大福 りす の 隠れ家

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国津道  第44回

2021年06月18日 22時35分08秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第40回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


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- 国津道(くにつみち)-  第44回



六時ちょっと過ぎた頃、浅香から電話が入った。 電話では互いに情報交換をした。
浅香は座斎の祖父母から聞いたことを。
詩甫は座斎から聞いた話を。
意外な所で祐樹が浅香が聞いてきた続きの話を星亜から聞いてきていたようだった。

まずは浅香から。

村同士の対立はかなりあったということであった。 それは花生の居た村である僧里村と相対する他の村の集合体であった。

僧里村は花生が嫁いでいったことをかなり鼻にかけていた。 それ程に当時の朱葉姫に対しての想いと、朱葉姫の兄に憧れる娘が多かったということであった。

花生が実家に戻ってきた時には、隣の村である座斎村にも姿を見せていたという。 さすがに遠くなる他の村まで足を運ぶことは無かったようだが、座斎村からの話を聞いて他の村も怒っていたという。

『あれはわざと。 わざと花生の姿を親族が見せて回っていたに違いない、自慢しとった、そう語られとる』

座斎村の娘たちも朱葉姫が館でどうなのか、兄がどんな様子なのか訊きたいという気持ちはあったが、朱葉姫の兄の嫁になったことを鼻にかけるような花生の態度を見て怒るしかなかった。

だがそんな話は館までは届かなかったらしい。 誰もが朱葉姫に嫌な話を聞かせたくなかったのだろうということであった。

「親族が見せていた、ですか?」

『ええ、自慢だったんでしょうね』

「そして花生さんの態度も気に食わなかった?」

『そうみたいです。 花生がどんな態度をとっていたとまでは知らなかったようですけど。 それを思うと、もしかしたら花生は普通にしていたのかもしれません。 大婆さんの話では、花生が違う態度を見せるのは親族の前だけだということでしたから。 親族の態度が良くなかったから、花生の態度も良くは見えなかったのかもしれません』

それがあってか、朱葉姫が亡くなったのは花生のせいだと言われるようになった。 きっと館でも不遜な態度を取り、朱葉姫が心痛から身体を弱くし流行り病に罹ってしまった。 館では誰も流行り病に侵されていない。 村でもそうであった。 きっと身体を弱くしてどこかから飛んできた弱い流行り病に罹ったのだと。

『で、曹司にも訊いた話なんですけど、座斎村からは当時、一人の女性が館に仕えていたそうなんです』

「私も座斎さんから聞きました。 座斎さんは名前を知らないと言ってましたけど、名前を言えば曹司も思い出すかもしれませんね」

『それが残念ながら昔語りには残っていないんです』

「うわぁー、浅香ってもう一歩が足りないんだよなー」

しっかりと祐樹も聞いているようだ。

『僕のせいじゃないよ』

館に仕えている者は泊まり込みであったが、館にずっと入りっぱなしではなく、時々村に戻って来ていた。 館から戻ってきた者には皆が話を聞きたがって寄ってきたということだった。

どの村でも戻ってきた者が喜んで話を聞かせたということだったが、座斎村から仕えていた女はいつも難しい顔をしてあまり話したがらなかった。
仕方なく村人は他の村々に戻ってきた者から話を聞いていた。 そこで僧里村以外の村同士の結束も余計に固まったのだろうと浅香が言う。

『最初に座斎さんのお婆さんから、僧里村では花生を庇っただろうと言われたんです。 大婆さんの村のことです。 その意味がこのことなんだろうなと』

最初の浅香の言葉に “え?” っと思った。 大婆さんはそんなことを言わなかったからだ。 だが他の村の結束と聞かされれば、そういう事かと納得が出来る。

「村の対立のことも頭に入れておかなくてはいけないということですね」

大婆から聞いた時には全く考えもしなかったことだ。 それに、それらしいことを座斎も言っていた。

『そうなりますね』

「その女性はどうして話したがらなかったんでしょうか」

『そこまで昔語りに残っていないということでした。 名前も最初は残っていたのかもしれませんが途中で忘れられたのか、あまり話したがらなかったというところでわざと名前を伏せたのか。 昔語りというのは都合の悪いところを伏せたり隠したりして都合よくしたり、隠語にしたり段々と変わってきたりもするでしょうからね』

「そうですか・・・たしか昔話もそうだと聞いたことがあります」

「え? そうなの?」

思わず祐樹が詩甫に訊いた。

今は平和な昔話だが、それは書き換えられたものであり、当初の昔話は今の感覚で子供に聞かせられるような話では無かったり、残酷であったりした。
昨今でも昔話が平等ではない、腹を割くなどと残酷だと書き換えられているようだし、小学校で配られる手洗い推奨のステッカーなども “菌を殺す” ではなく “菌をやっつける” と変わってきている。

『そう思うと、大婆さんのところで聞いたことも丸っきり言葉通りとはいきませんね』

「さっきから言ってる大婆さんって誰?」

大婆から聞いた話を詩甫は祐樹にしていない。
花生のことは山の中で花生の名を耳にして気になっていたのだろう、部屋に戻った時に祐樹に訊かれ説明をしていた。 だがそれはとても綺麗な朱葉姫の兄嫁だということだけであった。

「うん、ちょっと前に話を聞いたお婆さん」

「オレ聞いてないけど」

二人の会話から、詩甫が祐樹に大婆のところで話を聞いたことを話していないのだと気付いた。
要らないことを言ってしまった。

(うわぁー、そんなことは事前に言って欲しかった。 多足宇宙人ウインナ―の時にちゃんと言っておけばよかった・・・)

「花生さんのことを教えてくれたお婆さんよ。 花生さんの親戚だって」

「ふーん・・・」

きっと祐樹は口を尖らせているのであろう。 詩甫が言うからその程度なのだろうが、浅香が言ったらケリが加えられるかもしれない。

『でも館に仕えるのが嫌ではなかったようで、誰にも嫁がず動けなくなるまで仕えていたということです。 当時、仕えていた人でそんな人が多くはなかったようですね』

詩甫が座斎から聞いたのも同じことで、座斎はその女のことはそこまでしか知らないということであった。

「それはもしかして、いまあのお社にいる人たちのことでしょうか」

『その可能性はありますね』

だからと言ってこれが何のヒントになるのだろうか。 その女性があのお社に居るというだけで・・・。 話したがらなかったというところは気にかかるが。

「それなら曹司に調べてもらえますね」

『ええ、それで調べといてくれって言ったんです。 どこの村の出身かも』

あの時の浅香の曹司に対しての言いようには驚いたものがあった。 だがあれが本来の浅香なのかもしれない。 詩甫と祐樹にはかなり気を使ってくれているのかもしれない。 そう言えば瀬戸が “他人行儀” と言っていた。

「大蛇の言い伝えはどうでしたか?」

花生のことをよく思ってはいない村であった。 花生の態度が山の神の怒りに触れ、山の神が大蛇を遣わした。 そう昔語りに残っているという。

「うわぁ・・・日本昔話みたい」

祐樹の頭に日本昔話のオープニングが浮かぶ。

『まさにそうだね』

「では直接的に花生さんのせいにはなっていないということなんですね?」

座斎も神が遣わしたと言っていたが、眉唾ものであるな、と思ったが間違いなくそう言い語られているようだ。

『そのようです。 きっと他の村もそうだと思います』

次は座斎から聞いた話を詩甫がする。

「ほぼ浅香さんと同じです」 と始め、浅香からは聞かなかったことを話し出した。
村々には社と祠があるということであった。 どの村も村の社と祠に足を運び、紅葉姫社には別の目で足を運んでいたという。

「別の目?」

「座斎さんが言うには、当時の人達はどの村も紅葉姫社を村の社や祠と同じように考えず、朱葉姫を想って足を運んでいたのだろうということでした」

だが後年になると僧里村しか足を運んでいないようであったと座斎が付け足して言っていた。

「後年と言っても何百年後だと思うと言ってらっしゃいました。 その辺りから大蛇説が出て来たのかもしれないとも言ってらっしゃいましたが、もしかしてそれだけでは無く、浅香さんの仰ったように、僧里村が鼻を高くしていたという言い方をされていてそれも一因かもしれないと」

『鼻を高く、か。 村の対立・・・そこに何かがあるんでしょうかね』

「そうかもしれませんけど・・・分かりません」

「お兄さんは村の喧嘩って言ってたけど、それと同じことかな?」

「え?」

『え?』

最後に祐樹が星亜から聞いた話を始めた。

「オレが最強王になったあとなんだけどね」

と、意味の分からない話しから始まった。

「お兄さんが絶対負けないって優香ちゃんと挌闘しながら、結局は負けちゃたんだけど」

更に意味が分からない。

「三戦しても四戦してもオレが最強王のわけなんだ。 で、優香ちゃんが次席」

「祐樹、何のこと?」

「オレが最強ってこと。 その時にお兄さんが言ったんだ、だからこの村は勝てなかったのかーって。 ちょっと叫んでたかな」

「村が勝てなかった?」

「うん、お兄さんの村に昔昔、綺麗なお姉さんが居たんだって。 そのお姉さんが朱葉姫のお兄さんのお嫁さんになる筈だったんだって」

『え? ちょっ、祐樹君、それどういう事!?』

浅香も詩甫も大婆から聞いたことを思い出していた。 花生は朱葉姫の兄の心を射止めるのに少々とんでもない手を使った、大婆がそう言っていた。

「勝負に負けたって話だよ。 でもお兄さんはその話は怪しいって言ってた」

『怪しいってどういう事?』

「多分、お兄さんの村が勝手にそう思い込んでたんじゃないかって。 だから他のお姉さんが朱葉姫のお兄さんのお嫁さんになるって決まった時に怒ったんじゃないかって。 そこから喧嘩が始まったって」

『喧嘩って言うのは具体て・・・例えば?』

「さっき姉ちゃんが言ってたけど、お嫁さんになったお姉さん・・・花生さん? 花生さんがお嫁さんになる前に、お兄さんの村の人たちが花生さんの村のお社や祠を壊したりしたらしいよ」

「それが言い伝えに残ってるって、星亜さんが言ったの?」

そんなことを座斎は言わなかった。 浅香も然りである、座斎の祖父母から聞いていなければ大婆からも聞いていない。

「言い伝えって昔語りのこと?」

「あ、うん、そう」

「昔語りにはないって。 お兄さんがオレくらいの時に親戚の人がお酒を呑みながら話しているのを聞いたんだって。 で、お兄さんはそれが気に食わなかったんだって。 だから村のお爺さんやお婆さんに訊きに行ったんだって」

年寄りに訊いた結果、星亜の見解として当時の過剰な被害者意識であったということらしい。 当初は昔語りに入っていたかもしれないが、その後語られなくなったのかもしれない。 だから少なくとも今の昔語りには残っていないということなのだろう。
そうであるならば、座斎村では都合の悪いことは昔語りとして残していないということだ。

「浅香さん、もしかしてその女性が朱葉姫の館に入って仕えていた人とは考えられませんか? 大蛇の正体が花生さんではなく、その女性とは考えられませんか?」

『いや、待って下さい。 座斎村が僧里村の社や祠を壊したという話は本当にあったのかもしれません。 その女性が朱葉姫のお兄さんのお嫁さんになれなかった話も本当かもしれません。 だからと言ってその女性が大蛇に結びつくとは現段階では考えられません』

今までの話からその女性が館に入っていた女性とするならば、結婚をすることなくずっと仕えていた女性ということになる。 もしずっと朱葉姫の兄のことを想っていれば、花生を自慢していた花生の筋の者が憎かろう。 それに花生自身も。

『野崎さんは花生が大蛇ではないと、そうお考えなんですね』

「・・・はい」

『それはどうしてですか?』

「花生さんはずっと朱葉姫に寄り添ってこられたんです。 大婆さんが言うような花生さんであったなら、朱葉姫が亡くなった後に態度が変わると思うんです。 でもそうではなかった」

『それは良き義娘、良き妻、良き義姉を演じていたと大婆さんが言っていた延長上にあるのではないですか?』

詩甫が首を振る。

「姉ちゃん・・・」

「嘘偽りを何十年も同じようには出来ません」

『それを言ってしまえば、その女性も同じです』

「え?」

『もしその女性が館に入っていたとして、の話ですけどね。 その女性も同じように朱葉姫に寄り添う・・・仕える・・・どんなことをしていたかは分かりませんけど、もし不遜な態度が見られれば、館から出されたのではないでしょうか』

「あ・・・」

『その女性を大蛇だと考えるのであれば、その女性も花生と同じように何十年も朱葉姫の生前から死後も寄り添っていたはずです』

「・・・そうですね」

『すみません、言い方きつかったですね』

「いいえ、そんなことは・・・」

『どうして野崎さんは花生の肩を持つんですか?』

「肩を持っているわけではありません。 今の女性の話にしてもそうですけど、何十年と・・・それこそ朱葉姫が亡くなっても、朱葉姫を見ていた人達が人を殺めるなんて考えられなくて」

『そういうことですか』

「朱葉姫からは、人を想う、人の笑顔が一番の輝きであり、それが他の人の心の糧になる、とでも言ったらいいのかな、そんなことを感じるんです。 だから周りの人達もきっとそうだろう、そうでなければ朱葉姫を理解できない、一緒に居られないと感じるんです。 でも理解できない人ですら朱葉姫は包んでくれそうですけど」

『そうですか。 朱葉姫に会った人にしか分からない事ですね』

ここで浅香は言いたいことを止めた。
大婆は詩甫に『あんたのご先祖さんは女の持つ執念を持ち合わせていなかったか』 そう言った。 それは詩甫を見て分かると言っていた。 詩甫も同じということだ。
たとえ朱葉姫と会った詩甫とて、詩甫はそこまで考えられないだろう。

この日の話はこれで終わった。


そしてそれからほぼ一週間後、浅香の目の前に祐樹が座っている。 祐樹一人だけである。 そこは浅香の部屋であった。

終業式を終えてそのまま詩甫の部屋に行くつもりであったが、そうはならなかった。 この日は終業式を終えた翌日であった。

浅香の出勤形態など知らない祐樹が浅香の部屋を訪ねると、偶然にも浅香が居た。

「ふーん、祐樹君バレンタインにチョコ貰ったんだ」

男ばかりの職場にいる浅香にはこの何年もそのような事はなかった。 いや、職場を言い訳にしているに過ぎないことは浅香自身も分かっている。

「そんな話してないだろ」

「しただろ」

話したから浅香が知ったのだから。

「だからっ・・・。 どうしたらいい?」

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