学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

『とはずがたり』の「証言内容はすこぶる信頼性が高い」(by 森茂暁)

2015-11-21 | 増鏡
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2015年11月21日(土)09時31分16秒

三浦周行(1871-1931)・龍粛(1890-1964)くらいの論文しかなかった鎌倉後期公家社会の研究が進展したのは1980年代に入ってからで、私見ではその牽引車となったのは森茂暁氏と本郷和人氏ですね。
1990年代になると森氏が多くの論文を『鎌倉時代の朝幕関係』(思文閣出版、1991)に纏められ、本郷氏も『中世朝廷訴訟の研究』(東大出版会、1995)を出されますが、この二冊によって旧来の研究状況は一新され、鎌倉後期公家社会への関心が深まって若手研究者の論文も急に増えたように思います。
その後、森氏は多数の専門書・一般書を出され、私はその度に購入していたのですが、『南朝全史 大覚寺統から後南朝』(講談社選書メチエ、2005)は書店で手には取ったものの、未購入でした。
今回、恒明親王をきっかけに読んでみたら、「第一章 鎌倉時代の大覚寺統」において『増鏡』への言及が極めて多いのに驚きました。
まず、p13に、

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 持明院統・大覚寺統という言い方は、後世の研究者が考案した学術上の用語であり、当時の史料に登場する言葉ではない。当時それぞれの統派の主帥〔しゅすい〕の呼称としては、「持明院殿」「大覚寺殿」という言葉が用いられた。鎌倉時代を描いた歴史物語『増鏡』では、「持明院殿」と「大覚寺殿」の言葉が対比的に使用され始めるのは延慶元年(一三〇八)以降である(『増鏡』第一二「浦千鳥」)。むろん『増鏡』は一四世紀後半の成立とされ同時代史料ではないが、回想の中の歴史的表現として注意してよい。【後略】
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とあります。
そして、森氏は『増鏡』を次のように評価されます。(p17)

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後嵯峨院薨去直後の両統
 このポスト後嵯峨の地位をめぐる兄弟間の関係の推移をもっともよく伝えるのは、南北朝時代成立の歴史物語『増鏡』である。関白二条良基(一三二〇-八八)の作品ともいうが確証はない。この作品は後鳥羽・後嵯峨・後醍醐の三代の宮廷物語で、文学的な装飾を施してはいるが、史実を踏まえた歴史書としての内実を持つ。叙述の主体が後醍醐であるところからみると、この作品は後醍醐の物語たるを本質としているといってよい。その『増鏡』に両統の関係がどのように描かれているかをみてみよう。
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ということで、この後、「第八 あすか川」、「第九 草枕」、「第十 老のなみ」の引用と解説が10頁続き、殆ど『増鏡』の注釈書の趣です。
そして、その途中には『とはずがたり』への言及もあります。(p22以下)

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『とはずがたり』の証言
 右にみた後嵯峨院没後の、後深草─亀山両院間の「治天の君」をめぐる葛藤については『とはずがたり』の証言がある。『とはずがたり』とは、大納言久我雅忠の女〔むすめ〕、通称後深草院二条が記した鎌倉後期の女流日記で、後深草院および宮廷貴紳たちとの恋愛、本人が出家した後の諸国遍歴の体験など宮廷女性の恋愛と信仰を赤裸々に告白した異色の日記である。しかも、記主の二条という女性が後深草院の寵愛をうけた女官であっただけに、その証言内容はすこぶる信頼性が高い。『とはずがたり』巻一に、以下のようなくだりがある(講談社学術文庫本では第三一段)。
【中略】
 前掲の『増鏡』の記事と同様の内容で、『増鏡』はこの記事を素材にした可能性が高い。
【中略】
 右の文中の「御所さまにも世の中すさまじく」の部分には、後嵯峨院没後、亀山院側や鎌倉幕府との政治的交渉が思い通りにゆかない後深草院の厳しい立場をよくあらわしている。また「鎌倉よりなだめ申して」の部分は、鎌倉幕府の後深草院に対するスタンスが基本的にどのようなものであったかをよく表現している。この間の一連の後深草院の出家騒ぎを冷静に観察すると、それが幕府を動かすためのゼスチュアであった可能性も否定できない。
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森氏は『とはずがたり』と『増鏡』を「冷静に観察」した結果、『とはずがたり』の「証言内容はすこぶる信頼性が高い」と評価されたのでしょうね。
10年前、都内某書店で『南朝全史』を立ち読みしていた私は、この「証言内容はすこぶる信頼性が高い」との記述を見て、そっとページを閉じ、書棚に戻して静かに立ち去ったのでした。







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