大村正次著「春を呼ぶ朝」―故郷の電車―
雪の山を歩く
どこまでも僕達を靡くのは
足跡一つなお清浄な山の雲、
なだらかな純白のスロープ、
行手の空を割り
雪また雪の圓らかな孤線、
そしてこゝかしこ頭をもたげ
緑の顔を覗かせる松の
ふゆ、溌剌のスキー場を
一山越えた山
友よ 耳を澄ませ かすかに響くもの
眼には見えこず響くもの、
おゝ谷底だ。
雪の下ゆく瀬の音だ。
そして この雪原の裾を消し
かすかなものは その川上から來るのだ。
友よ この
浮世の外の世界に腰を下さう
息の根がとまつたやうに。
しらじらに仄くは
ふりこぼす粉雪である。