大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第91回

2022年08月22日 21時13分04秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第90回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第91回



「父さん、紫さまを信じて下さい。 紫さまはお付きに止められる以外は、民の元に足を運ばれていました。 民は落ち着いて紫さまを迎えます」

「・・・秋我」

「私を、お付きを信じて欲しいとは言いません。 ですが紫さまを信じて下さい」

切羽詰まった空気が流れている。
そんな時に

「いや・・・秋我さん、それはないです。 領主さん、秋我さんもお付きの皆さんも私以上に、この領土の皆さんから信用があります。 秋我さんとお付きの皆さんを信用してください。 万が一・・・そんなものは無いけど。 億が一? 兆が一? その上は京だったっけ? もしそんなことがあっても皆さんが私を守ってくれます。 民の皆さんと一緒に」

「え?」

「あったとしたら不可抗力でしょう? 秋我さんとお付きの皆さんに頼ることは許してもらうにしても、民と呼ばれる方に怪我を負わせたくはないです。 私も領主さんと一緒の想いです。 でも皆さんが守ってくれます。 誰もかもを」

紫揺を守る、守りたいのは当り前のことだ。 誰もがそう思っている。 だが民を守るのは領主。 その思いを五色の紫、紫揺が分かっていたのか。

「紫さま・・・」

「いいですよね? 皆さんが待ってるから行ってきます」

台を跳び下りた紫揺。 此之葉が慌てるが到底紫揺には追い付けない。 秋我とお付きは無言の承知で走る紫揺の周りを固めながらも、紫揺が民と接することが出来るように、将棋倒しにはならないように陣形を組んでいる。

お付きや我が息子に囲まれながら走り去るその姿を遠目に見た領主。
民たちが喜んで紫揺を迎え入れている。 櫓の上から音楽が鳴りだした。

「紫さまはこの短期間で民の心を掴まれたか・・・」

もみくちゃにされることも将棋倒しになることもなく、紫揺が輪の中に入った。 その紫揺の額に揺れる紫水晶を見た民。

「紫さま・・・それは?」

「額の煌輪っていうの。 職人さんが作ってくれました」

金細工にかかっていた髪の毛を少し上げて金細工を見せるようにする。

「よく似合っておいでです」

職人の手を褒めるでもなく紫揺に似合っていると言う。 やはり職人の手が素晴らしいことを民たちは知っているようだ。

「ありがとう。 職人さんのお蔭です」

寄ってくる民一人一人に額の煌輪を見せるようにしていると、櫓の上からも見たくなったのだろう。 楽を奏でていた数人が櫓から大きく身を乗り出して覗き込んできた。 音楽に乱れが出来たが民は気にする様子もない。
紫揺が櫓を見上げ手を振る。 その額には金細工が光り真ん中の紫水晶が耀いていた。 楽が息を吹き返したように音楽を奏で始める。

月光の元に行われた紫揺の誕生の祭は、民が幸せに踊る姿を月に映していた。


領主の杞憂に終わった紫の誕生を祝う祭。

「独唱様も唱和様も見ておいでだったと?」

「はい」

そう答えたのは葉月だった。
紫の誕生を祝う祭なのだからと、独唱と唱和の元に軽くつまめる物を持って行き、その時に額の煌輪のことを話したという。
そこに丁度民の大きな波打つ声が聞こえてきた。
きっと紫さまが民の元に行かれたんでしょうと、葉月が言うと独唱と唱和が目を合わせたと言う。

「独唱様も唱和様も民と共にいらっしゃる紫さまを見たいと仰って」

「それで? そう仰ったのか?」

葉月が領主の元に来たのには理由があった。 つい先ほど言ったことがその理由だった。

『独唱様と唱和様が遠目ではありましたが、紫さまを見られた時、何か大きなものを感じると。 その事を領主に伝えるようにと』

そう言ったのだった。

「何か大きなものとは?」

「独唱様にも唱和様にもお分かりにならないようでした。 それに紫さまご自身にというより、どこかで、と仰っておられました」

「それは良きことか悪しきことか」

「それすらもお分かりにならないと」

領主が腕を組む。

「此之葉は何か言っておったか?」

此之葉も独唱と唱和と同じく “古の力を持つ者”だ。

「ふるふるとしたものを感じると少し前から言ってました。 ですがそれがよく分からないと」

「ふるふる?」

「此之葉ちゃん、独唱様と唱和様に言ったそうなんですけど、独唱様も唱和様も頷いておられたということです」

「“古の力を持つ者” が同じものを感じているということか・・・」

年齢の差で表現が違うのだろうか、それとも個々の感じ方だろうか。
良きことがあるならまだしも、万が一にも悪しきことがあるのなら対策に取り組まねばならないが、あまりにも漠然とし過ぎている。 ましてや良きことかもしれない。

「まさかとは思うが、紫さまは何か仰ってはおられないのか?」

「それとなく此之葉ちゃんが訊いたそうなんですけど、何のことかも分からない様子だっ・・・ご様子だったと」

「そうか・・・」

此之葉がそれとなく訊いたのは正解だろう。 紫揺に心配事を聞かせると何をしでかすか分かったものではない。 だがこのことを口に出しては言えない。

「それでは・・・当分、紫さまには遠出に行かれないように。 そうだな・・・、塔弥を残して他のお付きに辺境を含み領土を見て回るようにさせる。 此之葉にとっては紫さまにお付きするのが塔弥一人では心許ないだろう。 葉月も付いてくれ」

葉月が頷くと「阿秀を呼んでくれ」と言われ領主の家を出て阿秀を呼んだ。

阿秀が領主の家に来た時には秋我も同席していた。
領主から説明を聞いた秋我と阿秀。

「ふるふる、とは・・・それに何か大きなもの」

秋我が口の中で言う。
阿秀も首を傾げている。

「ああ。 良きことならそれに越したことは無いが、今の段階では何も分からん。 万が一を考えて領土の中を見て回るに越したことは無いだろう」

「それでは私も行きます」

秋我が言う。
それに否と言ったのは阿秀であった。

「塔弥一人では荷が重すぎます。 お付きたちで領土の中は回りますので秋我は紫さまを頼みます」

知らない人が聞くと、紫揺はいったいこの領土で何をしでかしているのだろうか、そう考えるだろう。
領主が頷く。

「秋我より阿秀たちの方が道をよく知っている。 秋我の知らない所の辺境もな。 お前が行くより阿秀たちに任せる方が事が早く済むだろう。 それに一日二日で領土の中を回れるものではない。 その間の紫さまのことを考えて葉月も付けると言っても、紫さまが大人しくして下さっていればいいが、もし突拍子でもないことをされれば、あ、いや、紫さまの場合は意とせず何かがあるかもしれん。 塔弥と秋我だけでも大変なことだ」

酷い言われようだが事実は消しようもない。 数年しかいない間にそんな過去を数多持ったのだから。

秋我は色んな話を聞いてはいるが、身をもって知っているわけではない。 お付きをぶっちぎって突然お転婆と走りだしたり、木に上ったり川に飛び込んだり等々。 それに一番怖いのが領主の言った “意とせず” だ。 紫揺はこの領土で何度も倒れている。 塔弥一人では心臓が幾つあっても足りないだろう。 納得せざるをえない。

「分かりました」

秋我の返事に阿秀が顎を引くようにキレよく頭を下げる。

「それではすぐにでも出ます」

「ああ、頼む」

阿秀が桶を持っていた塔弥に声を掛けると、二人でお付きの部屋に入って行った。


「え? どういうこと?」

此之葉と紫揺が朝餉を終えゆっくりとしているところだった。 此之葉は葉月から事前に聞いていたが、素知らぬ顔をして聞いている。 そしてその此之葉の斜め後ろに塔弥がいて、紫揺の気に入らないことを口にしているのだった。

「ですから当分遠出はお控えください」

「いや・・・ずっと控えてたんですけど?」

阿秀に言われて。
だが祭も終えてそろそろ解禁なのではないのか? そう問うたら、こんな返事だ。

「まだ民に祭の余韻が残っています。 まずは民の浮いた足を地に着けさせねばなりませんので近場から」

「なにそれ?」

「紫さま、塔弥の言うことは尤もです。 近場から徐々に遠くを見て回り、民に落ち着きを取り戻してもらう方が混乱を生みません」

「混乱?」

「近くにいる者がまだ足を浮かせているのに、遠くの者の所へ先に行かれては心が治まりません」

「あ・・・まぁ、言いたいことは分かりますけど。 でも―――」

「でもも何もありません。 お転婆に乗りたいだけでしょう」

冷たく塔弥が言う。
しっかりと心の中を読まれてしまっている。 頬を膨らませるしかない。

「三日間は近くを回って頂きます。 その後は長らくされていなかったお転婆の世話。 ああそうだ、己も手が行き届いていませんでしたので、厩も綺麗にしてあげてください」

「塔弥、厩の掃除を紫さまになんて」

「あ、それは全然何ともないです。 ってか、そうだった。 ここんとこ塔弥さんに任せっぱなしだった。 うん、今日からお転婆のお世話をする」

「今日からではありません。 四日後からです。 今日からの三日間は徒歩で民を回って下さい。 己が付いて行きますのでしっかりと歩いていただきます。 覚悟をしておいてください」

「・・・覚悟って」

「歩けるところまで歩きますから」

「他の人は?」

「己だけでは不服と仰いますか?」

「いや、そういう意味じゃないけど」

「ではもう少し休まれたらお迎えに上がります」

戸を閉め塔弥が出て行った。

「横暴・・・」

紫揺のつぶやきが耳には入ったが聞こえぬふりをした此之葉。 その此之葉が部屋の中を見渡す。


三日間民に声を掛け続け足が棒のようになったが、額の煌輪を付けて民を回ると皆が喜んでくれた。

「足をお揉みしましょう」

足を投げ出し脹脛を揉んでいた紫揺の足元に座ると此之葉が声を掛けた。

「あ、大丈夫です」

この繊手で揉まれては罰が当たる。

「葉月です」

戸の向こうから声が掛かった。

「入って」

すっと戸が開くと盆を手にした葉月が入って来た。

「あれ? 紫さま足がだるいの?・・・ですか?」

「うん。 塔弥さんって鬼!」

「あはは、今日も歩き回らされたんだ。 じゃ、今日も私にも責任があるね」

葉月の言いように睨みを入れる前に、どういうことだろうという目をしている此之葉。 その様子から葉月は塔弥とのことを此之葉に言っていないのだと分かった。 下手に口を滑らせないようにしなければ。

盆を座卓に置くと湯呑を持ち紫揺に持たせる。

「蜂蜜が入ってます。 甘くて疲れが取れますよ」

そう言うと此之葉の横に来て「此之葉ちゃんどいて」と、紫揺の足元をぶん取り、紫揺の脹脛を揉みだした。

「張ってるぅ、今日もかなり歩かされたんですね」

「うん。 あれは鬼よ鬼! うぅ、気持ちいぃ・・・」

「一気に飲んじゃって、それからうつ伏せに寝ころんで。 しっかりと揉んであげる、ますから」

遠慮をしなければと分かっているが、葉月の魔法の手の気持ちがいいことこの上ない。 ゴクゴクと湯呑の中の甘い茶を飲むとうつ伏せに寝ころんだ。 葉月が両方の脹脛を揉む。

今の段階で塔弥の作戦は成功しているようだ。 歩いて歩いて徹底的に疲れさせる。 そうすれば突拍子もないことをしないであろう。 そして明日からは厩の掃除、お転婆の世話。 疲れに輪がかかるだろう。

・・・とっても卑怯な手だ。 だがそうでもしなければ、周りにお付きがいない事を不審に思ったりする隙が生まれてしまう。
お付きたちがいない事を知ると理由を訊かれるだろう。 そしてその理由を知ったら何をしでかすか分からない。

だからと言って疲れさせて放りっぱなしというのもどうか。 それで塔弥は毎夜、葉月を紫揺の家に行かせている。 ちなみに秋我は陰に隠れて紫揺と塔弥のあとを歩いている。 そして何故か秋我の疲れようを見かねた領主が毎夜、秋我の脹脛を揉んでいる。

「塔弥の足は・・・人間の足では無いのかもしれません」

揉まれた姿勢のままでポツリと漏らした秋我だった。


そして翌日。

「お転婆! 放ったらかしにしててゴメン。 すぐに掃除するね。 その後に体を拭こうね」

お転婆の首に手をまわす。 ついて来ていたガザンがそれを見てゾッとした。 お転婆の首では何ともないのだろうが、ガザンがそれをされると完全にヘッドロックになってしまう。 何度やられたことか。 こちらに被害が及ぶ前にそそくさと厩を出て行った。

塔弥は手が行き届いていなかったと言っていたが、お転婆の房は特に汚れてはいなかった。 何のかのと言って塔弥が掃除をしてくれていたのだろう。
とにかくお転婆の房を掃除し身体を拭いてやらなければ。

掃除が終わると台に上がり首筋をゴシゴシしてやると、気持ちよさそうにお転婆が目を瞑る。

「気持ちいい?」

声を掛けながら手を動かす。 お転婆からの声の返事は無いが、目を瞑り気持ちよさそうにしているのが何よりもの返事だ。

他の馬の房を箒で掃いていた塔弥が手を止めてその様子を見た。 己には見せないお転婆の表情だ。 紫揺がお転婆のことを気に入っているのはともかく、お転婆がどれほど紫揺に気を許しているのかが分かる。
それとも・・・。

「ん? 俺の世話が下手くそなのか・・・?」

箒を片手にがっくりと肩を落とした。

結局今日一日は塔弥に言われ、他の馬の房の掃除と世話まで手伝った紫揺だった。 陰で見ていた秋我が腰を抜かしそうになりながら「いくら何でも、それは!」 と塔弥に訴えたが、「突拍子もないことをされるよりいいでしょう」 そう言われてしまった。


「んんん?」

そう言ったのは、夕餉もとっくに終わった紫揺の部屋に盆を持ち入って来た葉月だった。

「紫さま? どうしたんですか?」

「あ、いや。 腕やら肩やら腰やら・・・」

スゴク不細工な格好で自分で自分の身体をあちこち揉んでいる。 此之葉の目の前で。 その此之葉は「お揉みいたします」 と言っても断られるだけで、どうしたものかという目を葉月に送っている。

今日のことは塔弥から聞いている。

『そろそろ紫さまを縛る理由がなくなってきた。 だから今日は徹底的に動いて頂いた。 これで二、三日は大人しくされるとは思うが、今まで以上にお身体がお疲れだと思う』 と。

そしてあと三日もすればお付きたちが戻ってくるだろう、とも言っていた。

『分かった。 塔弥は? 大丈夫なの?』

『え? あ、ああ。 これくらい何ともない』

『無理しないでね・・・とは言えないか。 紫さまのことだもんね』

そう言って蜂蜜入りの茶を塔弥の前に置いた。

『ね、疲れてるところ悪いんだけど、出来るならでいいよ。 独唱様と唱和様の所に行ってもらえる?』

『唱和様のお加減が悪いのか?』

間接的に紫揺に付いている葉月であるが、阿秀が居ない今、此之葉が紫揺を見ている時には葉月がメインで唱和と独唱を見ている。

『うううん。 唱和様は落ち着かれたみたい。 塔弥があっちの料理を作るように言ってくれたから』

あっちとは日本の料理のこと。

『いや、それは葉月が作ってくれてるだけで俺は何もしてないから』

葉月がフフっと笑った。

『お加減はいいの。 でも・・・』

笑っていたはずの葉月の顔がかげった。

『葉月?』

『何か大きなものを感じる・・・。 そう仰ったのを覚えてる?』

『ああ』

『それが日に日に大きくなってくるって仰って・・・。 塔弥・・・怖いの』

『え?』

『それがどんな悪しきものかは知らない。 でも・・・紫さまがまたどこかに行かれるかもしれない・・・』

塔弥と葉月しか知らない話。
マツリが紫揺を許嫁と言ったこと。 いや、紫揺は塔弥と葉月に話はしたが、その相手がマツリとは言っていない。 チョンバレだが。

紫揺が高熱を出して倒れた時、偶然にもやってきたマツリが紫揺の看病をした。 ましてや一度本領まで薬湯を取りに帰ってまで。
あの時、どうしてそこまで紫揺を案じるようなことをするのだろうかと、心のほんの片隅に思ったがその理由が明らかになった。

葉月は意味も分からなく紫揺が居なくなる恐怖と、マツリに、本領に、嫁ぐかもしれないと思っているのだろう。

『葉月・・・』

『・・・本領には逆らえないんでしょ?』

『紫さまが・・・紫さまが我らを置いて行かれると思うか?』

『・・・』

葉月が頭を項垂れる。

『紫さまはその様な方ではない』

優しく葉月に語るが葉月が首を振る。

『葉月?』

『あの時の紫さまを塔弥は見なかったの?』

『え?』

『あんな話の内容だったら、あんなに険悪な関係だったら、それにあんなに何も知らない紫さまだったら、私たちに話してくれた時の目はもっと違うものだったと思う』

『え?』

『紫さまは本領に・・・マツリ様の元に行かれるかもしれない。 紫さまは・・・マツリ様のことを想われているかもしれない』

塔弥が葉月を見ていた目を外し横を向いた。

『葉月の・・・気のせいだ』

『塔弥・・・』

『・・・うん、分かった。 独唱様と唱和様の所に行く。 また何か分かられたかもしれないからな。 紫さまのあとの事は頼んだ』

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