針外し/爺さんの独り言。役にたたない情報ばかり。

自作のスピナーベイトで今日もバスを釣るぞ!。人はそれを「G」と呼ぶ。爺さんの「G(ジー)」の意味だった。ガクン!。

大変残念な事が

2019-01-22 07:21:17 | 日記

今朝、(1月21日)我が同胞、同級生、小枝 守君が亡くなりました。誠に残念です。先日紹介した,根本陸夫氏の書の中にも掲載された小枝 守君だが昨日、小枝君のページを読み切って、今朝山から帰宅したら、この本を紹介してくれた成田君から連絡があり、訃報を知った。

 彼は熱血漢で、かの根本氏からも相当可愛がってもらったらしい。彼の教え子の中には野中氏やヤクルトSの飯田選手他大勢良き選手を輩出しています。

       
        甲子園高校野球の解説でよく出ていたので覚えがある人も多いでしょう。


 彼は日大三高卒業後、母校の監督を任されたらしいのだが、彼の若き熱血と現代の甘っちょろい世代との狭間にあって、結果父兄等から突き上げられて、当時の副学長の鎌田三太夫氏(実名です)が拓殖大の出身であったことから、千葉にある拓大紅陵の副学長兼野球部監督に据えたと聞いています。(この辺りの話はまた聞きなので真実の事は分かりません)みすみす三高の宝を持って行かれてしまった。

      

同級の鈴木陽一郎君と三高の同窓会を立ち上げた時に、厚かましくも、小枝君が拓大紅陵に電話を入れて同窓会に来られるように懇願したが、どうしても承諾を得られなかった。その時は当時の確執があって来ないと邪推してましたが、根本氏の本を読んでいると、とってもじゃないけどそんな時間が取れる状況ではなかったと勝手な解釈をしています。

              
              彼の秘蔵っ子ヤクルトの飯田選手。

      
        フェースブックでも、同志の野中氏。他、皆さん小枝君を慕ってくれているのが何とも嬉しい限りだ。

彼の野球に対する情熱は、私なんかが語る状況ではないのですが、一度でいいから同窓会に来て欲しかった。彼とはそれこそ高校生の時に部屋で会って、一言二言

話しただけだが、彼は誰とでも温和に話しかけて応対してくれた事を思い出します。慎んで彼の冥福をお祈りします。

東京に帰ってきて見直したら慎むの字の変換が間違っていました。訂正してお詫びします。

コメント
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