mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

槍ヶ岳・表銀座縦走(1)いざ、合戦に

2019-08-27 11:14:02 | 日記
 
 穂高駅は閑散としていた。松本で特急あずさから乗り換えた大糸線の普通電車だからだろうか、ザックを担いだ人は私たち以外にいなかったようであった。タクシーは、私たちが予約した一台だけ。すぐに20km余の中房温泉登山口に向け出発した。今朝早くにも登山者を運んだ、今日は二度目だと運転手はご機嫌だ。早朝組は、車を穂高駅付近において北アルプスを縦走し、上高地へ下山後にここに戻ってきて帰途につくいう。
 
 中房登山口1450mは混みあっていた。午前11時過ぎということもあって、ほとんどが燕山荘からの下山者。昨日登り、燕岳へ往復してきた人たちが多いようだ。成就感に賑わっている。件の運転手のご機嫌の理由がわかった。タクシーがつくとすぐに、穂高駅まで行きたいという乗客がやってきて、値段交渉をする。割引きはしないから、そちらでお客さんを4人そろえて来なさいと運転手は待っているだけで、帰りのお客まで用意されるというわけだ。
 
 11時18分、kwrさんを先頭に上りはじめる。すぐに急登になる。今回は4人。kwrさんは高校1年のときに山岳部員に引率されて槍ヶ岳へのルートを歩いたことがあるらしい。それをもう一度歩いてみたいというのが、どういう思いかはわからないが、自分の原点をこの目で確かめたいというのではないかと勝手に推測している。kwmさんもysdさんも、槍ヶ岳は眺める山だったようだ。東側の常念岳からみていたのを、今回登ってみようというわけ。私は、このルートを歩くは4回目になるか。しかし30年以上も前のこと。槍ヶ岳をみながらあるいて、雷鳥にも出逢ったなあ、岩場があり、長い梯子をおりたなあという程度の印象しか残っていない。
 
 薄曇りが深い霧に変わる中、何人かの下山者とすれ違いながら第一ベンチに着く。ちょうどお昼ころ。朝食は早かったのだが、タクシーの中でkwmさんからおやきを頂戴していたから、ここまで心地よく登ってくることができた。文字通り「ベンチ」に腰掛けて食べる。15分くらいだったろうか、kwrさんが出発の準備を始める。私は、サンドイッチが一かけら残っている。「なんだ、もう行くの? まだコーヒーも呑んでないよ」と、いつもの山行でお昼が短いことを訴える山の会の人のことを想いうかべて「私もmrさんになっちゃいましたね」というと、kwmさんが(何を言っているかわかって)笑う。
 
 第二ベンチ1841mに着くころ、霧が雨に変わる。雨具をつける。12時50分、お昼をふくめて1時間半で来ている。コースタイムだ。ペースがちょっと早すぎるかな。でも今日は4時間の歩行だから、少々オーバーペースでもいいか、と思う。第三ベンチに13時26分、出発してほぼ2時間。「←中房温泉口2.7km・2.8km燕山荘→」と看板がある。ほぼ中間点というところか。まことに順調。このルートは「合戦尾根」と呼ばれ、「日本三大急登のひとつ」と謂われている。あとの二つがどこなのか知らないが、それほどの急登とも思われない。「トレーニング山行」と称してこの3月から登って来た「急登」を振り返ると、鷹ノ巣山や朝日山(赤鞍ヶ岳)や丹沢山への登りもけっこう急登でしたよと、kwrさんやysdさんとも話す。コメツガやシラビソの樹林、シャクナゲの群落に包まれたルートはよく踏まれていて、危なげがない。
 
 「富士見ベンチ」を過ぎて20分ほどのあたりから、剥き出しの岩がルートに現れ、足元が砂地になる。この雰囲気は、ぼちぼち合戦小屋が近づいた証か。ysdさんがずいぶん草臥れてきたようだ。さらに10分ほど進むと「合戦小屋まで10分→」と木立に小さな表示が打ち付けてある。少し大きな休憩をとりましょうと合戦小屋まで頑張る。14時50分、小屋に着く。3時間半、おおむねコースタイムであるいている。標高2377m、そろそろ高度障害が出てもおかしくない。
 
 いつもならスイカを食べる登山者、下山者でにぎわう合戦小屋が、静かだ。一組の2人が雨の落ちる外のテーブルベンチに荷をおいて休憩している。私たちは小屋のテーブルを借りる。ysdさんの顔色が良くないとkwrさんが気を使っている。少し暖かいものを飲んでとココアを淹れる。「いや、くたびれたよ」と口にするkwrさんは、しかし、元気だ。私はサンドイッチの残りを口にする。汗に濡れたからだが、少し冷えるように思った。30分ほど休憩して、最後の1時間10分を頑張ろうと出発する。
 
 ここからが、じつは、合戦尾根。背の高い樹林は、ない。森林限界を超えたらしい。ササとナナカマドとハイマツと灌木の間の砂の道を上る。トリカブトの群落が道端を飾る。雲の中から、ぼんやりと燕山荘の建物が浮かび上がる。下を向いて歩いていたysdさんも、顔をあげ元気が出る。丸太で土留めをした階段が広いルートを上へと導く。その砂地の道の上の方に、青、赤、黄色のテントの並ぶのがみえ、kwrさんもkwmさんの足も速くなる。ysdさんも燕山荘の玄関口にたどり着き、「やっと着きました」と悦びの声を上げる。16時半、歩き始めて5時間20分。お昼と長い休憩を除くとほぼ、コースタイムで上って来た勘定になる。標高は2704m。あとで燕山荘のオーナー代表の話を聞いて、私たちのとった休憩が「正解」だったと知るのだが、合戦小屋で1時間から1時間半程度の休憩をとるのが高度障害を起こさないコツなのだそうだ。私はすっかり高度障害のことを忘れていたが、それを気遣わなければならないのだと改めて思った。
 
 燕山荘は賑わっていた。どなたが名付けたのか燕岳を「北アルプスの女王」と呼ぶようになって、わんさと若い女性が押し掛けるようになった。燕山荘がアルプホルンの演奏などをするものだから、名物見学のようにやってくる。4時間かけて登り、2時間50分で下る。燕岳への往復をふくめても、往復8時間の登山は、燕山荘に泊まってコマクサをみる。下山したら中房温泉に入ってご帰還というのは、なかなかオシャレなのかもしれない。ま、そうして山に親しむのは、日本の登山が成熟してきたからかもしれない。
 
 賑わいに応じて燕山荘も、雨に濡れた服装でやってくる大勢のお客さんを手際よく受け容れ、食事の世話をして寝泊まりさせるにふさわしい、機能的な仕組みをとっている。これは、翌日の登山に備えて体を休めるにも、気持ちがいい。二段になった蚕棚のような泊りの寝床も、さほど苦にならない。kwrさんがビールを買ってきて、とりあえず山に入った寿ぎの乾杯をした。強い雨が降っていた。(つづく)

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