北海道美術ネット別館

アート、写真、書など展覧会の情報や紹介、批評、日記etc。毎日更新しています

■神田一明、日勝展 (2021年12月18日~22年3月13日、旭川)

2022年02月16日 07時57分10秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
(長文です)

 初の兄弟展。
 32歳の若さで世を去った弟の日勝のほうが世間では有名で、NHKの朝ドラの登場人物のモデルになったほどですが、この弟が中卒で農業の傍ら絵筆を執っていたのに対し、兄の一明は、東京藝大油画科で学び(言うまでもなく大変な難関です)、画壇の芥川賞といわれた「安井賞」で最終候補に残るほどの力量の持ち主として、また北海道教育大学教授、行動展・全道展の会員として、半世紀以上にわたって道北の美術界をリードしてきた存在なのですから、純粋に画家として評価した場合、兄への注目度が弟に比してこれまで不当に低かったのではないかという気がしてなりません。
 今回は、2人の代表作を並べていますが、日勝の展覧会はこれまで何度も開かれているのに対し、一明の作品が一堂に会したのはこれが初めてで、ひょっとすると今後はしばらく無いかもしれず、非常に貴重な機会であるのは間違いないことでしょう。


 日勝は歿後半世紀を超え、影響を与えた画家の存在などについても研究が進んできました。
 その中でいろいろな名が取りざたされ、今回同時開催されている「北海道の美術1950ー70年代」の出品作である寺島春雄「柵と人」や渡邊禎祥「鋼矢板」なども日勝にインスピレーションを与えたといわれているわけですが、今回の兄弟展を見た皆さんはもう分かったと思うんですよね。最大の影響を与えたのは、ほかでもない兄であるということが。
 ペインティングナイフを使用して厚く絵の具を盛り上げる手法もそうですし、板の質感などもそうです。
 当時の鹿追では、実物の油絵などを見る機会はほとんどなく、帯広の平原社展や、巡回してくる全道展や道展が貴重な機会だったと思われます。画集や美術雑誌などもカラー図版は数葉で、不鮮明なモノクロ写真が主流でした。そんな中で、東京から帰省してくる兄の情報や実際の作品が、どれだけ貴重なものであったか、想像に難くありません。
 ただし、日勝は板やがらくたなど個々のモティーフの質感などは見事に習得していますが、それらの静物を組み合わせてひとつの空間をつくりあげるという問題意識はどうも稀薄であったような感じがします。それぞれのモティーフが画面を埋め尽くしているために、構成などは二の次にされ、見る人もあまり気にならなくなっているようです。
 一方で兄の方は、まさに絵画空間の追求が長年の画業のテーマになっているのではないかと、筆者には見受けられます。

 もう少し具体的に論を進めます。
 「自分は印象派以後・キュビスム以後の画家である」ということに多少なりとも自覚的であれば、何も考えずに透視図法に乗っ取った絵を描くことにはためらいがあって当然でしょう。
 透視図法に拠ることなく、しかし、キュビスムによって破砕されてしまった絵画空間を、いかに現実的なものとして(それは、無批判的な写実主義を意味しません)再構築するのか。それは20世紀の画家にとって、解決すべき大きな課題として立ちはだかっていたのではないでしょうか。
 神田一明氏の絵画に、凡庸な写実主義の絵とは異なる特徴があることは、直ちにみてとれるでしょう。すなわち

1) 物がつくる影がない
2) 物に陰影を描かない
3) 遠くを小さく、近くを大きく描く透視図法を採用しない

 これらの特徴は、初期から近作まで徹底しています。
 また、個々のモティーフについては、周囲と異なる色をのせる場合と、輪郭線で区別する場合を、取り混ぜています。
 何でもかんでも輪郭線で済まそうとすると安直な感じがまさり、全体に平板になって、生き生きとした感じが失われてしまいかねません。
 かといって、グラデーションや影によってモティーフの立体感を出す手法も、この画家はとらないのです。
 かくして
「写真みたいなリアル」
ではない、人物や静物が独特の存在感をもって立ち現れ、生き生きとそこに在る空間が生まれてきます。

 いかにして、現代の絵画空間をつくるのか。
 そういう問題意識の透徹ぶりには脱帽せざるを得ません。


 この展覧会は、惜しいことに図録がありません(道立美術館の予算不足に、あらためて驚きます)。
 また冒頭で述べたとおり、弟はともかく、兄の画業をまとめて見られる機会が次はいつになるか、予想できません。
 ご覧になることを、強くおすすめします。 


2021年12月18日(土)~22年3月13日(日)午前9時半~午後5時(入場は4時半まで、売店は4時まで)
月曜休み(1月10日は開館)、12月29日~1月3日と1月11日も休み
北海道立旭川美術館 (旭川市常盤公園)

一般800円、高大生500円、小中生300円


過去の関連記事へのリンク
没後50年 神田日勝-大地への筆触 (2020)
続き。日勝に影響を与えたもののこと

行動美術五人展 (2020)
名画の小部屋vol.86 神田一明 ー風景画― (2019)
行動展北海道地区作家展 (2016、画像なし)
十勝の美術 クロニクル(2011、画像なし)
行動展北海道地区作家展(2010、画像なし)
神田一明個展(2006、画像なし)
第58回全道展 (2003、画像なし)


同時代画家としての神田日勝 (2018、画像あり)
≪室内風景≫を巡る、これまでとこれからー神田日勝記念美術館 開館25周年記念展 (2018)

【告知】神田日勝と全道展 (2015)
「室内における人間像~その空間と存在」―神田日勝の『室内風景』の内奥へ (2013)
神田日勝・浅野修 生誕75年記念展 (2013、画像あり)
神田日勝と新具象の画家たち (2012)
【告知】神田日勝、画家デビューの頃 ~early1960's (2011)
神田日勝記念美術館だより28号の充実度がすごい件について/「室内風景」の発想源は? (2010)

平成21年度前期常設展「神田日勝の自画像~ 自分を見つめて」
神田日勝の世界 「室内風景」と「馬」の対面(2008年)
「信仰」と「芸術」
宗左近さんと神田日勝

関係があるかもしれない記事へのリンク
NHK朝ドラ「なつぞら」の山田天陽(吉沢亮)のモデルは神田日勝なのか
藤田令伊著『企画展がなくても楽しめる すごい美術館』 (ベスト新書)が神田日勝記念美術館を激賞




・JR旭川駅前から約1.7キロ、徒歩21分
・都市間高速バス「高速あさひかわ号」(札幌―旭川)の「4条1丁目」で降車、約640メートル、徒歩9分

・JR旭川駅北側の1条通の14番バス停(1条8丁目)から、3番、33番、35番のバスに乗り、「4条4丁目」で降車(3・33・35番)、徒歩5分


最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
行きました (ririy)
2022-03-24 22:42:21
2022年、札幌から旭川迄電車に乗って見に行ってまいりました。
ありがとうございます~
Unknown (ねむいヤナイ)
2022-03-25 08:27:27
rirty さん、こんにちは。
お役に立ててなによりです。これからもよろしくお願いします。
Unknown (ねむいヤナイ)
2022-03-25 08:29:06
あっ、名前間違えてしまいました。すみません!

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。