神社跡にあったのは、2つの灯篭と、その後ろに立つ無数の柱・・・・
こんな形で残っている神社というものを見たことが無かったので、ちょっと呆気にとられてしまいました。
なんで柱だけ残っているのでしょうか・・・・
壊すのが面倒だった??
見ようによっては、ギリシアのパルテノン神殿のようにも見えなくもありません。
でも柱だけでも残されてて良かった・・・
この柱群の向こう側に、大きなコンクリートの四角い穴が開いていて、お賽銭が投げ込まれています。
大きさからいうと、穴と言うよりかは部屋と言った方が近いかも。
中に入ってみましたが、何の用途で使用されていたかは分かりません。
柱群が、多くの神社にある舞台みたいな建物だったとすると、丁度この穴の辺りに本殿があったのでしょうか?
それとも柱群が本殿だったのでしょうか?
柱群の建物に床が張ってあったようには見えないのですが、そういうのって日本の神社ではあまり見かけませんね・・・。
謎ばかりで想像は尽きません。
気持ちの良い風と、景色もあいまって、なかなか下りることができないまま、ずるずると時間が経っていきます。
ここは観光客なんてだ~れも来ないですが、台湾に行ったら、日本人なら是非行ってみて頂きたいところです。
日本中のどこよりも、日本人であることを実感する場所だと思います。
さて、お次は採掘現場の見学です。
周りは家族連れか、カップルばかりで、オッサンひとりで入るのにはちょっと勇気がいりますが、十份の鉱山博物館もパスしてしまったので、意を決して入ってみます。
実は、こういうの大好き
鍾乳洞なんか、絶対見逃しません。
ただ・・・・みんなで連れだって説明を受けながらぞろぞろ歩くのはちょっと・・・・
イギリスの鍾乳洞もそうでしたが、一人で勝手に歩くのでないと、せっかくの「未知の洞窟探検」気分がまったくありません。
従って、例のごとく写真を取りながらだんだん最後尾に移動し、さらに遅れて・・・・なぜか一人になってしまいました
あとは自由にのんびり見学です。
どっちみち説明を聞いてもわかりゃあしないんだから、一緒に居なくてもいいよねぇ。
坑道から這い出すと、お昼過ぎの太陽が照りつけていました。
「メシ食わないと・・・・・」
来る途中にあった小洒落たスパゲッティー屋のスパゲッティーがなぜか無性に食べたくなって(しかも日本では絶対食べないホワイトソース系)、少々高いし、台湾まで来てイタ飯?というココロの声も無視して、勇気を出して入ってみました。
日本人らしき、でっかいカメラを吊り下げた男性が一人、会計を終えて出て行きました。
台湾に来てまでイタ飯かよ・・・・でもボクも・・・ 今日は大目にみましょう。
椅子に座って注文しようとすると、、、、なんと店員さんがいません。
うむむ、この稼ぎ時にどこに行ってしまったのか・・・・・
しばらく待っても全然帰って来ないので、少し迷っていたのもあったし、イタ飯はやめにしました。
向かったのは、普通の食堂。すし屋の隣です。
メニューの名前だけではどんなのかさっぱり分からない、かといって尋ねても何言ってるかわからない。
なので、なんとなく「炒麺」 150円くらい。激安。
量が少ないとお思いか?!
侮る勿れ、ちょっとでかいソフトボールくらいの塊ですが、中は隙間なくギッシリ麺だらけでかなりの重さがあり、食べた感じではUFO焼きそば(大)の1.7倍くらいのボリュームがありますね。
日本ならご飯をプラスするのですが、台湾では絶対やっちゃいけません せめて青菜の炒めものくらいです。
もう味がどんなだったか忘れてしまいましたが、見た通りの味で、間違いなくおいしかったです~
お腹がいっぱいになったところで、出発!
日本家屋の前には相変わらず行列があり、もういいや、って感じで通り過ぎます。
黄金博物館も、次の目的地九份が呼んでいるので飛ばしました・・・・
自転車に乗って走りだすと・・・・・・コビトの町が現れました。
この台湾旅行の中でも最大の見どころである九份、もうすぐです
(おーばです。)
これが土台になった神社ということは,よっぽどの高さの神社ですよねぇ。
きっと,昔は由緒ある神社だったんでしょうね
神社としての姿形が残ってなくて,一部だからこそ,どんなんだったんだろうなぁって思い巡らせて,かえって神秘的やなぁと思いました
空と石の組み合わせがなんともいえず素敵で,見入ってしまいます。
そこに立っていると、時が流れていかない感じです。今までも、これからも、このまま変わらない場所、そこに居る。
時間の間隔を失います。
でも、もともとどんな姿だったのか、見てみたい気もしますね~