大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第4回

2018年12月21日 22時05分37秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』






                                        



- 虚空の辰刻(とき)-  第4回



両親の葬儀は何も分からない紫揺 (しゆら) に代わって、父親の会社の同僚が執り行ったが、それは紫揺と同僚だけの密葬であった。

何もかも終えた家の中で悄然とした目で遺影を見つめている紫揺が座っている。 

「紫揺ちゃん、本当にご親戚に連絡しなくてもいいの?」 父親の同僚が言う。

その声に我に帰ると正座をしたまま向きを変えた。

「はい。 お父さんとお母さんとのお別れは私だけでいいんです。 あの、何もかも有難うございました」

この同僚は紫揺の父親、十郎から親戚の話は僅かに聞いてはいたが、だからと言って亡くなったことを連絡しないのはどうかと思うのだが、この少女にも何かの考えがあるのだろうか。

「紫揺ちゃん・・・」

まだ高校を卒業して間もない、成人にも達していない紫揺の毅然とする姿に何とも言えない寂寥感を覚えた。

「これからどうするの?」

「まだ・・・まだ分かりません」

「ああ、ごめん。 そうだよね。 ・・・何かあったら、いつでも小父さんのところに相談に来るといいんだよ」

「はい、有難うございます」

「あ、小父さんの方からもここに来てもいいかな?」

「え?」

「十郎が安心できるように、時々紫揺ちゃんを見に来ていいかな?」

「佐川さん、息子さんが生まれたばかりだって、お父さ・・・父から聞いています。 時間のある時には息子さんと一緒に居てあげてください。 私は大丈夫ですから」

この佐川は、数年前の再婚で初めての我が子、息子を腕に抱いていた。

そう答え下を見る紫揺を憐憫な眼差しで見る佐川は、紫揺が警察署から一番に連絡を入れた相手であった。
佐川が警察署まで出向くと、その時までの紫揺の様子を坂谷から聞いていた。

紫揺は親戚にどうしても連絡を取りたくはなかった。

紫揺が物心ついた頃、隣の部屋で寝る紫揺がもう眠ったであろうと踏んだ両親が台所で夜な夜な話している言葉を耳にしていた。 その中のいくつか記憶に残っている話があった。

「十郎さん、やっと終わりました。 有難うございました」 早季がテーブルの椅子から腰を上げると、板間に座り両手をついて深々と頭を下げた。

「早季さん、止めて下さい!」 驚いた十郎が椅子から跳び下りると早季の肩に手を添え、隣の部屋で眠る紫揺を起こさないように、声を潜めながら十郎が言う。

「いえ、十郎さんが身を粉にして働いてくださったお陰です。 お父様のことなのに私は何もお手伝い出来ませんでした」

「早季さん、それは違う。 私はお義父さんと約束したんだ。 知っているだろう?」

「・・・はい。 でも―――」 次の言葉を言わせないように十郎が早季の言葉を遮った。

「早季さんもお義母さんと約束をしただろう?」 

早季が頭をもたげた。

「私たちは紫揺さんを守らなければいけない。 こんな所で躓いている場合じゃないんですよ。 私が働くなんて知れたものなんです」


そんなことがうつろに聞こえてきた紫揺の頭にユラユラと残っていた。
そしてそれから数ヵ月後に話されたことも記憶に残っている。


「早季さん、すまない。 迷惑をかけてしまって・・・いえ、迷惑をかけるつもりはありません。 でも紫揺さんのことを早季さん一人にだけにお願いしなくてはならない事が心苦しい」

働きづめで身体を害してしまい、結果、寝込むことになってしまった。

「迷惑などではありません。 十郎さん・・・お父様の時にも思っていたのですけど・・・」

「なんですか?」

「紫揺さんも、もう小学校に上がります。 だから・・・私が働きに出ます。 十郎さんはアルバイトを辞めてください」

「冗談でも止めてください、なんてことを言うんですか。 紫揺さんはまだ小さいんです。 早季さんは紫揺さんについていなければ。 それに前も言いましたよね? 早季さんを守るって私がお義父さんと約束したのですから。 それに早季さんもお義母さんと約束したでしょう?」

「でも・・・これ以上、十郎さんの身体に無理がないよう暫くはゆっくりしてください。 私は・・・お母様と同じに私にきせられた責任を負わなければいけないことは分かっています。 でも、それで十郎さんがお父様の様に身体を悪くしては、十郎さんに申し訳が立ちません」

「・・・早季さん」

「お母様と私では違うところがあります。 私は世の流れを知っています。 お金が何にも勝るとは思っていませんが、それでも必要な時があるんです。 大切な人の身体を守れるのなら働くくらい出来ます。 それに働いたことがないわけではないんですから」

早季の話を聞けば聞くほどに、自分が義父の二の舞を踏んでしまっては早季や紫揺に自分が負ったと同じことが降りかかってしまうかもしれない。 そうなれば元も子もない・・・。

「無理のない範囲でお願いします」 と、砂を噛むように早季に言い、心の中で義父に深々と頭を下げた。 そして僅かの間だが身体を休めると、また会社の休みの日にはバイトを始めた。

紫揺の入学式を迎えた後、早季が働きに出た。 

だが、その時の紫揺にはそれがどういうことなのかは分からなかった。 が、簡単に分からないでは済まされないことだと肌では感じていた。

それより何より、普段は 『紫揺ちゃん』 と呼んでいた両親が 『紫揺さん』 と呼んでいた事が気にかかり、そのことが大きく記憶に残る要因となった。

紫揺がその内容を一部理解したのは、高校2年の頃だった。
紫揺の布団の両横には両親の布団が敷いてある。 この歳になっても紫揺は両親と寝ていた。

両親が隣の台所で夜中に話しているのを聞いたとき、小さな頃に聞いていた話と繋がった。

ことは、紫揺が生まれる前、紫揺のお爺様の病院代から始まっていた。 
祖父の病院代を稼ぐ為に父親の十郎は社員として働き、休みの日にはアルバイトをしなければならなくなっていた。 母親の早季も紫揺を出産してからは、内職で家計を助けることしかできなかったが、それでも追いつかない。 仕方なく、父親、十郎方の叔母夫婦に借金を申し出たということがあった。

この時、休みなく働いていた十郎の身体は悲鳴を上げていた。
その中でも叔母夫婦に借りていた借金をやっと返した。 だがすぐ後にその叔母夫婦が十郎の家を訪ねてきた。
叔母夫婦から店を出したいと思っている、と告げられた。 そしてその為に銀行から金を借りる為の保証人になってほしいと言われた。 それは簡単に承諾できる金額ではなかった。 でもどこの親戚にも断られた。 もう、十郎の所しか残っていない。 十郎、早季さんお願いします。 必ず自分たちで借金を返すから、迷惑をかけないから、と手をついて頭を下げたというものであった。 今まで金を借りていた事もある。 邪険にできないものであった。

だがその直後、叔母夫婦は夜逃げをして借金の後始末は全て十郎が背負うことになった。
他の親戚はそのことを傍観して手をかそうとはしなかった。

その数年後、十郎の兄が少額ではあるが 「明日の食費がない」 と、金を借りに来ていた。
早季は十郎の兄のことを無下にできなかった。 幾度となく借りにきても全てに応えていた。
それは余裕があるからではなかった。 身を切る選択ではあったが、断るということが出来なかった。

叔母夫婦の事も、兄の事も断らず受けていたというのは、弱いといわれればそうなのかもしれない。 そう言われても仕方のないことだろう。 
断るということは何よりも強い心があってできるのだから。 
断れないというのは、断るという勇気がないか、言ってきた者を信じているかのどちらかだ。
紫揺の両親は後者であった。 決して金銭的に余裕のある家ではなかったが、親戚兄弟を見放すなどできない両親であった。

そんな親戚になど連絡をしたくなかった。

叔母夫婦に負わされた借金は、紫揺が高校2年の春にようやく完済をした。 その夜、両親が完済の喜びを話すのを聞いて 『怪我なんかで病院代を出してもらうわけにいかない』 と、お金の迷惑をかけてはいけないとお転婆から卒業したのであった。

そして借金が終わったにもかかわらず、早季がいつまで経っても仕事を辞めないのは、貯金を貯めていくものだという事を知った。 それは早季の父母の墓を建てるためであった。 分骨をして大半は納骨堂に納めたが、小さな骨壷にはまだ骨が入っている。 2つの小さな骨壷は目の高さにあるタンスの上に遺影と共に置かれていた。
普通に暮らしていれば父親の収入で充分に墓を建て、貯金をしながら暮らせるはずだった。 

そんな中でも、紫揺の両親は紫揺を慈しみ、愛して育てた。 だが、並に他人と同じように少しでも贅沢な生活を紫揺にさせることは出来なかった。

「紫揺ちゃんゴメンね。 携帯持ちたいでしょ?」

「お母さん、何言ってるの? そんな物いらない。 友達とは口で話せるから。 約束なんて口の方が大事よ。 携帯なんて持ったら、約束してても、遅刻するから、って連絡が入るんだもん。 そんな約束の撤回聞きたくないもん。 約束は約束でしょ? それを簡単にやぶられるのが携帯よ。 そんな物いらない」

紫揺は敢えて携帯と言った。 スマホとは言わなかった。


両親の密葬を終えた日から1か月ほど経ったころに佐川がやってきた。

「紫揺ちゃん。 もう少しすると四十九日になるけど、どうする?」 

それは紫揺を心配するあまりの口実でやって来たとすぐに分かった。

「佐川さん、私は何も知らないけど、型にはまったことをしなくてもきっと両親は今頃二人で仲良く天国に居ます」 納骨のことは住職から聞いていた。 自分ひとりで出来る。

「紫揺ちゃん・・・」

「大丈夫です。 息子さんと一緒に過ごしてください。 母は・・・私の母は僅かな時間を惜しんで私の傍に居てくれていました。 父も・・・働き詰めだったけど、それでも時間の空いたときには母の横に添って私を遊んでくれました」

紫揺は、自分が小学校に上がってから母親が働きに出たことに、心に寂しさを覚えていた。 それを誰にも言わなかったが。

「それでも子供って・・・親が知らないところで寂しいんです」

紫揺の母親、早季は紫揺が小学校に上がった途端、働き始めた。 それでも紫揺はそれまで通り明るく自分のやりたいことをやって過ごした。 

「佐川さん、私はもう高校を卒業しています。 友達の中にはもう就職をしている友達もいます。 私は子供じゃないんです。 私は私をやっていけます」

「紫揺ちゃん・・・」

「息子さんといっぱい遊んであげてください」 

それは切なる願いだった。 

紫揺は父親とたくさん遊びたかった。 が、父親、十郎は紫揺と遊ぶ暇などなく働き通しだった。 だが、父親は僅かな時間を見つけては紫揺を遊んでくれた。 身体の具合が悪くても。 紫揺にはそれが嬉しかった。

「佐川さんの気持ちには感謝しきれないと思っています。 だから、佐川さんの息子さんを幸せにしてあげたいんです。 時間がある時には息子さんの傍にいてあげてください」

この子は・・・この少女は誰にも言わず今までどれだけ寂しかったんだろう・・・佐川が思う。
同僚、十郎が会社の休みの日にはバイトに出ていたと聞いていた。 親戚の金銭の問題で。
この子はその波を何も言わず受け止めていたのか。

「紫揺ちゃん・・・」

「佐川さん・・・今すぐにはまだ無理ですけど、私が元気になったら私から連絡を入れます」

「紫揺ちゃん・・・」

「お父さんは幸せです。 佐川さんのような人が居てくれて」


佐川が紫揺の家を出るとその後姿を見とめた男が居た。

「あれは? もしかしたら・・・」 男が佐川の後を追った。

「もしかして佐川さんですか?」 佐川が振向く。

「あ、あなたは・・・たしか・・・」

「あ、やっぱり佐川さんだった。 静岡県警掛野署の坂谷です」

「あ、そうだ、坂谷さんだ」

「今、藤滝さんの家から出てきましたよね?」

「はい」

「彼女、どうしていますか?」

「18歳とは思えないほど毅然としていますがね・・・その分、見ているこっちが悲しくなってきますよ」

「そうですか・・・」

「あれ? もしかして坂谷さん紫揺ちゃんのことが気になってこんなに遠くまで来たんですか?」

「あ、ええ。 まぁ・・・今日は非番ですから」 照れ隠しに顔を隠すように額を掻いた。

「坂谷さんから聞いたあの時の紫揺ちゃんのことを思うと・・・そりゃ、心配になりますかね」 何ともいえない苦い顔を作った。

「ええ、まぁ。 でもまっ、なんとか立ち直ってくれそうですね」

「感情を表に出さない子みたいです。 これは私も今知ったんですけどね。 でもその分、冷静に物事が考えられるでしょう」

「そうですか。 それを聞いて幾分安心出来ました」

「紫揺ちゃんに逢って行くんでしょ?」

「いえ、立ち直っていけそうならそれでいいんです。 私みたいなのがあまり顔を見せると当時のことを思い出すかもしれませんから」

「でも、せっかく遠方はるばる来てこられたのに・・・」

「いえ、私の勝手で来たんですから。 それに立ち直っていけそうっていう収穫がありましたからね。 あ、そうだ」 いうと胸ポケットに手を入れた。

「もし、何かありましたら連絡下さい」 名刺を差し出す。

「あ、これは」 名刺を受け取ると佐川も胸ポケットから名刺を出し渡した。


心ある住職の元、無事、納骨堂に分骨の納骨を済ませた紫揺。 祖父母と両親の眠る納骨堂に手を合わせた。

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