空をみながら

 地球規模、宇宙規模で考える。死角のない視野の獲得。憲法9条を守ろう。平和のための最高の武器だと思う。

和解・・・新たな段階へ?!・・・妻は元気回復

2008年05月05日 22時04分01秒 | 思考試行
 人間とは違うが、猿回しの猿と人間の関係で、「ネキリ」という言葉を聴いたことがある。人間の命令に、猿は背く、それを従わせようとする人間、その過程のなかで、「ネキリ」がある。人間には敵わないと猿に思わせるプロセスである。猿は、ネキリによって、人間との新しい関係にはいる。

 どうも、義母と我々夫婦の関係もそういうところがあるかもしれない。自分の家ではない。娘の嫁ぎ先の家に、自分が、保護されている。有り難いけれども、それでは済まぬ、という気分がある。

 ことあるごとに、帰らんとアカンという。それも、挑戦的に。これは、娘たる妻にとってコタエル話しである。これだけやっているのに、今までやってきたのはなんだったのか。しかしながら、それは、いちいち、その都度、義母のホンネであっても、こちらは、ホンネとして、とらえてはならないことである。客観状況を判断して、当方のとるべき態度をとるべきである、として、行動してきた。

 客観状況から、こちらがあるべき状況を判断し、自信をもって、遂行すべきことであって、義母が言うとおりにすることが、義母にとって、必ずしも良いとは思えないときには、自信をもって、こちらの信ずるままに、やるべきことをするのである。たとえ、それが、うまくいかなかったにしても、それは、致し方のないことであって、それは、やるべき者が、自信をもって、対処するより他にない。

 赤の他人、第三者がどういおうと、そんなことは、関係ない。当事者たる、我々が、本人にとって、よかれと、思う方向を貫徹するほかないのである。

 結果的に、義母は、頭のいい人である。こちらの真意を理解し、これは、勿論後になったら、言うことが、くつがえるかもしれないが、徐々に、妻の言い分を、受け入れ始めた。こんな有り難いことはないので、不足を言ったら、罰があたる、などと言い出した。よろしくお願いします。と。

 さきのことなどを、考えたらいてもたってもいられない、とも、義母は、言っていたのだが、妻に先のことなど、考えても仕方がないといわれて、そんなことを言うけど、「考えるサあ」と大きな声で、反論していたのが、そうだね、考えても仕方がないのだよねえ、と変わってきた。要するに、受け入れ始めたのである。

 思うように、動かない体、施設は絶対イヤだといっていた義母、その対策は、それをうけいれてくれる娘の嫁ぎ先であったということだ。そのなかで、親切に言われることを、ゴジャゴジャ言われるのはキライというのは、さすがに、自分でも、おかしいと思ったようである。

 そこに、誇りであったり、服従するのを嫌うような、感じがある自分に対して一定の反省がみられる。当方としても、そこへの配慮はしているつもりであるが、より、真剣にその心理状況を、斟酌しなければならないと思う。

 義母は、自分で「ネキリ」を実施したのかもしれない。それは、安定的なものなのか、どうかは、まだ解らない。しかし、そのおかげで、妻はすっかり元気になった。

いさかい(2)

2008年05月05日 08時28分08秒 | 思考試行
 今朝早く、妻が2階に来て、義母が、ベッドが固くて寝られないと言う、といって、布団をおろそうとしに来た。ベッドのマットは、特殊なもので、ジョクソウができないように工夫されたものだから、これ以上、いいものは今のところない、といって、やめさせ、下へ一緒におりた。

 義母は、椅子にすわっており、本人に聞くと、「この子が、勝手に心配しているだけや、なんでも***さんにいうから、キライや」という。「ゴチャゴチャ言われるのはイヤや、もう帰るわ」ともいう。

 食事も、好き嫌いが、多くあり、ご本人もそれを認めているが、おなか一杯といいながら、好物があると、それは食べるという。かなり、わがままでもある。

 妻は、寝ているしかない人が寝られヘンというのやから、といって、対処しようとしたのだが、小生は、マットは、工夫されたものだし、寝られないといっても、いつでも寝られるのだから、義母に言うままに、マトモに反応すると、こちらが、疲れるよ、と言ったのだが、これが正解で、 結局、義母本人は、言ったことを忘れているようで、家内は、再び、前記のように言われたものだから、ガックリしている。

 お茶をいれてやり、小生としばらく話し、その後、頭を抱えていたが、疲れ果て、家内は2階へ、行く。今は多分寝ているだろう。それにしても、いろんな問題が、介護には生ずるということだ。

 義母も、迷惑がかかる、といい、かなり、気遣いするので、その不満もあるのだろう。こちらが、いくら、迷惑ではない、といっても、素直にはなれない様子である。一人では、とても、やっていける状態ではなく、しかも、実の娘が、優しくケアしてくれていても、それが気に入らないとなるから、人間なかなかタイヘンである。

 小生は、そっとしながら、干渉しないことを、こころがけながら、ケアということになりそうである。