大福 りす の 隠れ家

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国津道  第45回

2021年06月21日 22時27分48秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第40回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


     『国津道』 リンクページ




                                   



- 国津道(くにつみち)-  第45回



祐樹の説明では、終業式を終え男子生徒と少し話をして、詩甫の部屋に向かおうと教室を出ようとした時だったという。

日向が教室に飛び込んできた。

バレンタインデーに花瀬が祐樹にチョコを渡した。 それを聞いた女子が賭けを始めようと言い出した。 そこでこの日向は祐樹が花瀬と付き合う方に賭けていて、その返事を祐樹に訊いて来いと白羽の矢をたてられた同級生である。

『祐樹! 脇田と付き合ってるのか?』

脇田というのは祐樹が荷物を持ってくれたお礼として、今年度最後の家庭科クラブで作ったクッキーを祐樹に渡した相手である。

『はぁ?』

『なんだよその返事、違うのか?』

『んなはずないだろ』

『だったら、完全な言いがかり?』

『言いがかり? なに言ってんだよ』

『脇田が花瀬に呼び出された』

花瀬は祐樹にバレンタインチョコを渡して振られた女子である。

『呼び出されたって・・・花瀬と脇田って友達だろ? 待ち合わせかなんかじゃないのか?』

『給食棟の裏でか?』

『え?』

この小学校では代々、いちゃもんを付けたい時には給食棟の裏と決まっている。

『脇田が花瀬を裏切った・・・花瀬の周りにいる女子がそんなことを言ってたらしいぞ』

『嘘だろ?』

『確かめれば?』

祐樹がすぐに給食棟の裏に走った。
息を切らして給食棟の裏に着き一番最初に映ったのは、花瀬の取り巻きが脇田をぶったところだった。
脇田がぶたれた頬に手を充てた。

『おい! 何してんだよ!』

祐樹が脇田と取り巻きの間に入った。 取り巻きの後ろに花瀬が居る。

『花瀬! やめさせろよ!』

『勝手なことを言ってんじゃないわよ』

取り巻きの一人が言った。 もう一人が続けて言う。

『陽葵(ひまり)を振って脇田? レベル落ちもいいとこ』

陽葵とは花瀬の名前である。 花瀬陽葵。

祐樹が一瞬にしてカッとなった。

『それってどういう意味だよ! お前たち脇田と友達だろ!』

『お菓子さえ運んでくればいいのよ』

『え・・・どういうことだよ、なんだよそれ』

『運んでこない、その上、隙間を狙ってそのお菓子で陽葵が想ってた祐樹を誘惑した』

『ああー!?』

『祐樹、アンタ陽葵にチョコ貰ったからって図に乗ってんじゃないわよ』

『乗ってるわけないだろ!』

『えらそーに、チビのくせに』

『ほっとけ! 脇田、帰ろう』

チビと言われてもっと言い返したかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。 脇田の手を引いた時だった。

『脇田とはこれから話すんだから。 帰るんだったら祐樹一人で帰んなさいよ』

『これのどこが話してんだよ』

『うるさいわね!』

花瀬の一言で取り巻きが祐樹から脇田を引き剥がそうとする。

『触んなよ!』

手を上げたその手が偶然、女子の頬にあたってしまった。
そこに噂を聞いてやって来た教師が姿を現した。 ちょうど祐樹が女子生徒を叩いたように見えた瞬間だった。

すぐに祐樹の母親が呼び出された。 母親は教師の前で祐樹を責め立てた。
『お母さん、落ち着いて下さい』 という教師の声も聞かず、一方的に頬を叩かれたと言い、泣いている女子の言い分を信じた母親だった。

詩甫の部屋に向かうつもりだった祐樹だったが、母親と一緒に家に帰ってからもずっと母親は泣いていた。 だから昨日は詩甫のところには行けなかった。


「まず、祐樹君がチョコを貰ったってことに僕は反感を覚えている」

「そんな話ししてないだろ。 心狭すぎだろ」

「狭くて悪かったな」

「だからそんな話じゃないって。 オレどうしたらいい? 始業式が始まって脇田がまた虐められるかもしれないし、お母さんにどう言えばいい?」

終業式とか始業式とか懐かしい言葉を聞かせてくれる。 まぁ、こうして相談に来ているのだ、反感を覚えたというところには蓋をして大人の態度で相対そう。

「そうだな、お母さんのことは・・・お母さんが解決するだろう」

「はぁ!?」

「そうでなければ母親じゃないよ」

「どういうことだよ」

「祐樹君言ったんだろ? ありのままを」

「うん」

「衝撃はあるかもしれないよ。 自分の子供、ましてや男の子が女の子をぶったなんて聞けばね。 でも理由があるだろう。 それにぶったんじゃなくて偶然にあたっただけ。 ましてや女の子を庇おうとしてのこと。 それを衝撃から落ち着いて思い起こせば、自分の子供の言ったことを理解してくれると思うよ。 祐樹君から改めて何も言うことは無いと思うよ」

「・・・お母さんが、どうかな」

詩甫も母親の話をする時、決して悪くは言わないが暗い顔を見せる。 今の祐樹も似たようなオーラをかもし出している。 無責任なことを言っただろうか。

「オレが春休みの間に姉ちゃんの所に泊まって、その間にお父さんとお母さんで旅行に行くんだ」

「そっか」

子供を置いて旅行か。

「なのに・・・旅行に行く前にお母さんに嫌な思いをさせた」

祐樹が母親に寄り添ったことを言うのを聞いて浅香が口を歪める。
母親にどんな思いがあるかは知らないが、小学生を置いて旅行に行くなどと、それでも母親なのだろうか。
だがそんなことを祐樹に聞かせるわけにはいかない。

「お父さんがカバーしてくれるよ」

「そうかな・・・」

「そうだよ。 お父さんは夕べなんて言ってたの?」

「会ってない。 遅く帰って来てたみたいだし、今朝はゴルフの付き合いだって早く出て行ったみたいだから」

「そっか。 でもま、お母さんから話を聞いてお父さんは分かってくれるだろうから、お父さんがちゃんと言ってくれるよ」

「ならいいけど。 ・・・脇田のことはどうしたらいい?」

「祐樹君はその子の事が好・・・どう思ってる?」

「うーん・・・姉ちゃんに作ってあげたい料理を教えてもらえる相手だと思ってる。 実際に教えてもらったし。 それが理由なら花瀬たちから虐められるのは筋違いだと思う」

「そっか、そういう事か」

祐樹の中心には詩甫しか居ないということか。

「じゃ、その子を守ってあげれば? 出来ないんだったら、野崎さんへの料理を諦めるか、他の子に教えてもらうか」

「脇田は家庭科クラブの次期部長だよ? 脇田より料理が分かってるの学校に居ないし」

家庭科クラブに入っていなくとも料理の出来る子はいるだろう。 家庭科クラブの存在感スゴシ。

「じゃ、守る?」

祐樹が難しい顔をした。 具体的なことが分からないのであろうか。 それとも学校が始まればどんなことがあっても硬い鉄壁として、脇田という女の子の前に立っていなければならないと思っているのだろうか。 それこそ授業そっちのけで、休み時間はトイレ以外。

「う、ん・・・守る」

具体的なこととか言う前の返事。 その気はあるようだ。
祐樹の中心には詩甫しか居ないということはさっきの言葉で分かったが、それでも脇田という女の子を気にかけているのだろうか。 家庭科クラブの次期部長としてではなく、一女子として。

「守るってのも色々あってね」

「うん」

声色が変わった。 やはり具体的なことが分からなかったようだ。

「まずは誤解を解くことから始めたらいいんじゃないかな」

祐樹が脇田の荷物を持ったのは教えてほしいことがあったから。 だがその脇田は教えたこと以上に荷物を持ってくれたことが有難いと思った。 殆どこけそうになるほどの荷物を持っていたというのだから。 だからそのお礼にクッキーを祐樹に渡した。 それが事実だ。

「花瀬って子とその取り巻き以外の子に」

「以外?」

「その子たちってやりにくそうじゃない? それなら外側から固めていくって方法もあるからね。 そしたら外側に居る子たちがこっちの味方に付いてくれる」

「味方かぁ・・・」

どこか新しい言葉を聞いたような目をした祐樹。 その目が前を見たようだ。

「祐樹君の味方もいるんだろ?」

「多分・・・いくらかの男子にはね」

「なんだよそれ」

気の弱い返事である。 それにいくらかとは。

「全員ってわけじゃないけど、ほぼ男子の半分が花瀬をいいと思ってるんだもん」

「はぁ!?」

それだけいい女子なのか? 遡りたい。 何十年も。 その花瀬と向き合ってみたい。 そう思った浅香がブンブンと首を振る。

(俺、今サイテイ)

花瀬の言葉をたった今、祐樹からよくよく聞いていたのに。

「全員ってわけじゃない他の半分は?」

「もう一人の女子」

「なんだよそれ。 男子って、女子に飢えてるのか?」

「うえてる?」

「あ、失言」

バレンタインチョコに飢えているのは自分自身であった。

「じゃさ、そっちの男子を味方につければ?」

「そっか・・・」

「そうだよ。 まずは外堀固め」

「外堀固めか・・・」

この話しを詩甫に言っていないのであろう。 詩甫を置いて相談をしてくれたのは嬉しい。

「まだ野崎さん帰ってないよね」

「うん」

午後五時である。

「予定では昨日姉ちゃんの所に行くってことだったんだけど」

母親が呼び出され、ましてやその母親は祐樹の言葉を信じることなく学校で責め立て、その後はずっと泣いていた。 今日は朝から目を腫らしていた。

「野崎さんに連絡入れた?」

「うん。 昨日行けなくなったから今日行くって連絡した」

「そっか」

浅香が腰を上げる。

「夕飯食べに行こう」

「・・・浅香」

「なに?」


祐樹と浅香がラーメンを啜っている。
浅香が夕飯を食べに行こうと言ったことに対して、祐樹がスーパーに連れて行ってくれと言った。 そこで袋ラーメンを浅香に買ってもらった。

『浅香・・・卵もないのかよ』

スーパーから帰ってきた祐樹が冷蔵庫を開けると、ほぼ缶ビールで埋め尽くされていた。

『かたじけない』

スーパーから帰った二人の会話はそんなことから始まった。
よって素うどんならず、素ラーメンが仕上がっていたのだった。

何度も断ったのにもかかわらず「それじゃ、せめてそこの駅まで」 と駅まで浅香が送ってくれ、ましてや切符まで持たせてくれた。

「借りだなんて思わないぞ」

「ラーメンを作ってくれたお礼だよ。 これで貸し借りなしね」

詩甫の部屋に入った。 祐樹の手には新しく借りた単行本の入った紙袋が持たれている。 リビングに入ると詩甫はまだ帰っていなかった。 電気が点いていないのは玄関を見て分かっていたが、更に詩甫のビジネスシューズが無かったことから分かった。

浅香と一緒に夕飯を食べたことは浅香から詩甫に連絡をしていた。 詩甫も祐樹の夕飯を気にして早く帰ってきたりすることは無いだろう。
手を洗い浅香から新たに借りてきた単行本を手に取ると読み始めた。
一時間ほどが経った頃、玄関の鍵を開ける音がした。

「姉ちゃん、お帰りー」

祐樹の元気な声が玄関に響いた。



社の裏に曹司の姿があった。 座り込んで膝に顔を埋めている。
“口惜しい” 花生は亡くなる前、虚ろになりながらそう言っていた。 多分無意識だ。 生前それに関するような話は聞いていなかったのだから。

そのことを覚えていたから、朱葉姫から “怨” のことを聞いた後に駄目押しをするかのように大蛇の話を聞き “まさか” と思ってしまったのは消せるものではなかった。 だが花生のその一言が朱葉姫に向けられていたものとは到底思えない。

何度か階段まで山を下り花生を呼んだ。 だが花生は姿を現してはくれなかった。

「花生様・・・」

詩甫から花生が曹司のことを “甘い” と言っていたと聞いた。
それは何度も聞いていた言葉だった。

『曹司? 優しいことは良いことです。 ですが甘いというのは違いますよ』

詩甫から花生が曹司に期待していたとも聞かされた。 何を期待していたのか、何がどう甘かったのか・・・。
そして花生は詩甫に “今度こそ殺されたいのか” と言ったという。 詩甫が嘘をつかなければならない理由などない。
詩甫を突き落としたのは花生なのだろうか。

「花生様・・・どうして教えて下さらないのですか・・・」

浅香が人死にがあったと言っていた。 全く知らない事だった。 いつの頃かは分からないと言っていた。 だからきっと、まだ朱葉姫も自分も力を持たなかった頃か、力を持っていたとしても社から離れたところであれば気が付くことではない、そう言った。

朱葉姫ほどではないが曹司も単なる幽霊ではない。 朱葉姫は民の心によって力をつけてきた。 それは絶大なる力であった。 だが曹司には民の支えなどない。 朱葉姫を守りたい、その一心で段々と力を付けてきただけである。 物を動かすことも出来れば、浅香のところにまでも行ける。 そうなるにどれだけの年月を、いや年月などと浅いものではない。 百年、いや何百年かかったことか。

社の中に居る者たちは、ただ朱葉姫と一緒に居たいというだけであって、社から出ることもなく、朱葉姫に寄り添っているだけだ。 力を持つということは簡単なことではない。

一夜が社から出て詩甫に乗り移ろうとしていたのには驚いたが、よく考えると一夜は誰よりも長く深く朱葉姫と過ごしていた。 それこそ朱葉姫の襁褓(むつき:おしめ)も替えていた。 朱葉姫に対しての想いは他の者と違い深くそして大きい。 そこから力を得たのだろう。

朱葉姫が言っていた “怨” を持つ者。 その者は怨みが知恵を与えた、朱葉姫はそう言っていた。 その知恵とは物を壊すことも引き裂くことも出来るということだ。

「亨の言っていた大蛇・・・それがもしや “怨” を持つ者・・・」

脳裏に花生の顔が横切る。
花生はこの社に居なかった。 どのような力を付けていても曹司に分かるものではない。

「何を考えているんだ・・・。 亨が要らないことを言うから・・・」

浅香は大蛇は花生なのではないかと言った。 村にそんな言い伝えが残っていると言っていた。
ましてやその言い伝えが残っているのが、花生の出身の村だという。
花生と同じ村の出身者は今の社の中には居ない。 それは知っているが、他の者たちが何処の村の出身者かまでは知らない。

浅香が朱葉姫が亡くなる前に何人くらい仕えていた者たちがいたか、どこの村出身か誰かに訊いておけと言っていたがまだ訊けていない。

「まぁ、曹司の分霊が直してくれたのですね」

急にかかった声に驚いて座って下を向いていた顔を上げる。

「姫様」

思わず立ち上がった。
朱葉姫がいつから居たのか全く気付かなかった。

「考え事?」

朱葉姫には大蛇の話はしたが、花生が大蛇であると伝えられている話はしていない。

「最近元気がないようだけど」

浅香が聞けば元気がないから幽霊なのだろうとでも言うだろう。

「あ、決してそのような事は」

「“怨” を持つ者のことで曹司が悩むことは無いのよ?」

「・・・」

「“怨” を持つ者が大蛇と言われている者でしょう」

「姫様・・・」

「わたくしが悪いの。 “怨” を持つ者の願いを叶えるつもりはありませんが、結果はそうなるでしょう。 それで “怨” を持つ者が帰るべきところに帰ってくれるのならばそれも本望」

何と寂しい本望だというのか。

「わたくしが憎いのならば・・・どれだけの時を憎しみだけでいたのでしょう。 それは今まで気付かなかったわたくしの罪」

「そんな、どうして姫様が」

朱葉姫が社を見上げた。 浅香の大工作業のあとが所々目に入る。 だが高いところには手が届かなかったのだろう、腐ってささくれ立ちの目立っている所が残されたままである。

「曹司の分霊に最後にこうして社を直してもらって嬉しく思いますよ。 瀞謝も見つけてきてくれました。 瀞謝と再び会えてどれ程嬉しく思ったことか」

「最後などと・・・」

朱葉姫が上げていた顔を下げ、曹司に目を合わせる。

「もうあと少しでしょうから」

浅香が手を加えてはいたが、それでも社が潰れるのは目に見えている。 そうなれば “怨” を持つ者は納得をするだろう。

「“怨” を持つ者も帰るべき場所に戻るでしょう。 そこで会えれば、わたくしから謝ることが出来るわ」

この世に縛り付けてしまったのは自分のせいだと言っている。 自分が生きていた時に怨みを買うようなことをしてしまったのだから。 自分の行いがいけなかったのだから。 朱葉姫はそう言っているのだ。

「姫様、決してそのようなことは御座いません」

きっと何かの逆恨みだ。 朱葉姫が生きている頃に誰が朱葉姫を憎むだろうか、怨むだろうか。 そんなことなど有り得ない。

「姫様、教えて頂きたいことが」

陰気な話など朱葉姫にさせたくない。 表情を一転させ曹司が問う。

「何かしら?」

「姫様がお社に来られる前には、どれくらいの方々がお館に仕えておられたのでしょうか」

社に来る前、それは生きているという時のことをさしている。 決して朱葉姫は亡くなってすぐにこの社に来たわけではない。 ましてやその頃にはこの社は建っていなかった。 朱葉姫が亡くなって随分としてからこの社が建ったのだから。

朱葉姫の受けた呪は霊体となっても朱葉姫を苦しめていた。 この世での肉体の生が終わり、帰るべきところに戻ったことには戻ったが、そこは次へのステップがある所ではなかった。 霊体と共に心をも休ませるところであった。 だが朱葉姫は肉体から離れたというのにまだ苦しんでいた。 苦しんでいた心を休ませていた。
そんな時にこの社に向かって手を合わせる民たちの声が聞こえてきた。

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