自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★続・「拍手の嵐」鳴り止まず

2006年01月02日 | ⇒トピック往来

  元旦付の朝日新聞に2005年度朝日賞の発表があり、指揮者の岩城宏之さんの名前が載っていた。「日本の現代音楽作品を幅広く紹介した功績」というのがその受賞理由だ。

   日本では、「大晦日にベートーベンの全交響曲を一人で振る」岩城さんというイメージもある。が、海外ではタケミツ(武満徹)などの現代音楽で知られている。2004年4月から5月のオーケストラアンサンブル金沢(OEK)のヨーロッパ公演では、「鳥のヘテロフォニー」(西村朗作曲)がプログラム最初の曲なのに、演奏後、何度もカーテンコールを求められた。また、岩城さんが指揮するコンサートのプログラムにはよく「世界初演」と銘打ってあり、「初演魔」と評されるほどに現代音楽を意欲的に演奏しているのだ。

   現代音楽に恵まれたのは、同時代の作曲家である友人にも恵まれたからで、「武満」や「黛敏郎」の故人の人となりをよく著作で紹介している。そして友人をいつまでも大切にする人だ。2003年9月に大阪のシンフォニーホールで開かれたOEK公演のアンコール曲で「六甲おろし」を演奏した。当時阪神タイガースの地元向けのサービスかと思ったが、そうではなく、18年ぶりに優勝した阪神の姿を見ることなく逝ってしまった「熱狂型阪神ファン」武満氏に捧げたタクトだったのだと後になって気づいた。

   元旦付の紙面に戻る。インタビューに答えて、「…ベートーベンだって当時はかなり過激で反発もあったが、執拗に繰り返し演奏する指揮者がいて定着していった。大衆は新しい芸術の価値に鈍感なものだが、指揮者は何十年かけても未来へ情報(作品)を残す粘り強さが必要です」。過去の遺産を指揮するだけではなく、現代の可能性のある作品を未来に向けて情報発信することが指揮者に求められている、と解釈できないか。スケールの大きな話である。

   パーカッション出身の岩城さんだからこそ、あの複雑で小刻みな現代音楽の指揮が出来るのだろうぐらいにこれまで思っていた。以下は推測だ。岩城さんは武満氏らと現代音楽を語るとき、上記のことを論じ合っていたのではないか。「君らは創れ」「オレは発信する」と…。そうした友との約束を自らの指揮者の使命としてタクトを振り続けている。それが岩城さんのいまの姿ではないのか、と思う。

 ⇒2日(月)朝・金沢の天気   くもり

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

☆「拍手の嵐」鳴り止まず

2006年01月01日 | ⇒トピック往来

  ベートーベンの交響曲を1番から9番まで聴くだけでも随分勇気がいる。そのオーケストラを指揮するとなるとどれだけの体力と精神を消耗することか。休憩を入れるとはいえ9時間40分の演奏である。指揮者の岩城宏之さんがまたその快挙をやってのけた。東京芸術劇場で行われた2005年12月31日から2006年1月1日の越年コンサートである。

   写真は、演奏の終了を告げても2000席の大ホールをほぼ埋めた観客による拍手の嵐の様子である。観客は一体何に対して拍手をしているのだろうか。クラシックファンを名乗るほどではないが、年に数回は聴きに行く。それでもこれだけのスタンディングオベーションというのはお目にかかったことはない。演奏の完成度に加え、おそらくベートーベンの1番から9番を「振り遂げた」「聴き遂げた」「演奏を遂げた」というある種のステージと客席の一体感からくる充足感なのだろう。

  演奏終了後に岩城さんの控え室を訪ねた。憔悴しきったのであろう。控え室の前で40分ほど待った。その間に番組ディレクターに聞いた。「何カットあったの」と。「2000カットほどです」と疲れた様子。カットとはカメラの割り振りのこと。演奏に応じて指揮者や演奏者の画面をタイミングよく撮影し切り替える。そのカットが2000もある。ちなみに9番は403カット。演奏時間は70分だから4200秒、割るとほぼ10秒に1回はカメラを切り替えることになる。これも大変な労力である。私は今回、その映像をインターネットで配信する役目の一端を担い会場にいた。経済産業省によるコンテンツ配信の実証事業の一環である。世界に唯一とも言うべきこの映像をネット配信できたことに私も意義を感じている。 岩城さんを訪ねたのはその協力のお礼を言うためだった。

  岩城さんは演奏者控え室前のフロアであった打ち上げの席上で、「また来年大晦日も」と宣言した。そして引き続き1月2日と3日は東京で、4日は大阪でコンサートが控えているという。足掛け4連投。これが05年8月に肺の手術(通算25度目の手術)を受けた人の言葉かと一瞬耳を疑った。このエネルギーの源泉はどこから来るのか。われわれはその岩城さんからある意味でエネルギーをもらっているようなものだ。もっと医学・生理学的に「岩城研究」がなされてよいのではないかとも思った。

⇒1日(日)朝・東京の天気   くもり   

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする