ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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「貧困のため」よりも大きな理由は? 韓国の海外養子、赤ちゃんポストをめぐる事情②

2016-09-20 16:36:05 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
1つ前の記事では「Twinsters ~双子物語~(트윈스터즈)」というドキュメンタリー映画と、それに関連して韓国の海外養子について「近年減ってきてはいるが課題は依然多く、また新たな問題も生じている」といったことを書きました。

 今回は、それと関連して「ドロップ・ボックス(드롭박스)」というもう1つのドキュメンタリー映画を紹介します。今年5月から韓国で上映され、観客・映画評論家から非常に高い評価を受けているアメリカ・韓国合作の作品で、監督はアメリカのブライアン・アイヴィー監督です。
 タイトルの「ドロップ・ボックス」とは、2009年ソウル市冠岳区蘭谷洞にある主サラン共同体教会に設けられた韓国最初の赤ちゃんポストのこと。日本で熊本市の慈恵病院というカトリック系の病院に「こうのとりのゆりかご」という名称で赤ちゃんポストが開設されたのが2007年ですからその2年後です。つまり諸事情のため育てることのできない新生児を親が匿名で特別養子縁組をするため韓国では最初に設置されたものです。(※一般的には<ドロップ・ボックス>ではなく<ベイビー・ボックス(베이비박스)>という。)
 この作品はそこのイ・ジョンナク牧師の話です。といっても、内容は彼の日常よりも子どもたちに重点が置かれています。薬を服用していた女子中学生が産んだ子供とか、障碍を持った子供とか・・・。
 (※ベイビー・ボックスはその後もう1ヵ所京畿道軍浦市のセ(新)カナアン教会に設置され、現在はその2ヵ所とのこと。)

 実はこの映画も私ヌルボは観ていません。しかしいろいろ関連情報を探して読んでみると、国際養子の問題とも関連する諸問題があることが見えてきました。
 まず驚いたのは「2009年の開設以来約800人の命を助けた」というその数の多さです。日本では2007年の運用開始から8年間で合計112人とのこと。ということは、なんと日本の約10倍にもなるではありませんか!
 (ここで「なんだ、海外養子の多さといい赤ちゃんポストといい、韓国人はずいぶん無責任だな」と<嫌韓>方面に直行するのは早計に過ぎます。)

 右の表を見ればわかるように、この韓国のベイビー・ボックスに託された赤ちゃんの数は最近とくに急増しています。以下その背景を探ってみました。

 上述のように、この「ドロップ・ボックス」という映画に対する評価は高く、<NAVER映画>でネチズン90人の平均評点が9.32、観客の評点は9.91に上り、コメントも好意的なものばかりです。しかし世論は必ずしもベイビー・ボックスに肯定的なものが大多数とはいえないようです。つまり「赤ちゃんを捨てることを助長するような環境を作ってはいけない」というのがその理由です。

 政府もまたベイビー・ボックスに否定的です。というのは、子どもの権利条約ハーグ国際養子縁組条約に示された「子どもが自分の親について知りたいと思うのは当然の権利」という理念を重視して前の記事でも記したように養子縁組特例法(2012年)を制定し、養子縁組に際しては出生届等の手続きを義務づけたわけですから、そうした必須の手続きを経ないベイビー・ボックスは認められないというものです。ただ法的な問題等のため強制的な閉鎖には乗り出していませんが・・・。

 ところが、依然として未婚の母に対する差別が深刻な社会で養子縁組の手続きのハードルを高くすると、当の未婚の母はベイビー・ボックスの他にどんな選択肢があるのでしょうか?
 なんらかの形で赤ちゃんを「遺棄」するか、自分あるいは子どもの命を絶つといったはるかに悲惨なことになってしまいそうです。
 ※ここで私ヌルボ、업둥이(オプトゥンイ)という言葉があることを初めて知りました。(主として子どものいない老夫婦等の)家の前に捨てられた赤子のこと。「ふつうその家で育てられることになる」そうです。しかし、この頃は人間の赤ちゃんよりももっぱらイヌやネコについて用いられている言葉のようです。

 さて、「依然として未婚の母に対する差別が深刻な社会」と書きましたが、具体的にはどのようなものでしょうか? 
 たとえば2013年4月の「ハンギョレ」の記事(→コチラ.韓国語)。
 (たぶん役場の窓口で、担当職員が)「子供のお父さんは? え、未婚の母ですって?」と声を高めると、人々の視線が突き刺さった
・・・とか、
 1人で出産の準備のために役場と保健所を行き来していると、行く先々で「なぜシングルマザーになったのですか?」という質問が続いた
・・・等々。
 統計庁の調査資料によれば2000年に11万7千人だったシングルマザーは2010年に16万6千人余りと5万人近く増えましたが、2009年に430人の未婚の母を対象に行った調査では、彼女たちに対する偏見・差別は「非常に深刻=30.7%、深刻=58.3%、ほとんどない=9.0%、全然ない=2.0%」と全体の9割は「深刻だ」と答えています
 この「ハンギョレ」の記事では、4月の臨時国会で包括的差別禁止法が可決されれば、シングルマザーも差別と偏見から保護を得るようになり、ある組織の代表は「法が成立すると、教育課程の中でも未婚父・母の家を多様な家庭の1つの形として提示したり、企業は未婚の母をむやみに解雇できなくなり、10代の未婚の母は学校から追い出されず学習権を保証される等、制度が改善されるだろう」と予想しています。
 ところが2016年1月の「女性新聞」の記事(→コチラ.韓国語)を読むとあいかわらず厳しい状況は続いているようで、仕事に就いている人は51%に留まっています。シングルマザーであることを理由に就職できなかったり、あるいは保育施設の問題で仕事と育児の両立が困難だったり・・・。そのうえ公的な支援が不十分なこともあって経済的に追いつめられている人が大半のようです。
 日本でも幼い子どもを抱えて働く女性の問題がクローズアップされましたが、韓国の場合は差別・偏見、公的支援のレベルの問題等もあってさらに過酷な状況のように思われます。

 先に<嫌韓>方面の人に「海外養子」に出されたり赤ちゃんポストに託される子どもの数だけで韓国を非難するのは早計と書きました。ヌルボ思うに、批判するとしたらその数ではなく、シングルマザーに対する偏見・差別ですね。

 前の記事と続けて韓国の海外養子と赤ちゃんポスト関係の記事をいろいろ読み、考えたことを書きました。その中でもう1つ見逃してはならない事実を知りました。それはどちらのケースもその子どもたちの2割以上が障碍児ということです。「なんなんだ、この数字は!?」という驚き+憤りが・・・という反応は当然でしょうが、この件についてもいずれ何らかの形で背景を探ってみたいと思います。

★[付記①]
 日本財団が行っているプロジェクトの1つに<ハッピーゆりかごプロジェクト>があります。特別養子縁組や里親制度の普及をめざすというものですが、そこのサイト内に「韓国の未婚母支援、養子縁組を学ぶ旅」と題した2回続きの記事が掲載されています。その①(→コチラ)は「未婚母支援の団体でインタビュー」、その②(→コチラ)は「ベビーボックスと養子縁組機関でインタビュー」という内容で、その②では「ドロップ・ボックス」がある主サラン共同体教会を訪ねて取材した内容をいろいろ具体的に記しています。
 その①ではエランウォン(園? 院?)というシングルマザー支援施設を取材しています。民間団体による支援等は韓国の方が進んでいる面もあるようですね。調べてみるとエランウォンは1960年エリノア・ヴァン・リロップ(韓国名パン・エラン. 1921~2015)というアメリカ人女性宣教師が韓国で初めて開設した未婚母子支援施設とのことです。

★[付記②]
 日本の赤ちゃんポストをめぐっては、NHK<クローズアップ現代>の2015年5月の記事(→コチラ)参照。

※養子問題とか出生の秘密というと韓国ドラマではおなじみのネタですが、それも上記のような歴史的社会的状況とと関係がありそうですね。

※もしかしたら、未婚男女(とくに10代)の性意識・性行動」といったことも関係ありそうですが、そこまで調べるとなると収拾がつかなくなりそうなのであえて踏み込みませんでした。

[2021年4月14日の追記] 
 2019年「Unplanned」というアメリカ映画が作られ、翌年韓国でも公開されました。反人工妊娠中絶の活動家であるアビー・ジョンソンの実体験を映画化した作品です。タイトルのアンプランド(unplanned)は「予定外の」「無計画な」といった意味です。この映画は、韓国での観覧者の平均評点が9.62/10という高評価でした。その背景をさぐると、とくにカトリック系ではどんな事情があっても胎児は神から授かった命だから・・・ということで堕胎はあってはならないこととされています。上の記事の熊本・慈恵病院もカトリック系ですね。また養子縁組の仲介団体もカトリック関係のようです。韓国では18世紀頃からカトリックの布教活動が始まり(プロテスタント19世紀後期に宣教を開始)、教会を拠点に教育・医療等の活動を展開していきます。今韓国ではカトリックは全国民の1割で、2割を占めるプロテスタントの半分ですが、それでも日本よりもはるかに多いと言えます。このような宗教風土も養子の多さの1要因になっているのではと思われます。なお、カトリック教会は同性婚にも基本的に反対していますが、近年の時代風潮の中でそれなりの「ゆらぎ」も見られるようです。一方、アメリカ等では数十年前から女性運動の高まりの中で「産むか否かの選択は女性の権利」という主張も強くなり、現在はさまざまな主張が入り乱れているような印象を受けます。つまり、(カトリックの)宗教風土や伝統的な儒教倫理と「人権」「平等」といった新しい価値観の相克、またそれ以前に貧困や社会的な差別といった現実、それらのいくつもの要因が複雑に絡み合った問題だと思います。


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