釧路の繁華街「末広」地区にある小路。
お店が数軒ある先に「いなり小路」という看板があります。
どういう由来があるのかなと思って、少し調べてみました。
現在は御覧のとおり行き止まりになっていますが、かつては、この先にも、真っすぐな小路が続いていたようです。
ちょうど軽トラの停まっているあたりですかね。その先にも小路が続いていたようです。
ビルの向こうにあるのがこの建物なのだけど、昭和初期、この辺りにあった「伊弥彦大神」という社があり、先の小路は、その参道のような形になっていたそうです。
そのこととか、現在の小路の入り口にお稲荷さんが祀られていて、そのことから、札幌の「狸小路」の向こうを張って名付けられたなど、由来には諸説あるようです。
(写真の場所はこちら)
再びこの写真。
現在は御覧のとおり寂しい限りですが、古い住宅地図を見ると、両サイドには飲食店がひしめき合っていたようです。
(「いなり小路」はこちら)
いなり小路は小さなお店がたくさんありました
友人も喫茶店やってました
でもどのお店もトイレはなくて小路の中にトイレだけあったけど汚くて~
高校時代の友人は親がスナックやっていてその2階が住居でした。
遊びに行ったときに真っ暗でびっくりしましたよ
立ち食い蕎麦や大人のおもちゃとか(笑)
それはそれは賑やかであの通りは通り抜けが多いけど小さな小さな竹下通りの雰囲気でした
懐かしく思い出して嬉しかったです!
ありがとうございます
確かに、古い住宅地図を見ると、丸三鶴屋の事務館と出てましたね。
事務館が別にあるというのは、札幌や東京でも聞かないことではないかと思います。
図書館で釧路の歴史に関する本を読んで、数は少ないけど往時の賑わいが分かる写真を見ました。
本当に一大歓楽街だったようですね。
喜んでいただけて良かったです。
懐かしくて、じっくりじっくり拝見しました!
丸三鶴屋側の右側に饅頭屋さんがあったのですが、小さい頃は母に連れられて串団子を買って、
部活の帰りには団体で肉まんを店内で食べていました。
ウスターソースをあんにかけて食べるのがみんなの流行りでした。
楽しい昔を思い出しました。
ありがとうございます!
こんにちは。
そうでしたか、小さい頃の思い出が色々とおありなのですね。
昨日のKAZUさんに頂いたコメントもそうですが、このようなコメントを頂くと本当に励みになります。
今後ともどうぞ宜しくお願い致します。