自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆「Iターンの島」~4

2012年06月14日 | ⇒トピック往来

(「Iターンの島」~3からの続き、山内道雄・海士町長の講演から) ブランド化はユーザーや消費者の評価を通しての言葉だ。日本で一番きびしい評価を通りくぐらなければブランドにならない。それは東京の市場だ。隠岐牛を平成18年3月に初めて3頭を出荷した。このとき全て高品位のA5に格付けされ、肉質は松阪牛並の評価を受けた。ことし3月までに742頭を東京に出荷したが、A5の格付率は52%だ。リーマン・ショック(2008年9月)以降は、高級牛の価格は下がったが、それでもこれまで枝肉最高値1㌔当たり4205円、これは店頭値で3万円もする。枝肉の平均価格でも2169円。これを一頭当りで換算すると91万円となる。

       「ないものはない」、時代のトップランナー

 隠岐牛は、隠岐固有の黒毛和種で古くから島中で放牧されている。傾斜のきつい崖地を移動しながら育つので足腰が強く骨格と胃袋が丈夫。また、海からの潮風が年中吹くため、放牧地の牧草にはミネラル分が多く含まれ、美味しい肉質に仕上がる。ところが、隠岐ではこれまで子牛のみが生産され、すべて本土の肥育業者が購入し、神戸牛や松阪牛となって市場に出ていた。そこで、島の建設業らが一念発起してこの素質の良い隠岐牛を繁殖から肥育まで一貫して生産販売することで、ブランド力を高め、雇用の場を創出しようと新規参入した。こうした地域の取り組みに共感して、隠岐牛の担い手になりたいと都会からIターンの3家族(20~40代)が移住している。

 また、岩ガキ養殖を始めたいと都会からIターン者が7人が移住してきた。岩ガキはこれまで、離島であるがゆえに輸送時間による鮮度落ちが理由で価格は低く、島の自家消費でしかなかった。そこで、あるIターン者が取引単価の高い築地市場への岩ガキを出荷を試み、完壁なトレーサピリティを売りに信用を得た。さらに、直販も手がけ、オイスターバーへの売り込みや消費者への直接販売を積極的に行っている。直接販売ができるようになったのは、CAS(キャス)と呼ぶ特殊冷凍システムを導入したことがきっかけだった。細胞を壊さずに凍結できるため、解凍後に獲れたての鮮度と美味さが失われない。CASとはCells Alive System、細胞が生きているという意味だ。これを5億円かけ施設をつくった。CAS導入の意義は、離島の流通ハンディキャップを克服すること、島から高付加価値商品を生み出し、第1次産業の復活と後継者育成につなげるためだ。全国自治体の中で、いち早く導入したと自負している。これで岩ガキの出荷をこれまでの25万個から50万個に、また岩ガキだけでなく、旬感凍結「活いか」といった加工商品など続々と誕生している。

 移住者が生み出した商品で面白いのは「さざえカレー」だろう。海士町では商品開発研修生を平成10年度より募集している。「よそ者」の発想と視点で、特産品開発やコミュニティづくりにいたるまで、島にある全ての宝の山(地域資源)にスポットをあて、商品化に挑戦する「島の助っ人」的な存在でもある。これまで18人が参加し、7人が島に定住した。そのうちの一人が考案したヒット商品が「さざえカレー」だ。島では普通に肉の替わりにサザエを入れてカレーにして食べていた。商品価値があることすら気づかなかったものが、外の目から見れば驚きとともに新鮮な魅力として映る、そして商品化するよい見本となった。

 教育そのものをブランド化したいと取り組んでいる。海士町にある島根県立隠岐島前高校は、島前3町村で唯一の高校。少子化の影響を受け、約10年間で入学者数が77人(平成9年)から28人(平成20年)に激減した。全学年1クラスになり、統廃合の危機が迫っていた。高校がなくなると、島の子どもは15歳で島外に出ざる得なくなる。その仕送りの金銭的負担は子ども1人につき3年間で450万円程度となる。しかも、それで卒業後に流出すれば、人口は増々減少する。高校の存続はイコール、島の存続に直結する。そこで、「ピンチを変革と飛躍へのチャンス」ととらえ、平成20年から全国からも生徒が集まる魅力的な高校づくりを目指した。

 この高校には町の職員4人を派遣している。実践的なまちづくりや商品開発などを通して地域づくりを担うリーダー育成を目指す「地域創造コース」と、少人数指導で難関大学にも進学できる「特別進学コース」がある。生徒が企画した地域活性に向けた観光プラン「ヒトツナキ」が観光甲子園でグランブリを受賞した。学校連携型の公営塾「隠岐国学習センター」を平成22年に創設し、従来の塾の枠を超えた高校との連携により、学習意欲を高め、学力に加え社会人基礎力も鍛える独自のプログラムも展開している。特徴的なのは、全国から意欲ある生徒の募集に向け、寮費食費の補助などの「島留学」制度を平成22年から新設し、意欲ある高校生が集まることで、小規模校の課題である固定化された人間関係と価値観の同質化を打破したい、これによって刺激と切嵯琢磨を生み出すことを目指した。この財源には、町職員の給与カット(縮減)分を充てている。この取り組みで平成20年度27人だった入学者は、関東や関西などから応募者があり、今年度は59人となった。

 四次海士町総合振興計画「島の幸福論」が2010年度グッドデザイン賞を受賞した。その基本は、人(健康)、自然(環境)、生活(文化)に配慮した持続可能な社会づくり。ひとことで言えば、この島に生まれてよかったと死に際にふと想うことの幸せを実現することである。そのために、自治体は何をしなけらばならないのか。小規模町村こそ自治の担い手であり、それは地方分権でなく「地方が主役」である。地方の元気が国の元気にと考えている。「民から官へ」の意気込みが必要で、経済規模の小さな地域では民の仕事を官がやるぐらいの意気込みが大切だ。

 超少子高齢化が著しく、財政危機など海士町には、いま地方が抱える問題が凝縮されている。しかし、それは近い将来、島国日本が直面する問題を海士町が先取りしているということであり、日本の新しい道を最先端で切り拓いているトップランナーの姿なのです。このように見て感じてもらえば分かりやすい。最後に、島のキャッチフレーズは「ないものはない」としている。2つの意味がある。「ない」から創造する、仕事がないなら創る。もう一つは、「ないものはない」、つまりすべてあるという意味だ。人に本来必要な資源である自然と環境、生活と文化の要件はすべてある。だから、離島で人々はたくましく悠久の歴史を育んでこられたのだ。

⇒14日(木)夜・金沢の天気  はれ


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