出版意欲が俄然湧いてきた。
それはキューバでの出来事だった。
皮肉にもネットが使えないことがボクを駆り立てた。
ひたすらノートと持っていったタブレット(surface)のwordに書き綴った。
一つは、キューバ日記だ。
これは、ゲバラ日記になぞったものである。
映画にもなったMotorcycle Diaries
それに、文豪ヘミングウェイを気取ってみたかった。
モヒートを飲み、カリブ海を眺めながら。
もう一つは、出版企画書としての作成に取り掛かった。
これは思いのほかスラスラと進んだ。
なんせ、7年間毎日欠かさず更新し続けたblogを発信できなくなったのだから。
それに、facebookにもアクセスできないし、
maleも開けない。
新聞も読まないし、TVも見ない。
一体世の中が、世界が、日本が、友人、知人が、愛する人がどうしているのかさえ分からない。
一切の情報が消えた。
この情報社会においてだ。
今の世の中、
情報が3度の飯より大事な時代。
情報を制するものは世界を制す、的な感覚に溺れている。
ところがどうだ。
強制的にネットがシャットダウンされる。
もちろん、つなげることはできる。
高級ホテルや一部地域がwifiエリアになっている。
そこでしかつながらないし、
しかも有料で時間制限がある。
それに、繋がったが、遅い。
3度ほど試みた。
繋がったー!とおもって入力しても、時間内に送信できない。
辞めた。
これじゃ日本にいるのと同じじゃないか。
キューバくんだりまで来て、スマホばかりのぞき込んでるなんて。
暗がりでスマホに興じる若者たち
このカードを買って($3)パスワードを入力する(30分間使用可)
スマホを捨てて町に出よう!なんてキャッチが浮かぶ。
今、目の前にある生活、空気、感触だけを五感で目いっぱい味あおうと、
ある意味開き直った。
あまりにも今の生活は、
情報に左右され、スマホこそ命的な
しかもそれが当たり前的な感覚に毒されているのではないか。
キューバは、50年間時間が止まっている、と批判的に言う人もいる。
情報の開示率から言えば
北朝鮮に次いで低いのでっはないだろうか。
ただ、違うのは、
人々が異常に明るいということだ。
豊かな暮らしに憧れはあっても、
今の暮らしにさほど困っていない。
あんなにかっこよくクラシックカーを乗りこなす国がどこにあるのだろう。
馬に乗り、馬車を引く当たり前の暮らし。
馬車タクシー
まるでアーミッシュの世界に紛れ込んでしまったような錯覚に陥った。
どこかの国のように、
怒鳴り合ったり、なぐり合ったり、
あるいは銃をぶっ放して殺し合ったりする光景はない。
向こう三軒両隣り、長屋のような温かい、明るい、笑顔のある
まるで落語の世界を絵にかいたような暮らしがそこにはあった。
ボクが泊まったCASAと呼ばれる民宿はすべて住宅街の中。
2~3日いるだけで、あちこちから挨拶の声がかかる。
Ola,Ola
もうそれだけで親しく、なんだか自分も住民になって溶け込んだ気がしてくる。
それがなんとも微笑ましく、うれしい。
近所の子どもたち(なつっこい)
アメリカに逆らった、アメリカに頼らなくても
物質的に十分に恵まれなくても、
ネットが繋がらなくても
50年前の生活に戻っても
人はこんなに豊かに生きていける。
ベトナムも、同じように歴史を刻み、
そして豊かになってきた。
(もちろん、中国や旧ソ連の支援は受けたけど)
アダムとイブが禁断の果実をかじったように
ネットという果実の味を知ったら、もう後には戻れないのだろうけど。
今一度日本という国を考えてみなきゃ。
そう思うと、もう居ても立ってもいられなくなった。
これを、この想いを本にしようと。
それはキューバでの出来事だった。
皮肉にもネットが使えないことがボクを駆り立てた。
ひたすらノートと持っていったタブレット(surface)のwordに書き綴った。
一つは、キューバ日記だ。
これは、ゲバラ日記になぞったものである。
映画にもなったMotorcycle Diaries
それに、文豪ヘミングウェイを気取ってみたかった。
モヒートを飲み、カリブ海を眺めながら。
もう一つは、出版企画書としての作成に取り掛かった。
これは思いのほかスラスラと進んだ。
なんせ、7年間毎日欠かさず更新し続けたblogを発信できなくなったのだから。
それに、facebookにもアクセスできないし、
maleも開けない。
新聞も読まないし、TVも見ない。
一体世の中が、世界が、日本が、友人、知人が、愛する人がどうしているのかさえ分からない。
一切の情報が消えた。
この情報社会においてだ。
今の世の中、
情報が3度の飯より大事な時代。
情報を制するものは世界を制す、的な感覚に溺れている。
ところがどうだ。
強制的にネットがシャットダウンされる。
もちろん、つなげることはできる。
高級ホテルや一部地域がwifiエリアになっている。
そこでしかつながらないし、
しかも有料で時間制限がある。
それに、繋がったが、遅い。
3度ほど試みた。
繋がったー!とおもって入力しても、時間内に送信できない。
辞めた。
これじゃ日本にいるのと同じじゃないか。
キューバくんだりまで来て、スマホばかりのぞき込んでるなんて。
暗がりでスマホに興じる若者たち
このカードを買って($3)パスワードを入力する(30分間使用可)
スマホを捨てて町に出よう!なんてキャッチが浮かぶ。
今、目の前にある生活、空気、感触だけを五感で目いっぱい味あおうと、
ある意味開き直った。
あまりにも今の生活は、
情報に左右され、スマホこそ命的な
しかもそれが当たり前的な感覚に毒されているのではないか。
キューバは、50年間時間が止まっている、と批判的に言う人もいる。
情報の開示率から言えば
北朝鮮に次いで低いのでっはないだろうか。
ただ、違うのは、
人々が異常に明るいということだ。
豊かな暮らしに憧れはあっても、
今の暮らしにさほど困っていない。
あんなにかっこよくクラシックカーを乗りこなす国がどこにあるのだろう。
馬に乗り、馬車を引く当たり前の暮らし。
馬車タクシー
まるでアーミッシュの世界に紛れ込んでしまったような錯覚に陥った。
どこかの国のように、
怒鳴り合ったり、なぐり合ったり、
あるいは銃をぶっ放して殺し合ったりする光景はない。
向こう三軒両隣り、長屋のような温かい、明るい、笑顔のある
まるで落語の世界を絵にかいたような暮らしがそこにはあった。
ボクが泊まったCASAと呼ばれる民宿はすべて住宅街の中。
2~3日いるだけで、あちこちから挨拶の声がかかる。
Ola,Ola
もうそれだけで親しく、なんだか自分も住民になって溶け込んだ気がしてくる。
それがなんとも微笑ましく、うれしい。
近所の子どもたち(なつっこい)
アメリカに逆らった、アメリカに頼らなくても
物質的に十分に恵まれなくても、
ネットが繋がらなくても
50年前の生活に戻っても
人はこんなに豊かに生きていける。
ベトナムも、同じように歴史を刻み、
そして豊かになってきた。
(もちろん、中国や旧ソ連の支援は受けたけど)
アダムとイブが禁断の果実をかじったように
ネットという果実の味を知ったら、もう後には戻れないのだろうけど。
今一度日本という国を考えてみなきゃ。
そう思うと、もう居ても立ってもいられなくなった。
これを、この想いを本にしようと。