『虚空の辰刻(とき)』 目次
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- 虚空の辰刻(とき)- 第52回
「リツソ様は今はご成長の途中かと・・・」
この言葉で合っているのだろうかと、戸惑いながら黄金の狼が言う。 現状がストップするだけでは不十分。 主の・・・マツリの怒りがまたいつ再燃するかもしれない。 マツリの怒りを鎮めなくては。
「・・・お前たちは今は繁殖期ではないな」
言った途端、ストップしていた逆立った髪の毛が収まっていき、赤みも引いていく。
マツリの質問の真意がわからないが、取り敢えず返事をする。
「勿論です」
白銀黄金の狼が目を合わすが、マツリの髪の毛が収まっていくのを目にすると、安堵という風呂にドボンと浸る。
「マツリ様、繁殖期はまだ少し先ですが?」 マツリの肩の上でキョウゲンも言う。
「繁殖期があるお前たちには分からないだろうな」
フッと口の端に笑みを含むと、更に髪の毛が収まりサラリと背に落ちた。
髪を束ねていた解けた紐はキョウゲンが嘴(くちばし)で取っていた。 その紐をマツリが手で取ると、己の髪の毛を首の後ろに束ねた。
マツリの知識、感情、何もかもがキョウゲンと感応する。 そのキョウゲンが繁殖期だけの括りの発言をした。 それは、フクロウにも狼にも繁殖期がある。 人間には繁殖期というものはない。 それを知らないキョウゲン。 何故ならマツリからそれを感応していないからである。 早い話、リツソは初恋をしている。 初恋どころか、頭の中は既に結ばれてさえいる。 だがマツリは初恋などというものは未だしたことがない。 よって、マツリに感応するキョウゲンは繁殖期以外の恋というものを知らない。
白銀黄金の狼たちから聞いた話から、リツソが恋をしていると分かった。 それも初恋だろうと。 まだ恋をしたこともないマツリがなぜリツソの行動を恋と分かっのか。
幼い頃より日々勉学に励んでいたマツリ。 だがどうしても己の一番不得意とする分野が存在してしまう。 教えを乞おうとした父上である四方から本を勧められた。 『恋心』 という本であった。
「まるで・・・リツソの姉のようだな」
「リツソ様の姉上様?」 白銀黄金の狼が互いを見やる。
「リツソ様の姉上様はシキ様お一人ですが?」 キョウゲンが首を傾げて言う。
「姉上ではない。 姉だ」
キョウゲンの首が左右に何度も傾く。
「あの娘のことは姉上でなければ、分からないな」
白銀黄金の狼が頷く。 ただ、軽く頷いた方が良いのか、深く頷いた方が良いのかが分からない。 軽く頷くと、しかと返事をしていないようだし、深く頷くと先程マツリが言ったように、マツリでは不十分と言っているように思われる。 結果、是とも非とも言えないような中途半端な頷きになってしまった。
「キョウゲン行くぞ」
マツリの肩の上からキョウゲンが空に向かって飛び立つと、クルリと縦に回る。 その間に肩に乗るほど小さかったフクロウが大きな姿となり、マツリめがけて滑空してくる。
「リツソのいいようにしてやってくれ。 それから送り届けてくれ」
そう言い残し地を蹴ると、大きな姿に変わったフクロウの背に跳び乗り、片足を垂れもう片足は膝を曲げて座った。
「ふん・・・」
まるで自分自身に冷笑を送るように鼻から息を吐いた。
「恋路を邪魔する奴はオオカミに蹴られろ、か」
眼下に見える二匹を目の端に入れた。
「アイツ等に蹴られれば骨が折れてしまうな」
四方から手渡された『恋心』 の一節であった。
「父上への報告は姉上が帰られた時で良いか・・・」
それまではリツソの好きなようにさせてやろうか、それとも協力してやってもいいか、などと一考する。
「マツリ様・・・」
足元から声がする。
「なんだ?」
「先程はマツリ様にあるまじきお言葉でした」
「何という?」
「マツリ様とシキ様は同じではありません。 よって、比べられる相互いではありません。 ご存じのはずですか?」
「ああ」
「あれ程に、お怒りを持たれることもなかったはずです。 どうされました?」
それに、と付け加えたかった。 マツリが苛立っているのが感じられたからだが、それは言わないことにした。
「いや・・・。 ・・・そうだな」 歯切れが悪い。
マツリの下でキョウゲンがそれ以上の口を閉ざした。
月明かりに照らされ帰っていくフクロウの影を見送ると、白銀黄金の狼が一度部屋の中を見て、身を隠すように木の中に隠れいつもの所に並んで伏せた。
「マツリ様も変わられたな」 黄金の狼、シグロが言う。
「マツリ様も?」 隣に伏せていた白銀の狼、ハクロが驚いてシグロを見る。
たしかに先程のマツリは今までになかったことであった。 マツリの怒りはあの程度で出るはずはなかったし、その上マツリが怒りを鎮めるなどという事は今までに見たことが無かった。 そして帰っていく前に言った言葉。 リツソに対してそんなことを言うとは信じられない驚きであった。 だがマツリ様も、というのはどういうことだ?
シグロがチラリとハクロを見てまた前を見た。 前に見えるのは部屋の中の明かりの下で、リツソが落ち着いたのか、紫揺と話をしている。
「さっき、お前は『リツソ様は今はご成長の途中かと』 と言ったが、そういうことか?」
「ああ、思い出してごらんよ。 今までならすぐに大泣きするところを、堪えておられた時があっただろう? それにあの娘にチビと呼ばれても、リツソ様が名を名乗っておられただろう? そしてさっきはマツリ様に逆らわれた。 何よりここに来るのに本領を歩いてこられた」
「そう言われれば・・・」
「だが・・・」
「なんだ?」
「どうして急にマツリ様が、繁殖期のことを言われたのかが分からない」
「ああ、俺もそうだ。 それにあの程度のことで、お怒りになるなどとは、今までに無かったこと・・・」
二匹が静かに前を見てから、その太い前足に顎を乗せた。
「リツソ君、偉かったね。 ちゃんと自分の言葉で話してたね」
「・・・」
「兄上って恐すぎるね」
「・・・」
「リツソ君?」
「オ・・・オレは・・・」
「なあに?」
「・・・兄上に負けてしまった」
「それは・・・。 だって、相手は半端なく恐い兄上なんだもん。 それに、歳も違い過ぎるわ。 ねっ、リツソ君はこれからなんだもん。 これからたくさん経験して勉強して、色んなことを学んでいくんじゃない? 兄上に勝てるのはそれからよ」
「ベンキョウ?」
「うん、そう。 言葉を憶えたり、字を書いたり、計算したり」
「勉学のことか?」
「勉学? あ、うん。 そう」
「勉強・・・か?」 そんなものからはずっと逃げてきた。
「そう。 色んな勉強と経験。 頭で覚える勉強もあるし、相手の心を慮(おもんばか)るのも一つの勉強よ。 誰がどう考えているとか、相手を気遣うってことにもなるのかな? それと経験。 何でも経験してみないと分からないでしょ?」
そこまで言って思い出したことがあった。
「私も今日初めて経験したわ」
「なにを?」
「あのね、昨日リツソ君が言ってたことが分からなかったの」
「オレ、何か分からないことを言ったか?」
「うん。 これは私の経験不足だったわ。 経験って言っていいのかどうかわからないけど、まさに百聞は一見に如かずだったわ」
「なんのことだ?」
「昨日、リツソ君言ってたじゃない? 兄上も姉上も供が鳥だから空を飛べるって。 あの話ね、全然意味が分からなかったの。 でも今日見て初めて意味が分かったわ。 あのフクロウ、あんなに大きくなって飛ぶのね」
「うん。 姉上のサギもそうだ」 自分の話を分かってくれたのかと嬉しくなる。
「キュイ・・・」
マツリを見止めてから、リツソの水干の袖に隠れていたカルネラが出て来て肩に上がってきた。
「まぁ、カルネラちゃん! カワイイ。 初めまして」
カルネラがキョトンとしたまま小首を傾げる。 その姿に紫揺の笑みがこぼれる。
「カルネラ、シユラだ」
一つ二つと小首を傾げるとキューイと言って「ワレ、カルネラ」 と続けた。
紫揺が驚いた。
「カルネラちゃん話せるの?」
「うん・・・でも少しだけ。 オレが悪いんだ。 オレがカルネラを遠ざけてたから」
「どうして?」
「言ってただろ? カルネラは空を飛べないって。 だから、そんな供は要らないって思ってた」
「思ってた?」 過去形であることに確認を取った。
「うん。 でも今は違う。 シユラに教えてもらったから。 カルネラは地も走れるし、木にも登れる、木々の間を器用に移動できる。 そうだろ? シユラそう言っただろ?」
「うん、言った」
自分の言ったことを、ちゃんと分かってくれたんだと思うと、嬉しくなる。 あの時、頭を振り絞って考えてよかったと思う。
リツソはリツソで、大好きな『うん』 を聞けて顔が明るくなる。
「だから・・・これからはカルネラとずっと一緒にいるんだ。 そしたらカルネラだって言葉を覚えていくから」
「そうね。 沢山話せるようになるといいわね。 それにこんなに可愛いんだもん。 いつも肩に乗せてあげて」
「シユラはカルネラを気に入ったか?」
「もちろんよ。 フクロウよりカルネラちゃんの方がよっぽど可愛い」
フクロウであるキョウゲンに怒りはないが、あのマツリと名乗ったリツソの兄上には腹立ちさがある。 よって、キョウゲンよりカルネラの方が可愛い。 それを差し引いても実際にカルネラの方がずっと可愛い。
「ね、もうこんなに遅くなっちゃったけど・・・」
外を見るとオオカミの姿もマツリの姿もない。
「あれ? 誰もいない? ちょっと見てくるね。 リツソ君はここに居て」
今はあのマツリにリツソを会わせたくない。
掃き出しの窓を開けてキョロキョロするが、やはり誰の姿も見当たらない。 あのマツリが忌々しく出て来てもおかしくないはずなのに。
「行こうか」
シグロが声を掛けると同時に、ハクロが立ち上がった。
辺りに十分警戒の目を送って紫揺の見えるところまで出た。 勿論、狼を恐がっている紫揺が部屋の中に入り窓を閉めた。
「リツソ様はどうなっておられるんだ?」 二匹の狼が窓の所まで来る。
顔をひきつらせた紫揺が部屋の中を振り返るが、そこにリツソの姿が無かった。
「え?」 慌ててリツソを探す。
と、意外な所にリツソが居た。 畳の部屋に敷かれている布団で丸くなって寝ていたのだ。
「あ・・・疲れたんだ・・・」
子供がこんな遅くまで起きていれば、疲れも出るだろう。
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この言葉で合っているのだろうかと、戸惑いながら黄金の狼が言う。 現状がストップするだけでは不十分。 主の・・・マツリの怒りがまたいつ再燃するかもしれない。 マツリの怒りを鎮めなくては。
「・・・お前たちは今は繁殖期ではないな」
言った途端、ストップしていた逆立った髪の毛が収まっていき、赤みも引いていく。
マツリの質問の真意がわからないが、取り敢えず返事をする。
「勿論です」
白銀黄金の狼が目を合わすが、マツリの髪の毛が収まっていくのを目にすると、安堵という風呂にドボンと浸る。
「マツリ様、繁殖期はまだ少し先ですが?」 マツリの肩の上でキョウゲンも言う。
「繁殖期があるお前たちには分からないだろうな」
フッと口の端に笑みを含むと、更に髪の毛が収まりサラリと背に落ちた。
髪を束ねていた解けた紐はキョウゲンが嘴(くちばし)で取っていた。 その紐をマツリが手で取ると、己の髪の毛を首の後ろに束ねた。
マツリの知識、感情、何もかもがキョウゲンと感応する。 そのキョウゲンが繁殖期だけの括りの発言をした。 それは、フクロウにも狼にも繁殖期がある。 人間には繁殖期というものはない。 それを知らないキョウゲン。 何故ならマツリからそれを感応していないからである。 早い話、リツソは初恋をしている。 初恋どころか、頭の中は既に結ばれてさえいる。 だがマツリは初恋などというものは未だしたことがない。 よって、マツリに感応するキョウゲンは繁殖期以外の恋というものを知らない。
白銀黄金の狼たちから聞いた話から、リツソが恋をしていると分かった。 それも初恋だろうと。 まだ恋をしたこともないマツリがなぜリツソの行動を恋と分かっのか。
幼い頃より日々勉学に励んでいたマツリ。 だがどうしても己の一番不得意とする分野が存在してしまう。 教えを乞おうとした父上である四方から本を勧められた。 『恋心』 という本であった。
「まるで・・・リツソの姉のようだな」
「リツソ様の姉上様?」 白銀黄金の狼が互いを見やる。
「リツソ様の姉上様はシキ様お一人ですが?」 キョウゲンが首を傾げて言う。
「姉上ではない。 姉だ」
キョウゲンの首が左右に何度も傾く。
「あの娘のことは姉上でなければ、分からないな」
白銀黄金の狼が頷く。 ただ、軽く頷いた方が良いのか、深く頷いた方が良いのかが分からない。 軽く頷くと、しかと返事をしていないようだし、深く頷くと先程マツリが言ったように、マツリでは不十分と言っているように思われる。 結果、是とも非とも言えないような中途半端な頷きになってしまった。
「キョウゲン行くぞ」
マツリの肩の上からキョウゲンが空に向かって飛び立つと、クルリと縦に回る。 その間に肩に乗るほど小さかったフクロウが大きな姿となり、マツリめがけて滑空してくる。
「リツソのいいようにしてやってくれ。 それから送り届けてくれ」
そう言い残し地を蹴ると、大きな姿に変わったフクロウの背に跳び乗り、片足を垂れもう片足は膝を曲げて座った。
「ふん・・・」
まるで自分自身に冷笑を送るように鼻から息を吐いた。
「恋路を邪魔する奴はオオカミに蹴られろ、か」
眼下に見える二匹を目の端に入れた。
「アイツ等に蹴られれば骨が折れてしまうな」
四方から手渡された『恋心』 の一節であった。
「父上への報告は姉上が帰られた時で良いか・・・」
それまではリツソの好きなようにさせてやろうか、それとも協力してやってもいいか、などと一考する。
「マツリ様・・・」
足元から声がする。
「なんだ?」
「先程はマツリ様にあるまじきお言葉でした」
「何という?」
「マツリ様とシキ様は同じではありません。 よって、比べられる相互いではありません。 ご存じのはずですか?」
「ああ」
「あれ程に、お怒りを持たれることもなかったはずです。 どうされました?」
それに、と付け加えたかった。 マツリが苛立っているのが感じられたからだが、それは言わないことにした。
「いや・・・。 ・・・そうだな」 歯切れが悪い。
マツリの下でキョウゲンがそれ以上の口を閉ざした。
月明かりに照らされ帰っていくフクロウの影を見送ると、白銀黄金の狼が一度部屋の中を見て、身を隠すように木の中に隠れいつもの所に並んで伏せた。
「マツリ様も変わられたな」 黄金の狼、シグロが言う。
「マツリ様も?」 隣に伏せていた白銀の狼、ハクロが驚いてシグロを見る。
たしかに先程のマツリは今までになかったことであった。 マツリの怒りはあの程度で出るはずはなかったし、その上マツリが怒りを鎮めるなどという事は今までに見たことが無かった。 そして帰っていく前に言った言葉。 リツソに対してそんなことを言うとは信じられない驚きであった。 だがマツリ様も、というのはどういうことだ?
シグロがチラリとハクロを見てまた前を見た。 前に見えるのは部屋の中の明かりの下で、リツソが落ち着いたのか、紫揺と話をしている。
「さっき、お前は『リツソ様は今はご成長の途中かと』 と言ったが、そういうことか?」
「ああ、思い出してごらんよ。 今までならすぐに大泣きするところを、堪えておられた時があっただろう? それにあの娘にチビと呼ばれても、リツソ様が名を名乗っておられただろう? そしてさっきはマツリ様に逆らわれた。 何よりここに来るのに本領を歩いてこられた」
「そう言われれば・・・」
「だが・・・」
「なんだ?」
「どうして急にマツリ様が、繁殖期のことを言われたのかが分からない」
「ああ、俺もそうだ。 それにあの程度のことで、お怒りになるなどとは、今までに無かったこと・・・」
二匹が静かに前を見てから、その太い前足に顎を乗せた。
「リツソ君、偉かったね。 ちゃんと自分の言葉で話してたね」
「・・・」
「兄上って恐すぎるね」
「・・・」
「リツソ君?」
「オ・・・オレは・・・」
「なあに?」
「・・・兄上に負けてしまった」
「それは・・・。 だって、相手は半端なく恐い兄上なんだもん。 それに、歳も違い過ぎるわ。 ねっ、リツソ君はこれからなんだもん。 これからたくさん経験して勉強して、色んなことを学んでいくんじゃない? 兄上に勝てるのはそれからよ」
「ベンキョウ?」
「うん、そう。 言葉を憶えたり、字を書いたり、計算したり」
「勉学のことか?」
「勉学? あ、うん。 そう」
「勉強・・・か?」 そんなものからはずっと逃げてきた。
「そう。 色んな勉強と経験。 頭で覚える勉強もあるし、相手の心を慮(おもんばか)るのも一つの勉強よ。 誰がどう考えているとか、相手を気遣うってことにもなるのかな? それと経験。 何でも経験してみないと分からないでしょ?」
そこまで言って思い出したことがあった。
「私も今日初めて経験したわ」
「なにを?」
「あのね、昨日リツソ君が言ってたことが分からなかったの」
「オレ、何か分からないことを言ったか?」
「うん。 これは私の経験不足だったわ。 経験って言っていいのかどうかわからないけど、まさに百聞は一見に如かずだったわ」
「なんのことだ?」
「昨日、リツソ君言ってたじゃない? 兄上も姉上も供が鳥だから空を飛べるって。 あの話ね、全然意味が分からなかったの。 でも今日見て初めて意味が分かったわ。 あのフクロウ、あんなに大きくなって飛ぶのね」
「うん。 姉上のサギもそうだ」 自分の話を分かってくれたのかと嬉しくなる。
「キュイ・・・」
マツリを見止めてから、リツソの水干の袖に隠れていたカルネラが出て来て肩に上がってきた。
「まぁ、カルネラちゃん! カワイイ。 初めまして」
カルネラがキョトンとしたまま小首を傾げる。 その姿に紫揺の笑みがこぼれる。
「カルネラ、シユラだ」
一つ二つと小首を傾げるとキューイと言って「ワレ、カルネラ」 と続けた。
紫揺が驚いた。
「カルネラちゃん話せるの?」
「うん・・・でも少しだけ。 オレが悪いんだ。 オレがカルネラを遠ざけてたから」
「どうして?」
「言ってただろ? カルネラは空を飛べないって。 だから、そんな供は要らないって思ってた」
「思ってた?」 過去形であることに確認を取った。
「うん。 でも今は違う。 シユラに教えてもらったから。 カルネラは地も走れるし、木にも登れる、木々の間を器用に移動できる。 そうだろ? シユラそう言っただろ?」
「うん、言った」
自分の言ったことを、ちゃんと分かってくれたんだと思うと、嬉しくなる。 あの時、頭を振り絞って考えてよかったと思う。
リツソはリツソで、大好きな『うん』 を聞けて顔が明るくなる。
「だから・・・これからはカルネラとずっと一緒にいるんだ。 そしたらカルネラだって言葉を覚えていくから」
「そうね。 沢山話せるようになるといいわね。 それにこんなに可愛いんだもん。 いつも肩に乗せてあげて」
「シユラはカルネラを気に入ったか?」
「もちろんよ。 フクロウよりカルネラちゃんの方がよっぽど可愛い」
フクロウであるキョウゲンに怒りはないが、あのマツリと名乗ったリツソの兄上には腹立ちさがある。 よって、キョウゲンよりカルネラの方が可愛い。 それを差し引いても実際にカルネラの方がずっと可愛い。
「ね、もうこんなに遅くなっちゃったけど・・・」
外を見るとオオカミの姿もマツリの姿もない。
「あれ? 誰もいない? ちょっと見てくるね。 リツソ君はここに居て」
今はあのマツリにリツソを会わせたくない。
掃き出しの窓を開けてキョロキョロするが、やはり誰の姿も見当たらない。 あのマツリが忌々しく出て来てもおかしくないはずなのに。
「行こうか」
シグロが声を掛けると同時に、ハクロが立ち上がった。
辺りに十分警戒の目を送って紫揺の見えるところまで出た。 勿論、狼を恐がっている紫揺が部屋の中に入り窓を閉めた。
「リツソ様はどうなっておられるんだ?」 二匹の狼が窓の所まで来る。
顔をひきつらせた紫揺が部屋の中を振り返るが、そこにリツソの姿が無かった。
「え?」 慌ててリツソを探す。
と、意外な所にリツソが居た。 畳の部屋に敷かれている布団で丸くなって寝ていたのだ。
「あ・・・疲れたんだ・・・」
子供がこんな遅くまで起きていれば、疲れも出るだろう。