世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

朝日を浴びて

2018年11月17日 | 自然
久しぶりに帰ると、

辺りは一面、

薄茶色の落ち葉🍂に敷き詰められていた。

歩く度に

カサッ、カサッと乾いた音をたてて

足の裏から冬が伝わって来る。


見上げると、
 
裸にされたケヤキの木の枝が

ボクを覆っている。


その先に、

置き忘れられた葉が一枚、

うなだれていた。

その瞬間、

はらりと枝を離れ、

ボクの足許に落ちた。


     (ハンモックで日向ぼっこ)


防災意識

2014年07月15日 | 自然
一昨日の政治イベントは、防衛だけでなく防災もテーマに挙がっていた。

自然災害に対する危機管理意識は常に持っていなければならない。


水が生死を分けることを覚えておきたい。

食べなくても、水分を取らなければ間違いなく死ぬ。

72時間(三日間)が生存可能時間だといわれる。


地震でも台風でも、水害でも、最後は自分で自分を守らなければならない。

1991年の台風で死にかけたことがある。



生き残った時水以外に必要になるものは、火とナイフだ。



火とナイフのサバイバル学。


今の子供はマッチで火をつけられないという。

まきに火をつけることは大人でも難しい。


BBQはいまでは日常の光景になったが、チャッカマンと着火剤があってのことだ。


ナイフで果物の皮をむくこともおぼつかない。


親や学校でも危ないという理由だけで、触らせてもくれない。


これではいざとなった時生き残ることはできない。



徴兵制を導入しろとまではいわなくても、

自衛隊にサマーキャンプくらい行かせてはどうだろう。



旅をすればおのずとこういった知恵や技術は身に着く。

旅の形にもよるが。


ナイフは人を傷つけるより、

身を守るという意味のほうが強い。


使い道は様々だ。


ナイフワークとロープワーク。

それに、火の扱い方などなど基本を身に着けることこそ防災に役立つ。



というわけで、これからベトナムへと行ってきます。




自然児体験

2013年01月06日 | 自然
フリートーク・ファミリーのお泊まり新年会。

西原村のドゥリーミン カントリーで。



一夜明けて

フリートークファミリーのアウトドアライフ(課外授業)に。


落ち葉焚きで焼き芋中。



じっと見守る、涎を垂らしながら。



男たちはチェンソーでの薪切り作業中。



腰に気を付けて。

これでサバイバル力が分かる。


一時間ほどで、



   芋ほり娘の出番。




  琥珀色のスィートポテトが出来上がり。


お泊まり組(酒飲み派)と入れ替わりに、日帰り組はアウトドア派?

自然の声を聴け

2012年08月31日 | 自然
8月、なぜか心が躍動した子供時代。

それは、春休みや冬休みと違った解放感に包まれていたからかもしれない。


夏から連想するものは数々あれど、

ヤッパリ、海が一番多いだろう。


この夏、結局一回も海に行かなかった。

だが、かろうじてボクのいる山からは遠く有明の海が見渡せる。

海に沈む夕陽を見ることができる。


とはいえひたすら山に篭っていた、いつもとは違う夏だった。


季節は巡っても、人生は巡ることをを知らない。

紆余曲折を経ても、誰しも概ね一直線に進む。



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ボクの『スイッチライフ論』の中に

半分は山、半分は海で暮らすことがある。



半分ずつとはいかないまでも

都会と田舎、国内と海外で暮らすことはほぼ実現できている。




場所を変えることは、最も効果的な気分転換である。

自然が好き、田舎が好き、でも、都会も捨てがたい。


こんな贅沢な悩みを解消する方法が「スイッチライフ」なのだ。



ボクは子供のころどちらかというと、海が好きだった。

だけど、大人になって、山、いや正確に言えば草原が好きになった。


果てしない海は、どこに立ってもほぼ同じ光景をしていた。

ビーチリゾートは行くたびに何処も判で押したように同じ姿になっていった。


だが、山はその表情を季節ごとに変える。

ある時は緑で覆われ、ある時は花で咲き乱れる。


穏やかな時と荒れ狂う嵐の時は海のうねりも激しく変わるが

山の嵐の時は木々のざわめきを聞きながらログハウスの中で静かに過ごした。


潮風はどこも似ているけれど、山の匂いは様々だった。



言えることは、どちらも自然を侮ることは出来ないということだ。




都会では、不自然なことが多すぎる。

あまりにも理不尽のことが多すぎる。


都会には迷いがある。

時に狂う。



そんな時こそ自然に帰るのだ。

そして自然と静かに対話し、自然の法則に従うのだ。


自然の法則は、本来シンプルである。


自然の法則を身につければ

複雑に絡み合った都会のしがらみもあっけないほど解けることがある。



自然の法則を身につければ

感性が研ぎ澄まされ、直感に従うことができるようになる。


自然の法則を身につければ、誰しも素直になれる。




迷ったらすかさず自然を訪れよう。

狂ったらすぐさま自然に身を置こう。


そして静かに自然の声に耳を傾けてみよう。

自然のささやきは宇宙からのメッセージなのだ。


答えを教えてくれる。

エネルギーを与えてくれる。


悲しみや痛みを取り去ってくれる。

喜びを分け与えてくれる。



自然の光、風、香りが五感を刺激してくれる。

両手を開いて身体いっぱい受け入れよう。


五臓六腑にいきわたるほど深呼吸してみよう。


静かに目を閉じて、宇宙とコンタクトしてみよう。





忌まわしくも愛おしい夏が終わろうとしている。


そうだ、やっぱりまだ夏の名残の漂う海に行くことにしよう。


喧噪の治まった静かな海の先の地平線に向かって、叫ぼう。



愛してるよー! って。

幸せだよー!、って。

ありがとーッ! って。

アイデアの泉

2012年04月18日 | 自然
珍しく

目覚ましが鳴る前に


目が覚めてしまった。





昨日の興奮が


まだ残っていたのだろうか。








何度か触れてきたが



阿蘇・西原村にある

「ドゥリーミン カントリー・インAso」


には、




神々が宿っている。






そして


数々のパワーを授けてくださる。





なぜそれが分かるのか。





ボクは一週間のうちに


「フリートーク」のある


熊本市の中心街と





阿蘇・西原村を



行ったり来たりしている。






だいたい、


街中で5泊、


自然の中で2泊する。






西原村での2泊は


ほぼ

のんびりしていることが多い。




普段は


誰も来ない隠れ家なので




思索を巡らすのに適している。







周りの自然を眺め


時折

瞑想をする。





目を半眼に閉じ、


背筋を伸ばして


上に向けた手のひらを

膝に乗せ



ユックリと


腹式呼吸を繰り返す。





そうすることで


心が安らぎ


頭の中が研ぎ澄まされていくのを
感じる。




同時に


身も心も


綺麗に洗われているのを
感じることができる。





それこそが


エネルギーの蓄積となる。







それを持って


下界(街中)に降りる。







自然の中で


インプットしたエネルギーを





人の大勢集まる


「フリートーク」


思いっきり




アウトプットできるという訳だ。







実は




面白いことに


「ドゥリーミン カントリー」


「フリートーク」




立地的に共通点がある。





それは


周囲の環境だ。




最大の共通点は



隣に


神社があることだ。





紛れもなく


神様が住んでおられる。



そして


巨木があること。






近隣に家がないこと。





田舎はまだしも



街の中心街にあって


この環境は稀だ。





そして


もう一つ


近くに川が流れていること。





水と空気と木々


人間が生きていくうえで



必要不可欠なものだ。





「フリートーク」に居ても


一種のパワーを感じるのは



そのせいだろう。





ボクは


風水には通じていないので




はっきりは分からないが


ただ




そう感じる。










経営者や


リーダーたるもの、




何事にも動じない


心の平静




事に及んでの



的確な判断が求められる。






そうして初めて


素晴らしいアイデアが


湧いてくる。







あとは


実行力。



行動力
あるのみだ。







あるコラムで


成功者に共通する


三つの特長が書いてあった。




成功者という言葉は好きではないので


事を成すもの と言い換えた方がいい。





まず一つ目は、


積極的・肯定的な心構えを持っていること。strong>



物事に対して不可能なスタイルを考えるのではなく、


可能になるスタイルを考える。



自分の問題よりも

むしろ力や潜在能力を見、



限界ではなく、


自分の長所、特長、個性にフォーカスする。







次に二つ目として


明確な目標を定めている。





自分が今どこにいるかを知り、


行きたい所を見つけ、




そして

どのようにすればそこに到達できるかを知っている。




そのために


目標と計画を紙に書くことの重要性が分かっている。







三番目は、


自らをモティベートしてる




自分で自分の時計のネジを巻き、


自分自身の力でスタートを切らなければならない。




そして


それを習慣化する。




自分自身を理解すると同時に



他の人をよく理解し、




モティベートし

(自分自身を奮い起こす)



その上で


リードしなければならない。







ここで最も難しいのは


三番目の



モチベーションを維持することだろう。






自分で自分を鼓舞し続けなければならない。







経営者やリーダーには


常に




孤独がつきまとう。





そのため


孤独に打ち勝つというより


孤独を楽しむ術

身に着けていなければならない。







そうした意味でも


人里離れた自然の中に




いとも簡単に身を置けることを



心からありがたいと思う。








そして


そういう場を




授けてくださった天(神)に


深く感謝をしていいる。






それを


自分だけのものとするのではなく、




すべての訪れる人々に


お裾分けできることにも


感謝している。







ゴールデンウィークには


多くのお客様が




「ドゥリーミン カントリー・インAso」


泊まりに来てくださる。






そして


普段



多くのゲストや


仲間たちが



「フリートーク」に集う。




そのすべての方々が


幸せになることを




心底願っている。






そのために


ボクの力のすべてを




捧げたいと思っている。






なぜなら


幸せな心の中にこそ




平和が訪れるのだから。







幸せな心とは


不平不満が無い状態をいう。





不平不満がなければ


争いは起こらないだろう。








面白いことに


金銭や物質が豊かな人ほど



お金や物に執着したがる人ほど、




争いをしたがるものだ。





アメリカや


北朝鮮の独裁者たちを見れば




一目瞭然だ。






幸せは


何かに求めるものではなく





感じるもの。






幸せは


物やお金といった


外側の形にあるものではなく、



心の中に潜んでいるもの。







そうした気持ちを感じるのも


自然のパワーのなせる技なのかも知れない。

夜空の天体ショー

2012年03月27日 | 自然
昨夜の

天体ショーは

素晴らしかった。




今までにない


美しいものを見た感がした。






夜空を見上げられた方も


多くおられたことでしょう。





金星、月、木星が


ほぼ一直線に並んだ。





これは

2004年以来7年ぶりという。



さらに


金星の上には


6、7個の星がぽつぽつ集まったスバル(プレアデス星団)も見ることが出来た。




南側には


オリオン座





そして


北東の空には



定番の北斗七星と



冬と春の星座が入れ替わる時期でもある。





次に見られるのは、


2015年11月頃。




今度はこれらに加え、

火星を含めた4つの星が並ぶらしい。



圧巻だ。







思えば

ボクの


本格的な星との付き合いは




久住高原で


天文台を作った時にさかのぼる。





まったく灯りの無い


360度見渡せる大草原ならではの



満天の星空を見ることができた。





モンゴルで見た星空に


勝るとも劣らないくらいに輝いていた。






当時

加えて


ハレーすい星の大接近で

天文ブームが起こった。




その時買ったのがFUJIの

Meibo 20x150 の倍率を持つ。






ここ西原村では


残念ながら

その活躍の場が減ってしまった。





ネットショップで

10万円で売り出している。




まだ売れていないので


直接申し込まれれば


少し安くできる。




天文マニアの方には垂涎の一品だろう。



早い者勝ちですゾ。








星空を嫌いな人はいないだろう。




遠く離れていても


同じ星を一緒に見ることはできる。


そして



今は語ることも。





星空を見上げると


不思議と涙が出てくる。




だが


零れない。




潤んだ目に


星のきらめきが一層増す。





それが

また



涙を誘う。





どうして

人々は争いをするのだろう。



宇宙は


こんなにも壮大で

美しいというのに。




ちっぽけな地球上で

もっとちっぽけな人間たちが


ごくちっぽけなことで



大きな命を削り合っている。




みんなが

武器を捨てて



この星空を眺められたら

どんなにいいだろうか。




もし

神様がいるのなら



どうか

一刻も早く



争いの無い美しい地球に戻してほしい。




そっと

星に願いをかけてみた。

日はまた昇る

2011年05月23日 | 自然
原発事故に際し


にわかにエネルギー問題が脚光を浴びている。



自然エネルギーの筆頭は


言うまでもなく


「太陽光」 だ。




折しも


孫正義がメガソーラーの建設を検討しだした。



ヤット来たかという感を覚える。





ボクの家は


8年ほど前からソーラーシステムを取り入れている。


別棟の新築に合わせて


さらにソーラーパネルを拡大した。



買電価格の上昇に伴い


今や電気代をほとんどカバーするほどになっている。





課題は

巷間言われている



「蓄電」 だ。



電気自動車とともに


当然開発は進んでいる。




この分野では


世界に先んじていた日本も


ドイツや韓国に追い付き追い越されつつある。



安全神話の下

日本は国内外で原発を進めてきた付けとも言えそうだ。





アメリカやスペイン、デンマークなどに行くと


広大な大地や丘に


はたまた海洋上に

風力発電のプロペラが林立する風景を目の当たりにする。



まさに壮観だ。





だが

コスト面からも



山岳が多く


時折台風に見舞われる


地形や自然条件からしても


日本には風力発電は不利かもしれない。





電気のない発展途上国の一部の家が



小さなソーラーパネルを屋根に取り付け


裸電球一個ほどの明かりを得ている。





日本は


代替エネルギーを


太陽光に絞り


官民一体となって


開発、販促を国内外に

強力に進めていくべきではないだろうか。



日章旗を掲げる意味も一層深まる。






さらにこれを機に



我々一人ひとりが




自然の恵みに感謝し


自然に帰る生き方を

見直してみる必要がある。



「日はまた必ず昇る」 ことを信じて。

自然の癒し

2011年04月22日 | 自然
都会の中心部で暮らすことが多くなった。




しかも


初めてといっていいような


マンション暮らし。




といっても


新しい事務所で


泊まり込みが続いているだけなのだが。





まるで旅先に来たかのような


慣れない生活を楽しむことができる。





反面


いくら都会のオアシスといっても



コンクリートのビルに囲まれた環境に身を置くと
 

どうしても運気が落ちていくような気がする。







3日に一度の割合で


車で40分ほどの


山懐に抱かれた古巣へと戻る。



『FREE TALK』 から


『Dreamin Country』 へ。





先日


10日ほど滞在されたお客様から


お手紙をいただいた。




以下抜粋。



「西原村でゆっくりすることができ

少し間向きになったようです。


西原に来ると元気をもらえました。

自然の力は偉大ですね」


とあった。






桜が散り


代わりにタンポポを始め


野の花が咲き乱れ



蝶が飛び交う。





新緑の木々では


未だ鶯がさえずる。





静かに呼吸をすると


失いかけた運気が戻ってくるのを感じる。





アー、


ボクはなんて幸せなんだろう。




改めて深く知った。

春なのに~♪ なんか変

2011年04月01日 | 自然
30本ほどあるうちの庭の桜も



八重桜を除いて6~7分咲きになっている。





800本の熊本城の桜はほぼ満開で



今が見頃だ。





だが


どちらも例年と違う。





エッ!? 桜ってこんな色だったっけ?


こんなに、白かったっけ?




本来

「桜色」 とは


「ほんのりピンク」 のはずだったのでは。




なのに

どこか透けて見えそうな


なんだかうなだれているような



弱弱しい感じがする。




桜さえ


時勢を反映して

華やぐ気持ちを自粛しているというのだろうか。





八重桜は



厚化粧の女を見るようだ、と以前表現したが




今年の桜は


素ッピンの女を見るようで


興醒めしそうである。





春は桜とともに


一層の元気を連れてやってくる。




なのに



桜を見ても


いつものように気が奮わないのは何故だろう。





ディスプレイを通して


有名人たちが叫ぶ




「ガンバレ、日本」


の言葉が


どこかよそよそしく

他人事のように聞こえて



ただただ空虚に響く。





「日本は、大丈夫!」

「必ず立ち直る!」



数々の励ましの言葉が


カラ元気のように聞こえて




かえって腹立たしく思えるのは


ひねくれているからなのだろうか。




一億総鬱(ウツ)患者に


「ガンバレ」 の言葉は


むしろ禁句である。






飛び交う励ましに



桜の色が虚しく応える。





救いは


上を見上げることを教えてくれていることだ。




かろうじて

こぼれる涙をくい止めることができそう。






自然は正直だ。


自然は嘘が言えない。





人間の心を映して

移りいく。




震災の地に


これから咲く桜は


どんな色をしているだろう。






言葉はいらない。



ただ寄り添うだけでいい。





あー、


地球が悲しんでいる。

あまりに惨い

2011年03月13日 | 自然
こんなことがあってよいのだろうか?


ほんとに、

神はいるのだろろうか?



罪もない人々が傷つけられる時

いつもそう思う。



特に今回は


ここまでやるか?!

という感が拭えない。



神がいて

もしも裁けるものなら

裁きたい気持ちだ。





ボクも

1991年の台風で


壊滅的被害を受け

幼い二人の子を背負って

(娘は生後7か月だった)


風雨の中を必死に避難所に逃げたことがある。




家は吹き飛び

水浸しになり

散乱はしたものの



まだ形としては残っていた。




今回は


すべてが洗い流されてしまった。


跡形もなく。


貴重な思い出も一緒に。



それに

家族の安否さえ分からない人たちが

まだまだ大勢いる。




すべてを無くした人々は

これからどうするのだろうか。



自分だったら、どうするだろうか。



自分に出来ることは何だろうか。


微力な自分が情けない。



思うだけで胸が痛んでならない。

目を覆いたくなる

2011年03月12日 | 自然
信じられない光景が

夜を徹してテレビから流れる。


9・11の世界貿易センターの映像もそうだったが


津波が町を覆っていく光景は

何かCGでも見ているようだ。



まだ全貌は分かっていない。


一体被害はどこまで広がるのだろう。




当日朝方


車が流される夢を見た。


今思えば真さ夢だったのだろう。


公開中の

「ヒアーアフター」 の映画のシーンも


生々しい。




今日、

九州新幹線が全線開通した。


手放しでは喜べない状態であることは確かだ。



余震や放射能漏れの危険性は依然として残る。


復旧と復興はこれからの課題だ。




泣きっ面に蜂状態。

これから日本はどうなるのだろうか。



哀悼の意を表しつつ


見守り、何か出来ることを模索する。

激突ツグミン、再び飛ぶ

2010年11月13日 | 自然
ツグミ飛ぶ.MPG
             



ドン!


窓ガラスに何かが飛んできて激突した音だ。



この時期になると

鳥が窓ガラスめがけて飛んで来ては

激突する機会が増える。




鳥の名は、


ツグミ。



ツグミは体長25センチほどある結構大きい鳥だ。




夏季にシベリア中部や南部で繁殖し、冬季になると南下し越冬する。


日本では冬季に越冬のため飛来するいわゆる冬鳥だ。



ツグミという名は、一説に

冬季に飛来した際に聞こえた鳴き声が

夏季になると聞こえなくなる(口を噤んでいると考えられた)ことに由来するという。
(出典;ウィキペディア)





ここの森の中をいつもツグミが飛びかっている。



そして


残念ながら

毎年数羽がうちの窓で犠牲になる。




今回は、激突直後虫の息だったが、

喘ぎながら何とか耐えていた。





テラスのガーデンテーブルの上に乗せて、


ボクが「気」を送りながら撫ぜると

しばらくして立ちあがった。




そして、やがて元気を取り戻し飛び立っていった。



よかった。

せっかくシベリアから何千キロも飛んでここまでやってきたのだから。

秋の空

2010年10月04日 | 自然
ヒンヤリとして朝の空気が、すがしかお。

イエ、清々しい。 (すいません、のっけから)



金木犀の甘ったるい香りが、

涼風にのって家の中まで押し寄せてくる。




「オ○○心と秋の空」



○○に入る文字は、


今や 「ンナ」 だけに留まらない。



オトコだって、

オヤジだって、


オトンもオカンも、オジン、オバンも


老若男女、人類みな 「心コロコロ」 と迷いに迷う不透明時代。





秋風に流される浮き雲のように、

時は足早に去っていく。



何が正しくて、何が間違いなのかさえ判断がしにくい。



自分は何者なのか。

どこから来て、どこへ行くのだろうか。




ゴーギャンになりきって叫んでみても


虚しく木霊するだけで


答えは返ってこない。





放浪するには、もってこいの季節だ。


幸い、

まだ徘徊には至っていない、つもり。





秋は、


虚しさや侘しさも一緒に連れてくる。