もともと自分の身辺の森羅万象を見る場合、自分の魂が見ているんだとしたら、今更、魂が存在するかどかの論証は空しくなります。古代の人々は現代人のように科学信仰(証明しないかぎり信じない)という思想はありませんでした。証明出来ないものを信じる傾向のある人を侮蔑する傾向です。愛などというものは科学で証明できません。人を憎んでいるにもかかわらず本人が愛しています、と嘘を言えば、それを証明出来るでしょうか?親の愛を疑えば、全てがうっとおしいものになります。このように世界で一番、人を幸せにしてくれるものは愛なのですが、愛の世界は信じる世界でもあります。魂の存在を信じるには、魂の存在を信じて見えてくるもの、見えなくなるものを研究するに限ります。
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