大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第170回

2020年08月03日 23時05分04秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第160回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第170回



結局、書かれた一人ずつの名前を呼びながら、質問をした。
その度に頬を染めたり、昂揚が抑えきれないという顔をしたり、声がひっくり返ったり、名を呼ばれたことに緊張し 「わわわわ、わた、わた、わたしは」 などと一過性の吃音症になったりと、様々な反応を見せてくれた。

間々に朝食を口に入れたが、女たちは箸を持つことすら出来なかったようだ。 というか、箸を持って食べる間に紫揺の姿が目から離れることを選ばなかったのだが、紫揺がそれを知ることはなかった。

「じゃ、お先にです」 と、紫揺が女たちに言った。 女たちが低頭して紫揺を送る。
紫揺と此之葉の食事が終わったので席を立ったのだ。 女たちの食事が終えるのを待っていては、いつになる事か分からない。 領主と話が出来なくなってしまう。

此之葉が戸を閉めた途端「キャー」 という抑えることの無い、自由奔放な黄色い声が上がった。
申し訳なさ気に此之葉が紫揺を見る。

「北の領土と全然違うんですね」

此之葉には分からないことを口元で笑いながら言い、部屋に向かって歩き出した。


「一度民にお顔を見せて頂けましたらという願いが有難くも昨日叶いました。 それで、いつお戻りになられますか?」

紫揺の部屋を訪ねてきた領主が、決して急かしているのでもなければ、日を伸ばしてほしいと言っているわけではない。 単に伺いを立てているだけだと言う。

「お祭・・・あと二日続くんですよね」

「はい」

――― 沈思黙考。

中途半端はいけないことだとは分かっている。
領主は急かす様子を見せない。

「あの」

思考を止め声を上げた。

領主がゆっくりと頷く。

「はっきり言って、昨日申し上げたようにまだ考えがフラフラしています。 ですけど」

そこで止まってしまったが、領主の聞く姿勢は変わらない。

「・・・ですけど、あのお祭って、紫の為、っていうか、紫が帰って来て嬉しいっていうお祭なんですよね?」

「はい。 紫さまがおられてこその祭で御座います」

「中途半端はいけない事だと分かっています。 ましてや今のことは単純なことではないということも分かっています。 ですけど、お祭が終わるまでここに居てもいいですか?」

「有難きことに御座います」

手をつき深々と頭を下げた。

「それでは、お世話になります」

紫揺も同じように頭を下げた。

紫揺の斜め後ろに控えていた此之葉が 「紫さまその様なことは」 と言ったが、領主が頭を上げるまで紫揺は頭を上げなかった。 紫揺にしてみれば自分はただの穀潰しなのだから。

「それで、普通こういう時って紫は何をしているんですか?」

「祭りの折には、皆に声を掛けられていたそうです」

そうだった、と気づく。 今のこの領土の殆どの人は紫を知らないんだった。 伝え聞いているだけだったんだ。

「私はどうしたらいいでしょうか?」

今度は領主が黙り込んだ。 まさかこんな展開になるとは思ってもいなかった。

紫揺にしてみれば出来るだけ何でもしたいと思っているが、民と呼ばれるものの前に姿を見せてその後に「紫やめまーす」 というのは酷すぎるだろう。 昨日の歓迎ぶりもそうだったが、今日の女たちを見てつくづく思った。

「紫さまが・・・」

そこまで言うと一旦下を向いてから数秒、顔を上げると迷いを切るように続いて話し出した。

「紫さまにお気持ちがあられるのでしたら、僅かな時間でも構いません。 領土の服をお召しになって祭に出て頂ければと思います」

「それでもし、私がやっぱりあっちに帰るって言ったらどうするんですか?」

「民を抑えるのは領主のお役目でございます」

紫揺と違って領主は腹を決めているようだ。

「・・・分かりました。 では領主さんの仰るようにします」

領主と此之葉が深々と頭を下げた。
「では」 と言って領主が部屋を出て行き、此之葉は着替えの準備があると出て行った。

「いったいどうなるんだろ・・・」

自分でも分からない。 あまりにも行き当たりばったり、その時の感情のままが過ぎる。 先が全然見えない。
だが、ホテルや北の屋敷、北の領土に居る時に比べたら、分からないことに悩むことをしていないだけマシかと思う。 何も分からなかったあの時は、悩んでばかりいた。

リツソに会ってからは出来るだけ前に見えることだけを考えようとしたが、それでも知らない間に悩んでいた。 そして答えなど出なかった。

「通いの紫ってありなのかな?」

通いのお手伝いさん風に考えているようだが、それはどうだろう。 紫、五色というのは、ここぞという時や民を守るために居るのだから、いつ何があるか分からないのに通いなどとは、笑止千万である。

「あ、そうだ。 領土史」

これから祭りまで退屈の極みである。 葉月が言っていた領土史の中の “紫さまの書” を見てみたい。 だが此之葉は出て行ってしまった。 どこにあるかも分からなければ誰に訊けばいいのかも分からない。 それにもしこの家にないのなら、家を出てもいいのだろうか。

引き戸を開けた。 話し声が聞こえる。 誰かが居る。 どこだ? 部屋の戸は全部閉められている。 戸に耳をくっ付けようとしたが、よく考えると先程の女たちではちょっと困る。

うーん、と考えて閃いた。
紫揺の閃きは時に困ったこともあるが、それを止める者は今はどこにもいない。
口を開け息を吸うと、両手を口の横に当てメガホン代わりにした。

「東の人っていう人いますかー?」

すぐに一枚のドアが開いた。 それも乱暴に。 続いて三人の男がなだれ出るように飛び出してきた。

「そ、その様なお呼びのされ方は・・・」

「あ、えっと・・・」

頭に叩き込んだおぼろ気な顔と名前を思い出す。

「湖彩さん」

「あ、はい」

「それと、若冲さんと野夜さん」

この二人には視線を下げて言った。

「はい」 「はい」 若冲と、その若冲の下敷きになっていた野夜が答える。

(よし、この三人は完璧) 心の中でガッツポーズをとった。

「葉月ちゃんから聞いて領土史の “紫さまの書” っていうのを見たいんですけど、どこにあるんですか?」

「少々歩かねばなりませんが、宜しいでしょうか」

答えたのは湖彩だった。 あとの二人は立ち上がろうとしてもつれ合って失敗している。

「はい」

歩くだけでも身体を動かせられる。

「ご案内いたします。 こちらです」

そう言うと、未だにもがき合っている二人を蹴飛ばして廊下をあけさせた。

湖彩について歩いていると、あちこちから抑えた声が聞こえる。 「紫さま」 と。
二十分ほど歩いただろうか、湖彩が振り返った。

「あちらに見える建物が書蔵となっております。 向こうで言うところの図書館のようなものです」

結晶片岩を何枚も重ね丸みを帯びた三角帽子のような背の高い建物。 

「家と全然違う建て方なんですね」

家々は木造建築で平屋といえどモダンな建て方で、割と賑やかな色が使われている。

「はい。 書蔵は二百年以上前に建てられたものですが、家は建て替えがあって段々と形を変えてきています」

「そうなんですか」

「まだ少し歩かねばなりませんが、どこかで休憩でもおとりになりますか?」

「大丈夫です」

あと十分くらいだろう。 それくらい歩けるし、それでも余力はある。
では、と湖彩が歩き出した。 紫揺が後に続くが、相変わらず「紫さま」 と抑えた声が聞こえてくる。 最初は声のする方に顔を向けていたが、向けられた相手が恥ずかしがるので聞き流すことにしていた。

石造りの建物をアーチ型に切られ木の扉が付いていた。 取っ手を握った湖彩が重そうに引いた。 見てみるとかなりの分厚さがある扉だった。

「どうぞ」

紫揺が入るとまたもや重そうに閉める。

中に入ると上部に明り取りの窓が見えるが、殆ど機能していそうにない。 広さは学校の教室の四クラス分ほどだろうか。 天井は高く三階建ての家よりは高いだろうが、三階建ての学校ほどは高くない。

外から見た通り丸みを帯びていているが、下から見て高さの三分の二のところでいったん内側にその広さを狭めており、さらに残りの高さの半分のところでもう一段内側に狭めてられている。

最初の狭まるところ近くまで周りの壁に本が並んでいる。 到底背が届かないので、ぐるりと本が並ぶ前に地面と水平に何段もの足場があり、落ちないように一メートルほどの高さの手すりが付き、それと垂直に何本もの支え木が存在する。 そして何故か、本のない上部の方にも足場があった。
二段になった足場に上がれるように、床からと各足場から四方向に梯子がかけられてあった。

本は壁に沿ってあるのだからそれ以外は空間があるが、そこには四人ほどが座れる机と椅子が、いくつも整然と並ぶことなく無作為に置かれていた。
その机にいた一人の男が立ち上がった。

「あ・・・えっと・・・梁湶さん」

稜線ではなく、しっかりと梁湶と覚えたようだ。
梁湶がお辞儀をする。 紫揺もそれに応える。

「お調べものですか?」

「はい」

「“紫さまの書” をご覧になりたいそうだ」

紫揺に代わって湖彩が答える。

「お持ちします」

「では、こちらにお掛けください」

湖彩が椅子を引く。

“紫さまの書” は梯子を上がらなくてもいい所にあったようで、梁湶がすぐに戻ってきた。 十冊の書を腕に抱えている。 それを三つの塊に分けて紫揺の前に置くが、三冊三冊四冊となるはずなのに、書の高さはそれほど変わらない。

「こちらから順に先の紫さまから、歴代の紫さまとなります」

早い話、左から順にとっていけば、段々と古い紫になっていくということだ。 一番右の塊の 一番下が初代紫なのだろうか。

梁湶が『先の紫さま』 と言ったのは、一番左の塊で四冊積まれている。 一番上が紫揺の祖母のことが書かれているということになるが、その書だけが他と比べることが出来ないほど薄い書であった。

「有難うございます」

「それでは私は外に出ておりますので」

湖彩がそう言うと頭を一度下げて出て行った。
梁湶は「御用の時にはお呼び下さい」 と言い、こちらも頭を下げ元の位置に戻り書を読み始めた。

(お婆様の書ってこんなに薄い・・・)

仕方のないことだとは分かっている。 葉月も言っていた、あまり書かれていないと。 十年分しか書かれていないのだから。

先の紫の書を手に取った。 ちゃんと製本がしてあるハードカバーのものだった。 背表紙と表紙には印刷ではなく、手書きで “第十二代 紫さま” と書かれている。

表紙をめくる。 一番に夢で見た祖母の肖像画が描かれていた。 こちらを向いて微笑んでいる。

(お婆様・・・)

まさかこんな風に幼い頃の祖母を見ることがあるなどとは思いもしなかった。 それに夢を見ていなければ、この肖像画は幼き日の紫揺の祖母です、と言われてもピンとはこなかったかもしれない。

それに肖像画は得てして良く見せようと手を加えられていることがあるのだから、それを差し引いて見たかもしれない。 だがこの肖像画は間違いなく紫揺が夢で見た祖母。 祖父を見た時の安堵した祖母の顔に間違いなかった。

名残惜しいが、肖像画をめくると次のページは白紙だった。 もう一枚めくる。 真ん中に 『第十二代 紫さま』 と手書きで書かれていた。 本の冊数から言って、二代分が抜けているのだろうか。

ページをめくる。 また白紙。 まためくると、生年月日であろう日付がこれも手書きで書かれており、その下に “お健やか” と書かれていた。 このページにはそれだけしか書かれていなかった。 書は全て印刷ではなく手書きであった。

(お母さんが言ってたけど、お婆様も私と同じ三月生まれだったんだ)

次のページをめくった。
『先の紫さまより六年を経てお誕生になられる』 『先の紫さまの曾孫さま』 と、この二行が書かれてあった。

(曾孫? ってことは二代生まれた子は紫の力を持っていなかったっていうこと?)

次のページをめくると白紙で、また次のページをめくる。 
このページからは今までと比べるとしっかりと書かれてあった。

『お誕生の祝いが三日行われ、歌い踊り民は喜びに満ちる』
『お力の強いお方である。 三か月を過ぎられたころからお泣きになると、家の中に飾られた花が枯れる』
『五か月をお過ぎになり、お力を入れられただけで飾り物が倒れるようになる』
『七か月をお過ぎになると、夜泣きをされては家にひびが入り、家具や食器が割れてしまい、付いていた者の肌が切れる』

(え? うそ!?)

領主からは祖母は幼い時より力が強かったとは聞いていたが、これほどとは思っていなかった。

『九か月、初めて家の外に出られたとき、外気に触れくしゃみをされ、家が倒壊したが、そのまま走り出、難を免れる』
『十一か月、お外に慣れられお歩き始められた紫さまがお転びになり、おどろきになられお泣きになり、木々が倒れ民の家が崩壊』

(これって・・・悪口連ねてるだけなんじゃないの・・・) どこか作者の悪意を感じる。

その後も似たようなことばかりが書かれていた。

(・・・お婆様) 泣きたくなるような・・・感情の行き場がない。

『二歳になられ、終わりを知った紫さまの母から領主へ申し出があり、領主と古の力を持つ者が何日も話し合われた。 その間にも家々や木々が倒れ花が散る。 とうとう古の力にてお力を封じることとされる。 お力は十の歳まで封じられることとなる』

領主から聞いていた話だ。

“終わりを知った” とはどういうことだろうと思っていると、紫の母がなくなったと書かれていた。
紫の力をそのままにして死ぬに死ねなかったのだろう。 それで領主に申し出たのだろう。 紫の力を封じる、苦渋の決断だったのかもしれない。
その後は今までと打って変わったようなことが書かれていた。

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