大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第83回

2022年07月25日 21時58分24秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第80回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第83回



翌日、翌々日とまた刑部の立ち合いが続き、まだ終わりそうにない。 合間を縫って放ってはおけない、帯門標の再発行をした者を刑部に呼びつけた。

「乃之螺に言われ簡単に再発行したのか」

問うているのは椅子に座っている四方だ。 マツリは四方の後ろに立って窓の外を見ている。

「簡単になどと・・・ですか大声で喚かれまして、上役も嫌気がさしたようで御座いましたので」

四方が溜息を吐いた。 上役も知っていたのか。 その上で四方に報告がなかったのかと。

「帯門標を簡単に発行してはならんことは知っておろう。 どうして発行する前に失せたという報告がなかった」

「・・・」

顔を下げて口を閉じてしまった。
外を見ていたマツリが四方の後ろから文官を見て口を開く。

「上役が黙っておけと言ったか」

文官が驚いて四方の後ろに立つマツリを見た。

「言ったのか」

再度問うマツリに文官が頭を下げ訥々(とつとつ)と話し始めた。

「帯門標を失せたということは大変なことで御座います。 その事をご報告すると・・・」

口が閉じられた。

「己らが責められると思ったか。 上役がそう言ったか」

文官が僅かに首肯した。

「それが責務逃れと分かっておるか」

文官が唇を噛む。

「上役に意見できない、その気持ちは分からんでもない。 だが、己(おの)が責務を己が果たさんでどうする」

「・・・分かっております」

「では、今回のことをどう考える」

「・・・官吏の・・・。 官吏の資格をお返しいたします」

マツリが四方の後姿に視線を流す。 きっと四方もマツリと同じことを考えているだろうと思って。
その四方は腕を組んで叩頭した文官を見ている。 何も言おうとしない。

「父上、今一時の機会を与えてもらえないでしょうか」

この文官に。

死法として生きていた四方からしてみればマツリは甘い。 だがマツリの言わんとしていることは分かる。
マツリは切るということが簡単に出来ない。 シホウである死法はそれ程に甘くなかった。 今は死法の名を公にも心の内にもしまい込んでいる。 今はその名通りに生きることが必要ではない。

「これより上役に意見する気概を持てるか」

「・・・」

そんなことを急に問われて返事など出来ない。 だがこれはマツリが与えてくれた好機なのだろうか。
己は官吏という資格にしがみ付いていただけなのだろうか。

文官になりたかった。 なりたくて勉学に励んだ。 そして二度目の試験でその資格を得た。 だがその後に待っていたものは上下関係だった。 官吏なのだから当たり前と思っていた。 その内に上から官吏としてどうなのかと思えることも言われた。 それでも目も耳も塞いできた。

やっとなれた文官なのだから。

やっとなれた文官、やっとなれた官吏・・・。 それを手放したくない、ずっとそう思っていた。
馬鹿だ。
それでは正義は生かせない。 己は正義を貫きたい。 その為に官吏になったのだから。
さっき官吏の資格を返すと言った。 嘘ではない。 だがそれは弱気になって言っただけだ。
文官が顔を上げ四方を見る。

「己が責は己が果たします。 巻き込まれることなく」

マツリが口角を上げた。

「では、仕事に励むよう。 今回のことで咎は無いものとする」

四方が言った。

文官が涙ながらに何度も叩頭した。

その翌日、上役を呼びつけると、煩わしいことは切って捨てたいと思うような考え方であった。
この上役にはマツリも仏心を見せることは無く、四方はこの上役を降格にした。 日本で言うところのペーペーに戻されたが、年齢的に考えてその立場に納得出来るものではなかっただろう。
こういう者たちがまたいつ謀反を起こすかわからないが、簡単に官吏の資格を剥奪は出来ない。

「官吏たちの見直しが必要かもしれんな」

特に文官に、という意味を込めて四方が言う。
それは簡単なことではない。 純粋に官吏になりたい、ただそれだけで勉学に励んだ文官だ。 だがその後、思いもしないことがあったり、上下関係に苦しんだりすることもあっただろう。

「式部省と話されますか?」

式部省、それはいわゆる人事すべてに関することを扱っている。
上役から報告された査定を見てもそれが真実かどうか分からない。 その上役にへつらっていれば査定が良いのだろうから。 反対に正義を通そうと物申せば査定が下がる。

「勧告だけでもせんといかんだろうな」

今回のように地下の者の立ち合いの合間にするのか、全てが落ち着いてからなのか。

「誰か吐いたか?」

話しが変わった。

まだ立ち合いは途中ではあるが、今日までに今回のことで一つ解決できていないことがあった。
それは商人の行程を誰が地下に漏らしたかだ。 最初は乃之螺であったようだがあとの事は乃之螺ではなかった。

すぐにでも分かると思っていたが、現段階で誰も相手のことを知らないという。 どの文官が地下と繋がっていたのか。

商人の行程の情報を地下に送っていた官吏。 それは武官ではないはず。 いったい誰なのか。
それに万良くと言っていいのだろうか、万悪くと言っていいのだろうか、偶然なのかどうか、地下を総ざらいする少し前から商人たち一行が襲われなくなっていた。

「いいえ。 父上の方もですか?」

「ああ。 どうも乃之螺のようなものでないのかもしれんな」

誰も相手のことを知らないと言うし、報酬も受け取ることがないと言っていた。 一方的に情報を聞かせるだけで地下の者も何が目的か分からないと。

「地下があんなことになって当分は動くことは無いでしょう。 そのうち地下も落ち着いてくれば、それによって宮都も他の都も落ち着いてくるかもしれません。 その時に官吏の見直しが出来ましょう」

いったい誰なのか。

いま各都はあまりに荒れている。 それは地下の者が引っ掻き回したことも一因にはあるだろうが、長く平和ボケをした人心が贅沢にも落ち着かなくなってきているのかもしれなかった。

「あとは六都(むと)が落ち着いてくれればいいが。 それに郡司も考えねばならん」

「郡司ですか?」

「ああ、郡司も怪しいことを考えているようだ」

「それは・・・散っている百足からの報告ですか?」

四方が首肯する。

つくづく、そういう者が必要だとマツリが感じた。 間者、間諜、その様な者を本領領土全てに散らばらせなくてはならないと。
杠の元に何人もの手下を置かなくてはならないかと。

「郡司が何を考えているのでしょうか?」

「辺境の郡司だ。 その郡司が下九都(したここと)を喰おうとしていたらしい」

下九都というのは九都(ここと)から辺境に向かって上九都、中九都とあり、その次に下九都があり辺境と隣接している。 宮都の北西を囲んでいる六重目の都である。 ちなみに九都は三重目である。

「喰う?」

「郡司が下九都の都司になろうとして画策をしたようだ。 だが百足からその話を聞いて下九都に早馬を走らせた。 下九都がそれなりに動いて今は落ち着いたようだが、これから何があるか分からん」

「六都だけでもややこしいのに・・・」

思わずマツリが漏らしてしまった。

「その前には下三十都(したみそと)と辺境の間でもいざこざがあった」

「下三十都で?」

「ああ。 それだけではない。 マツリ」

「はい」

「本領には波がある。 波が大きく続いたと思えばすっと凪の時が来る。 父上の時は本領は安泰だった。 凪いだ時だった。 だがわしの代になり本領は怪しくなり始めた。 それがわしのせいなのか時の流れかは分からん。 わしがこの身を引くころにはもっと本領が荒れるかもしれん」

「はい」

「わしの出来うる限りのことはするが、心しておくよう」

「はい」

四方の言う通りなのかもしれない。 だが己の代に、そしてそれ以降も荒れる時を作る気はない。
四方がこの本領の領主である内に荒れる元を排除する気でいる。



「さすがに、もういいでしょ?」

塔弥から大人しくしているよう言われた紫揺。 それはその日だけに収まらず三日も続いた。
塔弥が横目で紫揺を見る。

「なに?」

「まだお目がしっかりしておられません」

「・・・しっかりしてるし」

紫揺にしては長かったお籠り生活。 とうとう爆発だったが、目がしっかりとしていないと言われれば思い当たるところがある。

身体は元にも戻った。 あの発熱の苦しいものはない。 ボォーッとしたところもない。 元気だ。
だが・・・ずっと部屋の中に籠ってあの時のことを考えると納得いけないところがあった。 発熱していた時も、それから熱がどんどん下がってきていた時も、ある人物が傍にいた・・・そんな気がした。
迎えたくない人物が。
それが引っ掛かっていた。 虚ろに思っていた。 それが目に現れたのだろう。

「ね、元気だから。 みんなとお話しする。 子たちだって―――」

「紫さま!」

塔弥の声が飛んだ。

「紫さまあっての、東の領土で御座います!」

「だから、民とお話をするから・・・」

「紫さま・・・。 紫さまがご健康でなければ民は心安じません」

「いや、だから健康だし」

「紫さま! 今の紫さまを見て民が安じると思われますか?」

「え? なんで?」

これだけ健康なのに。

「紫さまの憂いには民は敏感に感じます」

「憂い?」

「はい。 いま紫さまが民の前に出られましたら、憂いておられることを民が感じます」

「は?」

「ご自身にご自覚は御座いませんでしょうか?」

「憂いって何? 意味分んないんだけど」

塔弥ががっくりと頭を下げた。 どう説明していいのだろうか。

「その・・・。 紫さまにご心配があるかと」

「無いけど?」

「・・・」

ここでマツリのことを言っていいのかどうか迷う。 だが、紫揺の憂いはマツリであるはず。 自覚してもらわなくては困る。

「本領に行かれてマツリ様とお話をされましたか?」

「どうしてそんな話になるかなぁ」

マツリと聞いてあの嫌なことを思い出す。 ついウッカリ首筋に手がいく。

「・・・今、紫さまが思われたことを民は思っております」

「へ?」

意味が分からない。

「紫さま、今マツリ様のことで何某かを思われたでしょう。 それが民の思うところです」

「なんで?」

「民は紫さまにこの領土に居て欲しいと願っています。 その紫さまに幸せになって欲しいとも」

「・・・」

紫揺が下を向いた。
言われれば明らかに憂いごとがある。

「紫さま? 何でもお話下さい。 己は紫さまのお心に添います」

「・・・お付きだから? ・・・遠縁だから?」

「紫さま・・・」

「塔弥さんは・・・」

「紫さま、己はお付きでもあります、遠縁でもあります。 ですが今の己は紫さまのお力になりたい、それだけで御座います」

「・・・力に?」

「はい。 ・・・曾祖伯父が先の紫さまのお力になられたように、己も紫さまのお力になりたい。 そう思っております」

「・・・塔弥さん」

ブワっと紫揺の黒い瞳から涙が溢れた。 溢れさせたくもないのに。

「紫さま・・・」

塔弥が紫揺のまん前に膝をつく。

「ごめん・・・何でもない」

「何でもなくはないでしょう? ともにお考え致します。 お話しください。 お一人でお悩みにならないで下さい」

「・・・悩んでないから」

「・・・」

ここまできても話してもらえないか・・・。

「今日一日我慢ください・・・明日からは外に出ましょう」

顔を下げていた紫揺がコクリと頷いた。

その様子を戸に耳を付けて聞いていたお付きたち。

「おい、明日から辺境になるかもしれんか?」

「可能性は高い」

「いや、そんなことより紫さまだろう」

「ああ、何を隠しておられるのだ?」

「うん? やっぱり結局、塔弥が言ったように、塔弥の想い人は紫さまではなかったのか?」

お付きの部屋に塔弥を引っ張り込んで尋問したが、塔弥は紫揺が想い人では無いという以外何も吐かなかった。

「馬鹿か。 この話からどうしてそうなる」

「そうだ。 いまは紫さまの憂いだ」

「その憂いをマツリ様がご存知だと言っていた」

しっかりマツリが言ったことも聞いていた。
五人のお付きが目を合わせる。
いったいその憂いは何なのだろう。
塔弥の言うように民もそうだが、何よりお付きたちも気になる。

「とにかく・・・明日からは覚悟せねばいかんな」

「ああ、紫さまのご自由が始まるだろう」

「・・・悲しいご自由かもしれんな」

え? と思いながらも誰もがその言葉に同意する。 東の領土の者にとっては紫揺の憂いはそれ程に大きく捉えられる。
暗くなりかけたお付きたちが部屋に戻る。

「わっ、なんだよお前たちぃ、暗っ」

一人お付きの部屋に居た醍十。

「暗くもなるわな。 紫さまが憂いておられるのだから」

「あーん? 葉月の作ったプリンを食べられたんだろぉ? お元気になられただろぉ?」

「それはそれ、って感じか?」

「うーん、なんだそれぇ? 意味分んねぇー。 俺が紫さまに会いに行こうかぁ?」

「やめろ」

五人のお付き全員が止めた。

「にしても・・・」

「なんだ?」

「最近の阿秀・・・可笑しくないか?」

湖彩が言う。

「阿秀が?」

醍十を除く四人のお付きが眉を顰める。

「どういうことだ?」

「ああ、阿秀かぁ? 唱和様のところによく行ってるなぁ」

眉をひそめなかった醍十。

「いや、それだけじゃない」

「なんだ? 何を言いたい」

「此之葉とよく話をしている」

四人のお付きが力を抜いた。
それは当たり前のことだ。 阿秀はお付きの筆頭である。 その筆頭が紫揺に付いている “古の力を持つ者” 此之葉と話をするのは当たり前のことである。 ましてや今の紫揺の状態を考えると当たり前以上に必然である。

それに此之葉の師匠は独唱であるが、本来なら唱和も師匠になっていたかもしれないのだから。 その唱和の具合が悪いのだから、阿秀と此之葉が話し込んでいてもおかしくはない。

「それは当たり前だろう」

「いや・・・それが、何か違う雰囲気を持っているような」

「どんな雰囲気だよ」

「泉での紫さまと塔弥の持つ雰囲気と同じだというなよ」

あの雰囲気は全くの思い違いだったのだから。

「うーん・・・。 説明しきれない。 だが今度からよく見とけよ」

「うぅん? まさか阿秀の想い人が此之葉だって言うんじゃないだろうなぁ」

勝手に此之葉の親代わりでいる醍十が言う。
四人が目を大きく開け醍十を含む五人が湖彩を見た。

「あ・・・いや。 わからん。 だから、今度からよく見ておけって・・・」

「湖彩、いい加減なことを言うんじゃないぞぉ」

醍十が湖彩を睨み据える。

「だから、醍十もこれから気をつけて見ておけばいいだろうが」

此之葉が醍十に何かを相談しているとは思えない。 いや、醍十に限らず誰にも。

「おい、醍十、それはどういう意味だ? 阿秀の想い人が此之葉で、此之葉の想い人が阿秀であったならいけないのか?」

醍十は黙ったが、他の三人が目を剥いた。

「おい、うそだろ?」

「まさかだよ」

「ありえないし」

「何があり得ないんだ? 此之葉が日本にくるにあたって誰よりも阿秀が骨を折った。 いや、そんなことじゃない。 阿秀は俺たちの筆頭だ。 紫さまをお守りするお付きの筆頭。 そして此之葉は紫さまにお仕えする者。 その二人が寄り添うのに何の不思議がある?」

ゴン! と拳で座卓を叩く大きな音がした。
五人が驚いて首を引っ込める。
卓を叩いたその手を顎の下に持ってきて頬杖をつく。

「そうか・・・阿秀かぁ・・・」

「・・・お前・・・考えるだけなら卓を叩くなよ・・・」

「言ってやるな。 醍十とて親代わりのつもりだ。 急に此之葉の相手を聞かされては尋常ではいられないだろう」

「阿秀なら・・・此之葉を預けられるかぁ・・・」

まだ想像の範囲であるのに醍十が考え出したことに誰もが目を合わせた。

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