大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第55回

2022年04月19日 22時10分12秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第50回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第55回



門の前で馬を降りた紫揺。
外門番が内門番に紫揺が帰って来たと声を掛ける。 一人が走り、同時に中から横木がずらされる音がする。
事前に四方の従者から紫揺が戻ってきたら門を開け、知らせるようにと言われていた。 これもわざわざ四方が言わなければ気付かなかった従者だった。
だが四方が言わなくとも、もう殆ど紫揺は顔パスのようなものだったが。

門番から知らせを受けた末席に座る四方の従者が、四方の部屋の中にいた従者に伝えた。

「戻ってきたか!」

四方が目を輝かせ立ち上がった。 今日は執務などしていられない。 自室で待っていた。

「紫のことはシキにも報告を。 杠はすぐに湯浴みを」

従者が四方の部屋を出ると、末席に座る従者に杠のことを言い、その隣に座る者にシキに伝えるようにと言うと、二人が立ち上がりそれぞれのお役目に走った。

庭を歩いている時に杠が従者に捕まり拉致されるようにそのまま連れて行かれた。 置いてきぼりを食った紫揺はどうしていいか分からない。 勝手に湯殿に行くわけにもいかないし、この泥の付いた服で回廊を歩くわけにもいかない。
どうしようかと考えていると、下足番から声が掛かった。

「坊、どうした、置いていかれたか?」

杠が従者に連れて行かれるところを見ていたようだ。 こっちに歩いて来る。

「門番が通したんだから、怪しいもの・・・ん?」

紫揺の顔をじっと見ながら歩いて来る。

「む、む、紫さまぁー!?」

いまにも腰を抜かしそうにしている。

「ど、ど、ど・・・どうしてその様なっ!」

ドの次はレです。 とか思いながらエヘッっと下足番に笑ってみせた。 そこに “最高か” と “庭の世話か” が走ってやって来た。
下足番が離れた所に居る。 呼んでる間には自分たちで履き物を用意する方が早い。 サッサと履き物を出すとすぐに紫揺に駆け寄った。

「よくぞ、よくぞ戻って来られて・・・」

四人が紫揺を囲って泣き出し始めた。
ああ、夕べ見たシーン・アゲイン。 とか思いながらも、こうして泣いてもらえることがどれ程幸せなことかは分かっている。

「ただ今戻りました。 怪我も何もしてません。 安心してください。 えっと、四方様にご報告があるんですけど、やっぱり先に湯浴みですか?」

杠を連れて行った四方の従者が「湯浴みを」と言っていたのを聞いている。

「紫!」

顔を上げると回廊の上にシキがいた。

「あ・・・」

「シキ様はずっとお泣きになっておられました。 ご心配を取って差し上げて下さいませ」

しゃくり上げながら、鼻をズルズルいわせながら彩楓が言う。

もう一度シキを見ると大階段を降りてきている。
紫揺がすぐに走って大階段の下まで行く。 シキが手を広げて紫揺を迎える。
再度、シーン・アゲイン。 デジャヴかと思ってしまいそうだ。
でも今は明るい。 夕べとは違うことが分かる。

「紫」

抱きしめるシキとの隙間から声の主を見る。
回廊の上に四方が立っていた。

「大事は無いか?」

「はい全く何ともないです。 杠さんも。 ご報告があるんですけど」

「うむ。 大事なく何より。 苦労であった。 報告は聞こう。 だがその前に湯浴みをし、腹も減ったであろう、食をとるがいい」

朝食すら食べていないのだから。

紫揺から急ぎ改めて聞かねばならない報告などない筈だが、宇藤を出した時の話しでもあるのだろうか。 何にしても今回のことがまだ成功に終わったかどうかは分からない。 だが紫揺の協力を得たことは確かだ。 無駄な報告であっても耳を傾けなければいけないだろう。
それにこちらから訊きたいことがある。

「はい」

四方が踵を返すのが見えた。

入れ替わるようにシキの従者に手を取られた昌耶がヒーヒー言いながらやって来て回廊の勾欄に手をついた。

「シキ様? かすり傷もありません。 けっこう楽しかったです。 だから泣かないで下さい」

「・・・紫。 ごめんなさい」

「え? え? どうしてですか?」

「父上の命で行ったのですから・・・」

紫揺がそっとシキの腕を取るとシキの身体を外させる。

「それは違います」

だがそういう紫揺にシキが首を振る。

「牢屋に居る人を見捨てることなんて私には出来ませんでした。 私を使って下さって四方様には感謝していますし、すぐに動いて下さったことにも感謝しています」

紫揺にしてみれば東の領主に偉そうに言った四方だ、後姿の四方にアッカンベーをしても気が収まらないところがあるが、それでも今回のことには心底感謝をしている。 とは言え四方の言い方だと四方は紫揺を使う気はなかったようで、武官長たちの意見が通っただけのようだが。 だがそれとて四方が横に首を振れば叶わなかったことだ。

「紫・・・」

「こんなことに本領も東の領土もありません。 知っている、出来る者が動けばいいだけです。 それにさっきも言いました。 楽しかったですから」

ニコリと笑む紫揺の頬に繊手をそわせる。 そのシキの目からはまだ涙が零れている。
紫揺が振り返り「手巾はありませんか?」 と問うと、すぐに予備に持っている四枚の手巾が出てきた。

いや、四枚はいらない。

さて、ここでどれを取るかが問題だ。 紫揺が逡巡していると一枚また一枚と下がっていき、最後に彩楓の持つ手巾が残った。
紫揺が困っているのが分かったのだろう。 こんな時、一番最初に紫揺に付いた彩楓を立てるようだ。

「お借りします」

そう言って彩楓から手巾を受け取ると、そっとシキの涙を拭いてやる。 「泣かないで下さい。 ご心配をかけてごめんなさい」 と添えて。
その姿を見た “最高か” と “庭の世話か” がまた泣き出した。



「あ、杠」

回廊を曲がると杠が四方の従者と前を歩いていた。
振り返る杠。 眉をピクリと動かした紫揺に付いている “最高か” と “庭の世話か”。

「飯は・・・朝餉は食べたか?」

ここでは、飯でも食ったでもない。

「うん。 杠も?」

ピクピクと眉が動く四人。

「ああ」

そう言うと上半身を後ろに引き紫揺の姿を見る。

「二十三の歳に見える。 宮の女人。 坊からは想像もできない程だ。 昨日と違う色なのだな。 昨日も似合っていたが今日もよく似合っている」

昨日はオレンジの濃淡を基調とし差し色は赤。 今日は桜色を基調とし差し色は藤色である。
紫揺が嬉しそうに大の字になってみせる。
杠が喉の奥で笑った。

「あ、褒めたのはウソ?」

「そうじゃない。 そういう所は坊だ。 少しはシキ様のお淑やかさを学ぶといい」

「シキ様かぁ・・・それは無理かな」

あんなにしっとりと泣けないし普段の所作も何もかも。
四人が僅かにコクコクと首を縦に振っている。 きっと無意識だろう。

「杠も昨日と違うね」

「ああ。 申し訳なく思っているがご用意して下さるからな。 それに四方様の前にみすぼらしい恰好では出られない」

「昨日より似合ってるよ」

「昨日より?」

「うん。 昨日は見ちがえるほど似合ってたけど、今日はそれ以上」

ピクピクピクピク。 “最高か” と “庭の世話か” の顔面の目の上の細い二本の黒いものが、まるで生き物が尻尾を撥ねるように動いている。

少し前に回廊を走ってきていた者が足を止めていた。 紫揺と杠の会話を後姿を、回廊の曲がり角からそっと覗いて聞いている。

「そうか?」

「うん」

「四方様の従者の方の趣味が良いのだろう」

四方の従者が足を止めず先を行くことを進める。
杠が頷くと紫揺を見た。

「紫揺も四方様のところか?」

「うん」

「なら、一緒に行こう」

「杠も?」

「ああ」

紫揺を迎えるように杠が片腕を広げる。 それに応えるように紫揺が杠の横に付いた。 杠を見上げる紫揺。 それを笑みで迎える杠。

―――完敗

マツリは杠に完全に負けた。
“最高か” と “庭の世話か” が思ったが、それを打ち消すように、希望を捨てないように、顔をブンブンと振る。

無言の “最高か” と “庭の世話か” に対して、回廊の曲がり角から覗いていた者が紫揺と杠の様子に声を出していた。

「アヤツは何者か」

「リツソ様、お房にお戻りください」

「アヤツは何者かと聞いておる」

「さて、存じ上げません。 それより今日はもう少し足し算を・・・」

リツソが角から出て仁王立ちになると杠の後姿を睨んだ。

「ん?」 と言うと杠が後ろを振り返る。

「どうしたの?」

紫揺も同じように後ろを振り向く。 もちろん “最高か” と “庭の世話か” も。
だがその先には誰も居ない。

「気のせいか・・・」

口に出して言い足を進めるが気のせいとは思っていない。

「誰かが見てた?」

紫揺も足を進めながら訊いてくる。
まさか紫揺がそんなことを訊くとは思ってもいなかった。 ここは宮の中なのに。

「どうして?」

「そんな顔してたから」

杠が頬を緩める。

「そうか。 もっと表情に気を付けなければならないか。 地下の者に分かられてしまう」

「また地下に戻るの?」

「マツリ様は地下を気にしておられるからな」

「今回のことで落ち着くんじゃないの?」

「まだ結果が出ていない。 それに落ち着いたとて、少なくとも暫くはマツリ様は地下を気にされるだろう」

「もし地下のことが結果オーライで心配がなくなったら?」

「おーらい?」

「あ、全ての結果が良くて。 城家主に加担していた人達がみんな捕まったらってこと」

「・・・それでも、地下でなくともマツリ様の全てのご心配はとれないだろう」

「どういうこと?」

「万が一にも地下が安心できたとしても、宮都や・・・昔から言われている六都のことが気になられるだろう。 そうなれば俺は六都に走る」

「杠・・・」

「俺はマツリ様の手足となりたいのだからな。 マツリ様からの下命がなくなった時が俺の最後の時だ」

「そんな風に考えないで」

杠が眉を上げた。

「杠は杠。 誰かに何かを言われなくなったからって、それで終わりじゃない」

まるで北の領土の影達を見ているようだ。

「何かを言われるだけで終る人生なんて。 自分で選ぶことが出来ない人生なんて。 そんな悲しいこと言わないで」

「紫揺?」

「杠・・・。 私は杠を―――」

「お謹み下さい」

先を歩いていた四方の従者の声だ。
いつの間にか四方の自室の前についていた。

“最高か” と “庭の世話か” が従者に要らないことを言ってくれたと、心の中でチッと舌打ちをしたのは従者には聞こえていないだろう。
紫揺が言いかけていたその先を聞きたかったのに。 紫揺が何を考え何を言おうとしていたのかを。 まずは紫揺の気持ちをはっきりさせなければいけないのだから。 それが後に引けない事であっても。

リツソが師に手を引かれて自室に戻っていった。


「まずは紫の報告とやらを聞こう」

四方の自室には先にシキも来ていたが、前回と同じく四方の斜め後ろに椅子を置きそこに座している。
あくまでも傍聴するだけであって参加ではないらしい。

「マツリはいないんですか?」

「ああ、まだ戻って来ておらん」

「まあ、別にいいけど」

シキがこめかみを押さえたが、四方はなんとかそれを抑えた。

「紫揺、その様な言い方をしてはいけない」

珍しく紫揺を窘める者がいた。 四方の斜め右手に座る杠だ。 円卓を三人で囲んでいる。
紫揺が杠を見る。

「失礼に当たる」

四方にもマツリにも。
そして紫揺に代わってなのか、申し訳ありませんでしたと、四方に頭を下げた。

「分った」

紫揺が杠に返した言葉に四方が眉を上げた。 もしマツリがそんなことを言えばすぐ口論になるというのに。

紫揺が襖内に座る四方の従者を見て「彩楓さんを呼んでもらえますか」 と言った。
従者が襖を開けると、四方の従者が座っているはずがそこには女人が座っていた。 呼ばれることが分かっていたのだろう。

「彩楓か?」

「左様で御座います」

「紫さまがお呼びだ。 入れ」

立ち上がった彩楓がしずしずと入ってくる。 四方に向かって頭を下げるとすぐに紫揺の横に立ち手に持っている手巾を紫揺の前に置いた。

「有難うございます」

彩楓が軽く紫揺に頭を下げ、次に四方に深く頭を下げると部屋を出て行った。 もう用は終わった。 四方の従者の末端に足を進めるが今日は多くない。
数人が優しく捕らえた四人を見張っている。 まだ刑部省に任せる段階ではないのでそれぞれ別々の部屋の一室に居る。

紫揺が目の前にある手巾を広げる。 そこには直径三センチほどの小さなものがのせられている。 それを四方の目の前に手巾ごと滑らせた。

こんな小さな物くらい自分で持てると言ったが「紫さまがお荷を持たれるなどと!」 と言って持たせてもらえなかった。 だからこの三センチほどの小さな物の登場が小ささの割に仰々しくなってしまった。
荷物とも言えないだろう、と考えるのは紫揺だけなのだろうか。

「これが? どうした」

広げた手巾の中には四方の見慣れた物があった。 だがどうしてこれを紫揺が持っているのか。

「城家主の屋敷の台どこ・・・えっと、厨(くりや)で見つけました」

地下から戻る馬上で「ジョウヤヌシって変な名前」 と言った紫揺に、杠が名前では無いと言い、その時に漢字を教えてもらっていた。 そして漢字からその意味が分かった。

「なんだと!」

ここにカルネラがいれば完全に「ぴぃー!」 っと鳴いていただろうし、リツソがいれば耳に指を突っ込んだだろう。

手巾の中にあったのは、宮の中で官吏や従者たちが身に付ける物で “帯門標(たいもんぴょう)” と呼ばれる物だった。

それは直径や縦横三センチくらいの大きさで、根付のように紐で帯に吊し、部署により形や色で分けられている。 そして裏面にはその者の名が彫られている。

文官は出仕してきた時に名札の上に吊るしてある帯門標を身に付け、帰る時には名札の上に吊るす。 これが宮で働く者の身分証明となり、文官は出欠の様子も分かるようになっていた。

文官には官吏専用の門がある。 そこの門番は官吏の顔を全て覚えて門を通すのが役目であり、門を通る時にはこれは必要とされていない。
だからこれが宮の外に出ることは有り得ない。 落としたなどと言い訳も出来ない。

四方が手を伸ばし裏返す。 するとそこには “乃之螺” と彫られていた。

「どうしてこれが屋敷の厨などに?」

「そこまで知りません。 でも四方様のお付きの方が付けていらっしゃるのと似ていたから一応持って帰ってきました」

「どうして紫が厨などに?」

「見つかりかけて逃げ込んだだけです」

「・・・ああ。 そうか」

紫揺には大役を任せていた。 見つかりかけたのか・・・。 結果は良かったとしても、あまり色んな話を聞くには心臓に宜しくなさそうだ。

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