日々の生活のうちに、徐々にすべてが変わる。突然かわることもある。柳沢大臣は、カシコイ人だと思っていたが、あれほど明確に謝れるということは、本当にカシコイことが分かる。謝ることは、難しい。素直を意味する。といいたいところだが、考え方のことだから、その発言の背景、価値観、弱者に対する考え方など、詳細にきけば、彼のまさに、生い立ちと深く関係があって、とても一言ではすまない話である。ホンネのところでの、話であるから、大騒ぎとなる。騒ぎとなること自体、それは、健全なことである。みんな健全となれば、政党もいらないし、意見の違いは多少あろうともたいした影響はない。ところが、実は、戦争ともなれば、司馬さんが、兵隊時代にきいた話として、狭い道を避難してくる大勢の民衆がいる場合、戦地へ向かう戦車隊は、どう進めばよいか、と上官に尋ねたところ、即座に「ひき殺していく。」と答えたという。似たような考え方は、組織をたばね、何事かをなしたいとする人々に共通する考え方である。どこかで、線引きしなければ、コトは進まない、と思っている。線引きは、やむをえず、やっていることであって、必要悪だ、位のコトであろう。しかし、それは、まだ、原始時代の考え方である。根源的な哲学不在の証拠であろう。ここにも、課題がある。どうするか。ブルーテントが、長年放置されている。自殺者が、年間3万人もいる。悲惨な事件が続発している。贅沢三昧の富裕層、広げようとしない視野、凝り固まってツブレテイク人々、カルト教団の洗脳政策。肝心なところをヌカシタ状態ではないか。なにか忘れている。変だと思うココロ。宇宙船地球号の一員としては、些かコマカイことを言うようだが、乗り組み員のマナーが充分できていない、というしかない。
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