大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

虚空の辰刻(とき)  第53回

2019年06月21日 22時58分36秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第50回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


     『虚空の辰刻(とき)』 リンクページ




                                        



- 虚空の辰刻(とき)-  第53回


「リツソ君?」 そっと声を掛けるが起きる気配がない。

身体を揺すってみたがそれでも全く起きない。 どうしたものかと考える。 とにかく、窓の外にはあの二匹の狼が居る。 リツソに起きてもらわねば、あの狼が引いてくれないだろう。 では、と立ち上がりテーブルを掃き出しの窓に近づけると、その上に上がってソロっと窓を開けた。 早い話、テーブルの上に逃げたのだが、相手は狼、何の役にも立たないが、せめてもの足掻きである。

ゆっくりと開けられる窓を見ていた二匹。 勿論、浅はかな考えを持つ紫揺の姿も見ている。 窓が半分開けられたところで止まった。

「早く入ってほしいんだけど・・・」

呟くように言うと、それを聞いたのかどうか、白銀の狼が一歩足を踏み入れた。

「ヒェェェー・・・」 狼を驚かさないように小さな声で叫ぶ。

「早く行きなよ」 ハクロの後ろで目を顰めたシグロが言う。

「分かってる」 そろりそろりと前足を踏み入れながら、紫揺に威嚇の目を送る。

「じれったいね!」 言うとクルリと向きを変え、後ろ足でハクロの尻を蹴り上げた。

身体が一瞬宙に浮き、ゴロゴロと転がる。 思わずギャン! と言いかけたが、なんとか堪えた。 部屋の真ん中まで転がったハクロが、素早く立ち上がりシグロを睨みつける。

「シグロ! 何をする!」

「さっさとリツソ様をお迎えしろって言ってんだよ」
言いながらも己はまだ足の一本も部屋には入っていない。

「あ・・・あの、リツソ君はそこの部屋で寝てるから」 恐々ながらも和室を指さす。

ハクロが指さされた方に歩いて行く。

そう言えばと、シグロが紫揺を見た。

「アンタ、アタシたちの言葉が分かるのかい?」

「・・・ワカル」 ぎこちなく答える。

「アタシたちの言葉は本領の一部の人間にしか分からないはずだよ。 どうしてアンタにアタシたちの言葉が分かるんだい?」 

シグロは睨んでいるつもりはないが、紫揺にしてみればこの上なく恐ろしい目に見える。 それはそうだろう、だって相手は狼なのだから。 それも普通より随分と大きい。

「そ、それは私にも分からない。 でも、最初にあなたたちが来た時、最初は分からなかったけど、徐々に言葉が聞こえだした」

「最初にアタシたちが来た時?」

「えっと・・・あなたが私のことは本領っていう所に知らせるべきだとか何とか言った少し前から」

シグロが大きく息を吐いた。 そういうことを言った。 間違いなくその時から分かっているようだ。

「分かった。 とにかくアンタはアタシたちの言葉が完全に分かってるってことだ」

コクリと紫揺が頷く。

「それでっていう訳じゃないけど、安心しな。 アタシらはアンタをどうこうしようとは思っちゃいない」

「本領っていう所でそう決まったの?」

「違う。 さっきマツリ様がアンタを見て判断を下された」

「どういうこと?」

「アンタがこの領土に厄災をもたらさないと視られた」

「も、もちろんそんなことはしないわ!」

「で? アンタは迷子と言っていたが、マツリ様の名を聞いて驚かなかったのかい?」

「マツリっていう名前で?」

どうして名前で驚かなくてはいけないのか? 紫揺が眉を顰める。

「マツリ様は二つ名」
言うと、紫揺がマツリのことを呼び捨てにしたのに対して眇めていた目を戻した。

ああ、リツソが言っていたな、と思い出した。 15歳になれば二つ名をもらえると。

「二つ名って?」

「マツリ様は祭の時に姿を現す『祭さま』 であり、魔を釣る『魔釣さま』 でもある。 誰もが知っていることなんだが?」

「・・・知らない」

全くもって意味さえ分からない。 いや、意味は分かるが・・・意味が分からない。

祭なら分かるが、魔釣って・・・。 と頭の中をフル回転に動かす。 そうか、と、どこか納得をする。
リツソが最初に言っていた、釣られればいい、というのはそういう事だったのかと腑に落ちるが、腑に落ちて納得出来る出来ないの話ではない。

「それって、魔釣の魔ってなに?」 黄金の狼に問う。

「この領土に厄災をもたらす者」 黄金の狼の眼が光る。

「じゃ、・・・じゃ、私じゃないわ」 頭(かぶり)を大きく振る。

だが、と考える。 魔は今の説明で分かった。 でもそれを釣るってどういうこと? 釣る? 釣るって? でも確かに “釣る” の意味は分かる。
魔を釣る人・・・。 深く一考した。 結果、そんな恐ろしい人間に『うるさい』 と言ってしまっていた・・・。

「あ、あの、ちなみに魔釣ってどういうことを・・・」

「マツリ様が、魔釣と判断されれば、我らが噛み殺して終わりだ。 最悪はマツリ様自身が手を下される。 だがそうなると、その周りは影も形もなくなるよ。 これは滅多にないことだがね」

ゾッとする話をいとも簡単に言ってくれる。

「じゃ・・・じゃあ、私は、その、あなた達に噛まれる心配はしなくていいのね?」 だって、厄災をもたらさないのだから。

「今のところはね。 だが今後、アンタが厄災をもたらすようであれば、マツリ様がアンタを魔釣、アタシらが一噛みにする」

と、その時、どうしても起きないリツソを仕方なく咥えて、和室からハクロが戻ってきた。

「ククク、そのままで行くかい?」 シグロが喉で笑う。

「仕方ないだろう」

どれだけ揺すろうとも、鼻先で突こうとも起きなかったのだから。

二匹の会話を聞いた紫揺。

「待って、それじゃあ、あんまりだわ」 と、テーブルを跳び下りかけてシグロを見た。

「こっちの狼も噛まない?」

「ああ、マツリ様の決定はアタシらの掟でもあるからね」

「じゃ」 と言って今度こそテーブルから跳び降りた。 シグロと長く話したからなのか、シグロの言葉には安心できるものがあった。 そして「リツソ君を下してて」 と、付け加えた。

ハクロが怪訝な目をシグロに送ると 「あの娘の言うことを聞きな」 と、一言返した。

足早に和室に行った紫揺が押入れを開けると、シーツの替えと紐を持って戻ってきた。 そのシーツの中にリツソを入れ紐を巻くと、手早く不細工なおんぶ紐を作り、ハクロに近寄った。

「絶対に噛まないでよ」

念を押すが、先程シグロと散々話した。 狼たちの考え方が分かったつもりだ。

「マツリ様に逆らってお前をどうこうしては、今度はこちらに明日が無くなる」 ハクロが応える。

「じゃ、じっとしてて」

手早くおんぶ紐を使ってリツソをハクロの背中に縛り付けた。

「ギャーハハハー!」
その姿を見たシグロが大笑いをしている。

「ヒィ、ヒィ。 アンタ、背守りの次はおんぶ紐かい!?」

「ゴメン、確かに不細工だけど、こっちの方がリツソ君も風邪をひかないし、安全だと思うの。 今日もクシャミをしてたから」

紫揺と部屋の中で話している時に、何度かクシャミをしていた。

するとおんぶ紐の中からモゾモゾとカルネラが出てきた。

「あら? カルネラちゃんは括らなくて大丈夫ね?」

「ワレ、カルネラ」

カルネラの返事に紫揺が温容に答えると、シグロを見て言う。

「それじゃ、これ以上遅くなるとどんどん冷えてくるから」

「行くよ」 

シグロがなんとか笑いを抑えながら走り出した。 それに続く背にリツソを負って、どこか肩を落としているハクロであった。


「ほえ?」 寝室で目覚めたリツソ。

「へれ? はれ?」 見慣れた布団をつまんでみる。

「いつまで寝ているつもりだ」 

声の主の方に目を転じると、開けられた襖縁に背中を預け、腕を組んでいるマツリが居た。

「あ・・・兄上」

まだ完全に頭が覚醒していない。 枕元にはカルネラが丸くなって、今もなお寝ている。

「あ、えっと・・・」 寝ぼけている頭を巡らす。

昨夜のことが徐々に頭の中で鮮明によみがえってきた。
紫揺の元に行った。 紫揺と話した。 兄上が紫揺ばかり見ていた、だから・・・。 何を言っただろう。 思い出せない。 でも兄上に睨まれて

(・・・えっと、どうなったっけ)

でも紫揺が言ったことは思い出せる。 
たくさん経験して勉強して、色んなことを学んでいくんじゃない、と言っていた。 そうすれば兄上に勝てるんじゃないかと。

頭で覚える勉強もあるし、相手の心を慮(おもんばか)るのも一つの勉強と。 誰がどう考えているとか、相手を気遣うってことにもなると。 それと経験。 何でも経験してみないと分からないでしょ? そう言っていた。

「勉強・・・」

リツソの一言に、マツリが怪訝に小首を傾げる。

リツソの頭の中は、マツリには分からない。

ずっと逃げてきた勉学、逃げているだけでは駄目なんだ。 グッと拳を握った。 が、分からないことがある。

「あの、我はどうしてここに・・・?」

「ハクロの背に乗って帰ってきた」 

マツリの一言を聞いたリツソが眉尻を上げながら問い返す。

「ハクロの?」

「ああ、ハクロが情けない顔をしておった」

「ハクロが?」 全く心当たりがない。


シグロが先頭を切ってこの本領の宮に帰って来た時、門番はシグロとハクロを見かけるとすぐに門を開けた。 余りにスンナリと門を開けられたので拍子抜けしたほどだったが、門番にあれ程笑われるとは思っていなかった。 ハクロの肩がより一層落ちたほどであった。

門番がすぐに門を開けたのは、マツリが事前に門番に言っていたからであったのだが、ハクロの姿までは言っていなかった。 まず、こんなハクロの姿を知る由もなかったのだから。

そして当のマツリは、大階段の下に座って待っていた。 そこにリツソを背負ったハクロの姿が目に入った。

「・・・ハクロ、なんだそれは?」

「あの娘がこれで寒くないだろうと、眠ってしまわれたリツソ様を、ハクロに括り付けました」 肩を落としているハクロに変わって、笑いを堪えながらシグロが言う。

「そうか」

ハクロの身体からおんぶ紐をほどき、リツソをつまみ上げた。

「それにしても、上手く考えたものだな」

「ハクロは咥えて帰るつもりでしたが」

「ふむ。 咥えて帰るよりこちらの方が随分と良いだろう。 世話をかけたな。 で、悪いのだが―――」

マツリが情けない顔をしているハクロに頼みごとを言い出した。

だが、シグロもハクロもこれ以上リツソに関わりたくない。

「お言葉を返すようですが―――」

「では返すな」

マツリに一言いわれて、二匹が尻尾を股に挟んだ。


「そのハクロが今晩来るが、お前行くか?」

「へっ?」

「北の領土にお前が行くか、と尋ねておる」 

紫揺に会いに行くか? などとは言わない。 ある種の人間にそんな言い方をしては、その矜持に関わると『恋心』 に書いてあったのだから。

「え? 兄上も北の領土に行かれるのですか?」

「俺には行く用はない。 それより他の事の方が忙しい」

「では? シユラは魔釣られないのですね!?」

「昨日そう言ったはずだが?」

「行きます! 行きます!」

言ってから、余りにガッツイテしまったことに気付いた。

「あ、えっと。 シユラが知りたいことがあるって言っていたから、それを教えてやりに行きます」

間違えなく『恋心』 に書かれていたある種の人間だな、と、マツリの口の端が上がった。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 虚空の辰刻(とき)  第52回 | トップ | 虚空の辰刻(とき)  第54回 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事