大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第5回

2023年10月27日 21時13分57秒 | 小説
ハラカルラ    第5回




スピーカーからスマホの着信音が聞こえてきた。

「はいはーい」

電話のようだ。

「え? まだそんなとこかよ」

『なに贅沢言ってんだ』

「いや、もうそろそろかなと思ってジャケット着たとこだったし」

『大体、なんで俺が男を迎えに行かなくちゃなんないんだよ』

「うーん・・・主催者だから?」

『言ってろ! ジャケット着たんなら駅に向かって来いよ』

「いや、それがねー、そうはいかないんだわ」

『なんだよー、それって』

「だからー・・・ね、お願い。 文句言わないから迎えに来てハート」

『なんだよそのハートって』

「絵文字」

スマホの向こうから厭味ったらしい溜息が聞こえてきた。

スピーカーから流れてくるのはあくまでも水無瀬の声だけだが、どこかに出かけるにあたり迎えを要請していたようである。

「用心はしていたってことか」

「学生の一人や二人、十人だって無駄だけどな」

再びスピーカーから声が聞こえる。

「あと十分くらいだな」

『んなわけあるかい』

「はい?」

『出てこいや』

「いや、だからお部屋までお迎えに来て―――」

『ハートは要らねーからな』

今度はウインクにしようと思っていたのに。
と、カンカンカンと鉄筋階段を上がってくる音がする。 廊下を数歩歩く音。 そしてドアノブをガチャガチャと回す音。
一瞬にして足がすくむ。 硝子戸の向こうの玄関ドアを見る。

手荒なこと―――。

頭の中でその言葉が浮かぶ。
ドアに鍵がかかっていると分かったのだろう、ドンドンドンとドアを叩く音が聞こえる。

「おらー!! 水無瀬―! 開けんかーい!!」

「え・・・」

スマホと玄関の両方から聞こえてくる雄哉の声。

「あ? え? ちょっと待って、今ドアの前に居るの雄哉?」

「鍵なんか掛けてんじゃねーよ!」

「わー、分かった分かった。 分かったから静かにして。 ご近所迷惑だからぁ」

玄関まで走って行きチェーンを外し鍵を開けると、ノブを回す間もなく外からドアが開けられた。

「迎えに来させておいて締め出しかよ」

静かに言うのが怖い。

「いや・・・なんか変な日本語」

玄関の電気を手探りで点ける。

「あーん? ナニその態度?」

「だってほら、さっき五分ほど前に駅に着いたって言ってたから、さ?」

「さ? じゃねーよ。 ウソに決まってんだろ。 あーもー、ホンット面倒臭せー。 もういいわ、行くぞ」

「さすがは雄哉さん。 器が広い」

「うっせ」

「待ってて、鍵取ってくる」

「財布もな」

部屋の電気を消しかけてUSBスティックに気付いた。 こたつの上に置いてあった鍵とボディバッグを手に取り部屋の電気を消す。

「なぁ、雄哉、これ雄哉の?」

「うん? USBスティック?」

「うん」

「俺んじゃねーな。 白いUSBスティックなんて買わないし。 USBスティックは黒だろ」

どういうこだわりなのだろうか。

「そっか」

靴を履きながらUSBスティックをボディバッグのポケット部分にしまいこむ。 ここに入れておけば財布を出し入れしても落とすことは無い。

「なに? 誰のか分かんないのか?」

「うん」

玄関の明かりは点けたままにしておく。

「新しく買ったのを忘れてんじゃね? 水無ちゃん時々忘れっぽいし」

「そこまでボケてない」

ガチャリと玄関の鍵をかけるとドアノブを回して鍵がかかったことを確認する。 それがいつもの水無瀬の癖だとは知っているが今日はやけに念入りだ。

「なー、水無ちゃん、もしかしてさっきチェーンまでかけてた?」

鉄筋階段を下りきると雄哉が訊いてきた。

「あ、うんまぁ」

「ふーん・・・なんかあった?」

「なんで?」

「ほら、迎えに来てハート、とか、さっきも鍵がかかってたかどうかいつもより厳重に確認してたし」

「あー、うん、まぁ色々と」

「言えないこと?」

「うーん・・・もうちょっとはっきりしたら相談するかも」

「そっ、か。 まぁ、迎えにくらい来るわさ」

雄哉とはこういうやつだ。

「さんきゅ」

そして雄哉主宰の飲み会は十五人ほどが集まり、呑み屋の梯子からカラオケと、最後まで全員参加のままでオールとなり、最終的に数人でのファミレスブランチとなった。

「た、ただ今戻りました」

昼の光が射す中、車のドアが開かれる。

「お疲れだったな」

「都会の若者はかなり元気が有り余っているようです」

ドシンと座り込むとドアを閉めるが、ドシンと座り込んだことでその疲れが伝わってくる。

「みたいだな、こっちはボリュームを絞ってた」

たとえバッグの中に入っていたとはいえ、カラオケでの騒ぎは耳に耐えがたかった。

「接触はなかったようだ」

盗聴器であるUSBスティックからはそれらしいことは聞こえてこなかった。
まさか盗聴マイクを持って出るとは思ってもいなかった誠司がスマホで連絡をもらい、少々離れていても様子が分かると聞いた時には驚いたが、水無瀬はUSBスティックを盗聴器とは気付いていないのだ。 単なるUSBスティックと思っているのなら持ち歩くこともあるだろう。 決してその機能はないが。

「そうですか。 呑み屋でもカラオケ店でも、戻ってくるまでにそれらしい姿は見えませんでした」

「敵はまだアイツに気づいていないということか?」

「どうだろうかな。 何か食べたか?」

「あ・・・いいえ」

「近くにコンビニくらいあっただろうが。 機転が利かねーな」

助手席から呆れたような声が割って入ってくる。

「サンドイッチかお握り、どっちがいい?」

「あ、自分で買ってきます」

「いいよ、疲れてんだろ。 買ってきてやる。 どっち」

既に後部座席のドアが開けられ半身が出ている。

「あ、じゃあ、お握りをお願いします」

「売り切れてたらサンドイッチかパンな」

ドアがバンと閉められた。

助手席でスマホの着信音が鳴った。 タップをして電話に出る。

『今からそちらに向かう』

「了解」

何もなければ夕方には着くだろう。 今度こそ予定通り。

「今夜決行」

誠司の目が伏せられた。


「で?」

ファミレスを出たあと 『お迎えをした以上は送ってやんよ』 と、雄哉が水無瀬の部屋まで送り、そのまま二人で意識不明。 早い話、二人で水無瀬の部屋で寝てしまった。
雄哉がこたつに足を突っ込み目の前でホットココアを飲んでいる。 このココアは甘党の雄哉用に買ってあるものである。

「うん、数日実家に戻ろうかなって」

「それで俺にも戻らないかって? まだ単位を残してる俺に?」

「だって、近所じゃん」

近所と言っても小中学校の校区は違う。 雄哉とは高校で初めて一緒になった。

「近所って・・・一駅分離れてるだろ。 って、それになんで俺が実家に戻んなきゃなんないんだよ」

「俺が退屈だから」

「断る。 そんな理由で水無瀬に付き合う気はない」

雄哉が水無ちゃんではなく、水無瀬という時は結構本気の時だということは知っている。
実家に戻る予定はなかった。 金の無駄使いになるし、実家に用があるわけでもなかったのだから。 だが “手荒なこと” この一週間ほど何もなかっただけに、どうしてもそこに引っかかりを感じていた。 そろそろなのではないだろうかと。
おじさん曰く 『兄ちゃんが拒もうが逃げようが、こっちに来てもらうことになる』 ということらしいが、何かの組織じゃあるまいし、まさか実家の場所まで知らないだろうと踏んだわけである。

「確かにサボり過ぎたけどダブル気はないからな」

「ダブル気がないんなら、もっと真面目に取り組んでたら良かったのに」

「ほっとけ。 まぁ、それにさ、楽しみが出来たっつーか、お近付きになりたい人と・・・うふふ、ハート、って感じでさ」

「は? なんだよそれ、え? そんな人が居たの? いや、聞いてないけど? 誰よそれ」

「今はまだ、ナ・イ・ショ。 もっとお近付きになれたら話すわ。 楽しみに待ってて~ん。 ってなわけで」

残っていたココアを一気に飲み干し雄哉が立ち上がった。

「水無ちゃん一人で実家にお帰りなさい」

親孝行しておいで~、と捨て台詞を残してドアが閉められた。 カンカンカンと階段を降りていく音が聞こえる。

「くっそ、雄哉め。 何にも知らないで」

何にも言っていないのだから何も知らないのは当たり前だが、そう文句も言いたくなる。 よく考えると実家に戻っても何もやることがない。 雄哉がいるかどうか以前の問題だ。
だが更によく考えると水無瀬のプライバシーをよく知っていた。 それを考えると万が一にも実家の場所を知っていたら・・・実家を突き止められていては、手荒なことに両親を巻き込むようなことになる。 そうなってしまっては笑うに笑えない。

「うー・・・とにかく暗くなる前に今晩の飯の補充」

まだ夕方にはなっていないとはいえ、夏ほど陽が長いわけではない。 明るい内に外に出る用事は済ませたい。

夜になり袋麺のラーメンを啜っている。 これで何日ラーメン続きだろうか。 ああ、いや、昨日は呑み屋にカラオケ、ファミレスとリッチな生活をしたのだった。 そのお蔭で更に財布が寂しくなったのだが。
財布事情からバイト復帰を考えるが、そう簡単に出歩くことをしたくない。
それに・・・。

―――目。

魚と目が合った。
あれから何度か海と思える中に入った。 入ったと考えていいのかどうかは分からないし、淡水なのか海水なのかも分からない。 ただ、見える生き物からして海の中と捉えた方が間違いはないだろう。

「淡水でも海水でもどっちでもいいんだけど」

あの状態がバイト中に起きてしまっては、どうしていいのか分からない。
ドアを開ける音とカチャリとドアの鍵を閉める音が聞こえた。 新人さんの方の部屋だ。

「ん? こんな時間にお出掛け?」

女子が。

「って、そう言えば隣、静かだなぁ」

その存在さえ忘れていた程だ。 前に居た男とはえらい違いである。

「やっぱ女子って何をするにも物静かなのかな」

長いストレートの黒髪はしっかりと見た。 そこに想像が付加されていく。
長く黒いストレートの髪の毛で物静かな女子とくれば美人に決まりだろう。 美人で物静かとくれば細く少し高めでそれでいて落ち着いた声。 はにかむ表情には潤んだ瞳。
そう言えば雄哉が 『お近付きになりたい人と・・・うふふ、ハート』 と言っていた。 先を越されてたまるか。

「くー、お話ししてみたい~」

彼女の居ない男子はこんなものだろう。


児童公園に数台の車が停まった。
既に停まっていた車の中から誠司が出て来る。 誠司はいわゆる留守番役だった。 他の三人は今停まった車の中に居る。 既に合流し、この先のことを話し終えているということである。

「変化は」

「ありません。 いつも通り部屋に居ます」

「じゃ、行くとするか」

そう言った男が助手席に乗り運転席にもいつもの男が乗り込んできた。 おじさんと呼ばれた男も運転席の後ろに乗り込む。


ピンポーンとチャイムが鳴った。

「え・・・」

こんな夜更けに・・・。 頭に過ることは一つしか無い。
恐る恐る硝子戸を開ける。 そっと玄関に降りドアスコープを覗く。
誰も居ない。
奥の部屋、ベッドのある部屋で何か音がした。

「え?」

思わず振り返り玄関に上がると硝子戸に近寄る。
続けて掃き出しの窓を開ける音が聞こえた。 掃き出しの窓の外は小さくはあるがベランダがあり、物干しになっている。
途端、ベッドのある部屋との境の襖が開けられた。

「よー、お初」

誰だ?
サングラスをかけた知らない男が片手を上げ 『よー、お初』 ?

「だ、誰だよ・・・」

「自己紹介はあとで。 聞いただろ? お迎えに上がるって」

お迎え? お迎えに来てくれるのは雄哉であって・・・。 と、まるで風圧を受けたように水無瀬の短い髪の毛が踊った。
目の前の男がニヤリと笑う。 多分目も笑っているだろう、サングラスをしていてわからないが、完全に口角が上がっている。
チャリ、カチャリ、と二つの音がしたと思うと冷たい空気が背中を撫でていく。
これは・・・。 ゆっくりと首だけを捩じって振り返る。
ドアが開けられている。 そこにあの気弱そうな青年がいる。 その後ろにも幾人かの影が見える。

「誠司の早さは目にとまらないからな」

セージ? なんだよそれ、ハーブか? ハーブの香りは目にとまらないんじゃなくて目には映らない、だろ。 男の方に顔を向きなおらせる。

「ってことで来てもらおうか」

サングラスをかけた男が一歩二歩と近づいてくる。 靴を履いたまま。
水無瀬も一歩二歩と後ずさるが後ろにはあの青年がいる。 それにまだ靴を履いていない。

「お願い、このまま大人しくついて来て」

背中で声がする。

「痛い思いをさせたくないから」

思わず体全身で振り返った。
あの気弱な青年と目が合う。 と、見たこともない男が青年を押しのけた。 ほかにも幾人かの男の姿が見える。

「誠司、どいてろ」

セイジ? セージではなかったのか。 この青年はセイジというのか。
たとえこの青年が味方に付いてくれたとて多勢に無勢。 玄関からは逃げられない。 サングラスの男に背を向けたまま、立てかけてあった傘を思いっきり後ろに投げたと同時にベランダに向かって走りだす。 ここが二階だということは分かっている。 ベランダから跳び下りたらどうなるかの想像はつくが、極度の運動音痴ではない。 それなりに着地が出来るだろうつもりだ。

「おっと、この程度で逃げられると思ってるのか?」

腹に何かが撃ち込まれた。
うっ、と声を上げて背中が丸まる。 腹に膝が入っている。 あのサングラスの男の膝だ。
顔を上げると男の片手に傘が握られている。 水無瀬の投げた傘を掴んだということか。 傘の石突きが顔に当たるように投げた、それもこの短い距離。 掴めるはずなんてないはずなのに。

「挨拶の返事をさせてもらおうか」

挨拶?
途端、丸めた背中に肘を入られた。 背骨に痛みが走ったと思ったら息が詰まって呼吸が出来なくなった。
そうか、挨拶・・・傘を投げたことか・・・。
ズルズルと膝が折れていく。

「そこで止めておけ」

誰かの声が・・・いや、多分この声はおじさんの声だ。 声が遠くに聞こえる。

「手応えがなかったな、この程度か。 何も時間をかける必要はなかったんだ」

「同意があるに越したことは無い」


何だろうこの振動は・・・。
ああ、電車に乗って・・・いや、電車になんて乗ってない。 もう暫くは大学に行くことは無かったのだから。 地震? いや、もっと小刻みな振動。

(うぅ、背中が、痛い・・・。 何だよこの痛み・・・ああ、そうだ、たしか挨拶の返事とか・・・)

ドン、と横跳びに飛んだような衝撃。 ガツンと頭を打った。

「痛って・・・」

「よー、お目覚めか?」

薄っすらと目を開ける。

「ろくでもないタイミングで目が覚めたもんだな」

「あの、ごめん。 頭大丈夫だった?」

なんなんだよ、あちこちから意味の分からないことを言って。
目を完全に開けようとした時にまた大きな衝撃で前に投げ出されかけた。 というか、思いっきり前にぶつかった。

「あああ・・・ごめん・・・」

今にも泣きそうな声がしたかと思うと、手が伸びてきて水無瀬を元の位置に戻す。

「誠司、放っておけ」

セイジ? どこかで聞いた覚えが・・・。

「限界だ、迎え撃つ」

急ブレーキがかけられまた前に突っ込みかけたが、横から伸びてきた手が水無瀬を突っ込ませないように押さえている。

「あ、あの・・・逃げないでね。 その、車から出たら危ないから」

「早く来い!」

顔なしのような面を手に取り助手席に座っていた男が外に出て行く。
誠司の座る側のドアが外から開けられ、おじさんに続いて誠司が面を手に取ると飛び出して行った。

なに? 車と言ったか?
三つのドアの閉まる音がした。
打った頭を撫でながらようやく目を開ける。

「あ・・・」

ここは・・・車の中?
水無瀬はリアシート、運転席の後ろに座っていた。 車は道に対して斜めに止まっている。 前に数台の車も見える。
後ろを振り向くと後ろにも車がある。 どの車もライトを点けたまま停まっている。

「え?」

ライトに照らされて・・・。

「喧嘩?」

いや、喧嘩どころじゃない。

「なんだよアレ・・・」

どうして剣戟(けんげき)が聞こえてくるんだ、ライトに照らされ黒く踊る影に剣が舞っている。
顔を後ろに前に横に振る。
幾人もの走る影、何かを投げる影、追う影、手刀を打ちあう影が見える。

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