大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第77回

2022年07月04日 22時09分54秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第70回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第77回



採石場では白木の送った三人以外に五人が暴れ出し、マツリが視た四人が地下に手を貸す者だった。
何も知らなかった他の者たちが呆気にとられたまま、十二名の仲間が咎人として馬車に乗せられるところを見た。

「騒がせた」

残された者にマツリが言う。

「人数が減り負担が大きくなっただろうが、すぐに元の人数に戻すよう手配をする。 それまで我慢してくれ。 進みの無理をする必要はない。 この人数でやっていけるだけでよい」

男たちに言うと場長に振り向く。

「光石は流されておった。 こちらに来る前に現場を押さえた。 明日から官吏と共に流された光石の正確な数を調べるよう」

場長が頭を下げる。 文官から聞かされた時には建前上頷いたが何を言っているのか、ふざけるんじゃないと思っていた。 だが思いもしない結果であった。

馬に乗った一部の武官達と文官一人が乗る馬車と、咎人となった者を乗せた馬車が採石場から引き揚げていく。
場長が膝をついた。 己の管理不行き届きを咎められるだろう、と。 光石は飾り石以上にこの本領で重要視されている物だ。

残った武官とマツリが加工所に移動した。
加工場では誰もがなんのことかと言っていたそうだ。

白木が言っていた地下から言われ増やした掃除番の二名らしき者は、山の麓で捕まえた者だろう。 他に五人も捕らえた、まだ仲間が居るかもしれない。 他の者を視なくてはならない。
採石場と同じことが行われた。

「捕らえろ」

マツリの声が上がったのは二人だった。 うち一人は女だった。

夜が明けぬうちからから宮を出てもう夕餉時を越している。 採石場と加工所での一人一人の話が余りにも長くなってしまったのもあるが、馬車の歩調に合わせ戻ってきたので、それで時を食ったというところが無きにしも非ずだ。

「疲れた・・・」

馬上のマツリがポツリと漏らす。
長々と使った魔釣の目に疲れたのだろう。
マツリの肩に止まるキョウゲンに紫揺の姿が浮かんだ。 やっとマツリから流れてくる感情が整理できてきた。
共鳴できた。 マツリが紫揺を思い浮かべているのが分かる。

「この刻限になりました。 いつでも飛べます」

キョウゲンが何を言っているのかは分かる。 マツリが口の端を上げる。

「まずは夕餉をとりたいか・・・」

陽が上る前から宮を出て水の一滴も飲んでいない。

「御意」

宮に戻ると四方が待っていた。 四方の後ろには尾能が付いている。 咎人は武官に任せ四方に報告をしようとした。

「まあ、待て。 この刻限だ。 夕餉を食べながら聞こう」

マツリに言うと尾能を振り返る。

「尾能、無事に済んだようだ。 今日はここまででよい。 あとはマツリと話すだけ、母御を見舞ってやってくれ」

尾能が頭を下げ退く。
四方が食事部屋に足を運ぶ。 その後をマツリが歩く。

「姉上は戻られましたか?」

思いのほか遅くなってしまった。

「ああ、戻ってきた。 昌耶がシキに泣きついておった」

マツリが安堵するとともに、昌耶の姿を思い浮かべてクスリと笑う。

「シキは・・・紫のことが気になって仕方ないようだが何故にそれほどまでにか。 心当たりがあるか?」

無くもないが、それだろうか。 紫揺を泣かせたことだろうか。 紫揺を泣かせたことはさて置いても、四方には話さなければいけないことがある。

「姉上が何を考えておられるのかは分かりませんが、ご報告の後にお話があります。 そのお話しと姉上のお考えが繋がっているのかもしれません」

四方がピクリと眉を上げる。

四方は既に夕餉は取っていたようで、目の前には茶だけが置かれている。
最初は箸を持つことなく報告をしたマツリだったが、今は箸を持ち四方の質問に答えながら夕餉を口に運んでいる。

「採石場は十二人か」

「はい。 加工所もそうですが、地下の者に声を掛けられ矜持もなく地下の者と繋がったのは考えものですが、上手い具合に地下も変わりましょう。 共時の具合はどうですか?」

「ああ、まだ治ってはおらんがそろそろ地下に返してもよいだろう。 あまり宮と繋がっておるのは良いものではないからな」

「それではそのお役を杠にさせてはいかがでしょうか。 杠はまだ宮の者でもありませんし、共時も己の身を顧みず杠を助けに行ったくらいですから」

「ふむ。 それが無難か」

「では医者に聞いた具合で。 杠には言っておきます」

四方が頷く。

最後の白飯を口に入れると箸を置き自ら茶を淹れる。

「それで? マツリの話しというのは?」

ゴクリと茶を飲むと口を開く。
入れ替わりに四方が茶を口に含む。

「紫を我の奥にしたいと思っております」

言った途端、マツリの顔がびしょ濡れになった。
正面に座る四方が茶を噴き出したのだ。

「・・・父上」

冷静に言われるが四方は咳き込んでいる。

立ち上がり手巾を手にすると一枚を四方に渡し、もう一枚で己の顔と首元を拭きながら椅子に座る。 キョウゲンを部屋で待たせておいて良かった、などと四方の心配よりキョウゲンが安全であったことに頭がいく。

「ゴホ・・・いま、いま何と、ゴホゴホ」

手巾を口に当て、咳の間に訊き返す声が聞こえる。

「紫を我の奥にしたいと思っております、と申しました」

何度も言わせてほしくないものだ。

マツリと紫揺の罵声の浴びせ合いを知っている。 何をどう考えればそうなるのか。

「いや・・・ゴホ、それは叶わんことだろう。 ゴホ」

「はい今のところは。 紫からは頬を打たれましたから。 ですが諦める気は御座いません」

「いや、マツリがどう思っているかは知らんが―――」

「今申し上げました」

「ああ、まあ、そうだが。 わしはどちらかというと紫は杠と合っていると思うが?」

絶対にマツリと紫揺は有り得ない。
それに今何と言った? 頬を打たれたと?

「杠も紫も互いを兄妹のように思っているということで御座います。 奥にも伴侶にもなり得ないと申しておりました」

いつそんな話をしたのか。

「だが・・・マツリと紫では話もろくに成り立たんだろう」

きっとマツリが紫揺を奥に、と言った時に紫揺がマツリの頬を打ったのだろう。 打つことで返事としたのだろう。 話など成り立つはずがない。

「今はそのようです」

「マツリ・・・お前にはそれなりの者をわしが探す。 それに紫は東が離さん」

「東のことはよくよく考えます。 ですが父上に探してもらう必要は御座いません」

四方が頭を抱えたくなってきた。

「マツリの言うそれとシキがどう繋がっておる」

「姉上は紫のことを気に入っておられます。 我が紫に許嫁になるように言ったのを姉上はご存知のようです。 義兄上からお聞きになったのでしょう。 我の奥になれば姉上の義妹となるわけです。 これ以上の繋がりはないでしょう」

マツリが波葉とそんな話をしているとは思わなかった。 そんなに仲のいい義兄とマツリだっただろうか。

「波葉に相談したのか?」

「いいえ、父上もお勧めして下さった杠との酒の席でそんな話になりました。 杠だけでなく義兄上も一緒に呑みましたので」

要らないことを勧めてしまった。

「マツリが誰を選ぼうと何を言う気はないが・・・東のことを考え・・・。 いや、そんなこと以前だ。 マツリと紫というのはやはり考えられん」

「父上がお考えになられなくとも、我は紫を奥にするつもりで御座います。 東の領主に言う前に父上にお話しをと思っただけでございます」

四方が溜息を吐く。 どうせ潰れる話だろう。

「・・・話は聞いた。 だが紫が頬を打ったなどと・・・。 無茶だけはしてくれるなよ」

本領領主の息子の頬を打つなどと考えられない事だがあの紫ならするだろうが、きっとマツリもマツリなのだろう。

四方に言われ無茶をしたつもりなどはないが、誰が聞いてもあの何も知らない紫揺相手に無茶をしたのかもしれない。 だが今は頷くだけに終わらせておく。

「明日から刑部が動く、マツリはわしと共に動くよう」

「承知いたしました」

「苦労であった」

そう言うと四方が立ち上がり食事室を出ていった。

自ら茶をもう一杯淹れる。 朝からのことを考えるとゆっくりと時が流れるようだ。
紫揺が倒れて目覚めた時のことを思い出す。 杠の話を聞いたり、太鼓橋の話しではグリグリとおじやを掻きまわしていた。
ふっと笑みがこぼれる。

「子だな・・・」

そう言った途端思い出したことがある。
シキが飛んだと聞いた時

『泣かせたことは悪いとは思っているが、それでもそこまで心配せねばならないか、もう童女ではないのに』

そう思った。

「まだ、童女か・・・」

接吻をすると子供が出来ると思っているくらいなのだから。 二十三年も生きていながら。

「ニホンというところはどうなっておるのか・・・」

二十一歳の時に紫として領土に入ったが、本領でも領土でも十五歳を迎えると伴侶を迎えることが出来る。 その時には誰もが知っていることである。
ただ例外で領主の筋だけは十六歳になってから伴侶を迎えることになる。 十五歳で二つ名をもらう儀式を終え、十六歳でもう一度儀式を終え、やっと大人と扱われる。

茶を口に含むとゴクゴクと全てを飲んだ。
食事室を出る。
回廊の外はもう暗い。 マツリが動くと回廊の光石が点灯する。
勾欄に手をかけ空を見る。 下弦になろうとしている月明かりが薄い雲に隠れ、頼りなく輝いている。
顔を落とすと目を瞑り息を吐いた。

(・・・)

気のせいだろうか。

顔を上げるともう一度月を見る。 まだ下弦の月には薄雲がかかっている。

いや、やはりおかしい。

勾欄から手を離すと歩を出し自室にいるキョウゲンを呼びに行った。

キョウゲンが縦に回るとその間に身体を大きくしマツリが勾欄を蹴る。 キョウゲンの目がある。 暗い中を馬に乗る時のように光石など必要ではない。

洞を抜け東の領土の山を飛ぶ。 キョウゲンがマツリを下したのは昼間シキがロセイを下りたと同じ所、そして数日前にマツリが紫揺を騙したと同じ所。 領主の家の奥の緑豊かな広い場所である。

マツリが領主の家まで来ると窓から明かりが漏れている。
玄関に回り戸を開ける。 東の領土では鍵というものは存在しないし呼び鈴もない。

「領主はおらんか」

マツリの声が響く。
驚いた顔をして玄関に飛び出したのは秋我であった。

「これは、マツリ様。 どうされました」

突っ立っていることも出来ない。 すぐに身体を開きマツリを家に入れようとしたが、マツリが断った。

「それより、紫はどうしておる」

「え? 紫さまで御座いますか・・・」

秋我の表情に影が差す。

「どうした」

すると奥から「秋我?」と耶緒の声がしたと思ったら、その姿が現れた。

「マツリ様!」

耶緒がすぐに座ろうとするのをマツリが止めた。 耶緒が身重であるのを知っている。

「具合が良くなったようだな」

少し前の東の領土の祭では、マツリに茶を出すことさえ出来ず寝込んでいたと聞いている。

「紫さまのお蔭で御座います」

「紫の?」

「お力で身体の中のおかしなものを取り除いて下さいました」

「紫の・・・五色の力を使ったということか」

「よくは分かりませんが、お目が紫色になっておられました」

秋我が答える。

「それで? 紫は今どうしておる」

「それが・・・」

秋我が言い淀んでいることに心当たりがなくもない。

「倒れたか」

「え? どうして・・・」

気のせいではなかったか。 あの胸騒ぎはこのことか。

「紫の居る所に案内せよ」

秋我と耶緒が目を合わせた。


秋我が紫揺の家の戸を開けるとマツリの前を歩き、一番奥の紫揺の部屋の戸の前に座った。

「マツリ様がお見えだ」

引き戸が開くと戸内に塔弥が座っていた。

「え? 塔弥? 此之葉が付いているのではないのか?」

「先ほど交代しました」

「だが今は紫さまにお付きするのには女人でないと・・・」

塔弥が顔を上げる。

「マツリ様・・・」

秋我の後ろに立つマツリ。

「入って良いか」

塔弥が頷くとマツリが入れるように場所を空ける。

その様子を戸に耳をくっ付けて聞いていたお付きたち。 その口が一人づつ開く。

「マツリ様?」

「どういうことだ」

「今日一日でシキ様とマツリ様だ」

「その前にもマツリ様が来られている」

「ああ? 紫さまが本領に行かれた時かぁ?」

「本領は何を考えているんだ?」

などとコソコソと言い合っている。

布団に寝かされている紫揺。 その横にマツリが座す。
マツリのことは塔弥に任せ、秋我が此之葉を呼びに出た。

紫揺の顔が赤い。 ハァハァと吐く息が熱く荒いが起きてはいないだろう。 枕元に水の入った桶が置かれ、額には濡れた手拭いが被せられている。
そして何故か紫揺の横に見覚えのある犬が横たわっているが・・・無視しよう。
無視されたガザンが目を開けるとチラリとマツリを見てまた目を伏せた。

「熱があるのか」

「はい。 シキ様が来られた時には何ということもなかったのですが、シキ様を見送られた後すぐ急にお熱を出されて倒れられました」

シキが何を言ったかは知らないが大体想像がつく。 己のことだろう。 紫の力は関係なく己のことで倒れ熱を出したか・・・。

―――それほどに嫌か。

「倒れられてすぐに薬湯をお飲み頂きましたが、僅かな汗をかかれただけでお熱が下がらないままです」

「その後の薬湯は」

「お声がけをしても目を覚まされませんので、続いてお飲みいただくことが出来ておりません・・・。 己のせいです」

マツリが眉を上げる。

「どういうことだ」

「今日、我らが追いつかないほどの速さでお転婆・・・馬で走られました。 それだけでも体力のいることですのに、その後に泉で長い間泳がれていました。 他の者はお止めするように言ったのですが、己はそれを制してお止めしませんでした。 その後ウトウトとされ岩の上で寝てしまわれ・・・体力がない所にお身体が冷えてお熱を出されました。 己がお止めしなかったのが原因です」

「まだ暑くもないこの時に泳ぐか・・・」

まるで水遊びが好きな子だ。 呆れてものが言えない。

「紫はその時なにか言っておったか」

「疲れたようなご様子はありませんでしたが、スッキリとしないようなことを仰っておられました」

スッキリしないのは己のことだろう。

秋我に呼ばれた此之葉が戸の前に座す。 その後ろに秋我が座している。 マツリと塔弥の話しの区切りがいいところで声を掛けるつもりだ。

「塔弥といったか」

「はい」

「紫からは気を使わない相手だと聞いておる。 紫の気持ちをよくよく分かって、泉に浸かっているのを止めなかったのだろう。 それは何故だ」

「・・・紫さまのご様子がいつもと違っていましたので。 ですから紫さまのなさりたいようにと」

「・・・そうか」

紫揺に対しての想い方が杠と似ている。

「岩の上で寝てしまわれた時・・・泣かれておられました」

シキは紫揺の憂いが何なのかを知っている。 マツリも知っているかもしれないと、何もかも言った方がいいと思い、紫揺が涙していたことを言った。

「・・・そうか」

はっきりとした会話は聞き取れないが声がしていないのは分かる。 会話が止まっているのだろう。

「塔弥」

此之葉の声だ。 塔弥が戸を開けると此之葉が入ってきた。 手をついてマツリに頭を下げる。

「薬湯が効いていないそうだが」

「はい・・・」

「我が視る。 布団を剥いでくれ」

え? と此之葉も塔弥も驚いた顔でマツリを見る。 男の前で布団を剥ぐなどと。

「ですがっ・・・」

「このままにしておくと言うのか」

逡巡した塔弥だったが「此之葉」と呼ぶと此之葉に頷いてみせた。

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