mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

手術、無事終了

2024-02-19 19:56:52 | 日記
 今日午後、帰宅しました。14日に入院、15日にペースメーカーを植え込む手術を行い、当初予定されていたよりも1日早く解放されました。
 実は持参した別の小さなモバイルPCで14日から今日までの「入院日誌」を付けていたのですが、先程それをこちらへ移そうとしたら、どこかでヘマをして、6ページ分全部、どこかへ消えてしまいました。いやたぶん、googleクラウドのどこかに仕舞い込まれて、取り出し方がわからなくなったのだと思います。残念ですね。
 ま、今更思い出して書いても仕方がないので、簡単な手術の様子とその後の経過をメモ風に記しておきます。
 14日は入院の手続き。家から歩いて行くとすでに病棟などは決まっていて、案内されました。ところが私の予定する4人部屋の一人が「急変」し、その場をつかって手当てをしているために入室できず、入院予定患者の待合室で待たされました。付き添いのカミサンは窓越しの外、廊下の椅子でしばらく待機していましたが、手を振って帰っていきました。私はその待合室でお昼を摂ることになり、揚げ句に、とりあえずと言って案内されたのは南西向きの外が見えない一人部屋。でも、追加料金が発生しない一人部屋はありがたい。
 レンタルの部屋着に着替え、14時半からシャワーを浴びて手術に備えることになりました。胸に心電計測のパッチを貼りコードを付ける。また指先に血中酸素量の計測器をつけ、それらを無線で別の部屋でキャッチして医師がチェックするのです。この計測器は退院する間際まで付け続けていました。部屋着を着替えるときにそれの一つが外れたとき、別の部屋にいたスタッフがモニターをみていて外れていることに気づき、直しに来たこともありました。
 手術の前日夕方医師が来て、午前中に予定されていた手術がキャンセルされたので、午後1時からの予定を前倒ししたいがよろしいかと問い合わせがあった。嫌も応もない。早いに越したことはないので、すぐに了解。ところが翌朝8時に医師がやってきて、緊急手術(心筋梗塞とカテーテル)が2件入ったのでそれが終わる午後になると告げてきた。これも嫌も応もない。ご苦労さんですと、すぐに承知する。面倒だったのは、手術に立ち会う(といっても外で待つだけなのだが)と言っていたカミサン。その旨連絡し、いずれにせよ立ち会うことはできないから、終わってから(面会時間に間に合うようなら)来るとありがたいとしておいた。
 ところが手術室に入ったのは午前10時45分、ストレッチャに乗せられ、あちこちコードでつながれ、酸素マスクを鼻に被せられて、話を聞いている内に胸にツーッとボールペンで線を引くような気配がして、ウッと言ったかオッと言って声を立てたか、「もうちょっと強くして下さい」という声を聴いたのが最後であった。ガサゴソと手術着に袖を通し、体のまわりのタオルを折り敷く動きに気づいたときには、ストレッチャーは動きだしていて、部屋へ戻るところであった。始める前、部分麻酔なので、手術の進行は感じられますと医師から聞いていたので、我がことながら少しばかりどんなものかと興味津々であったのに、すっかり麻酔に眠りこけてしまって、寝過ごしてしまったってわけ。
 手術後に医師は我が家のカミさんに電話をしてきて、「手術はとてもスムーズであった。けれども麻酔の影響で徐脈状態になり、早速ペースメーカーに助けられいる。手術のタイミングが良かった」と話したそうだ。私は喉の奥が乾ききっていて声も出せず、朦朧として眠く言葉を発する気力も湧かず、ボーッとしているばかりであった。
 医師は術後夕方にも早朝にも様子を見に来て、傷口を確認し、恢復は順調に進んでいると口にしていた。私自身には自分の肩甲骨は見えない。まして切り口は防水の透明シートに蔽われ、その上から分厚い肩掛けをプロテクタのように付けているから、様子はわからない。医師は防水透明シートを取り替えながら手術の切り張りした後を確かめ、順調に恢復していますと、腕自慢をするようにうれしそうに口にしていた。「痛みますか?」と何度も聞かれ、傷の痛みなのか、上から付けているプロテクターの圧迫感なのかわからなくて、いつもごにょごにょと曖昧な返事しかできなかったが、日を追うに従って切ったという違和感が薄れていっているのに、3日目くらいになって気づいた。
 そして退院することになりますと告げられた今日、ペースメーカーの社員3人と病院の機器操作担当スタッフと医師がやってきて、私の身に付けた機器からのデータをモニターに接続して、予め私に手渡されていた「ペースメーカー手帳」に何やら数値や記号を書き込んでいた。この「手帳」は今後必ず携行し、もし万一何かの事故やデキゴトがあって異常が生じたときにはこの「手帳」を医療関係者に手渡して診察治療を受けてくれと、強く念押しされた。また同時に、「モニター設置とその情報の送信・共有について」の同意書に署名を求められた。このモニターというのは、この後我が家に送られてくるのであるが、これを寝室の寝床のあたりに設置しておくと、わが身体のペースメーカーの作動状況が時々刻々医師やメーカーに送られ、もし万一異常があるときには医師(あるいはメーカー)の方から私へ緊急の連絡が来るということであった。つまり我が身はもはや、社会的な監視管理の下におかれるのである。
 朝晩、体温と血圧のチェックも行われ、術後4日目にやっと胸より下のシャワーが許され、温かいお湯をたっぷり浴びたのではありました。(つづく)

コメントを投稿