山で仕事をするようになると、見守るようにそばに寄って鳴いてくれたジョウビタキです。
 
 2月のおわりから3月はじめに鳴きはじめるウグイスを待ちます。
 夜中にウッドデッキに出てみたら薄雲はところどころにかかっていますが、星空でした。全天で一番明るい星・シリウスが瞬き、冬の大三角がくっきり見えます。
 裏山もまわりの山山も、クヌギやコナラの落葉しきりです。風が吹いて雨のように落ちる落ち葉。音もなく、しずかに落ちる一枚の落ち葉。それが毎日毎日つづき、やがて山山は灰色になります。ハンモックを吊るして寝て、体が落ち葉に埋もれていく。「いいな」と想像するだけです。寒いしね。
 裏山に掘った池=ビオトープに、落ち葉が入らないように動物ネットを張った年もありました。いまは池に落ちるにまかせています。落ち葉が落ち切ってしまったら池を掃除します。メダカは気まぐれに餌をやっても、やらなくても、元気にしています。
 道子さんはタマネギを植えました。あの広い畑ではたぶん最後のタマネギになります。ぼくは寒いから畑に行かず、喪中はがきをプリントしました。5月に13歳下の弟が急死して半年になります。
 
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「三木室内管弦楽団」の定期演奏会を聴きました。

2017年11月20日 03時19分26秒 | 古希からの田舎暮らし
 三木に暮らすようになってあと二週間で11年目が過ぎます。それなのに「三木室内管弦楽団」の定期演奏会は聴いたことがありませんでした。というか「楽団の存在」を知りませんでした。不勉強が恥ずかしい。年に2回開催される定期演奏会は、もう34回目になるというのに。知ってたら毎回演奏を聴きに来るつもりなのに。
 きのうの三木文化会館(小ホール)は200人余りの聴衆で、拍手のパワーはちょっと足りませんでした。しかし三木室内管弦楽団の「魔弾の射手序曲とハイドン/シューマンの交響曲」は、心のこもった、力のある演奏でした。聴きながら「コスミック・ホールで演奏させてあげたい。もっとはえるだろうな」と思いました。
 前から5列目の真ん中の席で、生の楽器の演奏を全身に浴びながら「生の音楽はやっぱりいい」と道子さんがつぶやいていました。これからはかならず定期演奏会を聴きに行きます。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

久しぶりに「よかたん」温泉につかりました。

2017年11月19日 04時20分24秒 | 古希からの田舎暮らし
 雨で外仕事はやめて大豆を選別しました。タマホマレのほうはいま稲木に架けています。すでに収穫したエンレイを、いい大豆と捨てる大豆に分けました。その写真です。

 10メートルのひと畝半でとれたのがこれだけ。左のいい大豆が1,2キロ、右の捨てる大豆が700グラム。ムシ食い・よごれ・褐班病・紫斑病を全部取りのぞくとそれくらいになってしまいます。有機無農薬大豆は甘く選別する人もいますがうちは道子さんが厳しく選別します。二度選別するからもっと少なくなるでしょう。捨てる大豆と半々くらいになるか。
 東条町のとどろき温泉が改修に入ってからしばらく温泉につかっていません。で、きのうは久しぶりに「よかたん」温泉につかりました。やっぱり温泉はいい。特に寒くなると温泉の有り難味が身にしみます。何ヵ月も入ってなかったけど、特に秋から冬にかけては「ときどき来よう」と話し合いました。
 温泉といえばネスタ神戸になってから「杜の湯」(元・グリンピア三木の温泉)に入っていません。一度来ようと思いながらどんどん日が過ぎてゆく感じです。
 あそこの湯は特に冬はよく暖まりました。大豆を脱穀したら行ってみます。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

畑を家の庭にシフトするのを意識しつつ。

2017年11月18日 03時08分01秒 | 古希からの田舎暮らし
 秋のはじめに「この広い畑は来年一年つくってお返ししよう」という思いが、意識の底から不意に浮かんできました。秋の深まったいまは「何気なく生きていると、自然に答えがおりてくる」と感じています。道子さんは、ウッドデッキ前の花畑を菜園にシフトしようと手を入れています。花畑は裏山のほうにシフトします。

 写真はデッキ前の菜っ葉の畝です。(パイプはトマトの屋根用)二人に必要なだけつくり、足らねば買いもとめる。シフトはおだやかに、自然にいきそうです。
 もうひとつ、道子さんはレモンにご満悦です。小さい鉢植えですが、写真のように大きな実が4つもなっています。

 10年前に裏山に植えたレモンの苗は植えた翌年に枯れてしまい、接ぎ木してあった台のカラタチだけが伸びてきました。いまでは2メートル近くなっています。花も咲かず実もならず、刺だらけ。でもなんとなく「ま、いいか」という感じでそのまま。
 まわりの風物やこころの自然な老いに寄り添って生きる。いまの思いです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天気のいい日は畑仕事

2017年11月17日 01時51分45秒 | 古希からの田舎暮らし
 10日に刈って干した大豆が、枯れた色になってきました。サヤをむいてみると、まだ生の豆もあります。あと一週間したら脱粒できそうです。

 稲木に三段に干しています。天気予報で雨の前日と脱粒する前日は、夜露や雨ににぬれないようにブルーシートを掛けます。前に置いているのは自作の運搬車です。前の運搬車が朽ちてしまったので去年つくりました。一輪車で運びにくいものも運ぶことができます。敗戦直後の、重い、足踏み式脱穀機を刈りてくるときも、このカートに載せて運びます。
 今日はいい天気だったので、大豆を刈ったあとの畝などを耕運しました。もう少し乾いたほうがいいですが、土はよくくだけているし、大豆畑を整備できました。
 道子さんはイチゴの苗を「本植え」しました。来年も2列3畝イチゴをつくり、「イチゴ天国」の有終の美を飾ります。今年は最盛期にアライグマに根こそぎ食べられてしまいましたが、来年は大丈夫。幅1メートル長さ30メートルの金網をネットハウスに巻いています。
 畑にはまだアライグマの檻があるので一度仕掛けてみようかな。数年前には甘い干し柿をねらったアライグマを捕ったことがあるし、4日おきくらいに巡回してくるらしいから。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

奈良の旅は快晴と雨でした。

2017年11月15日 02時53分41秒 | 古希からの田舎暮らし
 一泊二日の奈良の旅は快晴と雨でした。13日はほんとにいい天気で、奈良公園を歩いていても気持ちよかったです。〈興福寺 ⇒ 東大寺〉を気持ちよく歩きました。しかし膝が痛くなり、「やっぱり歩き過ぎたな」と反省しています。大仏殿と青い空の写真です。外国の人がいっぱい。

 二日目は朝から雨。一日中ずっと降っていました。写真の建物は法隆寺の夢殿から中宮寺に行く道にあります。この柱、梁、白壁。つくった昔の職人たちのこころがつたわります。青空をバックに、じっくり眺めたかった。

 
 いくつか反省しました。
〇 阪神三宮で電車に乗ったらそのままで近鉄奈良に着く。降りて数分であの奈良公園を歩ける。
 この電車に乗るのは憧れでした。でも思ったより時間がかかり、途中乗り降りする人も多く、快適な感じでなかった。次に奈良に行くときはJR新三田からにします。
〇 よくなれている須磨パティオに車をとめたのは失敗でした。長時間の利用はやめます。
〇 若い頃よく出掛けた奈良ですが、長らくごぶさたしていました。久しぶりに行って「やっぱり生きてるうちにもう一度あちこち歩きたい」とつよく思いました。いまの田舎から日帰りは無理です。一泊し、現地ではレンタカーかタクシーで移動する。
〇 このたびは拝観の途中で、同行の人たちがボランティアガイドについていく場面がありました。よくしゃべるガイドで、きいている人はこころが空っぽになってしまいます。百済観音や金堂の仏さまとこころが向かいあうのに知識はいりません。
〇 法輪寺の虚空蔵菩薩と出会いました。大判の写真をもとめたかったのですが、絵はがきサイズしかありませんでした。どことも大判の仏像写真はほとんどありませんでした。ネットかなにかに入手ルートがあるのでしょうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする