大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

虚空の辰刻(とき)  第116回

2020年01月27日 21時28分35秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第110回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


     『虚空の辰刻(とき)』 リンクページ




                                      



- 虚空の辰刻(とき)-  第116回



そう言えば初めてあった時、ホタルのお尻より大きな光が見えたのだった。 ましてやホタルの光と違う色が。 思い起こせば零れる窓の明かりに紫煙さえ見えていた。

「あ・・・そうなんですね」

今度は春樹の頭がガクンと落ちる。 春樹の気持ちは1000%紫揺に伝わっていないようだ。
心が砕け散り、それでも微塵の欠片を拾う。

「ねぇ、紫揺ちゃんはどうしてここに来るの?」

「ガザンに会いに来てます」

微塵の欠片が手の中で粉となり指の間から落ちて無くなった。

「・・・そうなんだ」

「先輩、タバコを吸うんですね」

「うん。 内緒でね」

「内緒?」

「此処ではタバコを吸わないように言われてるから」

そう言われればムロイもセノギもタバコを吸わない。 いや、吸うかもしれないが見たことは無い。

「部屋で吸うと臭いが付くだろ?」

父親の十郎は煙草を吸わなかったが、シノ機会ではタバコを吸う者が多かった。 だから臭いと言われれば納得が出来る。

「そうですね」

ね、押し付けがましい言い方になっちゃうけど、紫揺ちゃんは船のことで俺に相談してるよね。 なのになんで何日も此処に来なかったの? と言いたいが、そんな一人よがりなことは言えない。 一人よがりどころか、交換条件の恐喝に近い。 なによりも言いたいことは心に置いておくとしても、紫揺は春樹の心など全く分かっていないようだ。
心が打ちひしがれるが、声を改める。

「紫揺ちゃん?」

「はい」

「紫揺ちゃん言ってたよね。 此処から出たいって」

「はい」

「あの時の紫揺ちゃんと今の紫揺ちゃんが全然違うんだけど?」

「え?」

「えって、気付いてない?」

「え? そんなことありません。 此処から出たいと思っています。 でも今はちょっと事情が変わってきて」

「ふーん・・・」

「なんですか?」

「あれ程、此処から出たいと言ってたのに、事情が変わったからって―――」

「先輩! ゴメンナサイ!」

春樹の言葉を最後まで言わせなかった。

「いや、謝られても」

「その時になれば、一番に先輩に頼ると思います。 でも今は・・・事情が・・・」

「・・・分かったよ」

此処に紫揺が来るのはガザンに会いたかっただけの事。 そのついでに自分が居た。 それだけの事。 そして此処から出たい紫揺の手助けをするだけに、過去の友達に連絡をしただけの事。

「先輩?」

「ガザンだっけ? 呼んでるよ。 行ってあげれば?」

友達になり得なかったガザンの唸り声が聞こえた。


「俺は、何なんだろう」

紫揺の後姿を見送った春樹が、窓の下にしゃがみ込んだまま呟くように言う。
紫揺にとって春樹は何なんだろう。 プカリと紫煙を吐く。
さっき自分を言い聞かしたが、到底納得できない。 いや、したくない。
自分は土佐犬のガザンに劣るのか? いや、そんな筈はない。

「紫揺ちゃんがガザンのことをどう思うとも・・・ガザンは此処から紫揺ちゃんを出せないんだからな。 第一、外と繋がろうにも敵はスマホさえ持ってないんだから」

俺は持っている。 いま手の中には無いが部屋に戻ればある。

「仮にガザンがスマホを持っていたとしても・・・爪じゃタップ出来ない・・・ん? 肉球で出来るのか?」

ギュッと眉をしかめた。
しかめること八秒。 勝ち誇ったようにフッと息を吐く。

「タップできたとして・・・スマホを持てない」

掴むことなどできない。
ニヤリと笑う。
勝った!
ガッツポーズを作った握り拳に視線がいく。

「・・・」

自己満足している自分が悲しい。
―――哀れな男の愚劣な言い訳だろうか。
握り拳が落ちた。



「こ! 婚礼の儀―――!?」

いつもは冷静沈着なマツリが四方に対して大声を放った。
家族揃った朝食の席での話であった。
最初にその言葉を発したマツリの父、四方がうるさいと言わんばかりの目をマツリに送り、母親である澪引(みおひ)は驚いた目をマツリに向け、マツリの姉である当のシキははにかんでいる。 そして

「兄上、何を驚かれておいでですか」

弟のリツソは冷ややかな目をマツリに送ってくる。

「当たり前ではございませんか。 と言うより、遅いくらいでしょう」

箸で芋をつまむと口に放り込んだ。
我が弟を睨みつけると次に四方に目を転じた。

「姉上の婚姻などとは! 何も聞いておりません!」

「声を荒立てるな」

うるさいという目をもう一度マツリに送った。
そこにリツソが割って入った。

「聞いていなくとも分かるでしょう」

モグモグと芋を噛みながらゴクリと喉に通した。

「お前っ! 知っていたのかっ!? 聞いていたのかっ!!」

我が弟を睨みつけると次に四方を睨みつけた。 さも、己だけに話さなかったのかという目だ。

「我は何も聞いておりません! どういうことですか!!」

「兄上・・・」

ほとほと呆れたという様(さま)でマツリを見た。

「なんだ!!」

四方から目を移した勢いで髪の毛が勢いよく踊る。
リツソが人差し指を己の耳に差しながら言う。

「何も聞かずとも、姉上を見ていればわかるでしょう」

「はっ!?」

「波葉(なみは)と居る時の姉上です」

シキがポッと頬を桜色に染めた。

「な! 波葉!!?」

「我は何も聞いておりませんが、姉上と波葉が一緒に居る所を見ると明らかでしょう」

「あぁ!? 明らかとは何かっ!!」

とうとうマツリの前で情けない、という意を込めた大きな息を吐いた。

「姉上は波葉が好きということです」

「はぁぁぁーーー!?」

「マツリ・・・いい加減に声を静めろ」

四方の言葉など完全に無視をしてリツソに詰め寄る。

「お前っ!! 何をたわけたことを言っておるのかっ!」

リツソが更にギュッと人差し指を耳に差し込む。

「マツリ・・・」

シキの小さな声がマツリの耳に入った。

「姉上?」

リツソに向けていた今にも怒髪しそうな面(おもて)を変えて隣に座るシキを見る。

「すぐという事ではないの。 北の領土のことが落ち着いて―――」

「なにをっ!? 何を仰っているのですか!?」

「だから今は北の領土のことで―――」

「そんなことは訊いておりません! 婚姻とはどういうことですか!?」

随分と声を抑えて言っているが、いつものシキと話す声音ではない。

「兄上、姉上は波葉の奥になりたいと思っておられるのです。 波葉も然りです。 それくらい分かるでしょう?」

「リツソったら・・・」

更に頬を染めるシキがそれを隠すように両掌で頬を押さえた。

「・・・姉上」

そんなシキの仕草に微笑んだ澪引の横で、コホンと咳ばらいをすると四方がマツリとリツソを見て言った。

「此度の北の領土のこと、東の領土を含むことが落ち着いたなら、シキと波葉の婚礼の儀を執り行う」

澪引とシキが目を合わせる。 シキが嬉しそうに笑みをこぼす。

バン! 箸を叩きつけるように卓に置く音が大きく響いた。

「先に下がらせていただきます」

そう言ったマツリがその場をたった。

「あーあ、兄上はいつまで経っても・・・」

リツソが大人びた口調で言う。


朝食の場を辞したマツリが回廊を踏み壊すようにドンドンと大きな音を立てながら歩く。

「マツリ様いかがなされました?」

誰もがマツリに声を掛ける。

「マツリ様?」

マツリの異様な雰囲気に下男も庭師も小首を傾げる。
いつものマツリなら笑顔こそないが、声を掛けられればそれに応えていた。 だが今はただ前を見てドンドンと音を立てながら歩いているだけである。
誰もが今のマツリの態度に目を見合わせた。

バン! と部屋の襖を閉めた。
昨晩、飛びまわっていたが為、疲れて巣で寝ていたキョウゲンが大きく丸い目を開けた。

「マツリ様・・・?」

そう言った途端、マツリが卓にゴン! と拳を入れた。

「マツリ様!」

羽ばたこうと思った瞬間、マツリの感情がキョウゲンに流れてきた。

「・・・マツリ様」 羽を収める。

「婚姻などとは聞いておらん!」

もう一度卓に拳を入れる。 卓が真っ二つに割れた。 一枚板の檜の卓が割れた。

「何故だ! どうしてだ!!」

「・・・マツリ様」


「マツリにも困ったものだ」

四方が歎息を吐く。
マツリがシキにこれ以上ない感情を持っていることは、誰もが分かっていた。
澪引が四方を見る。 シキもそれに倣う。

「何を仰いますか?」

チョイチョイ口を挟んでいたリツソが声を発した。

「兄上は姉上のことを我が者と思っているのです。 放っておけばよろしいでしょう」

「え?」

声を出したのはシキであった。 だが、リツソのそれに異を唱えたのは四方である。

「リツソ、それは違う。 シキを惑わすようなことを言うでない」

「ですが父上! 兄上は―――」

「マツリはその様なことを思っておらん! 口を慎め!」

四方に雷を落とされ恐々にリツソが口を閉じた。 マツリからは何度も雷を落とされていたが、四方から雷を落とされたのは久方ぶりのことであった。

「四方様」

穏やかな声が響いた。

「マツリも時を置けばわかりましょう。 マツリがどれ程シキを見ていたかは誰もが知るところです。 でも・・・」

とリツソを見た。

「リツソ? リツソが言うようなことはありませんよ。 マツリはシキのことを我が者などとは思っていません。 マツリは・・・」

「兄上が? 何なのですか?」

「敬慕です。 分かるかしら? マツリはシキを敬い大切に慕っているのです。 それ程にシキのことを想っているのです」

「はっ!? あの様な態度の兄上がでございすか?」

「それ程にシキのことを想い、安じているという事です」

シキが澪引を見た。 マツリが己のことを大切に想い慕ってくれていることは分かっていた。 澪引がリツソの問いに答えている。 今は静観していよう。

「それは心外です。 我も姉上のことは大切に思っております。 だからして波葉との婚姻を喜ばしく思っているのです。 なのに兄上のあの態度はどういう事でしょうか!?」

「リツソ、想いの表し方は人それぞれなのですよ」

「は? では兄上はあまりにも稚拙でありますな」

「リツソ! 己(おの)が兄を侮辱する言いようをするではない!」

四方が軽~い雷を落とした。


マツリがシキのことを姉としてこの上なく慕い、敬慕の想いでいるのは誰もが知るところだ。
だが、ちょーっと慕い過ぎていた。
だから波葉と婚約などという話を聞かされて、マツリとシキを繋ぐ糸が切られると思った。 細い糸。 それが切れないように、いつもいつも大切に手を添えていた。

シキにはいつも微笑んでいて欲しかった。 東の領土から帰ってくる度、シキの悲し気な顔を見るのが辛かった。 でもいつもシキの隣に居たかった。
なのに・・・
その場を誰かに・・・波葉に取られるかもしれない。

「俺は・・・」

「マツリ様、お心をお静め下さい」

「・・・!」

一人だと思っていたところにキョウゲンの声が聞こえ、驚き周りを見渡すといつの間にか己の部屋に居た。 己の部屋に入ったことさえ記憶にない。

「キョウゲン・・・」

「分かっておいででしょう?」

いつまでもシキにくっついてはいられないという事を。

「・・・」

「背にお乗りください」

マツリのことを何もかも知っているキョウゲンからの進言であった。

「・・・」

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 虚空の辰刻(とき)  第115回 | トップ | 虚空の辰刻(とき)  第117回 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事