何やら学校のように見えるこの建物。
どういう施設なのかな・・・。
札幌市中央区にある「あけぼのアート&コミュニティセンター」という施設。
平成16年(2004年)3月に閉校となった「曙小学校」という学校の校舎を利用し、文化芸術を通して地域住民の相互交流の拠点とする施設として活用されています。
この施設のある場所は↑のとおりですが、実はこの場所には小学校の設立以前にも、「札幌市史」に残っている歴史がありました。
今日は8月11日、お盆時期ということで、この三連休がお墓参りのピークになることかと思われますが、「札幌市史」によると、初めて公的な共同墓地が設けられたのが、現在のこの場所だったそうなのです。
明治4年(1871年)、「暁野(あけぼの)」と呼ばれていた地域の一角であるこの場所に、初めて公的な共同墓地が設けられました。
この場所は、東本願寺こと「真宗大谷派札幌別院」の南に位置し、墓地ができたことで、それまで死者が出ると、各家の傍らに埋葬せざるを得ない状態であったのが解消されることとなりましたが、当時の市街地(開拓使本庁のあった現在の道庁赤れんが庁舎付近?)から離れていて不便だったことや、近くに東本願寺があったため、墓地ではなく東本願寺に死者が不法に葬られることが絶えなかったことから、明治9年(1876年)5月に、この近くに山鼻屯田兵240戸が来住したのを契機に、この墓地は屯田兵一族専用とされ、同28年(1895年)まで使用されていました。
住民の共同墓地は、同10年(1877年)に東本願寺の北隣に新たに設けられるも、同39年(1906年)に廃止となったそうです。
そのことを示す解説板とかは存在していないので、あまり知られていない歴史なのかもしれませんが、先日「さっぽろ文庫」を読んでこの話を知り、興味を持ったので、記事にしてみました。
我が家も今日、お墓参りに行ってきました。
父方の祖父母、曾祖父母、叔父が眠る市内の某霊園。
相変わらずの猛暑ですが、晴天でお墓参り日和となりました。
母方の祖父と、昨年亡くなった伯母が眠る、屋内霊廟。
母方の親戚とも長らく会っておらず、昨年亡くなった伯母も、まだコロナの影響があったということで葬儀には出席しませんでしたが、こうしてここに来ると、子供の頃からの色々な思い出が蘇ってきます。
今日もまた30℃を超える猛暑となった札幌。
夕食は、吉野家で、テイクアウトのスタミナ丼をオーダーしました。
これで元気をつけて、また明日から頑張ろうと思います。