大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第130回

2020年03月16日 22時03分49秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


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- 虚空の辰刻(とき)-  第130回



屋敷の二階の一室はまだ耿耿(こうこう)としている。

「ね、まだここに居てくれるんでしょ?」

ずっと窓際に立っていたアマフウがトウオウに尋ねた。

「うーん、いいけど? ここに来るのを爺に見つかったわけでもないし」

もし爺に見つかっていれば 『何時だとお思いですか!』 と、聞こえてくる声が想像できる。

「何かが起きると考えてる?」

まるでそれが楽しい遊びかのように、異なる双眸を輝かせる。

「紅茶でいい?」

トウオウの質問に答えることなく窓際から離れた。
他の者ならお付きの者に一言いえば済むが、アマフウにお付きの者は居ない。 アマフウ自身が必要でないと考えているからだ。

「長丁場になるんだったらそれでいいよ。 コーヒーを何杯も飲むと胃が荒れる」

「昔っから胃腸が弱いものね」

アマフウは論点から外れる所には返事をする。

そう、昔から胃腸が弱かった、今でもそうだ。 胃が弱くあまり量が食べられないのが災いしているのか、腸が弱いからなのか、華奢なだけで一向に女らしい体つきにならない。

それだけではなく幼少の頃はよく熱も出した。 トウオウの身体を心配して古参である爺が、トウオウに早寝をさせるようにしているのは仕方のないことであった。

アマフウが紅茶を淹れている間にトウオウがテーブルと椅子を窓際に移動した。

「あら・・・」

盆に紅茶セットを乗せてやって来たアマフウが一言漏らし、既に移動していた椅子に座るトウオウを見て微笑んだ。

「こっちの方がいいだろ?」

「レモンよりミルクの方がいいでしょ?」

やはり論点には答えない。
窓の外には下弦の月が出ている。

「これからあの月、どんどん痩せていくんだよな」

頬杖をついて窓の外に浮かぶ月を見てつくづくと言う。

「やだわ。 新月に近づいていくって言えない?」

テーブルに盆を置いて椅子に座り、トウオウのカップに角砂糖を二つ入れる。
こう見えてトウオウは甘党だった。 誰からどう見えるかは分からないが、少なくとも甘党に見えない程に華奢である。

「新月か・・・。 オレは上弦の月にはなれないな」

未だ月を眺めている。

「満月に近づく月っていう意味?」

「・・・そんなとこかな」

やっとアマフウに向き合うとすでにミルクも入っていた。

「何かあったの?」

「うん?」

カップに口をつけたままとぼけた顔をアマフウに向ける。

「いくら食っても太れない」

「・・・それだけ?」

怪訝な目を向ける。

「他に何かある?」

疑問に疑問を返した。

「・・・ならいいけど。 でもいくら食べても太れないって、トウオウはいくらも食べてないでしょ。 もっと食べなきゃ」

「もっと食べなきゃアマフウみたいな肉がつかない?」

トウオウがどう思っているか分からないが、アマフウは細い軸に普通の女の子なら誰もが羨む甘く優しい肉を身体にまとっている。

「またそんなことを言って!」

「大体さ、アマフウって何で無駄に太らないんだろうね」

そう言って紅茶と一緒に置かれたガラスの皿から一口サイズのチョコレートを口に入れた。

「いつもこんなのを食って、普通、太るよ? ・・・って、ヴェ、なんだよこれ」

噛んだとたん、ドロリと嫌なものが口の中を這いまわる。

「ベルギー製よ」

とても嬉しそうに悪戯な目をトウオウに送る。
トウオウが口にしたのはキルシュ酒に漬け込まれたチェリーが中に入っているチェリーボンボンだった。 勿論、ドロリとしたものは芳醇な味わいのキルシュ酒である。

再度言うが、トウオウはこう見えて甘党であり、そして全くの下戸である。 アルコールを舌先で舐めることさえ出来ないし、したくもない。

「くくく、久しぶりにその顔を見たわ。 はい、トウオウのはコッチ」

まだ笑いが納まらない様子で、自分の前に置いていたミルクチョコの入った皿と入れ替えた。 ミルクチョコでなくてはならない。 ビターなど食べられない。

紅茶で口の中を洗い流し飲み込むと、さらなる口上洗浄のつもりか、ミルクチョコを二つ口の中に入れたが、イヤな香りが胃から鼻を抜けて口に味として伝わる。 それを消そうと紅茶を口に入れその温度でミルクチョコを溶かして飲み込んだ。

「・・・アマフウ」

歯を食いしばってアマフウを見た。 そのアマフウは素知らぬ顔をして窓に目を流した。

「・・・帰って来ないわね」

窓の外に向けた視線を、チラッと時計に移すとセイハの姿を見てからすでに二時間は経っていた。
今のことを無かった事にしたいのか、今のことが些細な戯れ事としているのか。 トウオウが諦めたように溜息を吐いた。

「まだそんなに経ってないだろ。 焦ることはない」

まだ味が収まらないのか、三つ目のミルクチョコに手を出した。

「・・・そうね」

さっきトウオウは 『長丁場になるんだったら』 と言っていた。 長丁場になっても付き合ってくれるだろう。

「不安なのか?」

これから何が起きるかは分からないが、起きるかもしれない事自体に不安などない。 不安どころか何が起きても楽勝だろう。 不安なのは・・・自分が考えたことだ。

「いいのかなって・・・」

「らしくない」

ミルクチョコを口の中で転がす。

「だって・・・」

『だって』 と言われて紫揺の顔が浮かんだ。 アマフウがあまり口にしない言葉だし、こうして戸惑いながら『だって』 と言うのは紫揺の専売特許のようなものであったからだ。

「間違ってないよ」

戸惑っていたアマフウの目が安堵を浮かべるように微笑んだ。



「シユラったら、いつまで居るつもりよ」

恨めしい視線をたった一つ点いている灯りの窓に向ける。
建物の中にいるアマフウ達のように、ずっと外を見ていなければ動向が分からないわけではない。
紫揺が出てくれば足音も聞こえるだろうし、二人で出てくればさっきみたいに声も聞こえるだろう。 一晩くらいならいいかと思っていたが、何をすることもなくただ木にもたれて座っているだけは退屈この上ない。 眠気も飛んでしまっていた。

膝を抱えて膝頭に顎を乗せる。 瞼を閉じると領土で火を消していた自分の姿が瞼の裏に浮かんだ。
鏡でもあれば別だが、実際に自分のその姿を見たわけではない。 あくまでも想像だ。
手首を翻しただけでは何も出来ない。 大きく腕を動かす、そして半端ない集中力。 他の誰より疲れた。 だから勝手と言われようと一人領主の家に帰った。 仕方がないことだ。

あのまま続けていると倒れたかもしれない。 もしそうなってでもしたら何を言われるか分かったものではない。 特にアマフウから。 そして領主であるムロイからは、冷ややかな視線を送られることは分かっていた。

思い出したくもない自分の姿を払うように勢いよく目を開けた。 脳裏に浮かんだのは実際に見たセッカが狼煙を上げる時につけた火。 手首を返し人差し指を向けただけでは枯れ枝に火がつかなかった。 燻ぶっただけだった。 だがそれは領土が湿気っていて、その水分を枯れ枝が吸ってしまっていたからだ。 湿気っていなければ十分に火はついただろう。 いつもそうなのだから。

指先の動きだけでは火がつかないと分かった後には掌を向けた。 炎が上がった。 あの程度の事ではセッカは手の動きだけで火を放つことが出来る。 己の力を出すにセッカだけでなく他の三人も・・・なのに自分は。

足に回していた片手を解くと、膝の上にある目の前に掌をかざした。 アマフウのようにふっくらした肉はついていないし、トウオウのように美しい線もない。 ギスギスして筋張っている。 その手を上げて月に掲げる。 同時に顔も手を追うように動く。 下弦の月は満月ほどの明るさはないが、逆光になって筋張った手が影として見えるだけ。

「・・・子供の頃は指先だけで出来てたのに。 どうして・・・」

ほんの小さな火を消すのですら、大袈裟と言われても仕方のない腕の動き、そして集中。 それを誰の前でもしたくなかった。 自分の力が落ちてきているのを知られるから。
五色として生まれこれほど屈辱的なものはない。 でも誰の前でもしたくないと言っても、紫揺の前では違う。 見せつけるようにしてみせた。

「案の定、驚いてた」

下瞼が上がる。

月にかざしていた手を手の平、手の甲と交互に何度も向きを変える。 何度か目で手の平がこちらを向くと動きを止め、ゆっくりと拳を握ると顔の前にそっと下ろした。 じっと拳を見つめ、そっと元の位置に戻す。 両腕で膝を抱える。 丸まっていた背中を後頭部ごと木に預ける。

「馬鹿になんかさせない」

――― 誰から。

「馬鹿にしてやる」

――― 誰を。

そうでなければ自分の居場所がなくなる。

一度目を瞑る。 もうさっきのように瞼の裏に自分の姿は映らない。 遠くに眠気というさざ波が見えたような気がしただけだ。
ゆっくりと目を開けると、もう一度明かりのついている窓を見上げそしてまた目を閉じた。



船・・・船と言っても、北や東の領土の人間が乗っているクルーザーとは雲泥の差だが、エンジンの付いたれっきとした小型船舶である。 その船の後ろに綱をつけたゴムボートがプカプカと浮いている。
遠目に大きなクルーザーが止まっている。 そこに人が居るのは一目瞭然。 明かりが点いているのが見えるからだ。

「一度でいいからあんなクルーザーに乗ってみたいもんだよなぁ」

手に持っていた綱をボートの後ろに括り付けると、綱が解けないか引っ張って確認して後ろを振り返る。

「親父、準備OK」

この船着き場には、春樹から話を聞いた後に船を移動してきていた。

息子から聞かされた島の場所からは、ここが一番近い船着き場だったからだ。 急に頼むかもしれないと聞いていたので、天候の具合も分からない。 もし悪天候の日にでも頼まれたら、たまったもんじゃない。 親父たるもの息子の友達との約束を「波荒いしぃ~」 などと言って反故にしますとも言えない。 それを考えたら、少しでも近い所に移動しておく方が間違いがないだろうということであったし、今日ここまで車を飛ばしてくるのもドライブに丁度良かった。

あの口うるさい女房抜きで父子水入らずの時などそうそうないのだから。 ここへ移動させてくるのも久しぶりの操舵で、息子を乗せてちょっと遠出もできた。

「お前、母さんが帰ってきたら本当にちゃんと説明するんだろうな」

家を出る時に母親にとんでもないことを言って、一方的に電話を切った。 今回船を出すにあたってどんな交換条件も付けなかったし、なにより久しぶりに乗る船である。 楽しみにさえしていた。
だが、家を出る前のあのひと悶着を考えた時、車中で交換条件を出した。 母親にちゃんと説明をしないと船を出さないと。 すると息子は軽いノリで返事をしてきた。

「分かってるって。 俺に任せて」 と。

軽い、軽すぎる。 だから念を押さねば心もとなかった。

「心配すんなって。 ウソを通すほど落ちぶれちゃないし、まぁ、お袋が憎いわけでもないんだからさ」

ちょっとウザイだけ。 と付け加えたが、先ほど完全に嘘をついたではないか。

そんな息子を父親が横目で見ると諦めたようにエンジンをかけ、ゆっくりと進んだ。
父親が操縦する前でポケットからスマホをとり出す。 船を出したと春樹に連絡するためだ。

「・・・にしても、アイツなんで急に雲渡(うんど)のことなんて訊いてきたんだ?」

父親の背中を押して車に乗りこむと、家を出たことを知らせるために一度春樹に連絡を取っていた。 その時に春樹が雲渡のことを訊いてきたのだ。

『なぁ、雲渡って覚えてる? ちょっと暗かったヤツ』

手紙を書き終えた紫揺が封筒がない代わりにルーズリーフを、折り紙のように折っていた時の事だった。 聞き覚えのある名前に顔を上げたが春樹が背中を向けていた。

(ウンド? たしか・・・信号無視をしてる・・・、あ、じゃない。 信号無視みたいな違反をしてるって言ってた人だ。 そう言えば、船を出してくれる友達は専門学校の時の友達だって言ってたし、ウンドって人のことも同級生って言ってたっけ。 ウンドって人も専門学校の時の友達なんだ)

頭の中で思いながら、春樹が背中を向けているということは、あまり聞いて欲しくない話なのかもしれない。 聞こえてくるのは仕方がないが、耳を傾けないでおこうと努めた。

「え? うんど? ・・・あ、ああ。 アイツね。 アイツがどうした?」

春樹とは専門学校が同じだけだったから、覚えてる? と訊かれたら専門学校の時の事だろうとは思ったが、クラスの違う同級生の名を出されてもすぐにピンとこなかった。

『学校でどんな様子だったか知ってる? その、成績とか?』

「専門時代は知んねーけど、高校時代はいい噂は聞かなかったな」

そう。 専門学校時代はクラスが違ったからすぐにはピンとこなかったが、顔を浮かべてみれば同じ高校を卒業していた同級生だった。

『高校時代って、同じ高校だったのかよ』 全然知らなかった。

「ああ、学科が違うからクラスは一緒になったことないけど、暗い噂は聞いた」

『その噂って、たとえば?』

「親父さんがいいところに勤めてて上の方らしいんだけど、息子も、って、アイツのことね。 アイツにもいいところに勤めさそうと、親父さんの部下に会わせたり取引会社の人間に会わせたりしてたらしい。 早くから顔を売ろうって魂胆だったんじゃない?」

『それのどこが暗い噂なんだよ?』

「お前もさっき言ってたけどアイツ暗いじゃん? 当時から友達もいなかったみたいだし、家の中でパソコンばっかりいじってたわけよ。 で、どっかの掲示板に親父さんの会社や、取引会社のヨロシクない内情なんかを書き込んで面白がってたらしい。 ほら、相手が高校生だと思って気を緩めてポロって話してたみたい。 まぁ、高校生ごときが書いてる掲示板だから、どこの会社も気付かなかったらしいし、アイツもそこんところは考えて、大事にならないような書き方をしてたみたい」

『そういうことか・・・。 で? なんでアイツは、専門なんかに来たの? いい所に勤めたけりゃ、まずは大学だろう』

「ことごとく玉砕。 ってか。しょぼい私立の片田舎の農業高校だぜ? ましてやアイツが居たのは環境科。 ま、こっちも園芸科だけどな。 そこからどんな有名大学に行けるって話だよ」

『いや、自虐よせよ』

「言うな」

『で?』

「まぁ、特に出来がいいわけじゃないのに、ってか、その程度なのに親父さんがいい所を目指させたんじゃないの? で、親父さんにしたら担任を押してまで受けさせたところ全部落ちたわけだし、浪人もカッコ悪いしで、名誉な就職先も諦めて好き勝手させたってとこだろ。 兄貴がいい所に行ってるらしいから簡単に諦めたんだろな」

『今も・・・ってか、専門時代も親父さんが引き合わせた会社関係の人と付き合いがあったみたい?』

「そんなこと知んねーよ」

『だよな』

そう言ってその時はスマホを切ったが、どうして雲渡のことを訊いてきたのか気にならないわけではない。

「ま、どうでもいいいか」

こっちから振って、またなんやかんやと訊かれては面倒臭い。 また訊いてきた時には教えてやるかわりに、何を気にしているのか教えろと言えばいいか、と締めくくりスマホをタップした。

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