大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第14回

2021年11月26日 21時43分37秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第10回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第14回



「・・・ですが」

医者が口ごもる。 五色と言われればその力のほどの知識が医者には全く無い。

「よろしいですね」

五色とエラソーに言ってしまっても、さっき紅香が言ったように紫揺は東の領土の人間だ。 紅香が言わなくとも紫揺にもその意識はありすぎるくらいにある。
本領の人間である医者の了解を無しに入ることなど出来ないと思っている、ただそれは二度の問までとも。 仏の顔のように三度までは待てない、二度の問で諾と言わなければ強制的に入るつもりだ。

「お待ちくださいっ」

彩楓の声だ。

「え?」

紫揺が振り返った。

「たとえ紫さまにお力があられようとも、わたくしたちの出来ることはわたくしたちがいたします。 それがお付きというもの」

ツンと顎を上げ何を怖がる様子もなく言う。
薬草師が手巾で鼻口を押さえていた。 それで防げるのならなんということは無い。 彩楓と紅香が目を合わせて頷き合う。

「無茶を言いなさるな」

医者が止めようともお付きのお役目を果たさなくてお付きと言えようか。 公明正大に任命されたお付きでないとはいえ、マツリ直々から受けたご指名のお付きなのだから。
片手で衣裳の袖を持ち、もう一方の手で懐から手巾を取り出す。

「御前を失礼いたします」

「え?」

紫揺の前を通り過ぎ手巾で鼻と口を押せると、もうもうと煙る部屋の中に入って袖で煙を扇ぎだした。

「ええ!?」

まさかそんな突飛な行動に出るとは思いもしなかった。
人にそんなことをやらせておいて平気な紫揺ではない。
まずは鼻の奥と喉に春の力を使った。 それは食虫植物のような物を想像した。 煙を吸う吸煙植物だ。 そんな植物はいないとは分かっているが、五色の力を広げるのは想像であるのだから。

いけるだろう。
倒れたら倒れた時の事。

「世和歌さん丹和歌さん、裾を放してもらえますか」

「紫さま、どうぞ今しばらくお待ちください」

裾を持つ二人が頭を下げる。
紫揺が急に動いた。 部屋に向かって歩を出したのだ。
すぐに二人が裾を持ったまま紫揺を追う。

「紫さま!」

「紫さま今しばらく」

医者が低頭するがその前を過ぎていく。

紫揺が部屋に足を踏み入れた。 丹和歌と世和歌も入ろうと思ったが、到底そんな人数が入れる部屋の広さでは無い。 “最高か” が踊らせている手を止めた。

「紫さま」

手巾で口を押えた “最高か” がくぐもった声で紫揺を迎える。

せめて手巾だけでもと世和歌が懐から出すと中にいる彩楓に渡した。 彩楓が紫揺に手渡そうとしたが、紫揺がそうさせない雰囲気をかもし出している。

「彩楓さん、紅香さん有難うございます。 大分煙が抜けたようです。 どうぞ一旦お部屋・・・お房から出られてください」

「ですが」

「どうぞ出てください。 私なら大丈夫です」

“最高か” が目を合わせる。 二度までも紫揺に言われてしまえば仕方がない。 まだ煙は残っているが “最高か” がそっと部屋から出て行く。 彩楓が世和歌に手巾を返す。

戸は開け放ったままだ。 医者から退くように言われたが、四人が手巾で鼻と口を押えたまま戸口で紫揺の後姿を見守っている。

白い霞のような煙の向こうでは、敷かれた布団の上でリツソが横たわっていた。 白い煙は木窓から入ってくる風で開け放たれた戸からどんどんと出て行っている。

「リツソ君!」

敷かれていた布団の横に座り込んだ。

リツソの手を取る。

「リツソ君、どうしたの? 紫揺よ、目を開けて」

何の返答も示さないリツソの手をさすってやる。

「リツソ君!」

声は殺している。 咎められることは無い。
どんどんと煙が引いていく。 はっきりとリツソが見えてきた。

「リツソ君? 目を開けて。 ほら、一緒にお勉強しようよ」

何度も何度もリツソの手をさすってやる。

「リツソ君、リツソ君、お願い目を開けて」

思わず四人の目から涙が零れる。

「おいたわしや・・・」

四人の声はリツソにではなく紫揺に向けられている。

「・・・え?」

リツソの頭にどす黒い緑の塊が視えた。 それが渦を巻いている。

「何、これ」



マツリと接触できた俤(おもかげ)。
己の知り得た情報を無駄なく即座にマツリに告げる。 あちらこちらで城家主の手下の者たちがうろついている。 時を取っていては見つかるかもしれない。 だが最後に、官吏のことを金で釣られたと言っては可哀想だという事を言いかけた時

「そうか見掛けぬか」

急にマツリが言った。

「お前はまだ若いのだから、賭け事で身を滅ぼすなよ」

俤が背後に視線を感じた。

「そんなことくらい分かってまさぁ。 分かってて地下に入り込んだんですから」

「分かっていて止められないということか」

「へぇ、まぁ気になることは本領に一つ残してきましたから、身を滅ぼす前に地下を出まさぁー」

一つ言い切れていない事があるということだ。

「一日も早くそうすることだな」

言いたいことは分かったと、マツリが頷いて返事をした。
俤の横を通り過ぎて路地の奥に入って行った。 聞き耳を立てていた者が慌てて更に奥に入って行く。

この日のマツリはかなり地下の中を歩き回った。
紫揺がずっとキョウゲンの上に座っているだけだと言ったが、マツリは己の足で歩くことも多い。

城家主の屋敷まで足を運ぶと人雇いも目にした。 何をしているのかと声を掛けると穴銀貨を配っていた男が目を踊らせた。

「や、あの、その・・・。 城家主のその・・・。 ああそうだ、手下が、物を落としたみたいで、それを探すのに人雇いをして・・・」

まさかこんな所でマツリに声を掛けられるとは思ってもいなかった男が言う。

「何を落とした」

「そ、それは・・・」

更に男の目が踊る。

(アイツ以下だな)

紫揺が領主にアレコレと言っていたことを思い出す。
そこに城家主が屋敷から出てきた。

「これはマツリ様、私の手下が何か不躾なことでもしましたか?」

「いいや。 人雇いを何故しているのかを訊いていただけだ」

「手下が物を落としたのを探す為と!」

男が城家主に話を合わせるようにと、振り返って城家主に言った。

「それは何かと訊いておった」

マツリが言う。

「ああ、人雇いの事ですか。 ・・・賭博で手にした珍しい一本彫りを落としたようで、それを探させています」

マツリが屋根裏部屋で見た一本彫りを思い出す。 城家主がすぐに一本彫りと言ったのは記憶に新しいからだろう。 あれは最近手にしたものなのだろう。

「ほぅー、一本彫りか。 そんなものを簡単に落とすのか?」

「間の抜けた者でして、他にも手にしていたから気付かなかった様です」

「そうか」

「で? マツリ様はこんな地下の奥まで何用で?」

手下からマツリが地下を歩き回っていることは聞いていたが、白々しく訊いてみる。

「ああ、本領から子が居なくなってな。 地下に紛れ込んだのではないかと探しておる。 手下の者から何か聞いていないか?」

「子が?」

「ああ、まだ十の歳にもならない背丈だ」

マツリはいともなげに言っているが、それがリツソだということは分かる。
本領の中で子供が居なくなったところでどうしてマツリが出てこようか。 そうならばとっくにマツリは沢山の子を探していただろう。

それに袋に入っていたリツソを見た城家主。 その背丈が十分に想像できる。 だからマツリが言っているのがリツソだと分かる。 十五になったと聞いていたが、その背丈は十の歳にもならない背丈のものであったことは知っている。

余裕をかましているように見せているが、心の中は焦っていることだろう。
城家主に余裕の笑みが出る。

「はて、そんな話は聞いておりませんな。 この地下に子が入ればすぐに私の耳に入るはずですが」

穴銀貨三枚を手にしたくて行列が出来ている。 マツリが現れたことによってその列の流れが止まってしまったからだ。
一度列を目にしたマツリ。

「そうか。 邪魔をしたな」

「その様なことは御座いません。 ご心配なく」

マツリが踵を返した。
マツリの後姿を追う城家主が満足するかのように目を細めた。

そしてその後も地下を歩き回っていたマツリだった。


「基本マツリは夕刻からしか動かない筈」

城家主が部屋に戻ると誰に聞かせるともなく言った。

「だがそのマツリがこんな時に動いている」

今はまだ昼過ぎだ。 地下の上空と言われる所、その岩壁には空気穴のように自然に出来ている穴がある。 その穴から陽が射している。

一年と数か月前に例外はあった。 朝早くから急にマツリが地下に入ってきた。
マツリが北の領土に何度か飛んでいた時の話だ。 リツソがハクロと共に本領の床下に潜っていた時の話しである。

「あのチビが今も宮に帰ってねーってワケだ」

城家主が部屋の隅に居た男達を見据える。

「マツリより先にあのチビを見つけ出せ! マツリに先を越された時にはお前達の首がなくなると思え!」

顔を青くした男達が頭を下げると部屋から出て行った。



布団の中にあるリツソの指先がピクリと動いた。
今はもう目に白い煙の一筋も見えない。

長い時が過ぎたが、戸口には四人と医者、薬草師が雁首を揃えて紫揺の後姿を見ている。 その紫揺は最初こそはリツソの名を呼んでいたが、何時間も前からリツソの名を呼ぶことなくリツソの頭に手をやり何やら動かしているのが分かるが、何をしているのかまでは分からない。

リツソの瞼の下の眼球がゆっくりと動く。

(あと少し・・・)

あと少し、あと少しと思いながらもどれだけ経っただろう。 何度も何度もリツソの頭付近でゆっくりと手を動かす。
何度か気が遠くなっていたが、それでもリツソを助けたいと自分の意識を繋ぎ止めた。

紫揺が昼餉もとらず休憩もせず、ずっとこうしている。 四人がどうしたものかと何度も目を合わすが、到底紫揺を止めることなど出来ない。

リツソの瞼がゆっくりと開いた。

「リツソ君?」

紫揺の声が部屋に響いた。
何があったのだろうか、それとも何もないが為に紫揺がリツソを呼んだのだろうか。 医者がそっと部屋の中に足を踏み入れる。

「・・・ひゆ・・・は」

喉の水分が足りないのだろうか、枯れた声で “紫揺” リツソがそう呼んだ。
まだ口がしっかりと動かないのだろう、頭もはっきりしないのだろう。 だが頭の中にあったどす黒い緑の塊はかなり薄くなっている。

「気がついてくれた。 うん、紫揺だよ」

布団をそっとめくるとリツソの手を取って握る。

医者が目に耳にした。 リツソの目が虚ろだが開いている、そして軽く開けられた口から声が出た。
医者が振り返り薬草師を目顔で呼ぶ。 薬草師も部屋に入ってきた。

「よく頑張ったね」

「ひゆ、は・・・」

「もう大丈夫だか・・・」

目の前が真っ暗になった。 ふわっと浮いた感じがした。



城家主の屋敷から足を進め、その後も地下を歩き回ったマツリ。 時は夕刻になっていた。

「こんなもので良いか」

「充分かと」

足を洞の出口に向けた。



「お帰りなさいませ」

マツリの服装を見れば出掛けて帰って来たのが分かる。 大半の者は宮の外を探しているが、回廊を歩いていると今でも宮の中を探している数人の者達が声を掛けてくる。

「リツソは?」

「それがまだ・・・」

「そうか」

我ながら白々しいなと口を歪めたが、その表情はリツソがまだ見つからない事に落胆しているように見える。

このまま作業所に行きたいが少々目立ってしまう。

「まずは着替えなくてはならんか」

自室に足を向ける。

普通ならまだこの刻限は宮内で働いている者がいるはずだが動く人影は少ない。 大半が宮を出て宮都内でリツソを探しているからだ。 もうリツソは見つかっているというのに、それぞれの仕事を放って無駄足を踏ませている。 そのしわ寄せが後に来るだろう。 マツリにとって決して気持ちのいいものではない。

「お帰りなさいませ」

声のした方に顔を向け頷くように顎を引く。 声を掛けられた時のマツリの反応の仕方だ。 決してにこりとはしないが無視はしない。

自室に戻ったマツリ。 キョウゲンがマツリの肩から飛んで止まり木に移動する。 素早く着替えながら頭の中で段取りを立てていく。

袖を通した直衣(のうし)によく似たそれは日本の生地のように固く分厚くなく、糊で固めてもいないし、直衣ほど野暮ったくもない。 もちろん烏帽子など被ることはない。
最後に後首の下で括っていた平紐を解くと丸紐を手に取る。 サラリと揺れる銀髪を高い位置で括りあげる。
幼い頃よりずっと一人でやってきた。 手慣れたもので人に手を借りるよりも早い。

キョウゲンには部屋に居るように言い、先ほど段取りを立てた順に足を向けようと襖を開けた。 するとそこに女官が座していた。

「何用か」

一度頭を下げると女官が辺りを気にするようにキョロキョロとし、マツリにだけ聞こえるように小声で言う。

「リツソ様が目覚められました」

女官、丹和歌が言った。
マツリの目が一点を見る。

「ですが今はまだはっきりしておられず、医者と薬草師が付いております」

マツリが頷く。

「あと一つ。 紫さまが倒れられました」

マツリの目が見開かれた。

「医者は大事ないと言っておりました」

「どこに居る」

「医者房にお運びいたしました。 彩楓と紅香が付いております」

「承知した」

紫揺が倒れるなどとは予定外だ。 段取りが瓦解しかけたが、なんとか持ち直す。 医者が大事ないと言っていたのだから一と二の間に紫揺のことを入れる。 まずはリツソだ。

足早に作業所に向かう。 誰かから見られていないか全神経を尖らせながら。 小階段から回廊を降りると横に置いてあった履き物をはく。

俤(おもかげ)の話しでは、最低でも官吏に二人地下の者と繋がっているということであった。 官吏の誰一人とも会うわけにはいかない。
リツソを探しに出ているのは下働きの者達で官吏は仕事を続けている。 今はまだ宮の中で官吏も働いている。 誰か分からない以上はバッタリとも会いたくはない。 膝を屈め腰を折って床下を歩く。

作業部屋の戸が開かれた。 医者と薬草師が振り返る。

「マツリ様」

煙がないとはいえ、木に沁み込んだ炙った臭いがまだ残っている。

「目が覚めたと聞いたが」

だがリツソはまだ横たわっている。 まだハッキリとしていないと女官は言っていた。

「一度目覚められてからまだいくらも経っておられません。 ですがその時に気付けの薬湯を飲んでいただけましたので、遅くとも明日朝にははっきりとされると思います」

「早くて」

「・・・なんとも。 どれだけ飲まされた薬湯がリツソ様のお身体の内に残っているのかが分かりませんので」

それも今までに聞いたことの無い組み合わせで、二種類の薬草を合わせて飲まされていたのだから。

「遅くとも明日朝というのは違いないか」

「まずは・・・」

医者の横で薬草師も頷く。

「紫が倒れたと聞いたが」

「大事は無いと思います。 まだ出し切れていない煙は紫さまのお力でお身体の中に入れないと仰っておられましたので」

「あの煙の中でここに入ったのか」

「いくらかは付いていた女官が出しましたが、紫さまはそれをお止めになって女官を房から出されました」

まだ燻ぶっているようなこの臭い。 どれだけあの煙を吸ったのだろうか。 それが倒れた原因だろうか。

「リツソは紫の声で目覚めたということか」

医者と薬草師が首をかしげたが、先に見ていたのは医者だ。 医者が話し出した。

「紫さまが何をされておられたのかは分かりませんが、ほんの最初はリツソ様をお呼びになっておられました。 ですがその後はリツソ様の頭の所に手を添われて・・・何やら長い間そうされておりました。 その後、紫さまがお声をかけられましたら、リツソ様が目を開けられ、お声が二度聞こえました。 紫さまが倒れられたのはその時で御座います」

「手を添わせていたというのは、いかほどの時を要した」

手を添わせていたということは、紫揺が紫の力を使ったのだろう。 ハンの時にそうしていたと聞いている。

「・・・三辰刻(さんしんこく:六時間)は」

時を告げる鐘の音からするとそれくらいにはなるだろう。

「三辰刻?」

あの紫揺のことだ、休みなど入れていないだろう。 その間ずっとこの燻ぶっているこの臭いの中に。 この臭いにやられたか、それとも長時間紫の力を出して倒れたのか。

「医者も薬草師も鼻が慣れ気付いておらんようだが、まだまだ臭いが残っておる。 房を替えるが良いだろう。 そしてこの房の戸と木窓は開け放しておくが一番だ。 職人が入ってきては鼻を曲げて手先が狂う」

医者と薬草師が目を合わせた。 臭いは完全に抜けていると思っていたからだ。

「あとを頼む」

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