自在コラム

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☆被災地への「最高の励まし」 郷土石川の大の里が初優勝

2024年05月26日 | ⇒ドキュメント回廊

  能登の人たちは相撲が好きだ。おそらく、避難所生活の中でも今夜はこの話で盛り上がっているに違いない。きょう石川県津幡町出身の小結・大の里が夏場所の千秋楽で関脇の阿炎を破って初優勝を果たした。大の里は去年夏場所で初土俵を踏んでいて、7場所目での優勝は幕下付け出し力士では同じ郷土出身の輪島の15場所を大幅に更新する記録となった。

  NHKはニュースでこの快挙を繰り返し流している。立ち合い、阿炎がもろ手突きにいくものの大の里は動じない。前への圧力をかけると、右差し、左のおっつけから一気に押し出し。最高の相撲で優勝をもぎ取った。県内出身の力士による幕内優勝は、1999年名古屋場所で金沢市出身の関脇・出島が果たして以来25年ぶり。

  大の里は2019年に日体大1年で全国学生選手権を制して学生横綱となり、県内では注目されていた。その後、国体でも成年の部個人で優勝を飾っていた。2023年の夏場所で初土俵を踏む。今年1月の初場所で新入幕し、2場所連続で11勝を挙げ、初土俵から所要6場所で小結に昇進。7場所目での初Vはまさに「スピ-ド優勝」。(※写真・上は夏場所で優勝を果たした大の里=NHKニュースより)

  冒頭で述べた、能登の人たちが話題にしているだろうと憶測するのが、あの「黄金の左」と呼ばれた第54代横綱の輪島(1948-2018)との比較だ。半島の中ほどにある七尾市出身で、能登の「大相撲レジェンド」と言えば何と言っても輪島だ。その輪島は1973年夏場所、15場所目で優勝を果たした。大の里は7場所目なので、その比較をめぐって話が盛り上がっているに違いない。ちなみに、津幡町は能登半島のつけ根に位置していて、地理的にも歴史的にも能登と近く、衆院選挙区は同じ石川3区になる。その意味で大の里の優勝は能登の人々にとって身近な人物の快挙なのだ。

  もう一人、能登と大相撲を語るに欠かせない人物がいる。阿武松緑之助(おうのまつ・みどりのすけ、1791‐1852)、江戸時代に活躍した第6代横綱だ。いまの能登町七見地区の出身。通算成績は230勝48敗。ちょっと癖もあった。立合いでよく「待った」をかけた。当時の江戸の庶民はじれったい相手をなじるときに、「待った、待ったと、阿武松でもあるめぇし」と阿武松の取り組みを言葉にしたほどだった。先月15日に阿武松緑之助の石碑がある七見地区で行って来た。石碑は震災の被害もなく堂々としたたたずまいだった=写真・下=。

  大の里には、こうした郷土石川の先輩のようにひと癖もふた癖もある横綱に出世してほしい。これが能登の被災地の人々を励ます最高のメッセージにもなる。

⇒26日(日)夜・金沢の天気    はれ時々くもり


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