大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第15回

2021年11月29日 22時32分14秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第10回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第15回



次に向かうは医者部屋。 ある程度まではまたもや床下を潜る。

(三辰刻も力を出していたということか・・・)

―――有り得ない。

ましてや力の事を知ってまだ二年にもなっていないというのに。

床下から出るとすぐに履き物を脱ぎ小階段から上がり回廊を歩いた。 そろそろ宮内に居た官吏たちが仕事を終え回廊を歩いて来るはずだ。

本来の官吏たちの仕事場は文官や武官たちのいる建物でするのだが、そこは宮の客人が潜る門とは違う門を潜った先にある。 だがここ数年の忙しさから、宮内に四方が仕事をする執務室と、四方が目を通さねばならない書類を管理する官吏が仕事をする仕事部屋を設けていた。

ゴーンと時を告げる鐘の後に、ドンドンドンと三度太鼓の音が響いた。 仕事を終わらせる太鼓の音だ。

(もう鳴ったか)

床下を歩いてかなり近道をした。 足早に医者部屋に向かう。 回廊では誰かが歩くたびに光石が点きだした。

医者部屋の戸を開ける。 誰も居ない。 マツリの片眉が上がる。

「誰か居らんか」

マツリの声に左手奥にある下げられた布で仕切られた向こうから、マツリの自室の前に座っていた女官が現れた。

「こちらに御座います」

布を大きく開ける。

マツリがそちらに進む。 布を潜り二歩あるくと右手の壁に沿って膝上高の寝台が三つ置かれ、一番奥の寝台に布団が敷かれてあるのが見えた。 そしてそこに紫揺が寝かされていた。 他の二つの寝台には布団は敷かれていない。

寝かされている紫揺の右側の壁には窓があるが、窓の外側の木窓が閉められている。 外から見られないようにするためだろう。 灯りは光石で取っている。

マツリがその場に止まる。 先ほどの女官、丹和歌がマツリの後ろにつく。 先ほどまで世和歌と “最高か” そして丹和歌が座っていたのだろう、寝台に添って椅子が四脚置かれている。 三人は椅子から離れて頭を垂れている。

「改まらずともよい。 どのような具合だ」

「まだお目が覚められておりません。 医者が言うには心の臓も息もはっきりされているとのことで大事は無いということですが・・・」

「倒れたと聞いたが、どこかを打った様子は無かったか」

「紫さまのお身体がお揺れになられた時には、薬草師が飛び入って紫さまをお抱えしましたのでその様なことは無いかと」

「・・・そうか」

三人が頷く。 ついでにマツリが見えないところで丹和歌も頷いている。

「そのまま薬草師がここまで連れてきたということか」

「医者が板戸を持って参りまして板戸でお運びしました」

「誰かに見られなかったか」

「見られたとしても布を被せておりました。 お顔までスッポリ。 わたくしたちがウロウロしていてはおかしいので、それぞれ別の所からここに入りましたので誰にもおかしくは見られていないと思います」

薬草師と医者が板戸を運んでいたのだ。 怪我をした者を運んでいると思われただろう。

「そちらに行ってもよさそうか」

三人が目を合わせる。 許嫁でもなければマツリの奥でもない紫揺の寝顔を見せてもいいものだろうか、と。

当の紫揺はそんなことを気にすることなく、サンダーバードでは坂谷の前で寝ていたし、ましてや新谷など初めて会ったのにそんなことも気にせず寝ていた。

「無理にとは言わんが、視ておきたいことがある」

三人が一つだけ椅子を残して身を引いた。

マツリが紫揺の横につく。 頭の上に手をかざす。 その手をゆっくりと下げていく首まできたが、布団が邪魔で感覚が捕らえられない。

「この布団を何か薄物と取り換えよ」

そう言うと下げられていた布を潜って最初に入ってきた部屋に出て行った。

四人が慌てて何かを探すが、ここは医者部屋、何があるわけでもない。 紫揺に被せてきていた布は医者が戸板と共に持って出ていた。 と、押入れを開けた世和歌が良いものを見つけた。 いわゆるシーツだ。
この部屋は具合を悪くしたものが仮寝所としている所。 新しいシーツがあってもおかしくはない。

「これでいいんじゃないかしら」

「姉さん、さすが」

姉妹が糊付けされたシーツを広げてる間に “最高か” がそっと紫揺の布団を剥ぐ。
四人がシーツの端を持ち紫揺の上に被せる。 そして頷くとまたもや丹和歌がマツリを呼び布を大きく開ける。

マツリが紫揺の横に立つと先程と同じことをしていく。 胸元まで来ると右手に手を動かし、右手に添わせたまま戻って来て次は左手に、またもや添わせたまま今度は腹まで下がると左右の足を同じようにしていく。
北の領土の領主であるムロイにしたことと同じである。
最後に左足で終った。

「ふむ・・・」

四人が手を取り合ってマツリの後ろで見ている。 手を添えたとはいえ紫揺の身体に触れていないことは明らか。 だがそれでも何の関係もない、ましてや医者でもない男が女人の身体に手を添わせたのである。 そんなことをしていいはずがない。
とは言っても紫揺の身体が気になる。 何をどう考えていいのか四人は今にもパニックになりそうだった。

「安心するがよい」

「え・・・」 カルテット。

「多少なりとも煙を吸ったかもしれんが、どちらかといえば五色の力を使い過ぎたのであろう。 医者から聞いたが三辰刻も力を使っていたということ。 無茶をして紫の身体が限界を超えたと視える。 このまま休んでおれば体力も戻るであろう」

「は・・・」 気の抜けた声もカルテット。

マツリが振り返る。

「世話をかけたがもう少し、紫が目覚めるまで付いていてやってもらえるか」

「もちろんに御座います」

「三辰刻の間、五色の力を使っていたと聞いたが、ずっと付いてくれておったのか」

「もちろんに御座います」

何故か全員張り切っている。

「では昼餉もとっていないのであろう。 もう夕餉の時になる。 二人ずつ夕餉を取ると良い・・・。 ああ、そうか、彩楓と紅香は姉上の所に行っていることになっているのだったな。 考えておく」

その事は事前に他の女官に告げていたし、暫く二人を借りるとも告げていた。

「夕餉時?・・・ あ! え?! どうしましょう! 姉さん、私たち何も言わずに出て来てしまいましたわ!」

「あ! あああ・・・真丈(しんじょう)様のお怒りがあぁぁぁ」

マツリが目の前に居るというのに、上司からのお怒りの方が気になったようだ。

「真丈か、我から言っておこう。 急遽手を借りていた、この先も借りると言っておく。 よいか?」

「有難う存じますっ」

「名は」

「世和歌に御座います」

「丹和歌に御座います」

「承知した。 では頼む」

マツリが布を撥ね上げて部屋を出た。
足早に医者部屋から遠ざかる。
回廊を歩いているとあちこちで光石が点灯している。

「さて、父上はどちらに居られるか」

出来るなら自室に居て欲しいが、まだ執務室に居るのだろうか。 どちらに足を向けるか。

「まだ執務室に居られる、か」

あの書類の山だ、まだ執務室に居るであろう。
すれ違う官吏は皆帰り支度をして歩いている。 これから宮を出て帰るのだろう。 マツリに頭を下げていく。
ということは執務室であっても、もう官吏はいないということになる。 ならば四方の自室でなくとも執務室でも話が出来る。

何度か角を曲がると四方の執務室の前に出た。 だが居るはずの従者が居ない。

「もう房に戻られたか?」

それとも澪引の部屋に行ったか。

中から襖が開けられた。 出てきたのは文官だった。

「これはマツリ様。 お疲れに御座いました。 地下の方ではリツソ様はお見つかりになられましたでしょうか」

「かなり歩いたが残念ながらだ。 どこにいったのやら」

「そうですか。 宮の外も内も色よくは無かったようでございます」

「そのようだな。 今まで仕事か?」

「本日最後の束を置きに参りました」

「明日の分ということか」

「少々問題が多く続いておりますが故、なかなか終わりませぬ」

「そうか。 父上は中に?」

「いいえ、今日はお疲れになったのか、太鼓と共にお引きになられたようで御座います」

「房に戻られたか・・・」

「お方様のお房かどちらかかと」

「ふむ。 遅くまで苦労であった」

文官が恭しく頭を下げる。

話しながら文官の目の奥を見たが、もう一つはっきりとしなかった。

(あの陰りは地下の者と繋がっているものではないか・・・)

一人で執務室に居たのを怪しんだが、せいぜい書類の内容に腹が立っていたくらいのものかもしれない。
先ほどの文官は四方の斜め左右に机を置いている文官が書類を見る前に、上申書を見ている者であった。 その内容はくだらないものも多く、くだらないと判断したものは四方たちには上げず、先ほどの文官たちが処理をしている。 あまりのくだらなさに憤っていた陰であろう。

考えながら歩いていると角の向こうから女の声がする。

「ホンットに! どこに行ったのかしら!?」

角から出てきたのを見ると真丈の下にいる女官であった。 その後ろには三人の女官が従っている。
マツリに気付いたようで、あっと声を漏らし、回廊を開け勾欄に身をつけ頭を垂れた。 従っていた女官三人も同じようにしている。

「真丈はどこにおるか知らぬか」

問われた女官が頭を僅かに上げる。

「夕餉の確認をしておられるかと」

「そうか。 忙しい時に厨に行くわけにもいかんか」

「何かお言伝が御座いましたら承りますが」

「では頼む。 あとになって済まぬが我の居ぬ間、世和歌と丹和歌に頼みごとをしておった。 昼餉も食べずに手伝ってくれておったが、まだ手を借りたいのだがと」

彩楓と紅香のことは事前に他の女官に告げてある。 すでに真丈の耳に入っているはず、改めて言うことも無いだろう。

「あ、ああ・・・そうで御座いますか。 お役に立てれば何よりで御座います。 必ずやお伝えいたします」

「すまんな。 昼餉も抜いているが故、夕餉だけはきちんと食べるように言ったところだ。 しかりと食べさせてやってくれ。 ああ、そうだ、まだまだ遅くなるやもしれん。 夜食用に膳を持たせてくれ」

「承知いたしました」

「それと、父上を見なかったか?」

「今しがたお方様のお房から出て参りましたが、お方様にお付きで御座いました」

「そうか」

女官が頭を下げる前をマツリが歩を進めた。

澪引の部屋の前に行くと澪引の従者がズラリと座っている。 四方の従者は見かけない。 もう戻らせたのだろう。

マツリに気付いて女たちが手を着いて頭を下げる。

「入ってもよいか?」

「お待ちくださいませ」

襖に一番近く座っていた澪引の側付きが、そっと襖に顔を寄せる。

「マツリ様がお見えで御座います」

襖越しに声を掛けるが、奥にまで聞こえるように少々声が大きい。

「入れ」

四方の声だ。

側付きが襖を開けるとその前を通ってマツリが部屋に入った。 側付きがそっと襖を閉める。
奥の部屋に行くと外に会話が漏れないよう襖を閉めた。

「地下の話はあとで聞こう」

マツリが頷く。

澪引が寝台で横臥している。 その横に四方が座している。 澪引の手を取ってやりたいのだろうが、澪引が背を向け布団を深く被っている。 リツソに会わせてもらえないのを背中で訴えているのだろう。

常なら四方の隣に座るが、澪引にもよく聞こえるように回りこんで四方の前、澪引の頭に近い所に座った。

「父上」

四方を見て言うと次に澪引に目を移す。

「母上、リツソが二度声を出したそうです」

「え?」

布団の中からくぐもった声が聞こえた。
細く白い指が布団の端を持ってそっと下げる。 まだ泣いていたようだ。 涙というものは尽きることが無いのだろうか。
リツソの鼻汁のように。

「大きな声を出さないでくださいませ」

そう言って口の前に人差し指を立てると優しい笑顔を澪引に送る。

「リツソが・・・?」

「はい。 二度ほど声を出し、まだ意識がはっきりしていないそうですが、その時に気付けの薬湯を飲ますことが出来たそうです。 母上もリツソが目覚めた時に抱きしめてやらねばならないでしょう。 卓に夕餉が置かれています。 お食べになりませんと」

先ほどの女官が置いていったのだろう。

「・・・リツソが」

そう言うとまた泣き出した。

「マツリの言う通りだ。 今日も何も腹に入れておらんのだから。 泣いてばかりおらんと。 ほれ起き上がれるか?」

四方が手を添えてやる。
四方の手を撥ねることなく澪引がゆっくりと体を起こすと立ち上がり隣の部屋に移った。

側付きがちゃんと胃に負担のない物を作るように言っていたのだろう、粥や柔らかいものが膳に乗っている。

四方に支えられ椅子に座った澪引。 マツリから見てもゲッソリとやつれているのが分かる。

以前、三日間リツソが見つからない時があったが、その時にはこれ程にはならなかった。 その時は泣いて暮らすというより、澪引なりに探しに出ていたからだろう。 だが今回は目を覚まさないリツソ。 そのリツソの横にも付いてやれない。 泣くことしか出来なかったのだろう。

「マツリ、昼餉を食べておらんのだろう。 ここに持って来させるか?」

「いいえ、あとで父上と」

「そうか」

「では母上、ゆっくりと召し上がって下さい」

「え? ここに居てはくれないの?」

「地下を歩き回ってきました。 湯浴みをしてまいります」

「マツリ・・・」

澪引がマツリの頬に手を伸ばす。 触れやすいようにマツリが膝を折る。

「何も出来なくてごめんなさいね・・・」

「そのようなことは」

また澪引の目から涙が生まれる。

「母上は居て下さるだけで我の励みになります。 ですから薬と食をおとりください」

澪引が小さく頷く。
その頷きに安心し、頬にある澪引の手を持つと両手で包み込んで卓に置かせた。
そして四方に目顔を送ると部屋を出た。 心配しているであろう澪引の側付きには、いま食事をとっていると伝え、きっと薬も飲むだろうとも言った。

側付きや従者に安堵の色が浮かんだ。


湯浴みを終わらせ、作業部屋で臭いが付いたかもしれない直衣(のうし)には手を通さず、部屋から持ってきた青色の狩衣(かりぎぬ)に手を通す。 これまた直衣と同じく日本の物とちょっと違っている。


「どうだった?」

四方とマツリだけの食事の席であるから、常なら二、三人が給仕に付くが四方が人払いをしていた。 普通に食事をとり、その後に話しても良かったのだが、普通の食事の時の普通の会話が今は無い。
マツリがまだ箸を手に付けず茶を一口飲んで報告する。

「見張番は先に申しましたように一人を確認できましたが」

と話し出し俤から聞いた五つのことを言う。

一つに、側付きや従者には地下との繋がりの可能性が低いということ。
一つに、少なくとも官吏に二人、見張番に三人。 地下に繋がった者が居るかもしれない。
一つに、官吏は商人の行程を知る者。
一つに、マツリがどこかの領土に飛んだ時に、強盗が頻繁に起きているはず。 マツリが飛んだ後に地下の者に知らせることの出来る見張番。
一つに、それぞれは報酬を得ている。

「地下では今もリツソを探しておりました。 それは間違いなく。 ですからあの日リツソを見た者と父上の側付きは間違いなく地下と繋がってはいないかと」

マツリがそう締め括った。
無言で食べながら聞いていた四方が箸を置くと逆にやっとマツリが箸を持つ。

「従者に疑いの可能性が低いというのは安心できることだが、それにしても金で釣られたということか。 官吏までもが金に釣られるとはな」

情けないと吐き出すように言ったが、四方は今、従者と言った。 側付きとは言っていない。 マツリからは側付きのことも言われたが、微塵も疑っていなかったということだ。

「見張番を増やした官吏は分かりましたか?」

煮込まれた肉を箸でつまみながら問う。

「帖地(じょうち)を知っておるか?」

「・・・帖地」

肉を噛みながら考える。
思い出した。 東の領土の祭から帰ってきた時に、宮の中でリツソを呼んでいると『リツソ様で御座いますか? 今日はとんとお見掛けしませんが』 と言ってきた官吏だ。 あのときはこんなに遅くまで仕事をしていたのかと思っていたが・・・。 そして怪しみもしたが。 やはりか。 口の中の肉をゴクリと飲み込む。

「思い出しました。 リツソが居なくなった日、東の領土から帰ってすぐにその文官に会いました。 リツソを探していたのですが、文官の方からリツソをとんと見ていないと言ってきました」

「あの日か・・・。 見張番と関係しておるだけで、リツソの事は知らなかったとも考えられるが、それも難しい話か。 そんな遅くに宮に居るなどと」

官吏と別れたあとマツリは四方に会っている。 普通ならとうに官吏は宮から消えている刻限だった。

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