前文部次官まで登場してきた。官邸の動き、役所の内部文書、そして行政への官邸の意向の伝達など、そして忖度が問題となっている。
まさに、権力を持てばどうなるかの、実証でもある。お友達のために、権力を持つ者は、どうしてもえこひいきをするという実例である。
内閣が高級官僚の人事権を把握したところから、高級官僚の忖度が始まっている。力の強いものに官僚はなびいていく。彼ら自身が人事権を有していたときは、大臣はお飾りにすぎず、省益に徹していた。
政界も、官僚の意向をくみとり、自らの選挙区への利益誘導を図っていた。官僚は、強い力を持っていた。政治家などは、かれらの意向を実現する道具の一部に過ぎなかったのかもしれない。
だが、人事権を取られてしまえば、官僚の力は、相当削減されたと思われる。そこで、安倍一強政治が実現した。あるものをないといい、やりたい放題にやっている。強権の発揮が、いよいよ顕になってきた。
ここへきて、高級官僚も黙ってはいられなくなってということだろうが、自民党も高級官僚も、もともと、国民のためにということに、本気だったかどうかは疑問符がつく。主役交代となっただけかもしれない。
いまの状況は、人事権を振り回して、官僚を意のままに操り、憲法解釈を変更し、戦争可能な国へとまっしぐらに歩む安倍政権、危険極まりない。


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