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空をみながら

 地球規模、宇宙規模で考える。死角のない視野の獲得。憲法9条を守ろう。平和のための最高の武器だと思う。

ちょっとしたことから

2014年06月14日 15時12分40秒 | 思考試行

相手のちょっとした言動、行動、から本意を知ることがある。自分にしか関心がなく、他人のことは、自分に関わることだけに関心があるだけで、それ以外は、関心がなく、言うことを、よく聞いてみると、事情がみえてくる。

したがって、本当に、4こころのそこから、感動した体験は、ないのではないだろうかと思われる。演技はするが、本心ではないから、継続できないし、ときおり矛盾したりする。こちらが、上っ面だけのことで、本気で感謝してくれていると、錯覚すると、ひっくり返される。

恩を仇で返す、という言葉があるが、まさにそれを実行する。いつの間にか、周囲にへんな空気が漂い、ぼーっとしていると、とんでもないことになる。気づいていないと、こちらが、何にもしないむつかしい人間みたいな評価になっている。

表面では、とりつくろうから、こちらは、気づかない。とんでもないところから、事情を、知らないはずのものから、いかにも知ったかぶりの、矢が飛んでくる。当方を、いかにも軽蔑すべきもののように扱ってくる。

どんな毒をまきちらしているのか、自分がもっとも世話になり、もっとも感謝すべき対象を、侮蔑の対象に変えてしまう。この悪意の行情、言動は、ビジネスの多くの場面で遭遇している現実と、このごく身近な身内の関係との比較のなかで、知らされる。

誠心誠意は、明らかに、ビジネスの世界では、正当に評価され(最近は、欲ボケ株主の意向をうけて、およそ非人間的な事情変更があったりするが)そういう反応がかえってきて、こちらがかえって恐縮するほど喜んで貰えたりするが、この特殊な身内の人間な場合の反応は、まったく異常であり、もっともっとであり、あたりまえであり、上から目線であり、等々異常であることを知るのは、外の世界を知っているからこそである。

見抜く目が出来ているからである。その結果、大事には至ってはいない。だが、当然するべきこと、反応すべきところからの常識ある反応がない。周囲の副作用は、依然存在している。異常な事態は続いている。


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