mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

「M 最後の企画」のキューバ

2015-10-12 09:00:15 | 日記

 一昨日は、「キューバ★ラテンフェスティバル」に付き合った。私の45年来の友人Mさんが采配する企画。Mさんは10年前にルーティン仕事を退職した後、決意してスペイン語を学び、キューバに何度も足を運び、現地の支援に力を入れてきた。やがてそれは「クバポン:日本キューバ連帯委員会」というグルーピングになり、学習用具を送ったり、日系人会「友好連帯の家」の建設や農業支援に至っている。このフェスティバルも、キューバ日本大使館、埼玉県、川越市のほか、埼玉県教育委員会、川越市他3市の教育委員会が後援するかたちになっている。Mさんの堅実さと10年間の実績と力の入れ方がうかがわれる開催であった。

 

 演奏は大高實とカリビアン・ブリーズ・オーケストラ。大高實は昔(1960年代)の「東京キューバンボーイズ」のメンバー。15人のメンバーが演奏し歌って2時間を過ごした。300人余のホールに(あとで聞くと)250人の聴衆と40人のスタッフというから、まずまずの盛況なのだが、はて、これで採算は取れるのかしらと、Mさんの懐の方を、私は心配した。

 

 ラテン音楽がこんなに賑やかとは思わなかった。子守歌も交えていたのに、アカペラで歌った「中国地方の子守歌」以外は、キューバの子守歌もSummer-timeのラテン変奏も、トランペット、トロンボーンの(マイクを通した)割れる音がぎんぎんに耳に響き、イヤじつは私は、閉口した。マンボなども3人の歌姫がおおきく踊りながら歌って、それはそれでなかなか見所のある風情でしたが、手を打って会場が同調するのに、私の体が反応せず、ああこういうトーンの共感性がすっかり私の身体性から削ぎ落ちてしまっているんだと、我が身の変容に気づかされていました。すっかり年を取り、適応できる好みが変わってしまっている。

 

 キューバとアメリカとの国交回復がこのトーンに影響を与えているのであろうか。会場の人たちの表情は明るい。「さあ、これから」という明日への希望にあふれている。Mさんが10年前に決意して行った選択が実を結ぶのかどうかも、間違いなく大きな影響を受けることになろう。

 

 このフェスティバルのお誘いを受けたときMさんは「M 最後の企画」と手書きで書き添えていた。Mさんは昨年秋、胆のうの癌が見つかり、すでにかなり進行していた。手術をしないと決め、放射線治療で抑えてきている。タバコを片手に酒を酌み交わして陽気におしゃべりをしていたMさんが、酒もタバコもやめ、「うまくないんだよな」といいはじめて1年。筋肉質であった風貌も、めっきり痩せて、あのパキスタン・ラホール博物館所蔵の「釈迦苦行像」のようにさえみえる。一月前にはそうでなかったのに、一昨日は杖をついていた。しかし、背筋はきりっと伸び、声には張りがある。まだまだへこたれないぞと内側から気概が噴き出して彼の身体を支えているような気配がみなぎる。一種荘厳な雰囲気さえ漂うようだ。

 

 まだ片付けもあるであろう彼に別れの挨拶をして会場を後にした。駅まで一緒したやはり長年の友人であるNさんが「このフェスティバルが彼の支えでしたからね。この後何をするか、考えてもらいましょうか」と、ぼそりとつぶやいたのが耳に残る。「明日のキューバ」がMさんに希望を与えてくれることを祈りたいと思った。


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